零話 経時との別れ
この物語はファクションです。
史実に即した話とフィクションを混ぜた物語であります。
諸説あり。
「三寅様。私、もう、耐えられません……。出家します」
三寅のいる御所で北条経時は出家を宣言した。
御所には、三寅と経時の二人しか居なかった。
出家を宣言した経時に対して三寅は少し表情を曇らせていた。
共に鎌倉幕府の政治を担ってきた二人だったが、それぞれの思想がぶつかり、いつからか二人の仲は険悪なものとなっていた。
しばらく黙っていた三寅は口を開き、答えた。
「初めて会ったのは、京都だったか? 私も、お前もまだガキだった頃だ。あのときの私は京都に行くのが楽しみだった。父上がいたことも、経時がいたから」
「そんな滅相もない……」
経時は顔を伏せた。
三寅は話しを続けた。
「時に経時よ。最近どうも顔色が悪いようではないか。まさか流行り病ではあるまい?」
「まさか、そんな……」
経時は手を振り、否定した。
そんな経時の顔は少し汗が滲んで、青白かった。
経時はいきなり出家を志した訳だが、唐突であったこともあり、何か急かしているかのようだった。
流行り病にかかったのは本当なのだろう。
三寅は顔をしかめた。
「経時。お前はまだ私よりも若い。早く元気になって、私の補佐や、息子の補佐をしてほしいのだ。何とか出家はやめることはできぬか?」
三寅はお願いをするのだが、経時は首を横に降った。
それから涙を流す経時。
いくら頼んだとしても、経時の決心は硬いものだと分かり、諦めるしかなかった。
「そうか。もう良い。お前に何度、言っても無駄であるな」
「そうでございます……」
「そうか。であるならば、好きにするが良い。それから金輪際、私の前に姿を現すことは許さぬぞ。良いな?」
経時は了承し、一回頷いた。
それから経時は問いかける。
「三寅様は、これからの幕府をどうするおつもりでしょうか?」
「そうだな。私は……」
経時は三寅の答えを聞き、目を見開いて驚いていた。
「それは誠にございますか?」
三寅は口角を上げて、笑う。
「まだまだ、私はやれる! この幕府を変えられる!」
「そうでございますか……」
若々しくも宣言した三寅に対して、少々引きつった表情を見せる経時だった。
その後、経時は執権の職を降り、出家した。
一方、三寅は反幕勢力を取りまとめ、得宗の北条家を排斥しようとする騒動を起こすことになる。
それは後に、『宮騒動』と呼ばれ、後世に語り継ぐ大事件であった。
これはそんな大事件を起こす、三寅の物語である。