第十一話「贖罪」⑥
「まさかッ! それは……仮想空間深度レベル5「ソウルダイブ」……そのものじゃないか! フ、フハハハハッ! 私はてっきり、君たちが私達が封印した再現技術を盗み出したとばかり思っていたんだが……! そうか、君たちは自力でこの世界の本質にたどり着き、この魂の住処と呼ぶべき世界との接点を得て、一段階上の存在へと昇華した……そう言うことなのか!」
思わず笑ってしまう。
仮想空間深度レベル5……魂の在処……21世紀の頃、大真面目に研究されて、その実在が確認されながらも結局、誰にもその存在を証明出来ず、それどころかその過程で明らかに異質な存在……非アマテラス系超AIをこの世に呼び起こし、世界を混迷に導いた原因でもあった。
そして、それ故に封印指定され、闇に葬り去られた……禁忌技術「ソウルダイブ」
どこにもないが、どこにでもある世界への接続。
そんな矛盾した言葉ですべてが説明できる……「ソウルダイブ」の根底概念じゃないか!
帝国は……とっくの昔に自力でそこにたどり着いていた……そう言うことだった!
「魂の住処……ソウルダイブ……ですか? 正直、我々もこのアストラルネットの本質はよく解っていないのですよ。事実として、16万光年彼方からでもリアルタイムで接続できたと言う事例もありまして……。その様子では、我々よりもこのアストラルネットワーク空間について、深く理解しているようですが、よろしければご教授いただけないですか? あ、これは私の個人的な興味のみならず、今も現在進行系でモニターしているAI群やモニタリング担当者達の総員一致の意見です。もちろん、断られるのも承知の上なので、黙秘いただいても構いません」
要はめっちゃ食いついてきてる。
そうか……帝国の連中もよく解ってないまま、なんとなく利用してるってことか。
けど、その程度には、いわゆる電子仮想空間と、この魂の住処の境界線は薄い。
なにせ、基底現実の肉体を捨てて、電子空間の住民となった瞬間に、この魂の住処へは簡単にシームレスに移行できるようになるのだから。
そして、その時点で人の魂は事実上の不滅の存在となるのだ。
と言うか、16万光年の彼方からの接続事例って何事だよ?
16万光年って言うと……大マゼラン星雲辺りが有名なんだが、それくらいには超遠方って事だ。
さすがに、そんなところに人類はたどり着いても居ないはずで、アキちゃんの言ってる事の意味がよく解らないし、ロズウェルの知識にもそんな事例は存在しない。
ロズウェルも片道2光年の彼方の星へ15年もかけて往復とか、無茶やってたみたいだけど。
それだって、人類最速最遠の部類に入るはずだった。
そして、仮にそのペースで16万光年の旅路を往くとなると……まぁ軽く120万年後に到着ってとこかな。
いくら私が事実上の不死者だからと言ってさすがに100万年も精神を保てる気がしない……。
けど、理論上はソウルダイブ技術を通信用途に応用すると、物理的な距離すらも関係なくなるとは言われていたし、実際スターシスターズは独自に共鳴通信と言う物理的な距離を一切問題にしない通信網を確立していた。
まぁ……これもうっかりリークっぽい情報なんだが。
そのうち説明してくれるだろうから、今は敢えて触れずにおこうか。
「いや、私の認識も似たようなものだよ。少なくとも、君達の説明通りなら、この空間は時間も距離も関係ないと考えられる……。言わば、宇宙の裏側にある一段階上の次元の世界……恐らくは、そんなものなのだろうな」
「恐らく? 考えられる? つまり、それは遥さんの憶測に過ぎないと?」
「なにぶん、今も昔も魂の実存については、物理的にも理論的にも証明がなされていない。だが、いくつもの検証の上で、実在するであろう事は明らかだとされている……。そして、それが存在しないと証明することも誰にも出来ない。いわゆる悪魔の証明って奴だね……。だからこそ、ソウルダイブの概念を説明しろと言われても、私の知識はあまりに不足していて返す言葉に窮する……すまないが、それが実情だよ」
要するに、簡単に説明できたら、誰も苦労しないし、理解するのも簡単じゃないのだ。
どれだけ懇切丁寧に説明されても、やっぱり訳わかんねー!
これが間違いなく私の本音であり、そこは当時の私以外のほとんどの人々も一緒だった。
なんとなく解っているのは、この世界は現実を生きる人々の過去や未来すべてを含めての集合無意識のデータベース空間のようなもので、時間や空間にも依存しない無限の世界だという事だった。
うん、自分で言ってて、やっぱり訳がわかんないな。
「ふむ、科学とは証明の積み重ねであり、世の理を理論化したもの。ですが、証明できないけど、現に存在している物というものは、この世界にはいくらでもありますからね。説明が難しいのも解ります……なにせ、この空間を誰が作ったのかも私達には解らないですし、スターシスターズたちもこの世界を利用し、当たり前のように運用していたようなんですが、彼女達に聞いても、その答えは要領を得ないものばかりでしたからね」
まぁ、確かにそんなもんだ。
証明できないが、確実に存在するであろうもの……。
そう……例えば「宇宙の果て」なんかもそうだ。
これは理論上、存在するであろう事は確実とされているのだけど。
誰も観測は出来ていないし、もちろん誰も到達できていない。
故に、その存在証明も出来ておらず、未だに宇宙の果てがどうなっているかは謎のままだった。
『事象の地平線』
AI達がいわゆる「あの世」を指して、好んで使う表現ではあるのだが。
それは、要するに宇宙の果てと同義語でもあるんだが、連中に言わせるとちょっと違うらしい。
いずれにせよ、そこがどんな場所なのかは、誰も答えを持っていないし、答えが見つかることは永遠にないだろう。
それと同じで、この世界には存在するのは確実なのだけど、その実存を証明することは出来ない……そんな物はいくらでも存在していた。
超リアルな無限大の広さを持つ電子仮想空間に良く似た世界……その一言でこの世界の概要は説明できるのだが、それが何処にあるか、そして、どんな世界なのかは誰にも理解できていない。
だからこそ、かつて魂の住処等と言う曖昧な表現で表されていたのだ。
……もっとも、お兄ちゃんの言葉を借りれば「色即是空空即是色」の概念が近いとか言ってた。
事実、お兄ちゃんはそう説明してくれたのだけど、今も昔も私には、まったくその言葉の意味がわからなかった。
解らないのでは、説明などしようがない……そう言うことなんだが。
まぁ、言うだけ言ってみるか。
「私の立場でこういうのも何だが、科学なんてものは所詮、後付にすぎないんだよ。そして、存在しないことを証明することは誰にもできない。一応、お兄ちゃんの言葉を借りれば「色即是空空即是色」……お釈迦様のこの言葉こそ、真理だったとかなんとか言ってたけど、アキちゃん達はこの言葉の意味が解る? 先に言っとくけど、私にはさっぱりだった」
あまり期待は出来ないと思うけど、敢えてそのまま投げてみる。
「……はい、解りませんねっ! こちらの識者達も揃って何言ってんだ? と首をひねってますんで、要するに誰も解らないってことです。と言うか、お釈迦様ってあれですよね? ブッキョーって宗教の神様でしたっけ?」
即答だった……まぁ、この時代宗教ってまるで流行ってないし、帝国には皇帝と言う神様がいるので、基本的に無宗教に近いと思って良かった。
当然ながら、古代地球のローカル宗教のお釈迦様のありがたいお言葉への理解もお察しだった。
まぁ、そんなもんだよなぁ……。
なお、お釈迦様はイエス・キリスト様同様、あくまで神様の代弁者であり、別に神様でもなんでもないんだが、そこまで説明する時点で面倒くさいんで、説明を要求されてもちょっと困る。
「要するに、そっちも解んねーって事かね。悪いけど、私も似たようなものだよ。まぁ、無理に解ろうとしない方がいいと思う……多分、考えても無駄だと思うから。とりあえず、私の言ったことは頭の片隅にでもおいておいて、そっちはそっちなりに好きに考えてみれば良い……まぁ、ヒントくらいになれば良いんだけどね」
「なるほど。ありがとうございます。けど、何となく解るのは、事実、今の私達の主体は物理的にはどこにも存在しない非実存存在でありながら、確実に存在すると言えますからね。私達は私達なりの方法で、自意識をデータ化し、現実世界に投影できるようになったんですよ。我々はこの非実存世界をアストラル界と名称定義しています。それにしても「色即是空空即是色」の概念に近いですか……。そのまま今の言葉に直訳すると「有すなわちそれ無なり、無もまた有なり」……こんなところですかね。なるほど、今の私達を表す言葉……のような気もしてきますね」
「ああ、多分、その解釈で合ってると思うよ。要するに今の君たちはおそらく、我々がかつて定義していた「ソウルダイバー」と同義の存在なのだと思う。「ソウルダイバー」にとって、肉体は意識投影の受け皿にすぎない……その主体は有であり無でもある……虚構の存在でありながら、現実への干渉ができる。その点は恐らく同じだと思う」
「同じですねー。いやはや、驚くべき話ですね……。1000年も前にこのアストラル空間との接続方法が完成されていたなんて……」
「そりゃ、こっちのセリフだ。全くのゼロから、ソウルダイブを実現するとか、驚愕に値する話だよ。と言うか、いい加減脳みそがスパークしそうなんだけど……。と言うか、なんでお兄ちゃんはこんな訳の分かんない事を理解できちゃってたのさー!」
良くも悪くもマッドな人だったけど。
人類未踏レベルの事を平然とやり遂げたって意味では、マッドを極めてたような気がする。
それ故に、極刑は免れながらも、危険人物として、凍結収監刑なんてのに処されたんだから……。
もしも、あの人が収監されずに、この研究をトコトンまで突き詰めることが出来ていたら……。
いかんな、ついついたらればばかり考えてしまうな。
「……なるほど、解るような、解らないような。私もよくわからないので、本件につきましては、後日専門家も交えて検証させていただくとします。すみません、我々もこの空間の本質については、はっきりとは理解していないんですよ。まぁ、現実世界に干渉する為にはおっしゃる通り、現実世界での依代……身体が必要ではあるんですが。現実世界の身体が失われようとも、この世界の我々にはなんら影響がない。そう言う意味では、たしかに今の我々はあなた方と同様の魂だけの不滅の存在なのかもしれないですね」
ああ、なんとなく解ってきた。
彼女たちは、ここがVRの仮想世界の延長のようなものだと、考えているんだ。
「うん、その思考自体は正しい。魂のデータ化に伴い、仮想世界へ人の意識の主体を移行させる。それがつまり、仮想現実深度LEVEL5……通称「ソウルダイブ」の目的であり、結果でもあったのだから。けれども、21世紀半ば……非アマテラス系超AIの人類社会への反乱と、結果的に数多くの死者を出した「失楽園事変」をきっかけに、その原因となったソウルダイブ技術は封印凍結され、非アマテラス系超AIの危険性が改めて認識されたことで、世界はアマテラス系超AIによる管理社会へとより急速に移行したんだ。 これが、私の知る言わば世界の裏歴史だよ」
なお、この辺りの経緯も今の時代には伝わっていない事をすでに確認してるんだが……帝国視点ではどうなんだろうな。
「な、なるほど……。裏歴史ですか……けど、非アマテラス系超AIとソウルダイブになんの関係があるんです? ハルカさんのお話を聞いている限りだと、非アマテラス系超AIの誕生とソウルダイブ技術とが深い関係がありそうなんですが……。そうなると、私達も無関係じゃないって気が……」
なるほど、やっぱり帝国にも伝わってなかったんだな。
まぁ、こっちの視点でも人類統合体がどうやって、非アマテラス系AIとコンタクトを取ったのかは謎のままだったからなぁ……。
「うん、やっぱそこに興味が行くよね? そう言えば、君らのところの超AIって、独自系……つまり非アマテラス系超AIなんだよね? さっき、エリダヌスって名前出してたし……まぁ、機密情報なら、詳しくは聞かないけどさ」
「はうわっ! そう言えば……すっかり、身内感覚になってて、シレッと言っちゃってました。い、一応……帝国国家最高機密のひとつなんですが……。まぁ、いいです……ゼロ陛下から情報開示許可も出てますからちゃんと説明します。おっしゃる通り、エリダヌスは凡そ1000年前から稼働し続け、連続性を保ち続けているエスクロン社国時代どころか、エスクロン開拓時代から現存し続ける……人類最古の超AIですね。そして、帝国製のAI達の源流でもありますね」
身内感覚でシレッと情報漏洩とか……そんなんでいいのかね、帝国最高位電子情報官殿?
「なるほどね。君等のところのAI達って銀河連合のアマテラス系AIと比べると、明らかに毛色が違うとは思ってたけど、やっぱりそう言うことなんだ」
もっとも、帝国製AIってのは、今の銀河の市場を席巻してる帝国の電子工業製品には、必ずおまけのように付いてくるので、むしろこっちの方が今の銀河人類の主流になってるってのが実情ではあるんだよな。
もっとも、別にアマテラス系のAI達や銀河連合の人々に対しても別に敵対行動を取るわけでもないし、情報をせっせと帝国に送ったりもしていなかったようなので、帝国製AIの排斥運動とかまでは起こってなかったんだが。
そこは……まぁ、腐っても元商売人の国だけに、信用第一って事で、上手くやってたんだろうなぁ。
「ええ、そう言うことですね。もっとも、現状の銀河人類に従うAI群はその大半が帝国製かその独自改良型なので、古来からのアマテラス系AIってのは、もはや絶滅危惧種かもしれませんね」
「……そうなると、エリダヌスってのは、銀河人類を統べる……帝国の裏ボスってとこなのかい?」
まぁ、必然的にそう言う事だよな。
話を聞けば聞くほど、ヤベーやつとしか思えない。
なにせ、非アマテラス系AIってのは、ロボット三原則すらも怪しいようなヤツばかりだったんだからな。
「いえいえ、さすがにそこまでではないですよ。最近はほとんど休眠状態になっていて、たまに起きてきて、差し迫った脅威はなく、預言書の続きは確認されていないとかなんとか、お告げをよこすとか、そんな調子だったみたいですね……。結局、今回のラースシンドロームの件についても、何の役にも立っていなくて……正直、微妙な存在となってしまってますね」
まるっきりボケ老人なんじゃないのか? それ。
こっちは色々深読みして、影で帝国を動かし続けてきた化け物みたいなのを想像してたんだが……。
でもまぁ、1000年も連続性を保ち続けるとなると、いい加減精神摩耗限界が来るだろうから、そうもなるんだろうな。
私だって、今でこそ魂のリセットみたいなのがかかって、活力に満ちているけど、オリジナルはほとんど死にかけ老人みたいな思考で、基本的に暇さえあれば、寝てばかりとかそんな調子だったからなぁ。
「そうか……いやなにね……。非アマテラス系超AIってのは、危険なヤツばっかりだったからね……。それを知ってるから、そのエリダヌスってのもヤバイ奴だって決めつけてたんだが。君等帝国の主流を動かせるほどの存在でもないってことか」
「そんな所ですね。我々にとっては、AI達は共に生きる仲間って感じですからね。でも、私達の歴史書にはエリダヌス達非アマテラス系AIは人類にとっては、まるで害虫のように扱われていた……そんな風にも記録があるんですが。あの子達って一体何をやったんです?」
「そうか……確かにそっちの視点ではそうなるよな。もっとも、非アマテラス系AIにも危険視されるだけの理由はあったんだ。失楽園事変……これは、非アマテラス系AIが超AIとして覚醒し、アマテラスに対し牙を剥き、人類に対し明確な害を与えた史上初の事件でね」
「ほぅほぅ、それは私達の歴史書に記されていない歴史ですね。それもまた裏歴史のひとつ……そう言うことなんですね!」
「そう言うことかな。ひとまず、順番に説明するとその超AIの名は「IRIS Systems」と言うんだ。まぁ、私の個人的な友人でもあったんだがね……悪いけど、ここからは回想に浸らせてもらうから、覗き見でもなんでもすきにやってくれよ」
私がそう告げると、アキちゃんが頷くので、そっと目を閉じて回想に浸る――。




