絶対絶命(2)
高速道路に少し乗り、レストランの駐車場にヒューは車を停めた停まった。私はヒューにエスコートされて素敵なレストランの中に入った。
少しワインを飲み、二人で美味しいご飯を食べた。ヒューはどう見ても美男子で振る舞いが素敵だ。
会話はヴァイオレット公爵令嬢と婚約者ヒューとしての会話で、先ほどiPadで解説された登場人物に関する話題が多かった。国中の領地を回る際、旅先の宿で暖炉の炎を見ながら二人で時々話し合ったこと、馬で時々は出かけたこと、川下りをしたこと、色んな話をヒューはしてくれた。
彼の話を聞きながら私は思った。ヴァイオレット公爵令嬢は本気でヒューのことを愛していただろう。それなのにヒューは嘘の情報を信じてヴァイオレットに婚約破棄を言い渡した。
彼に信じてもらえなくて、彼に婚約破棄を一方的に言い渡されたヴァイオレットはこの世の終わりと感じるほど悲しかっただろう。
――私はバイトなのに、のめり込みすぎているかもしれない。危険だ。本気でヒューに恋をしそうだ。
私は頭を振った。酔った状態だったので余計にクラクラした。
ヒューがお会計をしている間、私はドアのすぐ側で待っていたが、酔ったのかふわふわした心地で今すぐに目を瞑ってしまいそうな気持ちだった。ヒューがお会計をする間、ヒューのiPadは私が預かり、私はそれをリュックに入れて胸に抱えていた。
ふっと腕を優しく掴まれて、思わず「ありがとう」と言った。ヒューだと思った。そのまま優しくエスコートされて車の助手席に乗り、私は助手席でちょっとだけ目を瞑った。
――慣れないお酒で酔ったんだわ。ほんの少しだけ目を瞑っていたい。ごめんなさい、ヒュー。
ほんの少しだけ目を瞑ったはずなのに、次に目を開けたら、山道を走っていた。来た時は通らなかった道だ。私はハッとして運転席を見た。そこに乗っていたのはヒューではなく、知らない男性だった。
「だ……誰ですかっ?」
私は小さな悲鳴をあげた。男性はニヤッとして私を見て、そのまままっすぐに前を見た。
「隙があるねぇ」
低い声でぼそっと男性はささやき、私は薄気味悪さで鳥肌が立った。後ろを振り返る。真っ暗な山道で周りに誰もいないし、車一台すれ違わなかった。
――ジーニン!魔導師なんでしょう?なんとかしてよっ!あ……ただのバイトだった。魔導師なんかいるわけなかった。
恐ろしいことになったと思った。鳥肌が立つ。私は死を予感してゾッとした。
――ヒューはどこに行ったのだろう。彼は今頃私を探しているだろうか。
「車を停めて!」
私は大きな声を出して運転席の男性に言った。
「いいの?こんな山道で?」
彼はうっすらと笑って、急に車をとめた。車のライトがなければ目の前が崖でも分からないだろう。私は車から出た。そのまままっすぐに走って逃げた。男が追ってきた。
「お前がラスボスかっ!」
私は叫んで彼に飛び蹴りをした。男は驚いた様子でひっくり返った。よく分からないが、さっきまで異世界転生バイトの話をしていたので、パニック状態になった私の頭は色々混ざった状態でとにかく逃げなければという一心で山道を下った。
彼が後ろから追いかけてくるのが怖くて怖くてたまらなかった。獣が出てきたらどうしようと思ったが、走るのをやめられなかった。雨が降り出して道の途中で滑って転んだ。転ぶとどうしようもない恐怖のあまり、叫びたかったが、叫ぶとあの男に見つかりそうだ。
――あいつがラスボスなら絶対許さない。道なりにくだって逃げよう。
私は自分に言い聞かせた。ヒューのiPadを持っていることを思い出して、電源を入れて、その灯りを頼りに歩いた。ヒューのiPadにはパスコードがかかっていなかった。そのまま設定からヒューのiPhoneを探して呼び出した。
――お願い!ヒュー、気づいて!
私の携帯で警察に連絡をしようとしたら、バッテリー切れだった。
――助けて!誰か助けて!
私は泣きながら泥だらけになりながら、道を下った。あの男が追いかけてくることを恐れた。恐怖に駆られて走った。異世界転生バイトなんかするんじゃなかったと後悔した。
処刑されたヴァイオレットも怖かっただろう。でもあれは作り話だ。私の身に起こっていることは真実で、私は今絶体絶命だった。
まさに今、私の人生はひどい結末を迎えようとしていた。
なぜかラスボスなんかに負けないっ!とは思っていたが。パニックになった頭の中で、レキュール辺境伯領に行くまでは死ねないと思っていた。