永遠の定め ヴァイオレットSide
輝かしい朝が来た。空は曇っていたが、私の気分は最高だった。ベッドで目が覚めると隣にエリオットが眠っていた。天井を一人でじっと見あげた。やり直しのためにバリドン公爵邸に戻った日の朝を思い出した。あの時はどこに自分がいるのかわからず、混乱したものだ。
テーブルの上には美しい青紫色のアガパンサスの花が飾ってあった。花言葉は「恋の訪れ」「恋の季節」だ。アデルが休暇の前に飾ってくれたのかもしれない。
弾む気持ちづ身支度を整えて、寝ているエリオットより先に朝食の席に降りて行った。そこにヒューが来ていた。
「え?」
「新婚初夜の後で申し訳ないが、僕の魅力を忘れられても困ると思って」
ヒューは麗しい瞳で私を見つめた。王子の衣装でいつもより数十倍増しになった輝くオーラを纏って私を見つめてにっこりとした。照れたように頬がほんのり赤らんでいる。
――嘘でしょう?なぜ?
「私はもう人妻になりました」
「そうだ。知っている。俺も結婚式は出たよ」
「あなたの国は隣ですよね」
「そうだね、魔導師ジーニンも来ている」
「ヴァイオレット聖女様、おはようございます」
私は紫のマントを羽織った魔導師ジーニンも朝食の席にいることに気づいて飛び上がりそうになった。
「つまり、ここでフードコートの集まりをやりたいということなのかしら?」
「そう。懐かしいね」
私は戸惑いながら、ハープスブートの王と王妃の朝食の席にヒュー王子と魔導師ジーニンが同席することを受け入れた。
「おはよう」
「おはよう、エリオット」
「おはようございます、ハープスブート国王陛下」
遅れてエリオットが朝食の席にやってきた。私の夫になったエリオットは、私の元婚約者で元彼でもある美貌のヒュー王子が新婚初夜明けの朝食の席にすましている座っていることに違和感を全く抱かないようだ。彼は嬉しそうだ。
輝かしい笑顔を浮かべてヒューと軽口を叩いている。
私は頭を振った。ヒューがそっと私にスマホを持つよう合図をした。
――え!?
私はポケットに入っているスマホを確かめた。
――どういう意味!?
テーブルの上にはコーヒーも紅茶も用意されていた。これから100年先までは繰り返し猛威を奮うであろうペスト対策のためのナツメグ等、あらゆる香辛料を含めて、必要なものを入手するための海外貿易にも抜かりなく進めよう。私はそんなことを思いながら、コーヒーを口にした。エリオットも笑みを浮かべて私を見つめて紅茶を口にした。
ベスからレシピをもらったハープスブートの宮廷料理人が、チョコレートケーキを午後のお茶の時間には出してくれるはずだ。
なんだか外が騒がしい。朝食の部屋のドアが荒々しく開けられて、アルフレッド王子とサミュエルが部屋に雪崩れ込むように駆け込んできた。
アルフレッド王子の手に 『聖フランセーズの防御の盾』と『聖ヴィクトワールの剣』が握られていた。それに気づいた私は驚いて目を見張った。
彼らを見たその時、私はそのまま倒れた。一気に呼吸が苦しくなった。目の前に真っ青な顔をしたエリオットが崩れ落ちる姿が見えた。アルフレッドとサミュエルが悲鳴をあげて駆け寄ってくる姿がかすかに見えた。目の前が真っ白になる。
――あぁ、そうか。シャーロット叔母は術が使えないから、原始的な毒を使ったのね。
『……解毒のスキル……』
かすかに声が聞こえるのだが、私の言葉は頭の中ですら出ない。どうやらシャーロット叔母は劇薬を使ったようだ。指の先にポケットの中に入れたスマホが触れた。
私は必死にそれをつかんだ。そのまま意識を失った。
『完全なる死の5分前だ。君は解毒に間に合わなかった。だが、ある地点での過去の行動を変えることはできる。5分だけ時間をやろう』
私の頭の中で声がした。これは神の声だろうか。
◆◆◆
ポップの畑が馬車の窓から見える。早春からの種まきを終えた畑から、緑の芽が伸びてきていて、広大なポップ畑は発芽で胸躍りそうな躍動感に溢れている。
私は泣いていた。墓地にいる。墓地で10歳の私は男の子を見つめていた。彼もお葬式のようで、真っ青な顔で歯を食いしばって誰かが埋葬されるのを見ていた。
くしゃくしゃの髪が太陽に輝き、男の子の表情と違ってそこだけ光り輝いて見える。その子の碧い瞳から静かに涙が溢れていた。栗色の髪をしてアルフレッド王子が慰めていて、彼は金髪の男の子を時々優しく抱き締めていた。
――あぁ、そうなんだわ!この子がエリオットだったのね。シャーロット叔母は、ラントナス家の王位継承者のエリオットの母も殺し、同時に私のスキルを好きに使うために私の母も殺したということか。この日は私とエリオットの2人の母の葬式の日だったのだ。
私の頭の中で5分しかないという言葉がぐるぐるこだましている。
私は無意識にポケットに手を入れた。固いスマホが手に当たった。そのまま墓地の空気中に素早くスマホのカメラを向けて、そこに保存されていた魔導師ジーニンの移動術を空気中に照射した。10歳の私の記憶とスキルは18歳のそれだった。
周りの人が息を飲んで悲鳴をあげた。見慣れない無数のコードが空気中に漂う。私は左手でスマホを掲げ、右手で墓地の中に埋葬される瞬間の母の棺から魂の光を救い出し、コードに投げ込んだ。
まばゆいばかりの美しい光があたりを包んだ。
『魔導師ジーニンの異世界転生術を使いますか?』
「使います」
10歳の私は母を異世界転生させた。金髪の男の子がこっちを驚いてみた。彼の目の前で今にも埋葬されそうになっている墓に右手を差し出し、そこから魂の光を救い出し、そのまま空気中に漂うコードの波に投げ込んだ。
まばゆいばかりの光があたりを包んだ。この間、2分もなかったと思う。
私は泣きじゃくる自分に気づいた。泣いているだけでは、何食わぬ顔で私の横に立っているシャーロット叔母に勝てない。母の死に動揺しているだけではシャーロット叔母に食い物にされる。
私は泣きながらスマホをポケットにしまった。そして、目の前が真っ白になった。
次の瞬間、ファーストフード店で私が暑さによろめきながら早朝バイトを終えて店から出てくる瞬間になった。目の前にひざまずく魔導師ジーニンとタキシード姿のヒューの姿が見える。その駐車場の端の木々の影にセミが泣いている。シャーリーンとその手下の術師だと私には分かった。
私はツカツカと近づき、「私の言うことを聞くなら、元に戻してあげるわ」とセミにささやいた。
「ミーンミーン」
「ミーンミーン」
私はその言葉を承諾と受け取った。
「OK。私が倒れた瞬間、自分を転生させることも蘇生させることもできなかった。あなたたちを元の姿に戻してあげる。あっちの世界にいる魔導師ジーニンはきっと間に合わない。彼は蘇生術のスキルを持たないの。そして彼によって仕方なくもう1回異世界転生される羽目になるのはイヤなの」
私は後ろで跪いているボロボロのシャツにジーンズの魔導師ジーニンに声をかけた。私の目の前には既にシャーリーンとその手下の術師がヨレヨレの姿で現れていた。
「ジーニン、あなた、この2人をハープスブートの宮殿に移動させて」
「はっ!ヴァイオレットお嬢様。記憶がお戻りで?」
「戻ったわ。でも絶体絶命よ。2回目の死に直面しているわ」
私はそのまま意識を失った。5分間に合わなかったか。
私は頑張ったが、シャーロット叔母には叶わなかったのか。全てを失うのはもう嫌なのに。
私はゆっくり目を開けた。




