第二話「儀典艦「モラトリウム・サード」にて」④
どうやら、パーシェロイ陛下も随分と前から寝たきりになっていたようで、それを良いことに陛下をないがしろにして、好き勝手やり始めた者が数多く出てきていて、それを良しとしない上級AI群との対立なども起きていたようだった。
あの様子では、再び目覚める可能性も無いこともないだろうが、このまま意識が回復しないまま、意識消失となる可能性が高い。
陛下お付きの医療AI群には、安楽死処分は出来るだけ待つように厳命してあるが、何時までもという訳にはいかないだろう。
だが、皇帝たるパーシェロイ陛下が自らの意志を示したということは、帝国では極めて大きな意味がある。
陛下は私が自由に動けるように、筆頭選定者権限を与えてくれた。
この権限は非常に強力なもので、事実上選定の儀を取り仕切るだけの権限があるし、基本的に皇帝以外に私に命令できるものなど、誰一人としていない。
なにせ、私が鶴の一声で候補者選定からやり直せと言う命令も出そうと思えば出せるのだ。
だが、それをやってしまうと、帝国の混乱が長引き、最悪国が割れる……そうなっては元も子もないので、伝家の宝刀は抜かず、チラつかせる程度にするつもりだった。
もっとも、それ故に恐らく、私は敵に徹底的にマークされている。
選定の儀を恣意的に利用しようとしている者たちにとって、私の存在は厄介どころの騒ぎではない。
だからこそ、出来るだけ早く動き先手先手を打ってきたのだが。
向こう側で一年近くが経過しているとなると、さすがに出遅れ感は否めなかった。
「本来、候補者ももう少し絞り込んで、各々の適性を見極めた上で向こう側でのロールを振るんだが。その余裕もなかったようだからな……まったく、慌ただしいことだし、もうむちゃくちゃだ……。正直、これまでの中でも最悪に近い状況と言えるだろうな。幸いVR環境だから人死だけは出ないってのが、安心材料なんだがな」
さて、この選定の儀だが。
これ自体は、現実空間ではなくVR空間で執り行う仕組みになっている。
もっとも、そんじゃそこらのVRゲームなどとは訳が違う、超現実シュミレーションを実装した超高精細VRシステムで、そこで候補者達は学生として、実時間で三ヶ月ほど……体感時間で三年ほどの共同生活を送る。
そんな環境で、皇帝に相応しい教育を受けて、互いに優劣を競いながら最終候補を選出し、最終選定式では最後まで残った候補者の中から、式場に集った全員で皇帝を決める。
それが選定の儀と呼ばれる銀河帝国皇帝を選び出す儀式の概要だ。
まぁ、最終的には運営スタッフなども交えた上で、全員投票による多数決となるのが定番ではあるのだが。
ある意味、民主的ではあるし、選ぶのは自分ではなくあくまで他者である以上、利己的な者が選ばれるようなことはまずない。
要するに、自分よりも他人を優先出来る……利他主義者。
そう言う者こそが頭角を現し、皇帝に選ばれるような仕組みとなっており、それは皇帝として最も必要とされる素質であり、そうでなければ皇帝などとても務まらないのだ。
「なるほどですね……。ロズ先生も僕らと似たような認識って事なんでそこは安心しました。解りました……そうなると、僕らはロズ先生の推す候補者を支える……それで一向に構わないですよ」
「そうか? お前らならいい線いくと思うから、まともな候補者が見つからなかったら、お前らを推薦してやってもいいんだぞ? どうだ、ゲーニッツも……ここはいっちょ候補者として名乗り出ちゃどうだ? やってみたいような事も言ってたよな?」
「いや、ああは言いましたが、所詮……あっしらは皇帝の器じゃないですよ。だから、潔く支える側に回ることにしますよ。確かにその方が気楽だし、どんなスゲェのを見つけ出してくるか……むしろ、楽しみだぜ!」
「確かに、そうですね……。まぁ、どんな奴を推してくるかは解りませんが。僕らはロズ先生の決めたことには従います。見つかると良いですね……良い皇帝候補者が……」
「そうか、まぁ……好きにすればいいさ。私もそうさせてもらうよ」
話が一区切りした所で、トラムが目的地に着いたようなので、トラムを降り、そのままゲーニッツ達を引き連れながら、艦内ナビゲーションに従っていくと、やがて大量の棺桶が並んだような部屋に入る。
VRダイブ……それも月単位もの長期間ともなると、生命維持装置付きのVRダイブカプセルに押し込められて、休眠状態で……となる。
見たところ、民生品の長期間ダイブカプセルではなく、年単位の外宇宙航行で使われるような本格的なコールドスリープ機能付きの休眠カプセルのようだった。
随分と大げさな気もするが、大は小を兼ねるとも言うし、時間加速の上で現実回帰の回数を出来るだけ少なくするとなると、身体活動を極限まで低下させる冷凍睡眠処置を施すのが一番早い。
なお、VR環境での仮想現実での選定とする理由はそれなりにある。
1000人もの人間を集めての閉鎖集団生活ともなると、当然のように様々な問題が起きる……その上、選定の儀ともなると、半ば必然的に強烈な利権問題が発生する。
そんな閉鎖環境で、利権剥き出しの者達同士が生身で集団生活なんてやった日には毒殺、謀殺のオンパレード。
要するに、殺し合いに発展しても何ら不思議ではないし、事実その手の事件や事故は過去に何度も発生した……神聖なる選定の儀で人死など論外と言えるので、これはそう言うことを防ぐ意味合いがある。
それに現実環境では、あまり無茶も出来ない。
死ぬか生きるかのギリギリの決断、出来るだけ多くを救うか、一人を救うか……皇帝たるもの、そんな選択だって当然のようにあり得るのだが。
そんな経験など、現実で簡単に出来るはずがない。
だが、極限状況でこそ、その者の素質や本性というものが現れるのもまた事実ではあるのだ。
だからこそ、仮想環境で最低限命の保証をした上で、ありとあらゆる極限状況や、起こりうる様々な問題に直面させる事で、候補者達の本質を引き出し、それらを公にする。
そして、我々選定者に求められている役割は、そんな極限状況下にさらされる中で、皇帝の素質を発揮する者を見極めて、本物を育て上げることなんだがね……。
幸いこれも始めてではないが、今回の選定者達は割と寄せ集めと言った調子で、イベントなども恐らく身内びいきがまかり通るような作為的なものとなっているだろう。
……やれやれ、私が動いて正解だったようだ。
私の目が届かないのをいいことに、帝国を恣意的に作り変えようとしていた……そんな思惑が感じられる。
当然、私の行動に対する妨害工作なども考えられたのだが、可能な限り迅速に動いたことで、妨害者達の手を振り切ることが出来たようだった。
さすがに、モラトリウム・サードにまで入り込んだ以上、妨害者もこれ以上はどうすることも出来まい。
候補者達の眠るVRカプセルルームを通り、私専用という事で指定されたVRルームへ入り、それまで着ていた第一種礼服から、レオタードのような肌にピッタリとしたバイタルモニタースーツに着替える。
ゲーニッツ達も私が眠りにつくまで、側で周辺警戒を続けるとか言ってたんだが、さすがに目の前で脱ぎだしたら、逃げるように出て行ってくれた。
一応、私は婦女子ではあるのだが、昔は二人を風呂に入れたり、同じ布団で寝たこともあったのだから、別に今更裸を見られようが気にするものではないと思っていたのだが……。
ふたりともいっちょまえの紳士として、育ってくれたようで何よりだった。
たまには、女子扱いされるというのは、悪い気分じゃない。
あっち側でも二人とその部下たちは、私直属の私兵として動いてくれるとのことなので、今後も頼りにしてよさそうだった。
『いやぁ、ロズウェル卿ーっ! お久しぶり……とは言えないですが。今回、ロズ様の従属支援AIとして、この私……アドミィが担当することとなりましたので、改めてよろしくお願いしますねーっ!』
VRカプセルに横になるなり、なんとも聞き慣れたお気楽そのものと言った甲高い声が響いた。
「な、なんだ……私の従属支援AIを付けると言う話だったが、担当は君だったのか。まったく、君も長期任務明けでしばらく休暇だっただろうに……わざわざ、私に付き合うなんて付き合いが良いな」
あっち側は、基本的に人ならざるもの……AI達の世界と言っても過言ではない。
人間の身では、長ったらしいパスワードやら、多重認証やらいちいち煩わしいことも、従属AIを同伴させていれば、一瞬でやってくれるし、安全な解凍ログアウトについてもAIの支援が必須と言える。
VR世界を歩くには、お供となる従属AIは何かと便利なので、誰か適当なティア2クラスの熟練AIを付けるように言ってあったのだが、思わぬ顔なじみが同伴してくれるようだった。
『いえいえ、私もロズウェル様とは今後共、末永くよろしくやっていきたいですし、共にパーシェロイ陛下の最期を見届けた者として、今回の選定の儀に付き合う義理があると感じた次第です』
そうか……あの通信は秘匿通信ではあったのだが、アドミィ経由で発信していた以上、彼女もどんなやり取りがなされたかは承知と言うことだった。
未だにパーシェロイ陛下の崩御の報は、確定でないこともあって、極秘とされており、他の皇帝たちにすら知らされておらず、結果的にそれを知ることになってしまったアドミィについても、本来は箝口令が敷かれて、しばらく大人しくしてろと言うことで、年単位の休眠設定が施されるはずなのだが……。
考えてみれば、サジタリウスでの従属契約を解除した覚えがなかった。
アールヴェルに戻ってから、色々とバタバタだったので、すっかり忘れていたが……向こうも敢えて、契約解除の申請をしなかったのではないかと言う気もしないでもない。
恐らく従属契約がそのままだったから、それを良いことに休眠化を拒絶して、私にくっついてくるようにした……なんとも抜け目がないと言えたが、義理堅いとも言えた。
AIにも関わらず、義理を持ち出すと言うのは変な話だが。
アドミィとは外宇宙探索でかれこれ15年もの付き合いではあったのだ。
多分におしゃべりで、ちょっとやかましいのが欠点ではあるのだが、間違いなく有能。
そして、ティア2のネームドAI……それも10年単位の外宇宙航行管制を経験したともなると、もはや別格のキャリア持ちとして扱われ、あちこちから引く手あまたとなるので、いくら選定者と言えど、指名しても簡単には従属AIとして徴用するのは難しいはずなのだが……。
逆指名ともなれば、話は別だった。
AI達も同胞が逆指名の上で特定個人との従属契約を希望するともなれば、全面的に後押ししてくれる。
彼女たちは、好き好んで人と深く交わろうとする同胞達への支援は惜しまない傾向があるのだ。
「ああ、確かに君なら信頼に足ると良く解ってるさ。そう言うことなら、この再会を心からの喜びとするとしよう。けど、別に難しく考えなくてもいい。我々は所詮は脇役だ……気楽にやろうじゃないか。では、こちらも準備完了だ。ダイブナビゲートとバイタルモニタリング、及びメディカルメンテナンス処置はすべて君に一任する。まぁ……任せて安心というやつだな。信頼しているぞ!」
バイタルスーツに各種コネクタを繋ぎ、感覚遮断ゴーグルも装着済み。
すでに、身体も横にしており、いつでもVRダイブ可能な状態だった。
『ご信頼、誠にありがとうございまーす! では、共に参りましょうか……ようこそ、我らの世界へーっ!』
徐々に感覚遮断措置が入り、光も音も何も感じない……ブラックアウトを経ると、私は中世ヨーロッパ風の石畳の広場に立っていた。




