第3話 父親
「シノ、少しついてこい。」
祝福の儀を終えた翌朝、父親が僕を山へ誘った。
5歳にもなると、馬の背中に乗るのも慣れたものだ。僕は父親の背中にしがみついて、近くの山へ向かった。
薬草を採取しながら、父親は僕に少し高圧的に語りかけた。でもそれは、どこか怖がっている事を隠すために、そうしているようでもあった。
「俺の祝福について説明する。分かるか、シノ。この言葉の意味が」
「ちゃんと説明してよ」
「甘えるな、シノ。説明せずとも感じとれ。お前がこれから歩む人生を考えると、まだ5歳などと言ってられん。一刻も早く、生きる術を身につけないといけないんだ」
「それは、僕の祝福が、シスコン、だから?」
「そうだ。そして、大犯罪者アマデウスの祝福だからだ。そして、アマデウスとは、王家に敗北したものの名だ」
そんな事はどの歴史書にも書いていなかった。
僕が唖然としていると、
「俺は、若い頃、旅をしていた。ナース服というありきたりな祝福を持ちながら、それでも自分はどこか特別な存在になれるのではないか、そんな事を考えていた。あれは10代の時だったかな。金がなかったからな、薬草図鑑片手に薬草採取をして食い繋いでいた頃だ。ひとりの大男に俺は会った。それがアマデウスだ」
「アマデウスに、会ったことがあるの」
「あぁ。あいつは悪い奴じゃなかった。俺と1年も変わらない歳で既にBランク冒険者だった。とんでもない才能の持ち主だったよ。周りの奴らも、アマデウスに一目置いていたし、むしろ慕われていた。そしてな、妹も、これまた可愛かったんだ。ナース服がとんでもなく似合う......じゃなくて、とにかく美人だった」
「父さんの祝福って戦闘系じゃないよね」
「そうだな。ナース服の似合う女が近くにいれば、薬草の効果が5倍に跳ね上がる完全な支援系だ。でも、そのおかげでこうやってこの村で医者をできるわけだな」
「あ、わかった。アマデウスも父さんに治療してもらってたんだね」
「そういうわけではないんだが。まぁ、似たようなものかもしれない。アマデウスの妹は、徐々に魔力の失われていく病に罹っていたんだ。それで、俺なんかの末端にまで、対応策を知らないかとね」
「ほら、たとえばこのシングルリーフ。これはどこにでも生えている薬草だが、この根っこを乾燥させ茶にすると、魔力回復効果を上げられることがよく知られている。その一方で、魔力酔いを起こしやすい薬草でもある。だから毎日、少しだけ飲む程度にしないと、魔力酔いを起こし、体力消費が大きくなり発熱に至る。その魔力酔いの負の効果でさえナース服という祝福は5倍にしてしまうんだ」
「それぐらい、僕でも知ってるよ」
「それは俺が小さい頃に教えたからだ。俺が言いたい事はだな、こんな風にナース服の祝福ってのは、知識がないと使いこなせない。基本的には知識ありきの祝福なんだ。つまり祝福には祝福を祝福たらしめる前提条件が必要なんだ。そしてアマデウスの話を覚えている限りでは、お前にシスターコンプレックスを使いこなす能力はまだない」
「出来るよ。僕ならいずれ」
何せ、僕のレベルは既に10歳児並み。効率を追求したレベリングを既に編み出しているのだから。
「レベルが高いのは聞いているから、知っている。だがな、シスターコンプレックスを祝福たらしめる前提条件をお前は満たしていない。そしてそれは極めて困難な前提条件だ」
「その前提条件は、『権力に屈しないこと』だ。どんな権力にも屈してはならない。理不尽を見逃し権力に屈すれば、シスターコンプレックスの祝福効果はむしろ、妹を傷つけるものとなるだろう。アマデウスの妹と同様にな」
「権力に屈しないって。僕はただ、シエルと平穏な暮らしが......」
「レベルを上げれば上げるほど、シスターコンプレックスの祝福効果は大きくなる。気づかなかったんだよ、その頃のアマデウスは。自分の祝福が、妹を傷つけ続けている事をね。さっき説明したことは俺の予想に過ぎない。何せレア祝福だから。本当の所は解明されていないが、アマデウスも納得してくれた。それだけで俺にとっては十分な真実だと思う」
「随分、大犯罪者アマデウスが好きだったんだね」
「大切な友達だからだ。今話したことは、誰にも言っちゃいない。母さんにもだ。シノも誰にも言ってはいけない。シエルにもだ。お前が生きていくということは、妹を傷つけ、蝕むことになる可能性があることを覚悟しなければいけない。まだ5歳。そう、まだ5歳だ。俺はアマデウスを救えなかった。あいつも妹も見捨てるしかなかった。そんな覚悟もなく、俺たちは友達だなって言ってたんだ。分かるか?いや、俺のことなど分からなくてもいい。『権力に屈してはいけない』。これだけを覚えておくんだ」
「その結果が、王に対する反逆であっても」
「そうだ。その結果が死であっても。死ぬことは権力に屈することではない。だからこそ、アマデウスの妹はひっそりと生きることが出来た。もう既に亡くなったが、それでも最後まで歩くことも話すことも出来たんだ」
籠いっぱいの薬草の採取を終えた父親の背中が、少し大きく見えた。決してレア祝福ではない父の過ごしてきた人生が、僕が考えていた以上に芯の通ったものだったことに気付かされた瞬間だった。
「辛いのは承知で言っている。今はまだ全てを分からなくていい。まだ5歳だ。だが、シノ。お前の祝福の運命を、お前は背負わないといけない。俺のように、ナース服に夢中になる少年時代は過ごせないだろう。いいか、シノ。忘れちゃいけないぞ。『権力に屈してはいけない』、『理不尽を見逃してはいけない』んだ」
僕の肩を掴んで、父親は言った。その眼には滲んだ涙が溢れそうだった。




