第4話「孤高のエルフは我が道を征く」
「誰だァお前? あとから出て来て人の獲物を横取りするんじゃねえよ!」
突然しゃしゃり出てきた女に向かって、俺は叫んだ。
女は悪びれた様子はない。むしろどうして俺が怒っているのかわからない、といった様子できょとんとしている。
「あなたこそ、ここは私に譲りなさい。助けた分のお礼はちゃーんと私がもらっておくから」
「はっ、謝礼目当てかよ。お前もこの連中と大差ねえじゃねえか」
「私は人助けをしてるだけで、これは正当な報酬よ。こんな汚い連中と一緒にしないでちょうだい」
「お、お前ら……黙って聞いてれば好き放題言いやがって! あんましナメてっと痛い目見ンぞ!」
こんな連中、と指差された男たちがふつふつと怒りをたぎらせる。
男たちは一様に剣を構え、血走った目でこちらをにらんだ。
俺とローブを羽織った女はそんなこと気にも留めず、バチバチと視線でヤり合っている真っ最中。
俺は引き下がるつもりは毛頭ないが、この女も引き下がるつもりはないらしい。
「はぁ……仕方ねえな。じゃあ早い者勝ちってことでどうだ?」
「いいわよ。一人でも多く先に倒した方の勝ちってことで。ま、どうせ私が勝つけどね」
「ぬかしてろ。俺が潰すのが早えに決まってんだろ」
互いに頷く。
それが戦闘開始の合図だった。
俺は背後の男に肘を突き出し一撃で沈めると、すぐさま隣の二人目へと拳を振りかぶった。
「は、はやい⁉」
「お前らが遅すぎるだけだろ」
男が剣を振りかぶっている間に懐へと潜り込み、一歩踏み込んで右の拳を腹へ沈み込ませる。怯んだ隙にもう一歩踏み込んで、トドメにの左のアッパーをお見舞いする。
武器を持ってる奴らは大抵こうだ。間合いも何も考えず、脳死で武器を振ろうとする。
その剣が振り下ろされるまでの間に、俺が何回殴れると思ってるんだか。
「な、なんだこの小僧は⁉ つ、強すぎる……!」
「そおら、三人目ッ!」
「く、来るな……ぐァああああ⁉」
「ついでに四人目だッ!」
「ひぃいいいいいいい⁉」
馬車の側で待機していた男二人をまとめて始末する。これで四人目。
さて、あの女は……っと振り返って見ると、あっちは四人同時に相手をしているところだった。
「女一人に寄ってたかってゾロゾロと。あなたたち、品性が無いならプライドもないワケ?」
「うるせえッ! お前ら相手はエルフだ。油断すんな、囲んで一斉に叩くぞ!」
「おお――っ!」
卑怯な、とは言うまい。数の利を生かすのは当たり前だ。
男たちに取り囲まれた女は、落ち着いた様子で腰から二本の剣を抜いた。
……まさか二刀流!? おいおい、カッコイイじゃねーか!
形状の異なる二本の剣はどちらも刃が短い。
細身な短剣は、やや小柄な彼女の体格に適しているのだろう。革が巻かれ握りや柄頭の無骨なデザインからも、とにかく実戦が想定されていることがよくわかる。
ワンポイントのアクセントなのか、小さめのつばにはめ込まれた色違いの宝石がきらりと光る。
彼女が両の手に剣を握ると、明らかに周囲の空気が変わった。
ぞくり、と鳥肌が立った。
「――ハアッ!」
――一閃。
正確には、目にも止まらぬ瞬速の四連切によって、男たちは一瞬にして全滅した。
遠目に注視していてようやく追えるレベルの速さの斬撃に、俺は素直に感心した。
かなりの手練れだ。体捌きの身軽さが尋常じゃない。
俺は剣の扱いに関しては詳しくないが、スムーズな体重移動と卓越した技量が無ければ、今の神業はありえないはずだ。
「ふぅ。一人ずつ片付ける手間が省けたわね。さて次は……って何よ、もう終わり?」
「みたいだな。俺が四人でそっちも四人。勝負は引き分けだな」
「あら、それは残念。なかなかやるじゃないあなた」
「そっちこそ、すげー剣術だった。見くびって悪かったな」
俺は彼女に近寄って拳を突き出した。
「……なにこれ?」
「拳と拳をぶつけるんだよ。軽い挨拶みたいなもんさ」
「ふーん……こうかしら」
こつん、と互いの拳を突き合わせる。
俺がニヤリと笑うと、彼女もつられて笑った。
「私の名前はエレンリィエルよ。エレンでいいわ。あなたは?」
「折上和也だ」
「……オリガミ? あなた、神様なの?」
「ちげーよ。折上はただの苗字っつーか、姓っつーか……とにかくただの名前だ。そんな大層なもんじゃねえ」
「あ、そうなんだ。珍しい名前……。それにしても、あなた不思議な恰好してるわね。どこから来たの? この辺りの出身じゃないわよね」
「あー……それに関してはちょっと複雑な事情があってだな……」
「ワンッ!」
何と説明したものやらと困っていると、俺の足元でメルコが吠えた。
いつの間に追いついて来たのか。
メルコは黒い尻尾をピンと立たせて、こっちをじーっと見つめている。
あ、これは置いて行ったことを怒ってるヤツだな。
「悪かったってメルコ。俺があんな連中に負けるはずないだろ」
「ワン、ワンワン! ワンッ!」
お主のことを心配してるワケではないのじゃっ、とでも言いたげな吠えっぷりだ。
どうやら喋れることは秘密にするみたいだ。こっちの世界でも、喋る犬ってやっぱり珍しいもんなのか。
すると、エレンが目を丸くしてメルコを指差した。
「ねえカズヤ……その子、まさか――」
「えっ」
――しまった。もしかして、この世界だとポメラニアンってかなり珍しいのか? いや、すでにメルコが魔王だってことがバレちまったとか⁉
ど、どうにか誤魔化さねえと……!
「いやっ、こいつは使い魔とかでもなんでもなくてただの犬で――」
「――“クー・シー”だったりする⁉」
「……あん?」
「……わふ?」
聞きなれない単語を耳にして、俺とメルコは同時に首を傾げた。
†
「ありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいものやら……」
「気にすんなって。本当に偶然通りかかっただけだしよ。こっちはどうか知らねえけどな」
「失礼ね。私だって森の中を歩いていたら偶然見掛けたから来てあげただけよ」
「森って……もしかして、あんな遠くから? こっから何百メートル離れてると思ってんだ。見えるワケねえだろ」
「このくらいの距離、エルフなら大したことじゃないわよ」
「…………」
真偽を図りかねてメルコを見る。俺の視線に気づいたメルコがうんうん、と首を縦に振った。
どうやらマジらしい。すげーな、エルフ。
「申し遅れました。私はマリウス。こっちが妻のヨハンナです。私たちは王都へ向かう途中だったのですが、どうやら町を出てからずっと奴らにつけられていたようで……本当に助かりました」
「そいつは災難だったな。町ってのはもしかしてボーダニアか?」
「はい、その通りです」
――ビンゴ。どうやらこの道で間違ってなかったみたいだ。
「これからボーダニアに行かれるのですか?」
「ああ、ちょっと野暮用があってな」
「そうですか……でしたら、あまり長くは滞在なさらない方がいいかもしれませんよ」
「どうして?」
俺が聞き返す前に、なぜかエレンが先に聞き返した。
「……実は以前その町で商売をしていたのですが、ここ数年で町の人が何人か行方不明になるという事件が相次ぎまして。さらには怪しい宗教団体まで現れて、住人たちも人が変わってしまって……商売どころではなくなってしまいました」
「行方不明に、宗教団体?」
「はい。私は関わらないようにしていて、あまり詳しくは知らないのですが、町の中心に小さな教会を建てて毎日そこでお祈りをしているみたいです。町の人たちもみんなそこへ通ってます」
「ふーん……宗教ねぇ……」
この世界では宗教の自由は認められているのか。
隣で話を聞いているエレンは渋い顔をしている。何か思うところがあるのだろう。
かくいう俺はうさんくせえ、くらいしか感想がない――。
「私は王都のとある商会にツテがあったので、思い切ってそちらで店を構えることにしました。あの町にずっと居ては娘が心配ですから」
「あら、娘さんがいたのね」
「ええまあ。ずっと荷馬車の中に隠れているように言っておいたので……あぁ、ほら、あの子が娘のソフィーです」
振り返ると、馬車の影に女の子の姿があった。まだ七、八歳くらいだろうか。母親譲りの綺麗な栗色の髪の毛をいじりながら、恥ずかしそうにこっちを見ている。
「こんにちは。怪我はない?」
「…………っ」
エレンがそう話しかけるが、女の子は馬車の影に隠れてしまった。
「こらっソフィー、 挨拶くらいしないか! ……すみません、見ての通りの恥ずかしがり屋で……」
「きっと怖い思いをしてるだろうから、私のことは気にしないで」
エレンの言うとおりだ。
ついさっきあんなことがあったばかりで、見ず知らずの人間に突然心を開くワケもない。
心の傷にならないようフォローしてあげないといけないかもしれない。
「そう、ですね……私が不甲斐ないばっかりに、あの子には怖い思いをさせてしまいましたから……」
「そんなことねえ! マリウスさんは立派だったじゃねえか。もっと胸張って、父親として娘の頭でも撫でてやってくれよ」
「……ありがとうございます」
マリウスさんはくしゃりと笑った。
この人は命を懸けて、自分の大切な者を守ろうとしたんだ。
弱くて、勝てなくても、それでも必死に立ち向かってた。
マリウスさんはカッコイイ人だ。
……昔の俺とは違う。
「それでは、そろそろ私たちは失礼します。陽が落ちるまでには、今日泊まる宿に着きたいので」
「ああ、引き留めて悪かったな。道中気を付けろよ」
「はい。皆さんもどうかお元気で」
「王都にいらした際は、ぜひうちのお店に立ち寄ってくださいね」
「ええ、楽しみにしてるわ」
マリウスさんが馬に鞭を入れると、馬車はゆっくりと動き始めた。
走り去る馬車を見送っていると、馬車の中からひょこっとソフィーが姿を見せた。
ソフィーの手が左右に小さく揺れて、口元が動く。
「……ありがと。バイバイ」
走る馬車の音にかき消され、ソフィーの声はほとんど聞こえなかった。
でも、俺たちにはちゃんと伝わった。
俺たちは彼女に負けないくらい、大きく手を振って大声で応えた。
「またな、ソフィー!」
「元気でねー!」
「アオォーンっ!」
王都に行くときは、必ずマリウスさんの店に顔を出そう。
そう心に決めて、俺たちは馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
「――さてと。それじゃあ私たちも行きましょうか」
「あぁ……って、私たち?」
馬車が見えなくなった途端、エレンが急にそんなことを言い出した。
私たちって……ついさっき知り合ったばかりのくせに、何を言ってるんだこいつは。
「行くんでしょ、ボーダニア。私の目的地も同じだし、一緒に行けばいいじゃない。そ・れ・に……」
「わふっ⁉」
「クー・シーなんて珍しい妖精なかなか拝めないもの。仲良くしましょうね~」
「キャウゥン……!」
エレンはメルコを抱き上げて、わしゃわしゃと体をもふったり、顔に頬ずりしたりする。匂いをかいだり、鼻をツンツンしたりとやりたい放題だ。
つか、メルちゃんってなんだよ。
「お、おいっ、もうその辺にしといた方が……!」
絶賛トリップ中のエレンに、俺の忠告が届くことはなく。
次の瞬間には、メルコの我慢が限界を迎えた――。
「――えぇい、離さんか! 余は愛玩動物ではないのじゃっ!」
メルコはエレンに対し唸り声を上げ、牙を剥いて怒った。
エレンが驚いた拍子に、彼女の手から逃れる。
あーあー……どうすんだよ、この状況。
もはや言い逃れはできない。
喋る犬なんて、どうやって誤魔化せば……。
「……さすがはクー・シーね。人間の言葉を完璧に理解している。なんて知性の高い妖精なのかしら!」
……なんか、誤魔化す必要はないっぽい。
「ごめんなさい。あなたがあんまりにも可愛かったから、ついはしゃぎ過ぎてしまったの」
「まったく……解ればよいのじゃ。余を敬い丁重に扱うのであれば、また撫でさせてやらんこともないぞ」
「本当? なら、メルちゃんともっと仲良くなれるように頑張るわね!」
「め、メルちゃん⁉ 呼び名まで好きにしていいとは言っておらんのじゃ!」
「あははっ、よろしくね、メルちゃん♪」
「余の話を聞くのじゃーっ!」
よほどメルコのことが気に入ったのか、エレンは嬉しそうにメルコとじゃれ合っている。
当のメルコはというと、すでに自分の発言を後悔しており、自由奔放な発言を繰り返すエレンに辟易としていた。
一人蚊帳の外にいる俺は、
「――付き合ってられるか。さっさと町で飯にしようぜ」
一人と一匹を置き去りにして街道を歩き始めた。
今日はすでに色々とあり過ぎた。
上空からの紐なしバンジーの直後に、バカみたいにデカい熊と戦って。長時間代り映えのしない街道を歩かされたと思ったら、今度は盗賊団とのエンカウント。
これだけのイベントをこなしておきながら、未だ目的地の町は影も形も見えてこない。
初手から野宿だけはなんとしても避けたい。
そのためにも、こんなところで無駄な時間を使っている暇は――。
「ああああああああああああっ⁉」
「――うるっせえッ! 今度はなんだ⁉」
「報酬よ、報酬! 貰ってないじゃないっ!」
マリウスさんから貰うつもりだったもののことを言っているのだと理解して、俺は大きなため息をついた。
「別にいいだろ……半分は俺が倒したんだし」
「よくないわよ、ただ働きじゃない! あなたも貰う権利があったのよ⁉」
「だったら一人で馬車を追いかけてくればいいだろ。俺は先に町に行ってるけどな」
「ひどいっ。あなたちょっと冷たくない?」
「お前が守銭奴すぎるのが悪い」
「まったくじゃ。エルフとはもっと聡明なものじゃと思っておったが……認識を改める必要がありそうじゃな」
「お金が好きなエルフが居たっていいでしょ――あ、ちょっとホントに置いてかないでよ! ねえってば――!」
――ガルセイアに来て、およそ半日。
こうして、一人と一匹の旅路に、やかましい守銭奴エルフが加わった。
これからのことを考えれば、悩ましい限りで。
けれど、退屈な道中が一気に賑やかになったのは、そう悪いことでもないのかもしれない。