表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第5話 離別

出発の日は、天気のいい朝だった。

「起きてください、兄様」

「ん、おはようシエル」

呑気にあくびをしながら朝の挨拶をしたところで、シエルの目が赤いことに気がついた。


「兄様、この家を出ていくって本当ですか?」

少し泣かせてしまっただろうか。


「少しの間だよ。ほんの少しだよ、シエル」

僕は小さく微笑んで、今にも泣き出しそうなシエルを宥めるしか出来なかった。


「でも、父様が。もう、二度と会えないかもしれないから、だから、だから、きちんとお別れをしておきなさいって......」

「そう……。そうだね」

「でも、昼の馬車で出ていくのに。きちんとしたお別れなんて。私、ルウにもまだ知らせていないし。私、何も兄様にあげられるものなんて」

「いいんだよ。シエル。何も」


シエルは少し黙り込んで、そしてまた可愛い口を開いた。

「どうして、出ていってしまうの?」

「ただ僕のわがままなんだよ。でも、シエルの事はずっと大好きだよ」

「でも、出ていくんでしょう?」

「ごめんね、シエル。でも、本当にシエルのことは大好きだから」

優しい言葉をかけるぐらいしか、僕には出来ない。本当の事を話してしまえば、優しいシエルはもっと苦しい思いをする。


「いつか、また、会えるさ。実を言うとね、僕は天才なんだ。本当はね、王都でも5本の指に入るぐらいの才能を持ってるんだ。だから、この村に帰ってくるだけのお金なんてすぐに稼げるさ。だから、ほんの少しすればまた、帰ってくるから」

「うん。兄様は天才だって私も知ってる。だから、絶対、帰ってきてね」

真っ直ぐ僕の目を見て、シエルは笑った。


この村でも、王都に出ていった人間はいる。村長の弟もそうだったらしい。ただ、一人も帰って来ていない。王都までの距離を考えたなら、仕方ないだろう。ずっと馬車があるわけでもない。


ルウにも知らせてあげないと、と言ってシエルは走っていった。

僕はシエルが走っていく後ろ姿を眺めながら、ぽつりと声を漏らしていた。


「服の前後ろが逆じゃないか......」


---

「1ヶ月後でいいじゃない、どうしてそんなに早く出ていくのよ、シノ」

少しだけいつもより豪華な朝食だった。いつもは朝早くには出ていく父さんも一緒に、母さんと、僕と。


「母さんも知ってるでしょ。この祝福は大罪人の祝福。いつ僕がここにいるということが原因で、誰かが傷つくようなことが起きるか分からない。」

「それはそうだけど…..。あなたはどうなの?」

父さんに問いかける。


「シノを見捨てるわけじゃない。シノは出来るだけ早く強くならなければいけないし、この村にいてもシノは強くなれない。シノが生きていくために無駄に出来る時間なんてないんだよ」

「……薬瓶くらいは沢山持っていきなさいね。あと、今日の朝ごはんはいくらでもおかわりしなさい」

「ありがとう、母さん」

僕はいくつかの薬瓶を受け取って、出発の準備を進める。


小さな家だったけれど、その小ささを不便に感じたことはなかった。いつも暖かい空気に包まれていて、清潔で。僕は幸せだった。本当に、それだけで、幸せだったのだ。そして、せめてこの別れの時間を大切に、したいと思っていた。


そう、思っていた。


シエルがルウを連れて帰ってきたのだろうか、外が騒がしくなっていた。バタンと扉が開き、案の定二人が慌てた顔で立っていた。ただし、僕を見るのではなく、父さんを見て。


「空が、割れてる」


父さんが青ざめた顔で、外に出た。僕らも後に続く。

「何が起きて……」

「これは、転移魔法だ。生涯で2度目だな、この魔法を目にするのは」


「ルウと二人で走っていたら、突然空が割れて」

「母さん、ナース服の準備をしといた方がいいかもしれない。あと魔力回復薬をありったけ」

父さんの声に対し、機敏に母さんが答える。

「今、ちょうど持ってきたところだったわ」


父さんが小声で僕に耳打ちした。

「おそらくシノごと、この村が狙われている。この転移魔法を使える人間は、そういうやつだ。予想以上に速かった」

僕が理解できずに聞き返す間も無く、白銀の鎧に身を包んだ人間が空に浮いていた。いつもは煩いほどの鳥の鳴き声も完全に消えた、その完全な静寂の中、その人間の声が響いた。


「哀れだな」


「哀れだ」


「人類の繁栄のために滅ぶ。哀れだ。私が1日で使うような額を、一生かけて貯蓄し、常に誰かに支配されている者たち。独立することもなく、追従する。弱きもの。そしてこの世界の人間は皆、私より弱者でなければならない。せめて私がその冥福を祈るとしよう」


「迷宮魔法 地獄門」


人類史上最高の魔術師と言われる、現皇帝、エル・ファインブライト・ホークランド。その迷宮魔法。


聞いたことがある。薄く透明な赤色の壁を生み出し、その中の人間を喰らい、土地を喰らい、その領域に存在する生物と非生物の生命力と魔力を生み出した迷宮に閉じ込め、それらを結晶化させた1本の魔剣をその奥に生み出すと言われている魔法だ。


数多の民族をこの魔法によって滅ぼし、その度に帝国は力を手にしてきた。僕らはいつもこの魔法に守られている、はずだった。どこまでも高くそびえる地獄が湧き出し動き出そうとしていた。


「あの壁に入ると中から外に出ることは出来ない。魔力の強いものに向かって膨張するが、強力な魔力の吸収には時間がかかる。5分程度ならあれの進行を持ち堪えてやる。この意味が分かるな。シノ」

そう言って、父さんは自ら魔力暴走を引き起こした。知っていたのだ、これを。


「っ……」

薬草を喉に流し込んで父さんは全身から血を流した。全身から魔力が溢れ出ている。それもそのはずだ。あれは、父さんが肌身離さず持ち歩いていた、父さんの師匠の最高傑作の薬瓶の2つのうち、1つ。


それを父さんが使ったら、その効果はとんでもないことになる。しかも、おそらく最高出力で。そして、隣にいる母さんも、同じ薬瓶を取り出した。


「母さんっ!」


「寂しいけど、、ここでお別れね。あなた達の成長を、もっと見ていたかった。みんな、大好き。分かるでしょ、シノ。あなたが二人を守るの。行くのよ」


「母さん……」

「こんな最後で、ごめんね」


「走れ!お前たちはどこまでも行くんだ。どこまでも遠くに」

「父さんっ……」


「負けるなよ、お前たち」


父さんの静かで温かな声を聞いて、母さんの優しい笑みを見て、僕たちは背を向けて走り出した。


心が痛い。苦しい。叫びたい。でも、シノもルウも、頑張って僕について来る。唇を噛み締め、膝も腕もあちこち擦りむいて。泣き出しそうな顔をしながら、ただ走って。


その姿が、どこまでも尊く、綺麗で、そして苦しかった。こんな小さな子が、どうしてこんな苦しまなければいけないのか。本当は、自分の内臓を抉り取られたような悲しみと苦しみで耐えられずに、全てを投げ出してしまってもおかしくないのに。


隣にいる二人は、僕をまっすぐに見つめていた。


逃げるしかない。逃げて生きていくしかないんだ、この世界で。


何もかもが理不尽だ。


「もしもの時は…..お前達二人で、生きていけよ」

「お兄ちゃん……」

「シノ......」


「頑張って、走ろう。出来るだけ、遠くへ」

冷静に、そして最効率の逃走方法で。


20分程走っただろうか。それでも真っ赤な壁は、もう間際まで近づいてきていた。


駄目かもしれない。そんな言葉が出そうになる。

それでも、僕は、

「シスコンなんだよな」


限界まで走る。二人の背中を押しながら。

それでも地獄の壁は止まらない。


僕は、一か八か、手に持っていた全ての薬びんを、口内に流し入れた。


「僕なら、やれるだろ。僕なら」

そうやって自己暗示をかける。


「ごめん、二人とも」

「……うん、バイバイ、大好き」


シエルはもう、分かっていた。僕が何も言わなくても。ルウも、普段は無口で、無愛想なくせに、顔面がぐちゃぐちゃになるぐらい涙でいっぱいで。それでも、うなづいて、走っていく。


「僕が亡霊になって、新しい土地で笑って生きている妹と一緒にお風呂入る時に、感謝してもらえるような、そんなシスコンお兄ちゃんでありたいよなぁ」


これまで、魔法を使えたことはない。けれど、やるしかない。何ができるかも分からない。身体中が熱い。父さんの調合した最高の薬品達が混じり合って、僕の体の中で魔力が暴走しているのはわかる。身体中に僕の魔力が纏わりついて溢れ出していた。


「もっと、もっと、溢れ出ろ」


そして、僕から流れ出た黄金の魔力は、その壁に当たって押し返した。


「これは......。もしかして僕の魔力は、吸収出来ないのか……」

押し返すならば、と僕は全身から魔力を放出する。


壁の全てを覆うように、僕の魔力は広がっていく。

息をするのも苦しい。内臓を内側から剣で刺され続けているかのような痛みを感じる。

「っ……」


「まだ、もう少しだけ……」


意識が薄れていく。魔力も流石にもう。

徐々に壁が近づいてくる。


「だめ、だったか」

そう言って膝をついた時だった。


「よくやった、少年」

男の声がした。


「永久魔泉」


僕の目の前に大きな泉が出現した。


「ここは龍脈の上だからな。この壁も放っておけば閉じるだろう」

「……ありがとう、ございます」


僕はもう、限界だった。薄れゆく意識の中、男の低い声だけがやけにしっかりと聞こえた。

「ったくあのクソじじい。未だに亡霊に囚われてやがる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ