昼下がりのバイト終わり
うだるような暑さの中、やっとバイトが終わった。早朝からのシフトだったので寝不足だ。今にも穴が空きそうなスニーカーを履いて、私は眩しい日差しの中に歩み出た。
ファーストフード店の昼下がり。それなりに人がいる。ちょっとおしゃれな郊外なので、在宅勤務中の会社員に小腹が空いて買いに来たや小さな子を連れた主婦で賑わっている。
日差しが眩しい。
くらっと来そうなのは、日差しだけではない。この暑さだけではない。ドアを開けて外に出ると、下界に君臨したお嬢様並みのお出迎えが待っていた。ボロボロのシャツにジーンズの男性がアスファルトに跪き、隣に黒のタキシードを着こなした男性が跪いている。
「お嬢様、ご無事で何よりです。お車はこちらにご用意しております」
二人がサッと私に手を差し出し、私はどちらの手も無視して歩き出す。
「人目がありますから、外ではやめてくださいっ!」
私は二人に鋭い口調で注意するも、流行りの異世界転生にどっぷりハマって逝ってしまわれたらしい二人の若者の耳には届かない。二人とも三十一歳らしい。私は二十歳だ。
馬鹿らしいが、これが私のバイトなのだ。異世界転生した公爵令嬢のふりをする。本当に馬鹿らしいが、これで時給1200円だ。アルバイト時間はファーストフード店からも支払われるし、彼らからも支払われる。彼らの条件は、異世界転生した公爵令嬢が生活のためにファースドフード店でバイトを強いられる設定も込みだった。
やたらややこしいのは、流行りの異世界転生というものの特徴らしいが、私はそこはどうでもいい。お金さえ支払うならば。ただ、R12指定は受けてもらった。バイトはバイトでも、R12指定だ!なぜならば時給1200円なのだから。高ければR18なのかというと決してそんなことはない。全てにおいて、私はR12指定のバイトしかする気はない。
ボロボロの靴は私物だ。
彼らはそういうところがいたって気に入ったらしい。何もしなくても、公爵令嬢が生活のためにボロボロになって慣れないファースドフード店のバイトをしている体を私が体現しているように見えたらしい。パサパサの髪。これも気に入られた。元は美しい髪があれよあれよという間に下界の生活を余儀なくされて傷んでしまった設定をじでいけるから、らしい。
この辺りは正直二人が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
「お車へどうぞ」
私がサッと駐車場に目を向けると、運転手が制服を着て、ドアの外に立っている黄色いフェラーリがあった。フェラーリって運転手が運転するものなのだろうか。
郊外の長閑な平和の昼下がりに、ファースドフード店の駐車場にフェラーリ。皆の視線が痛い。
私はため息をついた。乗るしかあるまい。
「ガラスの馬車でも用意なさいっ!」
相変わらずアスファルトにひざまずいている二人に吐き捨てるように冷たい声で言う。
公爵令嬢の設定は死守だ。そういう設定なのだから。
私は小さくため息をつくと、運転手に頷き、フェラーリの助手席の方に歩いて行った。