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聖騎士様、そんなつもりじゃなかったんです


「姉さま、でも…」


「いいから、アンはしばらく横になっていなさい!働き過ぎ!」


立ち眩みで倒れそうになった妹、アンネマリーを支えながら私は憤っていた。


「こんなどうでもいい式典にわざわざ聖女を参加させるなんて!

あなた1ヵ月ぶりに王都に戻ってきたばかりなのよ?王宮のやつは聖女の体力は無尽蔵だと思ってるの?賢いようで馬鹿なの?」


「ね、姉さま、誰かに聞かれるといけないから…」


青い顔をさらに青くさせたアンネマリーが腕に縋り付いてくる。

ふぅ、と一息ついて気持ちを落ち着かせ、アンネマリーをソファーに座らせた。



私ローズマリーと妹のアンネマリーは、裕福でも貧乏でもないごくごく普通の平民の家庭で育った。

平民にしては魔力が高かった私は、幼い頃から魔術が得意で色々と使いこなしていたのだけど、アンネマリーは魔力はあるにもかかわらず一般的な魔術は使えなかった。


普通、私たちは生まれつき一つ特別なスキルを授かっている。

どんなスキルを持っているのか、生活している中で自然に分かることもあったり、知らずに一生を終えることもある。


例えば「怪力」だったり「鑑定」なんてものもあるそうだ。

変わったものだと「決まった時間に起きられる」、「食べ物の味を変えられる」など、多種多様なスキルがある。


スキル鑑定は王都の神殿でおこなっているが、それなりの金額を支払う必要があるため平民が自主的にスキル鑑定をしてもらうことはほとんどない。

けれど自分の能力だからだろうか、なんとなくこういうスキルかな、というのは分かるため困ることもなかった。



一般的にはそんな状況の中、アンネマリーは15の時に侯爵家のメイド募集に受かり、スキル鑑定を受けることになった。

侯爵様がスキルが仕事に役立つものなら良いからという考えの持ち主で、新人は侯爵家持ちで必ず受けているそうだ。

もともとスキルは大っぴらにするものではない。自分のスキルが何だったのか、侯爵様に報告するかどうかも自己判断で良いためスキルが確定できる本人も喜んでいるようだ。


そして鑑定の結果、アンネマリーが授かっていたスキルは「聖女」。

国に報告義務があるスキルの内の一つであるそれは、滅多に現れることはなく、前に持った女性が亡くなってから50年以上経過していたため、そこそこ騒ぎになったのを覚えている。

アンネマリー自身は聖女スキル特有の能力、癒しや浄化など使おうとしたこともなかったため、それまで自身のスキルを予想することもできず少なからず悩んでいたようなので、ほっとしたような気持ちだったそうだ。

胆が据わっているというかなんというか。


その時17で、既に家を出て辺境の冒険者ギルドに所属して活動していた私が王都に呼ばれたのも間もなくだった。

聖女の家族親類一同、スキル鑑定を受けていない者のスキルを確認するためである。


「聖女」や「勇者」など、報告義務があるスキル持ちが現れた場合、その血筋の者も念のため調べるという慣例があった。


そこで血の気が引いたのが私だ。

私のスキルは特殊で、幼い頃偶然発動したその時に一緒にいたアンネマリーしか知らない。

このスキルはおかしいと子どもながらに感じ、発動条件を調べるために色々と2人で検証した以外は使っていない。


普通スキル鑑定の立ち合いは神殿の平の神官が行うのだが、その時すでに聖女として神殿に暮らしはじめていたアンネマリーが願ってくれ、鑑定には神殿長が立ち会うことになった。

私を含め未鑑定の親類が5名と人数が少なかったのも神殿長にお願いできた一因かもしれない。



鑑定は一人ずつスキル鑑定の部屋に呼ばれ行われた。

スキル鑑定はもちろん初めて、しかも神殿で一番トップに立つ神殿長立ち合いということでそれなりに緊張した。

部屋に入ると、奥に立つ神殿長に近くに来るように呼ばれる。彼の前に置かれた白い台座の上で拳より少し大きいくらいの透明の玉が輝いていた。


「この上に手をかざして」


どくどくと鳴る心臓の鼓動を感じながら、神殿長の言うとおりにすると、玉の中に文字が浮かんだ。



―――『変身』



やはりそうか、と納得した。


「ふむ…聖女様から聞いていたが、確かにこれは―――あまり実例のないスキルだね」


色々と経験を積んでいるだろう年齢に見える神殿長が、ほとんど真っ白になったその眉を上げていた。


「珍しいですか?」


「神殿で鑑定が行われるようになってから、確認したスキルを記録しているものがあってね。

これは使い方によっては危険だと感じてよく覚えているよ。前の例は私が生まれるよりも前だったから、それほど気にしていたわけではないが」


「危険…ですよね」


「使う人物によっては、だね。ああ、今は時間が取れないから後で話をしよう」


神殿長が呼び出しのベルを振ると、ちりんちりんと高い音が響いた後に神官が入室してきた。


「彼女のスキルは報告義務のあるものではありませんでした。

ただ、仕事の依頼をしたいので場所を変えて話をすることになりました。後ほど聖女様と一緒にご案内するように」


そういうことになっていたらしいので、粛々と従った。






「では、変身スキルの詳細を教えてもらえますか」


アンネマリーと合流し、一緒に案内された先は神殿長の執務室だった。

神殿長と聖女アンネマリーの護衛騎士が一人ずつついていたが、個人的な話があるからと防音魔術を発動させているので彼らに話しは聞こえていない。


「今は誰にも変身できないのよね?」


私が2年前に家を出るまで、アンネマリーに色々と検証に付き合ってもらったため、彼女もそこそこの事は分かっている。


「ええ。動物や虫など、人間以外のものには変われませんし、変身できるのは実在の人物だけです。

発動条件は相手の体液を摂取すること、摂取してから変身できる時間は二刻程度です」


アンネマリーに問われたことだが、神殿長に向けて答えた。


「体液…えー、最初の発現はどのように?」


「アンと2人で留守番をしている時に、飲み物を回し飲みして…なんだか体がムズムズする、と思ったらいつの間にか、という感じでした」

「あの時は何が起こったのか理解できなくて絶句しました。私がもう一人目の前にいるのですから」


「なるほど、唾液を摂取した、と」


「はい、血液などでしたら変身時間は伸びるかもしれませんが、さすがに摂取するのは嫌なので」


「国の要人などに成り代わろうなどとは?」


「赤の他人の…じじいやおやじの体液を摂取したいと思いますか?」


おえ、と吐き気がして一瞬お見せできない顔をしてしまった。


「ふっ、いやすみません」


一瞬笑いそうになった神殿長が息を整えた。


「では仕事の依頼の件です。

神殿にいるのは男性の聖騎士だけなのですが、女性でないと立ち入れない場所もあるので早急に女性の護衛を雇う必要がありました。

身辺調査や聖女様との相性もあり選任に難航していたのですが、姉であるあなたなら聖女様も安心できると思うのです」


「えっ!姉さまに一緒にいてもらえるのですか?!」


アンネマリーが飛び上がらんばかりに喜ぶ姿にため息が出る。


聖女の家族の身辺調査など念入りに行われているだろうし、私の護衛としての能力についてもまあそこそこの魔術の実力はあると思っているので余程のことがなければ大丈夫だと思う。

神殿長が一番必要な私の存在意義は。


「…もしもの時、本当に必要な時しかやりませんからね」


「話が早くて助かります」


神殿長のにっこりと笑った笑顔が怖かった。



そうして聖女の護衛(影武者)が爆誕したのである。





それから2年、アンネマリーは聖女としての能力を上げる努力をしながら王侯貴族とやり取りするためのマナーを身に着け日々勉強し、時には王国の各地に慰問に訪れ、本当に本当に多忙な日々を過ごしていた。

魔物が徘徊し瘴気があふれ騎士が戦い死人や怪我人だらけ、のような時代があったらしいが、アンネマリーがそんな時代に生まれなくて良かったと思ってしまう。


その分形式に則ったあらゆる儀式やら式典やらに参加させられているけれど。




「ええーっ!災害のあった土地を慰問なんてのは分かるけどさあ、王子主催の夜会か茶会か知らないけどそんなもんに聖女が参加する必要ある?!」

「貴様はもう少し言葉を選べ!」


脳天に拳が降ってきた。

予測していた私は魔術で衝撃を完璧に和らげる。


「だってさー、あんただって本当はそう思ってるでしょ?

自分は聖女も呼べるんだぞって王子がいい顔したいだけでしょ?アンを王子の自己顕示欲のための道具にしていいの?!王子め許せん!」

「お前は聖女様と一緒に淑女教育を受けたのではないのか?どうしてこんな怪物が誕生した」

「うるさいなー。どうせアンと違って私は怪物ですよ!」

「ああ、そうだな。聖女様は平民として生まれたにも関わらずこのように清廉潔白な完璧な淑女となられたのに…」

「いやいや待ちなさいよ、アンだって頑張ってそう見えるようにしてるのよ、元々は私と変わらないからね?」

「聖女様がお前と変わらないなど戯言を」

「あーはいはい聖騎士様は聖女様様だからねー」

「なんだと」


「そ、その辺にしてくださいませ」


聖女様を敬い清廉潔白と信じてやまない鬱陶しいこいつは聖騎士のジャスティン。

聖女様の周りをうろつく怪物の私が許せないらしくいつも口論になる。


聖女様聖女様とうざい。



「聖女様、こいつは本当に聖女様の姉上なのですか?実は血が繋がっていないのでは」

「まあ、そんな風に言わないでくださいませ。姉さまが変わらずいてくれるので、私はいつもほっとできるのですよ」

「くっ、なんと気高くお美しいお心…!」


どこがだよ。私がいて安心するって言ってるだけだよ。


「ローズ、少しは聖女様を見習え」


お前、とか貴様、とかいうジャスティンに、たまにこうして名前を呼ばれると胸がおかしくなる。おかしい。


「うるさい、ジャスティンのくせに」

「くせにとはなんだ!私はお前より経験豊富な25だぞ!」

「うわー、そういうとこだよ。きしょ」



概ね平和な日々を過ごしている。





そんな日々の中、それ聖女が出席する必要ある?という式典の一つ、王立学園の卒業式に呼ばれていたアンネマリーは、ぎりぎりまで辺境の慰問に訪れていた。

来賓席に座っていればよいだけなので大丈夫と言っていたが、疲れからか出発前に倒れそうになったのである。


だいたい、辺境を回っている最中に出席を依頼(という名の命令)してきたのだ。

毎年の事ならともかく、今年は王子が卒業するから参加しろとか何なの?

卒業する年なんて決まってるんだからもっと早く依頼できたよね?あ、もしかしてぎりぎりまで王子の卒業が危ぶまれてた?バカめ!


体調不良で欠席しろ、聖女が体調不良だなんて不安にさせる、王子の言うことなんて無視すればいい、王族は敬わなければ等々、アンネマリーと押し問答の末、そろそろ支度を始めないとまずい時間になっていた。


「もう!分かったわよ!イライザ!」

「は、はい!」

「聖女様にお茶を淹れて差し上げて」

「はい!」


私たちの問答をハラハラとした様子で見守っていた聖女の侍女頭に声をかける。

途中まで準備中だったらしいそれはすぐに運ばれてきた。


「さあどうぞ、聖女様」

「…姉さま?」


アンネマリーが訝し気にするが、ティーカップを押し付けた。


「聖女様、一旦気分を落ち着かせましょう」


イライザに言われて、アンネマリーが口をつけた。

こくり、と嚥下し、ほう…と一息ついたことを確認し、その手からカップを奪い取る。


「え」


目を丸くするアンネマリーとイライザを無視して、カップの中身の残りをごくごくと飲み込んだ。

…まだ熱い!


カツン、と音を立ててカップを置く。


「イライザ、聖女様…いえ、姉さまは具合が悪いのでわたくしのベッドを貸してあげて。

それからわたくしの着替えを」



にこ、とイライザに微笑みかけた私の姿はアンネマリーになっていた。



「ひえ!…ひゃい!」

「ちょ…ちょっと姉さま!」


青い顔をしたアンネマリーに私が着ていたローブを押し付け、問答無用で寝室に押しやる。


「どうしてもと言うなら今日は私が行ってくるから。一日ゆっくり休みなさい。

私は時間がくるまで戻る気はないからね。聖女が二人と騒ぎにしたくなければ部屋から出ないこと」


騒ぎになって困るのは主に私だが、それを分かっているアンネマリーの優しさを利用する。



「ではイライザ、お願いできるかしら」

「は、は…い皆を呼んで…」

「イライザ、気持ちは分かるけど、貴方が動揺してはいけないわ。知っていたことでしょう?気持ちをしっかり持って、ね?

皆を呼ぶ前にアンの服を出してくれる?」


イライザの手をぎゅっと握り、微笑みかけて落ち着かせる。

侍女筆頭ということで、彼女には変身のこと、いざという時は私が身代わりになることは知らせていた。

今まで見たことがなかっただけで。


「…はい、もう大丈夫です。申し訳ありません。私は私の仕事をいたします」

「ええ、その調子よ」


動揺を隠すのは私自身もだ。

聖女となったアンネマリーに成り代わるのはこれが初めて、動揺しないわけがない。


だが一緒に淑女教育を受け、ずっとアンネマリーの傍で見てきたのだ。

私はできる!きっとできる!頑張り屋のあの子を休ませる!



いつも聖女の周りにいる私がいないため疑問を口にした侍女たちに、ここまで来て過労で倒れてしまったので寝室で休ませていると伝え、あとはイライザに任せる。


「聖女」として整えてもらった後、笑みを顔に張り付けて部屋を出た。

待機していた聖騎士たちが一礼する。



「「おはようございます、聖女様」」

「おはようございます。今日もよろしくお願いします。ジャスティン、リカルド」


運悪く今日の担当にジャスティンがいたらしい。

というか護衛騎士筆頭なので結構な確率でいるのだけど。


「…あの、今日はローズはどうしたのですか?」

「ああ、報告していなくてごめんなさい。先ほどわたくしの部屋で倒れてしまったの。

ずっとわたくしと一緒で疲れが出たのでしょう。今日は休むように指示しました」


「そうですか、体力お化けかと思っていたのですが…まともなところもあったのですね」


うるせえ!


「まあ、姉さまも普通の女性ですよ。ジャスティンは普段から少し姉さまへの当たりがきついのではないですか」


この際なので聖女様から少し注意しておこう。


「いやいや聖女様、ジャスのあれは気安く接してくれるのが嬉しくてじゃれてるだけですよ!」

「まあ、そうなのですか?」


「そんなわけがないだろう!何が嬉しいだ!くそ生意気なだけではないか!」


このやろう覚えとけよ。

「うふふ」


「…聖女様?」


おっと、殺気がでてしまったかしら。


「さあ、そろそろ出発しましょう」





王子の卒業式は恙なく終わり、私も怪しまれることなく無事任務完了した。


そして問題なく元に戻ったところで神殿長に呼び出しを受けた。




「呼ばれた理由は分かりますか?」

「えーと、はい、心当たりはあります」

「ジャスティンから聖女様のご様子が少しおかしいと報告がありましてね」


「え?!完璧な聖女でしたけど?!」

「そうではないから報告がきたのです」

「くっ」


「殿下に対してだいぶ心の声が漏れていたようですよ」

「はあ…」


無駄に聖女を呼びつけてんじゃねえよ、というようなことを遠回しに伝えただけですが。


「とにかく、今後のためにも護衛騎士筆頭であるジャスティンには変身の事を伝えたほうが良いでしょう」

「まあ…そうですね」

「今回は疲れが出ていたとかで誤魔化しましたが、今後同じことがあった場合、聖女様の護りに影響が出てはいけません」

「はい」


小さな疑いが今後育ってしまうかもしれないと考えると、今のうちにきちんと伝えておく必要があるだろう。


「私から伝えてもいいですが、どうしますか?ジャスティンとは仲が良いのでしょう?自分の口で伝えますか?」

「仲は良くないですがまずは自分から伝えます。

…実際に見せて説明してもかまいませんか?侍女のイライザは大混乱させてしまったので」

「ふふ、いいでしょう。では3日後のこの時間にジャスティンと一緒に来てください。

私からも説明します。…彼がどんな様子だったか教えてくださいね」


神殿長様…何やら楽しんでいませんかね?



さてどのように伝えよう、と考えながら食堂に向かうと、中から声が漏れ聞こえてきた。


「ええー!聖女ちゃん可愛いじゃん!四六時中一緒にいて、笑いかけられて何とも思わないの?!」

「聖女様と言え!お前は護衛対象にそのような不届きな気持ちで接しているのか?!」

「そういうわけじゃないけどさー、じゃあもし告白なんかされちゃったら?」

「想像もできん!」

「聖女ちゃんに迫られちゃったらコロリといきそうだけど」

「いい加減にしろ!清らかな聖女様がそのような不埒な行動をするわけがない!」

「はー、相変わらず頭が固いねえ。あ、じゃあローズちゃんならどう?」

「あのような乱暴者に迫られてもぞっとするだけだ!」


へー、ほー、ふうーん。


ちょっと私もぷつんときていたのです。

あの堅物の固定観念をぶち壊してやろうぜとおかしな方向に突っ走ってしまったのです。



聖女だって年頃の健全な女の子だっての!

大っぴらにはできないけど、好きな人とあれこれする想像くらいするでしょうよ!

なんなの清らかとか清純とかいつもいつも!

そう言うやつに限って、実際聖女様に迫られたらころっといくんじゃないの?


私だって!…あー!



こういうものは勢いである。

アンネマリーの部屋へ赴き事情説明(できていたかどうかは不明)、アンネマリーとイザベラの協力の元その夜決行した。




さて、私ローズマリーは聖騎士と形こそ違えどアンネマリーの護衛である。

その日の寝ずの番が誰とか、神殿に暮らす聖騎士の部屋がどことかいう情報は共有しているのです。

とはいえ男性の騎士の部屋に堂々と入っては行けないので、夜にこそこそ隠ぺい魔法で忍び込む。

聖騎士レベルが相手だと効かない場合もあるけど、誰かに会ったら「明日一番の仕事で伝え忘れたことがあった」と正直に?伝えるつもりだ。



無事に誰にも会わず、ジャスティンの部屋まで辿り着いた。


控えめにノックする。


「…はい…?」


声を確認したところでアンネマリーに変身し、少しきつくて外していた胸のボタンを素早く留める。

廊下で声を出したくないので、もう一度ノックした。


「誰だ」


警戒したような声がして、扉が少しだけ開く。

隙間から顔を覗かせると、ジャスティンの目が丸くなった。


「せっ「静かに」」


ジャスティンの隙を見て部屋の中に体をねじ込む。


「せ、聖女さまいけません!このような夜更けに男の部屋を訪れるなど…!」


「ジャスティン…」


羽織っていた魔術師のローブを脱ぎ捨てる。

中はイザベラが張り切って用意した肌色の多い夜着である。

うん、恥ずかしいけど大事なところは隠れているから!


アンネマリーの体だが見られると嫌なので、時を置かずジャスティンに抱き着く。

ひえ、ちょ、ジャスティンも寝る前だから薄着で!筋肉が!


「わ、わたくしっ、貴方のことが…」

「聖女様」


思いの外冷たい声が降ってきて、はっとする。

「ゆっくり、離れてください。あなたは護衛対象ですのでこういったことは困ります」


ジャスティンは触れるつもりは無いというように両手を上げている。

そっと顔を上げると、冷ややかな視線がこちらを見下ろしていた。


えっ、何故?!


「ひぇ!ご、ごめん!私なの!」


恐怖でジャスティンから即座に距離を取り、変身を解く。

ちょっと胸のボタンが弾け飛んだ気がするけどそれどころではない。


「えっと、えっと、どうせお堅いこと言いながら、実際聖女様に迫られたらコロッといくんじゃないの?って思って!

そう、ちょっとした悪戯なんです!」


ジャスティンはローズマリーになった私を見て、目を見開き無表情で固まっていた。

やだどうしよう怖いんですけど。



「詳しい説明は明日するね!じゃ、じゃあおやすみぃ」

踵を返して脱いだローブを拾うべく伸ばした手だったが、後ろから掴まれ固まる。

ぐい、と引っ張られて向き直った先、ジャスティンの胸板に激突した。


「そのような格好でどこに行く」

「え」


いつもより低くてかすれた声色にドキリとして見上げた瞬間、唇が塞がれた。

「んっ」


驚いて抵抗しようとした手も拘束され、そのまま持ち上げられたと思ったら気が付いたらベッドに押し倒されていた。


「ちょっ」


両手を頭上でまとめて押さえられ、身動きが取れない。

再度塞がれた唇には舌が捻じ込まれた。

「あ…ん」


気持ちが良くて、うっかり抵抗が弱まる。


ジャスティンの舌が首元を這い、胸を弄り始めたところではっとした。



「やめろバカ!!」


その瞬間、いろいろと弾け飛んだ気がしたけれど、ジャスティンも飛び退いた。


「こ、このことは他言無用よ!!」


即座にベッドから飛び降り、下半身の締め付けがひどかったので体を元に戻す。

布の残骸となり果てていたのでそのまま剥ぎ取りローブまで走って速攻で身に着けた。


どうやって部屋まで戻ったかは記憶が曖昧でよく覚えていない。





その後私がジャスティンに迫ったとか、ジャスティンが私を無理やり襲ったとかジャスティンのジャスティンが使い物にならなくなったとかちょっとした噂になり。




「責任を取れ」


ジャスティンに脅されるのはもう少し先のことである。



ごめんなさい聖騎士様、そんなつもりじゃなかったんです。



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