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ヒュー王子の骨折 魔導師ジーニンSide

 私は魔導師ジーニンだ。


 額の汗を拭う。努力型の私では、ヒュー王子の足を救えないようだ。これはおそらく隣国の権力者の魔術に因るものだろう。カール大帝はあれほどの大国を治めていながら、我が国を狙っている。ボルディ社が手堅く手広く始めた貿易が功を奏して、なんとか国益が増加傾向にあり、我が国は対抗できているとはいうものの、世継ぎの命を狙うとはやり方に容赦の無さを感じて、カール大帝が本気なのだと分かる。




 ふーっ、へとへとだ………っ


 私は魂が抜けたように脱力した。どれほど汗だくになって自分の限界まで曝け出して頑張ろうと、ヒュー王子の骨折を治せなかった。過去に落馬した際に馬が足に落ちてきて、足が骨折してしまい、その足を斧を切るように従者に命じて、それが原因で死んだ王がいなかっただろうか。なんと野蛮な、と私は思う。


 そんなことはさせない。私は魔導師の名にかけてヒュー王子を救おうと思っていた。しかし、うまくいかない。


 私の本当の年齢は36歳。しかし、普段は魔力で若作りをしている。最近、王立修道院でヴァイオレットお嬢様は私の本当の姿が見えていると知った。力一杯仕事をしようとすると、余裕がなくなり、私が見せている31歳などではない、よれよれにやつれた姿が現れる。36歳より遥かに年老いて見えるはずだ。今の姿はまさにそれだ。ヒュー王子を救うために尽力しているつもりが、全く歯がたたなかった。


 私の家系は代々、ボアルネハルトのヨークトシャーナ家に仕えている魔術師の家系だ。祖父の力が最も強かったと言われているが、私と父はそれほど力が強くはない。だからこそ、努力に努力を重ねて術を磨いてきた。代々仕えてきた忠誠心は揺るがない。私は自分に算式の才能があるかもしれないと自負している。スキルの下地となる力は薄いが、算式により、新たなアルゴリズムが作れた。錬金術も所詮は算式だ。



 秘密の婚約者であるヴァイオレットお嬢様を呼びに、既にバリドン公爵家には使いの者を出した。聖女様なら、すぐにヒュー王子を救おうと駆けつけてくれるだろう。


 努力し続けないと何者にもなれなかった私などに比べて、才能と資質に恵まれたヴァイオレットお嬢様は素晴らしい存在だ。私は王立修道院でよく訓練に付き合っていた。彼女は気さくで話しやすかったが、未来の夫となるヒュー王子との間には、まだ距離があった。


「元となる力も大事、努力はもっと大事、けれども一番大切なのは心の力よ」


 ヴァイオレットお嬢様は常々私にそう言った。ご自身に言い聞かせるようにだ。17歳でありながら、私の師匠ともお呼びしたいほどの方だった。


 モートン伯爵家の美しいご令嬢たちが、ヒュー王子に魅力をアピールするためにおそばを離れまいと懸命に頑張っており、私は彼女たちを遠ざけるためにもヨレヨレになった姿で、ヒュー王子のそばで粘っていた。


「早くヴァイオレット聖女様、お助けにきてください」


 思わず心の声が漏れ出てしまう。


 最近、我が国も聖女ヴァイオレット様の進言により、植民地での銀の採掘に熱心に取り組んでいる。だが、「植民地」という言葉をヴァイオレットお嬢様は決して許さず、賃金も安い不当な扱いをしてはならぬと厳しく進言されていた。そこで不当な利益を当てにせずとも、国益を高める方法はあるとおっしゃるのだ。


 私は1年前に聖女ヴァイオレット様が出した各地を発展させる案に賛成だ。蚕を仕入れてきて、絹を自国で生産できるようにする。カカオと砂糖を仕入れてきて、チョコレートなるものを作り出すレシピをお渡しになり、媚薬のような素晴らしい菓子を作り出し、各地に出店した。交易の要となる銀や香辛料だけでなく、絹が銀より価値があることに目をつけて、地域にあった地域活性化計画に非常に熱心だった。


 龍国からシルクロードを経由してはるばる運ばれてくる絹より、自国で絹が調達できれば素晴らしいことになるのは間違いないだろう。


 それにしても、ヴァイオレットお嬢様は今日はいつにも増して遅い。ヒュー王子は苦しまれて、汗をかかれてうめいていらっしゃる。これが隣国の術師による呪いだとしたら、ヴァイオレットお嬢様しか打つ手はないだろう。


 私は若返りの術も出来ぬほど、疲労困憊して、師匠とお慕い申し上げるヴァイオレット聖女様をモートン伯爵の山小屋で待っていた。





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