第1話 因果
「タイパとかコスパ求めてるようじゃ、終わってますよ」
「本当そうだよね、もうそんな時代じゃないっていうか。生きがいとかさ、もっと人間の感情を大切にできる社会にならないと」
苛々としながら俺は得意げな顔をした起業家の話を聞いていた。
「だよね。人間ってもっと可能性がある生き物なんだよ」
俺はどうしようもなくむかついて、机を叩いた。一人暮らし、彼女なし、金だけはある。そんな俺は効率だけを追い求めて生きてきた。
朝も昼も夜も、コスパ最強の完全栄養食とサプリメント。お菓子も食べない。彼女は一度だけ出来たが1年で別れた。そもそもコスパが悪い。結婚なんてもってのほか。
最後まで理解出来ない彼女だった。大学時代、同じサークルにいた彼女。顔がそれなりで、胸も大きい方だったから告白してみたらOKされた。だらだらと付き合って、プレゼント選びに何やかんや1日使ったりもした。でも彼女の心をつかむ事は出来なかったと思う。全然ヤらせてくれなかったし。結局フラれた。コスパ最悪。
ただの思い出。俺には向いていない事を必死でやろうとしてた。せっかく出来た彼女だから大切にしようなんて純情にも考えていたけれど結局は無意味。苦手な事に時間費やしてもマイナスがちょっと0に近いマイナスになっただけ。
今となっては友達も家族も切り捨てて、随分長い間、ひとりで生きている。もちろん俺にだって昔は友達、のような人間はいた。大学時代に一緒に鍋を食べたりした。ただいつも、俺は変に気を遣ってしまっていた。
「でさぁ、サッカー日本代表見たぁ?」
「いや、まぁちょっとね」
「良かったぞ、ネットでも大盛り上がりでさぁ」
そんな話をしたのはもう10年以上も前の話だ。
俺も昔はスポーツにも少しは興味があった。でも徐々にその興味は失せていった。スポーツなんて見てても何も得られない。ただ年収の高いおっさんがボールを蹴るのを見て、小さい頃の俺は何を楽しんでいたのだろうか。そんな風に思いながら話を聞いているものだから盛り上がらなかった気がする。それでも時々誘ってくれていたのだからあいつは良いやつだったんだと思う。
まぁそういう関係の繋がりは大人になると徐々に離れていくものだ。元々大した繋がりもなかった。ただ他愛もない話をして、ご飯を食べていただけだ。
コスパ最悪。今の俺ならひとりで名作ギャルゲーをプレイする。誰にも気を遣うことなく、気を悪くさせられることもなく、ただ自分だけの幸せを追求する。それが最も自分の幸せを得る為に必要な行為である。
俺は今日、32才の誕生日を迎えた。コスパ最高の人生を過ごしてきたはずなのに、俺はどうしようもない孤独感を抱えている事に気づいた。俺がこの起業家にムカついたのは、ある意味本心を言い当てられたからかもしれない。それでも、俺のアイデンティティにはもう効率しか残っていなかった。
いや、効率を気にしなかったとしても、人生なんてそう変わらない。何処にでもある路傍ノ石みたいな人生しか俺のルート分岐にはなかったに決まっている。32になってようやく俺は気づいたに過ぎない。人生リセマラしたい。
「死ぬか。それが最もコスパが良い。あ、でも死んだら親に相続されるんだよなぁ。そうだ、全額、海外の戦争孤児の保護施設に寄付するか。日本みたいな老人の支配する国に生きる子供に投資しても俺みたいな人間が量産されるだけで価値無いし、それなら発展途上国の子供の方が生き生きと生きてくれるか。子供ってサッカーしてるだけなのに何であんなキラキラした顔してんだろうな。俺の金がそいつらのキラキラした明日をつくるならそれがコスパ最強だな...」
俺は随分伸びた髪でそんな事を考えて、人生の最後にいい事をした。つまり俺は死んだ。
白い世界だった。眩しく、眼もまともに明けられない。暖かく、柔らかい真っ白な絨毯の上に俺は長い髪のまま座っていた。
「ワイは神様やで。お前は確かに死んだんやけど。まぁ悪いやつじゃ無いって判断された訳やな。とりあえずここは天国や、良かったな」
関西弁で話す髭面のおっさんがふわふわと浮かんでいる。
「で、俺はこれからどうなるんですか?大事な所だけ説明してください」
「なんやせっかちな奴やな。ここは時間なんて無限にあるっちゅうのに」
「はぁ。まぁ性格なんで」
「あそこに赤い門があるやろ?また違う人生生きよう思うならあそこに入ればええ。入ったら意識も記憶も失って生まれかわる。まぁ好きなタイミングで行けばええ。あの奥にふらふらしてる奴が見えるか?」
少しずつ目が慣れてきたのか、俺にも遠くが見えた。
「あいつらは天国ニートやな。大抵の奴は飽きるまであんな感じでゴロゴロするんやけど、天国ってのは大した娯楽もないから暫くすればみんな門に入っていくわ」
「ずっといてれば神様になれるとかないのか?」
「ないない。ワイみたいな神は魂からして違う。もっと修行せなあかんわ」
「なんだ。じゃ天国に居ても無意味か。死んでまで無意味な時間過ごすのは勘弁だな」
「唯一の娯楽は温泉やな。混浴しかないからお前みたいな男はずっと浸かってるわ。ま、性欲は湧かんようになってるけども。好奇心だけはまだ残ってんねんやろなぁ」
「はぁ。混浴。天国来た思い出作りに一応、入るか」
「説明は終わりや。そろそろ次の奴が来るんでな、神様も大変やで。ほいじゃ」
という訳で、俺は今天国で風呂に入っている。死んだと思ったら、いや実際死んだのだが、死んだ後に風呂に入るとは思わなかった。
俺の目の前を女児が横切った。違う、俺はロリコンじゃない。本当だ。俺が思ったのは、つまり、彼女はその年齢で死んだのだという事だ。
「よう、そこの女児」
「なによ、変態。見ないでよね」
「性欲は無くなってんだよ。なぁ、死んだ時のこと、聞いても良いか」
天国の気分がそうさせるのか、彼女は率直に、特に苦しむことなく答えた。
「中学生になったばっかりで自殺した。私、身体が小さいでしょ?いじめ、みたいなのもあったし、まぁ親からも殴られたり蹴られたり、ご飯抜かれたり。生きてても良いことないなぁって感じで」
「そうだな。なんか向こうの世界ってほんと居場所無いよな」
俺が効率厨になったのは多分、業務を効率化する事で人の役に立っていると感じたかったから。だけど、俺に居場所はなかった。
「うん。だからずっと天国で居ようかなって。ここに居たら痛くないし、悲しくないし苦しみも感じないから」
苦しみも悲しみもない。ただただ平穏な世界。それが、天国。
「天国生活は長いのか?」
「まぁね。でも私はいつか、ただ無になって消えていくの。あったはずの怨みも苦しみも悲しみも忘れて。最後に覚えているのは、あの門に入れば生命が始まるということだけ。そしてまた現世に生まれるのよ」
「なんだ、結局は門に入る事になるんじゃないか」
「そう言えば、一緒に手を繋いで門に入るとね、双子になるらしいよ」
「双子なら俺が君を守ってあげられる」
「おじさん、やっぱりロリコンでしょ?」
「どうせ生き返らなくちゃならないんだろ?俺はさ、ずっと孤独だったんだ。兄弟も居なかったし、親とも馬が合わなかった。でもさ、もし双子がいたら、孤独じゃなかったかもってふと思ったんだよ。なぁこんなところでこんな話をするのもおかしな話だけど、俺と一緒に生まれ変わってくれないか?」
「私のこと、大切にしてくれる?」
「大切にしたいと思ってるよ。生まれ変わったら記憶をなくしてしまうらしいから、断言できないけど」
「仕方ないなぁ」
優しい子なのだろう。俺は彼女に同情しただけだったのかもしれない。ただ、俺は天国でまでこんな在り方を、小さい子にさせたくなかった。
そして、俺たちは手を繋いで赤い門に入った。双子で生まれてくる子供はもしかしたら皆、寂しがり屋なのかもしれない。そんな事を思いながら、俺達は記憶を失った。
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僕は多分、前世からとんでもない効率厨だったのだと思う。そのお陰でレベルは5才にして10才の平均レベルを突破している。だが僕が効率厨にならない唯一の時がある。
双子の妹とお風呂に入る時だ。僕は妹が愛しくてたまらない。どんな因果か僕はシスコンだ。僕は妹とお風呂に入る為に生きていると言っても過言ではない。僕は全てを効率化し、妹とお風呂に入るのだ。そして将来は、なんとしても双子の妹と結婚する。
「兄様ぁー」
ばふっ。
可愛いふわふわの巻髪が僕の顔に飛び込んできた。やったぜ。今日も生きてて良かった!
「シエル。今日も可愛いね」
「兄様はいつも暖かくて気持ちいいです」
妹はそう言ってゴシゴシと僕の胸に顔を擦り付ける。はぁ、可愛すぎる。
「あのねあのね、さっきねスライムが沢山湧いてたから、あの団子を投げておいたの。そしたら沢山経験値が入ったの。兄様が言ってた通りね」
ニコニコと僕の顔を見ながら僕の袖を離そうとしない妹の身体を、僕はそっと抱きしめる。
そんな僕らを見て、母さんが苦笑いする。
「やれやれ。シノとシエルはいつもくっついてばっかりね」
「双子なんだからそういうものさ。なんだって生まれた時からずっと一緒なんだから」
父さんがいつものように笑顔で僕たちを見守ってくれる。こんな日常がいつまでも続いて欲しいと、そう願っていた。
「ねぇ兄様。今日から一緒にお風呂に入るのやめましょう」
その日は突然来た。絶望なんて言葉では言い表せない。だが、僕が傷ついている顔をすると、妹も傷ついてしまうに決まっている。
「ど、どうしてだい、シエル」
僕は動揺を堪えた。
「兄様が男の子で、私が女の子だからよ。男の子と女の子は一緒にお風呂に入らないんだって。ルウが言ってたの」
「ふむ、それは間違いだね」
僕は少しばかり目を泳がせながら、妹を諭した。
「僕は妹が大好きだ。この世界の何よりも愛してる。そして君も。そうだろうシエル?」
「ごめんね、兄様。私、兄様のこと好きだけど、お風呂は、お風呂はもう一緒に入らないの!」
目に涙を浮かべながら、僕はその日初めてひとりでお風呂に入った。
「辛い...。妹と一緒にお風呂に入れないなんて拷問だ。この世の終わりだ……」
そんな声は夜の静けさの中に消えていった。




