プロローグ「ロズウェル准将、最後の戦い」①
――帝国歴326年11月15日 銀河標準時刻20:54――
――エーテル空間 資源星系「Ω384」――
――超空間ゲート コンソールルームにて――
「ロズ准将! 第六通路の閉鎖に成功した模様ッ! どうやら、なんとか所定の時間は稼げそうです! あいつら……やってくれたな……」
副官のコイデ少佐からの待望の報告に満足し、私もフッと安堵のため息を吐いた。
左足に仕込んだ自爆用重力爆弾もすでに安全装置を解除し、起爆タイマーを起動した上で、すでに初期縮退反応が始まっている。
重力爆弾起動の影響で、周辺ではすでに重力変動が始まっており、気持ち身体が重くなってきているが、まだこの程度ではバレないだろう……。
もっとも、放射線数値は今もヤバいくらいの数値になっているのは確実だった……。
しかしながら、私は元々機械化強化人間のようなものであるし、部下たちも全員ABC兵器防御用の戦闘装甲宇宙服装備なので問題もあるまい。
なにより、それは今更どうでもいい事だった。
ここに至るまでに部下達が決死の思いで文字通り命を懸けて稼いだ時間、それを計算に入れた上で、敵の攻撃がここに及ぶまでの時間を予想し、重力爆弾起爆までの残り時間を計算する……。
……どうやら、作戦の成功は確実だった。
重力爆弾の連鎖縮退反応は、最初は至極ささやかなもので、よほど近くでないと観測出来ないほどの小さな反応なのだが、一度始まってしまえば、もう何をしても止められない。
我々の戦略的勝利はもはや確実と言える……そこだけは間違いなかった。
「……どうやら、もう後戻りは出来なくなってしまったな。すまんな……コイデ少佐、それにお前達も……本当に、すまない。私のくだらん意地に付き合わせて、道連れにしてしまって……」
超空間ゲートのコントロールルームに立て籠もった満身創痍の部下達ひとりひとりに目線を送ると、さすがの私も申し訳ない気分でいっぱいになる。
すでに、この時点で私を含め誰一人として、生還が叶わないことは確定している。
まぁ……第三帝国の汚れ仕事を一手に引き受けてきた我々の事だ。
戦争だったからという免罪符があるとは言え、その悪行の数々を顧みても、誰一人として死後救われることも無さそうだった。
なんだったかな? 確か古代地球の言い回しでいい感じのがあったはずだった。
「いえ、准将……これは、皆が納得の上での事です。どのみち罠を見抜けなかった時点で我々の運命は決まっていたようなものです。敵中孤立し、為すすべなく無意味に全滅するのではなく、あの憎き銀河守護艦隊の奴らに致命傷を与えた上でと言うことであれば、我々の命など安いものですよ」
コイデ少佐がそう言って笑うと、生き残りの者達も揃っていい顔で笑う。
これから死に逝くにしては、誰もが皆、明るく晴れ晴れとした顔をしていた。
カラ元気と言うやつかもしれないが。
元々特殊戦に抜擢されるような奴らは、いつでも帝国のために命を捨てる覚悟ができている……それが当然という酔狂な奴らばかりだ。
そして、いよいよその時がやってきて、誰もそれを当然のように受け止めていた。
言ってしまえば、洗脳教育の賜物とも言えるが、いつの世でもこう言う酔狂な奴らは必要とされるものではあるのだ。
「そうか……。だがまぁ、我々のやって来たことを思えばなぁ……。ああ、アレだな。古代地球の仏教とか言う宗教で言う所の地獄行きが確実であろうな……」
不意に思い出した。
今はもう古代地球文明研究者くらいしか知らないような概念だろうが。
オリジナルの記憶に、そんな死後の懲罰のような概念があった。
曰く、悪党は死ねば地獄行きと相場が決まってるらしい。
確かに、20世紀の古典漫画作品や古典アニメなどでもよく使われていたな。
「地獄に落ちろ!」
「先に地獄で待ってるぜ」
うん、こんな感じのセリフはよくあった。
死後も罰せられるとか、実に嫌な話だが。
我々第三帝国特殊戦隊は、ラースシンドロームと呼ばれる人間の精神を作り変え、別の存在へと変質させる恐るべき感染症と、常に最前線で戦ってきたのだ。
そして、罹患者達と直接相対した上で、容赦ない銃砲火の応酬はもちろん、大量殺戮兵器を使って盛大に虐殺するような真似もやってきた。
……そして、そんな極悪非道の数々も誰かがやるべきことだったからやった。
それだけの話だ。
一連のラースシンドローム防疫による犠牲者総数は、当然ながら帝国臣民にも甚大なる犠牲者を出しており、その数はすでに数十億単位にも達している……自国民の一割近くを虐殺する時点でなかなかに酷い話だと思うし、そこまでして止めるべきものだったのかと問われるかもしれないが……。
現場で、最前線で、アレと相対してきた我々だからこそ、断言できる。
アレは、如何なる犠牲を払ってでも、食い止めるべき厄災なのだと。
まさに、銀河人類の存亡がかかっていると言っても過言ではないのだ。
これは、滅ぶか滅ぼされるかの戦争なのだ。
だが、銀河の多くの人々はこの厄災の恐ろしさをまるで理解できていない。
それと直接相対し、その脅威を目の当たりにして、始めてその事を理解できる……これはそう言うものだ。
そして、銀河連合構成国家のひとつ、ベルニオ民主共和国の首都惑星ベルニオの惑星殲滅戦で、10億人もの罹患者を惑星ごと焼き払った事で、いよいよ死者50億の大台に乗ったとあのお方が自嘲していた事を思い出す。
当時、深手を負い療養のために戦線離脱中だった私がその事実を知ったのは、すべての事が終わった後からで、最前線の戦術オペレーターや、戦闘艦の艦長達が揃って命令拒否する中、あのお方……自ら最前線に赴いていたアスカ陛下は、配下達の体たらくを目にし、自ら陣頭指揮を取ると宣言し、皇帝権限を使い全艦の核融合弾攻撃のトリガー権を集約し、虐殺者の汚名を被るのを承知の上で自ら虐殺のトリガーを引くことで、惑星焼却をやり遂げたと聞いた。
もしも、私が現場に居たら、喜んで代わりにトリガーを引いてさしあげていたのだが……あのお方はすべてを理解の上で、空前絶後の大虐殺をやり遂げてしまったのだ……。
事後調査の結果、あれが阻止限界点だった事が明らかとなっており、アスカ陛下の正しさについてはすでに実証されている……。
銀河帝国の皇帝自らが、文字通り一国の民間人を皆殺しにしたと言う帝国史上でも例のない、余りに衝撃的な出来事に他にやりようがあったのではないかと、誰もが思った事で……戦後の検証シュミレーションが行われることになったのだ。
結論として、惑星ベルニオでは、10億ものラースシンドローム罹患者達が集団化し変質した上で、群体ネットワーク生物というべき新たな未知の生命体へと進化し、人体を相互接続させた上で、巨大コンピューターのような代物を作り出し、銀河ネットワークへの精神汚染因子の流出と言う最悪の結果が導かれるところだったようなのだ。
まぁ……AIすらも精神汚染され狂うような未知の精神感染症が相手なのだ。
それくらいの可能性は十分に考えられたし、惑星規模の爆発的感染が発生し、もっとも危険な場所と判断されたベルニオへ第三帝国対惑星攻略艦隊が武力侵攻した時点で、惑星ベルニオはとっくに手遅れになっており、まともな人間はただの一人も生き残っていなかったのだ。
そこでやらなければ、銀河人類が滅亡する……あれは、そう言う状況であり、アスカ陛下の決断は正しかったのだ。
そして、直感でそこが阻止限界点だと見抜き、非情の決断を下したアスカ陛下を非難する理由など何一つ無かった。
あの場でアスカ陛下の命令を拒否した不忠の者共については、よほど私が直々に処刑してやろうと思っていたし、皇帝命令に背くと言うことは帝国においては、命がいらないと宣言するようなものであるのだ。
だが、あのお方は、すべて許すとの事でいずれも無罪放免となった……なんとも甘い対応だが、あの方はそう言うお方だからな……。
「地獄行きですか……。ああ、小官もその話は知ってますよ。善人は天国に行って死後幸せになって、罪人や悪人は、地獄に落ちて死んだ後も痛い目を見る……そんな話ですよね。子供の頃、絵本で読んだ記憶がありますが、やはりそうなりますかね……」
「まぁ、そうだな。我々もラースシンドローム罹患者共を派手に葬ってきたし、間接的なケースも含めると軽く億単位の人間を虐殺したと言えるからな。さすがに地獄行きが確定だろう……だが、幸い忠実なる部下であるお前たちも共々に地獄行き……ならば、地獄で共にもうひと暴れでもして、同じく地獄行きが確定しているであろう我が帝国軍将兵たちを暖かく迎え入れるべく、地獄の獄卒共を平定して、住みよい世界にでも作り変えると言うのはどうだ? ハハハッ! 我ながら実にいいアイデアだ」
「そりゃいいですね! ロズ准将の仕切りで地獄を平定……そう言う事なら、ここで死んでも来世の楽しみってヤツがありそうです! 実にいいですな! こうなったら、地獄の底までお供いたしましょう!」
そんな風に、コイデ少佐が応じると、皆も揃って腹を抱えて笑い出すと同じ様に同意の意を示す。
控えめに言って、絶望的な状況ではあるのだが。
どうせ死ぬなら、笑いながら逝く……それも悪くなかろう。
本来、作戦中のアルコールは厳禁なのだが、全員酔っ払っていても、どのみち結果は変わらん。
故に、特別にこの場で残していた携行食料や手持ちの嗜好品をまとめて消費するように許可を与えている。
何人かは輪になって、座り込みながらお互い隠し持っていた酒を酌み交わしたり、美味そうに葉巻を吹かしている者もいる。
エーテル空間や宇宙空間は全面禁煙と言うのが常識ではあるのだが。
すでにセキュリティも黙らせているので、消火剤をぶちまけられる心配もない。
別に趣味でもないのだが、部下の一人が恭しく天然物の細葉巻を差し出してきたので、火を借りて盛大にくゆらせる。
なかなかに煙たいし、独特の臭気に顔をしかめそうになるのだが。
まぁ、これも付き合いだからな……流石に無下には出来ない。
「さて、残すところあと10分くらいか。すまんが、私はすでに身動きも取れないのでな……ラストバトルには加われそうもない。やはり、足に重力爆弾を仕込んだのは失敗だったな」
こう言う事態を想定した上での死なば諸共……重力爆弾。
当然ながら、銀河条約違反のご禁制品であり、こんなものを個人が所持するなぞ、論外と言えるのだが。
蛇の道は蛇とも言うし、そもそもその程度の横紙破りなら軽く実現できる権限を私は持っていたのでな。
そして、使い所はまさに今、この時と言えた。
「なぁに、もしも奴らがここまで乗り込んできたら、我々が体を張って准将を死守するのみです。我々の装備であの殺人人形を仕留めるのは至難の業でしょうが、肉壁くらいにはなりますし、あと10分程度ならなんとでもなりますよ。ですが、准将こそよろしかったのですか? 准将は……我らが第三帝国皇帝アスカ様にとって、今後も必要な方だと我々も思っておりますのに……こんな戦いでアスカ陛下の側近中の側近と言える准将が未帰還になるなんて、釣り合いが取れますまい」
……アスカ陛下。
最後の教え子にして、我が最後の主でもあり……。
そして、終生の友となる誓いを立てた身としては、それを言われると辛いところだった。
だが、これもまた運命……別れの挨拶は出撃前に済ませてきたし、いつものように遺言メッセージ映像も残してきた。
それは言ってみれば、出撃前の儀式のようなものだったが、いよいよ本番がやって来た……そう言うことだった。




