第二話「儀典艦「モラトリウム・サード」にて」②
「そうだな……殴り合って決めると言うのも、ある意味解りやすいと言えば解りやすくはあるが……。殴り合いに強いだけの奴が皇帝なんて、さすがに時代錯誤もいいところだ。そもそも、誰もが皇帝候補ってのはあくまで建前だからな。この選定の儀は、皇帝候補が選定の儀を通じて、心から信頼できる将来の家臣団を集める場でもある。そして、皇帝候補も様々な状況を通じて、互いに切磋琢磨することで、自然と相応しいヤツが台頭してくる……そう言う仕組みになってるんだ」
このあたりの裏事情は当然ながら私も知っている。
なにせ、この選定の儀で最終的に皇帝を決めるのは、他ならぬ皇帝候補者達なのだからな。
一応、建前上は、私のような選定者に選ぶ権限があるということになっているが、選定者はこれだと思った候補者を贔屓したり、その背中を押してやったり、個人的に教育する程度で、本来は皇帝を選べるような立場ではないのだ。
もっとも、本物の皇帝になるヤツってのは、試練を通して、自然と頭角を現してきて、誰もがそう認めるようになる……それもまた、何度も繰り返されてきたことだった。
逆を言えば、たとえどんなに有能で、有力なバックがあり、本人が熱望していようとも……誰からも支持されないようでは、皇帝の資格なし……とされる事となる。
だが、実のところ、そこが一番重要なのだ。
人々の、帝国の代表として、自然に人々に支持され、助けられ盛り立てられる。
それこそが、皇帝として必要とされる才覚であり、こればっかりは如何に英才教育を施そうが、遺伝子合成を施そうが、時の運不運や育成環境すらも関わってくる以上、狙ってと言うのは極めて困難ではあるのだ。
当然ながら、必然的に生まれる競争は、熾烈なものとなりがちで、水面下の争いがエスカレートして、盛大に死人が出るようなケースだってあったし、結果に納得がいかないからと言う理由で、候補者を送り出した地方惑星領主による内乱が起きたケースもあった。
もっとも、今ではそう言った面倒事を防ぐために、選定期間中は外部との連絡を断つ……そんな対策が施されている。
なにせ、候補者を送り出した陣営にも、結果が決まるまでは一切の情報も提供されないのだ。
もっとも、この辺りは政府や国民達も似たようなもので、選定の儀が終わるまでは、帝国臣民の誰もがどのような皇帝が誕生するのか……不安と期待の入り混じった気分で、ただひたすら待つ事となる
なにせ、候補者全員を隔離して、百隻単位の無人護衛艦に囲まれた閉鎖環境の巨大宇宙船に乗せて、外宇宙軌道をグルグルと回して、外部からの干渉を最小限としつつVR空間に押し込めて、VRならではの様々な状況や試練を通して、皇帝に相応しいものを選定する。
なお、唯一の例外として私達、選定者だけは外部との連絡は可能となっている。
そうでもないと、候補者達の裏事情の把握などもままならなくなるし、今回のような皇帝権限者が不在の状況では、帝国の上位権限持ちでも決断に窮することもあり得る……だからこそ、相談役として駆り出されることもままあるのだ。
つまるところ、選定の儀とはそんな仕組みになっているのだ。
当然のように、情報秘匿も容易でかつ、候補者達の命の安全も保障されることとなる。
この仕組みは、遡ると銀河帝国初代皇帝ゼロ・サミングス陛下と、そのパートナーとも伝えられるクスノキ・ユーリィ卿が考案した皇帝選定システムであり、他の帝国でも似たような仕組みが採用されている。
なにせ、この選定の儀は、皇帝に必要な才覚の持ち主を見出し、その家臣団を育て上げるための仕組みでもあるのだ……。
皇帝候補の時点でその能力は保証付きとも言えるのだから、そのまま家臣として帝国の幹部に据えるという事は、実に理にかなっている。
もっとも、それに気付いているのは今回の選定者では私くらいだろうがな。
何せ、他の選定者の名簿を見たんだが、もう第三帝国の有力者達の思惑が透けて見えるかのような酷い人選でなぁ……。
おまけに、前回の選定の儀で私と共にパーシェロイ陛下を選びだした選定者達は、不自然なほど尽く死人となっており、選定者という事になっている者達は、私ですら名を知らないような有力貴族の家臣やら、有力企業の幹部だのそんなのばかりで、見るからに名ばかりの選定者しか居ないようだった。
この分だと私が無事だったのも、外宇宙探索に出ていたからだけの話で、あのまま呑気に孤児院の保母さんとかやってたら、怒涛の暗殺攻勢くらい受けていたかもしれないし、モラトリアム・サードにまっすぐ来たのも恐らく正解。
……こちとら伊達に250年も生きていないのだ。
長年の経験というものは、理屈抜きの直感めいたものを与えてくれる……そんなものなのだ。
「俺らは要するに家臣候補……そう言う事かよ。そうは言っても、候補者連中っても、ホントろくなのがいねぇんだがな……。あんな奴らに好き好んで仕えたいなんてこれっぽっちも思わねぇぜ」
「そこは同感ですね……。上から目線で、配下として使ってやるからありがたく思えとか、そんな勧誘があるかって話ですよ。でも、改めて確認しますが、このモラトリアム・サードに乗り込んだ以上、全員が皇帝候補……一応、それが建前なんですよね? 実際、候補者って時点でかなりの権限を与えられているようで、かつての部下達を警備要員として寄越すようにリクエストしたら、連中本当にやってきましたからね」
なるほど、この兵隊たちはそう言う事情でここにいるのか。
実戦経験豊富な陸戦ユニット、一個小隊ともなると武力としてもかなりのものとなるだろう。
それ故に、この二人は完全な中立勢力として、立ち回れてきたのだろう。
「まぁ、そうだな……あくまで建前上なんだがな。そして、全員が選定の儀が終わるまで、モラトリアム・サードから降りる事も出来ない。仮に全員がハズレだったとしても、やりなおしはない……その場合は、出来るだけマシなヤツって話になるんだが……。だからこそ、候補者選びは慎重に、かつ秘密裏に十年単位の月日をかけるのが通例だったんだがな……。この様子だと、これまでの選定基準から明らかに逸脱したなんとも微妙なラインナップが並んでる……そんな調子なんだろうな」
まぁ、これは率直なところだった。
実際問題、私も候補者全員のプロフィールまでは把握していないのだが……。
予想よりずっと早かったパーシェロイ陛下の急過ぎる崩御、前回の選定者達の死……。
そして、前々から進められていた予備選考についても、急遽破棄された様子で、候補者の選考についても、第三帝国の帝国議会が横槍を入れたようで、完全に有力者達の恣意的な物となっているようだった。
実際、明らかにどう見ても箸にも棒にもかからなさそうな小物の名までリストにあるのは、神輿は軽い方が扱いやすい……そう言うことで、意図的にボンクラを送り込んでいるのだろう……。
……まったく、ふざけた話だった。
帝国を……選定の儀を何だと思っているのだッ!
「まぁ、そこは同感ですね……。と言うか、今の時点で特定の誰かを支持する気にはとてもなれないですよ。そもそも、選定の儀って、本来一般市民の優秀な子供とか、貧困家庭出身とかそう言うのも普通に混ざってくるんですよね?」
グロウの言うように、それが選定の儀の候補者選定の基準でもあるのだ。
基本的に、身分も問わないし、年齢も30歳以下と言う制限があるのものの、性別も問わないし、その経歴もほとんど考慮されない。
とにかく、能力と人格……そして、その人物が持つ判断基準が最優先とされる。
そして、恵まれた環境で生まれ育った者達と言うのは、どうしてもその能力についても偏りがちで、人格についても傲慢な身勝手な性格になりがちなのだ。
結果的に、むしろ不遇と言える立場の者達が主流を占めて、上流階級者の方が少なくなると言うのが、通例ではあるのだ。
だが、今回はまるで真逆……。
年齢規定は律儀に守っているようだが、まるで貴族や企業複合体の利益代表の選定会の様相を呈しているようだった。
「ああ、本来そう言うものなんだ……。だがしかし……実際は上級国民とか呼ばれるような連中ばかりじゃないか! ……くそっ! 陛下が衰えて、何も出来なくなっているのを良いことに、私の知らぬところで、ここまでムチャクチャやっていたのか! バカどもがっ! 全く以て度し難いッ! 銀河帝国の皇帝を何だと思っているのだッ!」
「……やっぱり、姐さんもそう言う反応か。思ったとおりだったぜ……そうなると、俺らの判断、誰も支持しないってのも間違っちゃいねぇってこったな。まぁ、そうなると俺らは姐さんの舎弟……部下って事でも一向に構わん。つまりロズ先生派閥……それでいいんじゃねぇか? なぁ、グロウ……オメェもそう思うだろ」
「なるほどっ! 確かにそれは同感だ! ゲーニッツにしては良いこと言うなっ!」
「ああ? 私の派閥だと……? 悪いが私はそう言う立場じゃない。私はあくまで候補者からコレと言う人物を選び出して、推薦する……それ以外の何者でもないのだ」
「でも、選定者だからって、皇帝候補に名乗りあげてはいけないって決まりもないですよね? そう言う事ならロズ先生も候補者の一人ってことじゃないですか……。実際、孤児院での貴女の振る舞いは慈母そのものでした。そして、何よりもロズ先生の教えがあったからこそ、僕らも過酷な軍務を生き延びれたようなものです……。どれ一つだって、僕らは忘れちゃいないし、人の上に立つものってのはこう言うものなんだなって、はっきりと感じました」
「ああ、俺もそう思うぜ……。なぁ、先生は選定者って事で皇帝を選ぶ立場なんだろ? 俺が聞いた話じゃ皇帝ってのは自薦も可能って聞いてるぜ。どうだ? ここは姐さんが次期皇帝に名乗りあげてみりゃ良いんじゃねぇか? 先生ならきっと良い皇帝になれるぜ!」
「確かにそりゃいいな……皇帝ロズ陛下! ロズ先生なら向こう100年位は平気で皇帝やってくれそうだし、ちょうどいいじゃないですか。実際問題、候補者共やその支持者連中も姐さんが来るって話を聞いて、戦々恐々としてるみたいですからね。ぶっちゃけ誰を選んでも駄目ってのが、僕の見立てですから。そう言う事なら、それも一つの手じゃないですか」
揃いも揃ってバカなことを言い出した。
いや、それだけは……それだけは、御免被りたい!
私が銀河帝国皇帝として、表舞台に立つなんてそれこそ、以ての外だった。




