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初恋の君はわたくしの双子の兄にご執心のようです。   作者: 高峰 玲


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〈二十六〉策謀




 小雪(こゆき)は忙しかった。

 追捕使大将源貞高(みなもとのさだたか)と正式な対面をするというので、司王(つかさおう)左源太(さげんた)(もとどり)を結ったり、美夕姫(みゆき)の髪を梳いたり、暫しとて休む間がない。

 途中から、落ち着きを取り戻した白菊(しらぎく)が美夕姫を受け持ったが、それでも手は足りぬ状態なのは変わらなかった。

 この島に来てから、烏帽子も被らず一本縛りにしていただけの男どもの髪はなかなかに手強かった。


「上出来よ、小雪。よくやってくれました」


 ようやっと体裁が整い、美夕姫が(ねぎら)いの言葉をかけた。扇を開いて小雪に風を送ってやる。

「それにしても、いやに仰々しくなったものだ」

 簀子に座り、南庭を眺めながら由岐丸(ゆきまる)が言った。確かにそのとおりだ。庭には追捕使や郎党が並んでいた。おそらく寝殿の前にも同様に官兵や貞高らがいるに違いない。

「もうし」

 と、そこへ小者がやって来て、寝殿へ渡るよう知らせてきた。

 皆、局を出たが、美夕姫ははっと立ち止まる。いままで気にしていなかったが、これから出るのは謂わば公式の場である。お気楽に公卿の姫がほいほいと足を運ぶような席ではない。

「どうなさいました?」

 少し大掛かりな調伏のときは、陰陽寮からそれなりの人員なり(さぶらい)なども出向き、大所帯での行動となったこともある。だがそれは、(たける)──童姿の少年として動いていた状況でのことだ。

 尚侍として出仕する従姉妹や女御・更衣に使える女房のように、公で働く女性(キャリアウーマン)としての経験が美夕姫にはない。追捕使という官人の前には……出るに出られぬ。

 不審そうに声をかけたが、すぐに小雪は察し、主を隠すように前に立ち位置を変えた。

「西北から北の対を経てお渡りになっては?」

 遠回りになるが人目を避ける道筋を白菊が提案する。それがいいかと、うなずいて足を踏み出そうとすると

「いや、それには及ばない」

 小雪よりも大きな人影が庭からの視線を遮った。小次郎(こじろう)である。

「美夕姫どの、俺の陰を進まれるとよかろう」

「あ……」

 扇を開いた腕を上げてしっかり顔を隠させると、そっと支えながら自らの体で美夕姫を庇うように小次郎は歩を刻む。

「こ、小次郎さま」

 大胆にも力強い腕がしっかりと腰にまわり軽く背を押す。

「しっ。声はお出しにならぬほうがよろしい。小雪、そちらの女房どのも早う」

 かつて、このように強引に女扱い(エスコート)する小次郎を美夕姫は見たことがなかった。あっけにとられたように小雪も白菊と共についてくる。

 渡殿の端に先の小者がいて

「姫君はこちらから」

と指示したので

「では」

 小次郎は行ってしまった。

 小者の言うとおりに局に入ると、御簾寄りに几帳で囲った一角があった。その中に美夕姫が座ると、ちょうど小次郎が前を通り過ぎる。


「さて」


 小次郎が傍に腰を下ろすと、すぐに貞高は口を開いた。

「卒爾ながらお尋ねしよう。東宮亮(とうぐうのすけ)一条宮さまには、なにゆえ、かような地においでになるのか?」

 司王は苦笑したようだった。常にない、軽薄そうな調子ではきはきと応える。

「それが──某所によんどころなき用がございまして難波より船出いたしましたが、みっともなくも海賊に襲われ、かようなこととあいなりもうした」

「ほう?」

 明らかに貞高は面白がっている。直感的に危険な男だと察し、楽しげに笑みを浮かべているのを、司王は密かに警戒する。

「して、そのお傍の方々はどなたかな? どのような経緯で共におられるのか」

「それは、わたしのことか?」

 左源太が止める間もあらばこそ、むっとしたように由岐丸が言った。

「いかにも」

 反抗的な少年にいささか驚いたような顔をしたが、貞高はすぐにまた愛想のよい笑顔を見せた。

「そこは礼儀知らずだな。ひとに名を尋ねるときは、まず自分から名告るものであろうに」

 貞高が真顔になった。頭が悪いわけではないのに、なんで彼は都人に反抗するのかと、左源太は相談の目を司王に向けたが、司王は知らん顔で無表情に状況を見ている。


「なるほど」


 少し考えたふりをして、貞高は言った。

「もっともなことだ」

 それから、小次郎とは反対側に座して記録をしていた者に

「もうよい。記録は不要だ」

 そう言って姿勢を崩した。先程よりも、ずっと親しみのこもった表情になっている。

「俺は源貞高という。京での役職は右近大将だが、いまは追捕使の大将を務めておる」

 言葉も、ぐっとくだけたものになった。

 笑い返して少年も名告る。

「わたしは(さき)伊予守(いよのかみ)柳沢素親が嫡男で由岐丸と申す」

「ほう、前の伊予守どのの。で、その隣のご仁は?」

 折烏帽子を見ればだいたいわかるが、あえて訊く。

「前伊予守さまの郎従にて藤堂(とうどうの)左源太武豊(たけとよ)と申す」

 軽く頭を下げると貞高はうなずいた。

「そうか……さて、難しい話は終わりとしよう」

 言い終わるか終わらぬかという間に歓声が上がり、居並んでいた者どもがばらばらと列を乱す。

「は……」

 貞高が自嘲気味に息をつく。それから、彼は太刀を手に立ち上がり、御簾越しに美夕姫に声をかけた。

「姫君」

 見えないはずだが、美夕姫は貞高を見上げる。

「御気色は、いかがかな?」

 もう公式記録は終了しているが、一応は全員に聴取したという体裁である。美夕姫がうなずくと、少々気取った声を作り小雪が応えた。

「すこやかにございます、とのことでございます」

「それは重畳」

 さしたる感慨もなく言うと貞高は御簾の内に分け入った。

「さ、西の対へお送りしよう」

 貴族とはいえ武官の地位にある男だ。軽々と几帳を滑らせ、美夕姫のための路を空ける。

「小次郎、姫を()()()()()()()お送りせよ。何しろ庭には雑兵もうろついておりますので、お姿を見せるなどとんでもないですからなぁ。さ、亮どのもおふたかたも、そろって西の対に参ろうぞ」

 そうして貞高は美夕姫にわけあり気な視線を投げかけた後に司王たちと先に行ってしまった。

 返す言葉もなく美夕姫がそれを見送っていると、背後を支えるように立つ小次郎が促す。

「美夕姫どの、さあ」

 説明を求めてその顔を見つめるも、小次郎は知らぬ顔で先を促すばかりである。進もうとしない彼女に根負けし、仕方なく男は言った。

「なぜ叔父上があなたを()()()()()()()()のかを察していただきたい」

「はい?」

「美夕姫どのを待っておいでの人が、そこにおるのです」

「それは──」

 てっきり、追捕使の船に捕らわれているか、或いは京へ送られてしまったものと思っていた。

「小次郎さま、はっきりおっしゃってくださいまし。そうですのね? わたくしを待っているのは」

 小次郎は笑い、一室を指さした。

「あれに」

 するりと美夕姫は走り出していた。裾を引く衣の重さなど、苦にもならぬ。

「美夕姫さま」

 小雪が続く。

「もしや……」

 一縷の望みを見出してか、白菊も後を追う。

 つれない女の仕打ちに、小次郎はやれやれと肩をすくめた。




 軽やかな足音を立てて美夕姫が局に駆け込むと、窮屈そうに端座していた女が顔を上げた。


「や、あ」


 少し照れたようなぎこちない笑みを浮かべているのは、清冽な印象を与える美女である。

水美(みなみ)さまっ!」

 白菊が女を強く抱きしめた。

「白菊、よくぞ……」

 後のほうは言葉にならない。

 抱き合う主従を見守り、美夕姫はそっとその場を離れようとした。

「美夕姫、どこへ?」

 目敏くそれを認めた水美の問いに笑って応える。

「司王を呼んでまいります」

「美夕姫どの、それは」

「えっ?」

 心苦しそうに小次郎は言う。

「叔父上が……亮どのたちに水美どのは会わせてはならぬと」

「なぜですの?」

 小次郎は直接的な回答はせず、水美を見て言った。

「それは……水美どのも望んでおられることゆえ」

「水美が?」

 説明を求めて水美に目を向けても、水美は穏やかな笑みを浮かべたままでいるので、あえてその理由は訊かぬことにした。美夕姫の笑みは苦笑いとなる。

「……わかりました。水美のことは司王たちには話しません。それでよろしいのですね?」

 小次郎ではなく、貞高と水美は何かを目論んでいると美夕姫は感じた。それならばそれで、やらせてやってもよい気がする。

「……西の対に戻ります。小雪、いらっしゃい」

 しばらくは白菊が傍にいなくても怪しまれることはないだろう。小雪を従えて歩き出した美夕姫の後を、あわてて小次郎が追う。

「何を画策されていますの?」

 振り返りもせずに美夕姫は言った。

「かくさく?」

 突然の質問に、小次郎は何を問われているのかわからない。

「水美は小次郎さまたちと何かを企んでいるのでしょう?」

「は? 企む、とは?」 

 言葉を替えてやっと通じたのか、小次郎がたじろいた。しかし、美夕姫はそれ以上は追及しなかった。




 元の局に戻ると近い位置で対面し、男たちは何事か協議していたようだった。司王が手招きするので、美夕姫は扇を開いて顔を隠しながらその傍に座る。小雪が衣を整え落ち着いたところで司王が切り出した。

「大将どの、折り入ってお願いしたき儀があるのだが」

 貞高は目線のみで先を促す。

「実は、ここにいる我が従妹となる姫を、京の屋敷へ連れ帰っていただきたい」

「「「えっ?」」」

 言った当人を除く全員が驚いて司王を見る。

「それは、どういった事情かな?」

 とぼけたように貞高は訊いた。

「というと?」

「かよわき身をこのようなところまで連れてきておきながら、なぜに今更、姫君を追い返すようなことをなさる?」

 事情を知らないはずの貞高だが、京の都から美夕姫を連れ出したくせに、おめおめと海賊の虜囚とさせた司王を保護者失格と怒っているのかもしれない。一呼吸おき、司王は応える。

「何事にも機というものがございましょう。仮にも貴族の姫を、いつまでも波間に漂わせておくわけにもいきますまい。幸い、此度(こたび)は心強くも精兵揃いの追捕使どのが帰還されるのだ。なにとぞよしなに、七条の屋敷まで送り届けてやってはもらえぬでしょうか」

「ふ、む?」


「わたくしは嫌です。帰りませぬ!」


 明らかに司王に何の恩をきせるか考え始めた貞高の思考をぶった切る勢いで、美夕姫はごねた。

「ようやく、あと少しで兄上に会えるかもしれぬところまできたのに、こんなところで帰るわけにはいきませぬ」

「美夕姫どの、それは真実(まこと)か?」

 小次郎が膝を乗り出してきて、美夕姫ははっとした。

「まことかっ?」

「えっええ」

 勢いに押され、つい正直にうなずいたものの、司王が神経を尖らせたのを美夕姫は感じた。

 それはそうである。

 もしこれで小次郎が(さとる)の所在に関心を向け、自分もそこへ行くなどと言い出そうものならばとうなることか。

 らしくもない侍従職だが、官吏には違いない。しかもいまは追捕使の副将である。そのような者を修王(すおう)の根城に同行させるなど追捕使を引き込むようなものだ。

「亮どの」

 そらみろ、言わんこっちゃない。妙にきらきらした眼で小次郎が司王を見てくるではないか。

「怜いや、七条の家主どのの消息が知れたのであれば是非とも俺、いやわたしも共にお連れ願いたいのだが」

「それは……っ」

 司王は口ごもる。

 怜を友とし、()なくつきあう小次郎の気持ちはよくわかる。

 彼とて知己を訪ねるという名目はあるものの、そこに怜と思しき人間が世話になっていると聞けばもしや従兄弟ではないかと気にもなる。ましてや怜は負傷してさらに谷に落ちたのだ。生命にかかわる怪我をしているのではないか──人として、従兄弟として、美夕姫の庇護者として、確認するのは当然なのだ。


 しかし──!


 追捕使の副将がなぜ司王の従妹を“美夕姫どの”などと呼んでいるのか、詳細は知らぬがだいたいは察している由岐丸や左源太にしても、小次郎の同行はありえない、と顔色が語っている。

 ちらりと美夕姫に目をやってから司王は言った。

「しかし、侍従どのには姫を京まで守っていただかなければ。いずれは北の方にしてくださるのであろう? ならばよもや、他の者に任せたりなど、されますまいなあ?」

「北の方……」

 復唱(リピート)して、大男は首まで真っ赤になった。

「な……っ!」

 小次郎の同道は嬉しいが立場を考えれば連れてはいけぬ──冷静に美夕姫は判断できている。だが、兄を思う小次郎の友情も無碍にしたくない。

 揺らぐ気持ちのまま小次郎と視線が交差してしまい、美夕姫もまた赤くなり俯いた。


「そういうことですので、どうか、大将どの」

「うむ、そういうことであれば、そうだな。よろしいでしょう、姫君はしっかりと、()()()()送らせましょう」

「叔父上っ」

「そんな……」

 小次郎はますます赤くなったが、美夕姫はそれどころではない。

 だが、さりとてどうしようもなく、司王と貞高が次々と話を進めていくのを見ているしかなかった。

 










〈二十六〉策謀──はかりごと──

 






今回もタイトル変更です。

『対面タイメン』から『策謀ハカリゴト』になりました。女組VS男組の計略の行方はいかに……(笑)


思い出したように烏帽子のことを書いておりますが、調べ物として烏帽子を追っかけておりましたら、平安貴族のBでLな漫画に漂着してしまいました。なんでもそのお貴族さま、赤裸々にいつどこで誰とどのように事に及んだかを日記に書き記しておられ、後世、それが写本されていたのだけれど、書き写した人はナニの部分を不要と判断したらしく割愛されていたそうです。ソコがいちばん重要なのに!とコミカライズされた絵師さんが嘆いておられました♪







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