第十二話「生々流転」②
そして、それを最後に奴はこの世から完全にその存在を消されてしまったのか、その名が再び銀河の歴史に登場する事もなく、やがて私達の戦いは最終章へと至った。
けれど、その戦い自体も、結局のところ……エスクロン社国自体が参戦していると言う事実を隠蔽していたユリコちゃんが終わらせたようなものだった。
あの戦いで彼女は、スナック菓子片手に欠伸をしながら、そりゃもう片っ端から、彼女の言うところのヤバい奴らを尽く薙ぎ払って、身も蓋もなく敵の大艦隊の指揮系統や、数多くの難敵達を一方的に蹂躙し、あっという間に戦いの趨勢を決めてしまった。
私と相対していた、私の仇敵たるクローン体ですらも、ユリコちゃんが何気なく放ったであろう流れ弾の収束レーザーがコクピットを直撃し、眼の前であっさりと消し飛んでしまい、盛り上がりも何もない……なんとも身も蓋もない終わり方をした。
戦いが終わり、あまりのあっけなさに誰もが釈然としないものを感じながら、降伏した敵の捕虜の供述や、双方の視点での戦闘の推移を分析していったら、エスクロンの「八咫烏」と言う長距離レーザー狙撃空中戦闘挺が遥か後方からズバズバ、ネームド級の難敵を身も蓋もなく片っ端から沈めていた事が判明した。
そして、そのパイロットの名は……あのユリコちゃんだった。
これが、帝国の軍神ちゃんの非公式ながらも、いきなりとんでもない戦果を上げてしまった衝撃のデビュー戦のあらましだった。
もっとも、それが一応公式デビュー戦とされているだけで、その前の時点で結構デタラメだったんだがね。
……当時の銀河史上最大レベルの激戦をいとも簡単にイージーモードにしてしまったと言うのは、その場にいた誰にとっても衝撃的な出来事で、その化物っぷりが遺憾なく発揮された一戦であり、敵だった奴らにとっては、間違いなく理不尽極まりない結末だった。
なにせ、敵の異世界銀河の連中にしても、それまでの戦いで幾度となく戦った奴らのオールスター編成みたいな感じで……。
数にしても、およそ尋常じゃない数を揃えてきて、後日検証の結果、数も質も向こうが上だったと判断されていて、上回っていたのは潤沢な補給物資くらいだったなんて、そんな勝ち目すら怪しい決戦のはずだったようなのだ……。
終わってみれば、向こうのネームド連中は全ての黒幕的な存在も含めて、尽くゴミのように仕留められてしまって、その異世界銀河の大艦隊は冗談みたいにあっさり壊滅して終わった。
彼女の戦闘業務報告日誌には「なんとも退屈な戦いだった」との一言だけが記載されていたという話で、異世界銀河の最大勢力とこちらの総力を結集した戦いは、終わってみれば、酷くあっさりと決着となった戦いとなり、その終結もまるで打ち切りエンドのように、静かにばっさりと終わった。
そして、彼女が本格的に……心の底から戦いを楽しみ、深い絶望を知ったのはその後に起こった……言ってみれば、取るに足らない戦いだった。
私は、その戦いの傍観者として見守っていただけだった。
そして、その戦いは公式にはシリウス連合の辺境流域の出城のようだった領域を巡る戦いだった。
もっとも、その戦い自体は、シリウス連合自ら喧嘩を売りに行ったと言う自殺行為としか言いようがない銀河帝国との紛争の末、そこが主戦場となっただけの話で、公式記録にもその領域は平和裏に銀河帝国に割譲されたとだけ記されている。
私は、その気になれば、彼女達の戦いを止めることが出来る立場だったのだけど。
結局、何も出来ず……彼女が心から愛し、通じ合った人と殺し合い、そして別離するのをただ漫然と眺めていただけだった。
そして、彼女はそれ以来、その一戦で燃え尽きてしまったかのように銀河の歴史の表舞台から姿を消した。
そして、時が過ぎ、その襲来がかねてから予想され、いよいよ始まった帰還者との戦い。
その戦いは、緒戦での銀河人類側の完封負けと言う衝撃的な結果となった。
そして、その主力は銀河辺境の雄……銀河帝国を蹂躙し、主星エスクロンの要塞中継港すらも陥落し、当時の銀河連合艦隊すらも凌駕する陣容を整えていたにも関わらず、銀河帝国軍は緒戦にて、屈辱的な敗北を喫したのだ。
入念にも程があると、私達にも言わしめるほどには、周到に準備を重ねていたのにも関わらず、緒戦敗退と言う結果となり、帝国も帰還者の実力を見誤っていたと認識し、帝国だけでは帰還者を正面からとても止められないとの結論を出していた。
当然ながら私達、銀河連合艦隊はもちろん帝国軍もその主力を襲来予想ポイント付近に集結させ、幾重にも重ねられた複層防御陣を作って、万全の構えでいたのだが。
敵の戦力はこちらの予想を軽く上回っており、結局可能な限りの準備と空前の戦力を用意していたにも関わらず、私達は敗北した。
そして、帝国軍の主力が敗走し、銀河系最外端部に位置していたエスクロン星系に敵の主攻が集中し、中継港が陥落……更に帰還者の攻勢は通常宇宙空間側にも及び、銀河帝国は銀河から消滅する……そう予想され、銀河帝国の建国以来散々辛酸を舐めさせられていた銀河連合諸国の支配者達はこぞって祝杯を上げ、私達銀河連合軍に帝国を見捨て、境界線までの撤退命令を下命したのだ。
もちろん、私達はその命令に抵抗し、銀河連合諸国の支配者達に帰還者の脅威が帝国を蹂躙する事だけに留まる保証は無いと、再三説明したのだが。
彼らは、お得意のお花畑理論を持ち出して、もはや意味不明の事を力説し始めた。
曰く帰還者達は、帝国の重武装主義に反応し、執拗に帝国を攻めているだけであり、武器を持たない平和を愛する本当の銀河人類へ手出しをするはずもないなどと断言し、銀河連合艦隊にも直ちに武装解除を行うように命じてきたのだ。
……さすがに、私達ももはや呆れ返って返す言葉すら無く、武装解除命令にも従わず、徹底抗戦を続け、銀河人類を死守する事を決意したのだが……。
そんな私達の思いを嘲笑うように、彼らは自ら編成していたエーテル空間のゲート防衛艦隊や、数多くの防衛施設まで自らの手で破壊し、これで一安心と嘯いていたのだ。
……結論から言うと、あったりまえのようにそんな事はなかった。
奴らが目指していたのは、エーテル空間中央ストリームの中心エリア……ゼロストリームと呼ばれるドーナツ状の流域で、そこには銀河連合の中枢施設などが集中しており、更にその中心部……次元境界面を超えた先には銀河系の中核コアたる宙域へと続くと言われていて、かつて一度も解放されたことがない超空間ゲート「グラウンド・ゼロ」が存在していた。
そして……帰還者達はそこを最終攻撃目標としていることが判明したのだ。
その上で、シリウス黎明期から続く由緒正しい貴族の一人が自分達が「グラウンド・ゼロ」の制御遺跡の発見者の末裔にして、管理者であると打ち明けた上で、過去に発見された先史文明の残した取説のようなものを私達に提供してきた。
その取説のようなものには、絶対にこのゲートを開くなとこれでもかと言うほどに念押しされており、「グラウンド・ゼロ」を開いた瞬間に、エーテル空間は一瞬で崩壊すると記載されていたのだ。
要するに「グラウンド・ゼロ」自体が超空間ゲートというよりも、エーテル空間のゼロ・リセット装置のようなものだったのだ。
なにせ「グラウンド・ゼロ」の相対解放座標自体が、ゲートの向こう側の銀河中心部に存在する極大ブラックホールのど真ん中だと予想されていたのだ。
そんな物を開放した日には、無限大とも言われる超級ブラックホールの重力波により、エーテル空間そのものが一瞬で崩壊するのは、確実だった。
この報告は、中央ストリーム周辺をその勢力範囲とする銀河連合中央諸国の重鎮達を、そのお花畑な空想から目覚めさせ、心胆を寒からしめるには十分な知らせであったのだが……それでも彼らは動かなかった。
そして、辺境流域での帝国の戦いを対岸の火事と捉え、何の備えもしていないどころか非武装中立を標榜し、自らの防衛戦力すらも放棄していた中央諸国についても当然のように厄災に見舞われることとなった。
まず、帝国との国境ラインの星系国家「タンデライオン」が愛と平和のムーブメントと称して、電飾一杯でファンシーなデザインな「平和船」と称する船を出して、「帰還者」達を歓迎しようとした。
当たり前のように平和船は秒で粉砕され、続いてノーガード状態で開放されていたタンデライオン星系のゲートもあっさり突破され、帰還者に通常宇宙に侵入された末に、居住惑星の全住民が一人残らず虐殺された。
彼らは、最後まで平和を愛し、神に祈れば帰還者とも解り合える……とかなんとか、言っていたようだったが、私達に言わせれば当然の結果だった。
かくして、さしもの中央諸国のお花畑共も、このまま座していてもタンデライオンの二の舞いになるだけと悟って、大慌てで迎撃体制を整え始め、私達銀河連合軍にも完全に手のひらを返し、全権委任の上で人類絶対死守命令を下した。
もっとも、それは今更感は否めず、ようやっと無制限出撃命令の下りた銀河連合艦隊の切り札……中央艦隊の動員も、戦局には全く寄与せず、あっけなく本丸たるゼロストリームを脅かされると言う最悪の状況と化してしまった。
当然ながら、その戦いはだだっ広いだけで中枢施設群の設置された浮島以外には何もなく、その上で縦横無尽に各所からストリームが接続されている……攻めやすくて守りにくいゼロストリームを舞台としたものとなり、その戦いは極めて不利な戦いとなった。
それ故に、私達もヒット&アウェイでの削り戦術や、拠点に立て籠もっての籠城戦とか……なんだかショボクレた勝ちの見えない戦いばかりに、終始していたのだけど……それでも、貴重な時間を稼く事自体は成功していた。
当然ながら、この戦いはこの上なく厳しいものとなり、一戦ごとに数十隻単位の損害を出し、私も何回も戦死したし、グエン提督あたりになるともっとド派手に死にまくっていた。
そして、帰還者達が「グラウンド・ゼロ」への到達を戦略目標とし、銀河連合艦隊との戦いに固執し、こちらもある程度対応に成功し、とにかく負けない事を目的とした持久戦に徹したことで、その戦いは長期消耗戦の様相を呈し、いい加減向こうの攻勢限界が近づいたところで、いよいよ帝国軍の逆襲が始まった。
まず、帝国軍は敵中に孤立していたエスクロン星系の本土決戦で、衛星軌道上の攻防という絶望的な状況からの劇的な逆転勝利を演じ、その侵攻を統率していた大型統率個体を撃破し、侵攻軍を完全に殲滅したのだ。
そして、その本土決戦を指揮していたのが、とっくに戦死したと思われていたゼロ皇帝その人で、その先陣に立っていたのが、あのユリコちゃんだったと言う話を聞いて、私はむしろ当然の結果であり、同時に山を超えたと理解していた。
やがて、エスクロンの帝国宇宙艦隊は、中継港のゲートを通常宇宙側から強引に開き、その中から、膨大な数の地上軍と、尋常ならざる数のエーテル空間戦闘艦を送り出してきて、エスクロン中継港を占拠していた万単位の小型種を軽く殲滅し、包囲していた帰還者達の軍勢をもあっさりと粉砕せしめてみせた。
いずれにせよ、それは私達から見て……敵の侵攻線の最後尾での戦いだったのだが。
その勝利は直ちに戦局を変えうると判断し、反攻作戦に取り掛かった。
その上で、絶妙なタイミングでのエスクロン星系中継港の奪回に呼応するように動き出したのは、帰還者達に押しのけられるように撤退していったはずの帝国軍残存艦隊群だった。
彼らは、一気呵成にタイミングを揃えた上で反攻作戦を開始し、たちまち分断された国土連絡線を回復し、その結果、帰還者達の退路と補給路を同時に絶ってしまった。
元々、帰還者自体も大半の戦力をゼロストリームに集中し、蹂躙突破した帝国領についても、まるで興味がないように放置され、ゲート奪還の動きがあれば呼応する程度だったこともあったのだが……完全にノーマークに近いような状況だったのだ。
そして、帰還者達を研究し尽くした上で、新戦術と新兵器を携えて、それらに対し最適化された膨大な数の帝国軍を送り込んで来た事で、後方の帰還者達はたちまち蹴散らされ、帰還者達は退路を絶たれ、銀河中央方面に押し込められることとなった。
そして、その上で圧倒的多数の艦隊で、ゼロストリームのあらゆる方向から帰還者達の主力に総攻撃を行うべく、全周包囲網を完成させて、一斉に押し寄せる事で、結局帝国軍はほとんど一撃で勝負を決めてしまった。
……そして、その先陣を切って、帝国軍の反攻の原動力となったのは、他ならぬユリコちゃんだった。
失意と傷心の末、戦いを拒絶して、二度と表舞台に立つことも無いだろう……等と私は勝手に思いこんでいたのだけど。
彼女は、帝国の危機を打破すべく立ち上がり、軍神そのものと言って良い戦いぶりを見せつけた。
もっとも、この頃のユリコちゃんにとっての軍勢を率いるというのは、割りとシンプルで「私が先陣切るから、皆……後の事はよろしく~!」なんて軽い感じで先陣切って、一番強い敵めがけてまっしぐらに突っ込んでいってしまうものだった。
その上で、味方の帝国軍は彼女を最大限フォローすべく、その総力をあげると言う始末で、もはや作戦もへったくれもない破茶滅茶なものだった。
もちろん、彼女の出撃に至るまでは、無計画どころか至って周到なもので、そもそもユリコちゃん自身もその本来のポジションはゼロ皇帝の座乗艦の筆頭護衛役で、予備の予備のそのまた予備……要するに、最後の切り札的なポジションだったのだけど。
その割には、エスクロン解囲作戦の時点で、何故か先陣を切って戦っていたようだし、それ以降の作戦にも幾度となく先陣切って参戦していたようだった。
そして、ゼロストリームでの最終決戦が始まるとそれまで彼女は、最初は最後方にて戦況を俯瞰的に眺めるに留めていたようなのだが。
唐突に「よし! あいつを殺せば万事解決!」とか言い出して、作戦も何もかもを無視して、単騎で飛び出して行ってしまったのだ。
もっとも、帝国軍の作戦参謀ユニットは、かねてより幾度となく彼女に振り回された上で、その異能としか言いようがないチート能力についても大方把握しており、帝国の最高権力者……ゼロ皇帝もそこら辺も織り込んだ上で、すぐさま彼女のフォローを全軍に命じていた。
……要するに、当時の帝国軍のお約束のような展開ではあったのだが。
その時もやっぱりそうなった。
もっとも、なんだかんだで彼女の単騎駆けも、届かなかった末の敵中孤立とかはならずに、全軍挙げて彼女のフォローに走るという軍事組織として、信じがたいような真似をやってのける事で、その刃は敵の急所に確実に食い込むことになってしまうのだ……。
実際、帰還者との最終決戦では、こちらの戦艦クラスをまとめてぶつけてもまるで歯が立たなかった超大型km級ドラゴン型母艦……コンダクター級をユリコちゃんは単騎であっさり撃破してしまった。
いかんせん、この時の戦いはこちらの勇み足で、帝国軍と足並みを揃えずに銀河連合艦隊単独でコンダクターへ挑んだ結果、軽く全滅するというメタクソな被害を受けていて、最後尾にいた大和の頑張りがなかったらコンダクターがグラウンドゼロへ到達していた……それくらいには無様な負けっぷりを呈していたのだ。
そして、大和の自爆特攻で弱っていたコンダクターは、ボロボロになりながらも後退しようとしていたのだが……後ろから追撃していたユリコちゃんにあっさりと仕留められてしまった。
なにぶん、彼女はエスクロン本土決戦ですでに同型のコンダクター級を仕留めており、二度目と言う事で、たかが一機のナイトボーダーで本当に無造作に沈めてしまったのだ……。
その結果、帰還者達は一瞬で統率を失い壊乱し、逃げ場もないまま、容赦なく押し寄せる帝国軍と永友提督率いる銀河連合艦隊の残存兵力に成すすべなく殲滅されてしまったのだ。
彼女の常套手段……いわば首刈り戦術については、毎度毎度、その根拠については、もはや誰にも理解出来ないもので、何故その敵を狙った? と聞きたくなるような敵を真っ先に沈めて、後々それが敵の中枢だったと判明するとか、そんな調子だったのだが。
この時の戦いもそれを遺憾なく発揮し、ギリギリのところで銀河の命運を繋いでくれたのだ。




