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初恋の君はわたくしの双子の兄にご執心のようです。   作者: 高峰 玲


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〈二十四〉夢

── alert ─────────────────────


流血シーンがあります。

苦手な方は飛ばしてお読みください。


─────────────────── alert ────









 少々遅い刻限となった夕餉を食べると、たちまちのうちに水美(みなみ)は寝入ってしまった。

 美夕姫(みゆき)小雪(こゆき)と共にあてがわれている局に退いたがどうにも眠れない。そっと身を起こしてみたが、小雪が目を覚ます気配はなかった。

 静かに──できるだけ静かに上衣などを着ると、闇にまぎれて外に出た。

 開いたままの中門を抜けてから、美夕姫は小走りで木立に向かった。訪うのは初めてだが、そこに司王(つかさおう)たちのいる小屋があるはずだ。

 木立に入ると、それはたやすく見つかった。まだ起きているらしく、戸口の隙間から灯りがもれている。

 しばし逡巡した後、美夕姫はそっと戸を叩いた。


「誰だ!」


 ひそめつつも厳しい誰何の声にびくりと肩が跳ね上がる。が、不安を堪えて美夕姫は応えた。


「……わたくしです」

「美夕姫?」

「お待ちください。いま、お開けします」


 驚いたことに、司王の声に続いたのは女の声だった。

 心張り棒を外して引き戸を滑らせたのは──


「白菊?」


 水美の腹心の白菊は、当然、情報を共有している。その彼女が、敵対する賊の一派が籠る小屋に足を運びあろうことか密室状態で語った内容は……おそらく、美夕姫が話そうとしていたことであろう。

 年長組──司王も左源太(さげんた)も、何も考えていないような顔で時折、ひどく真面目くさった様子で囲炉裏に小枝をくべている。まるで、そうすることがこの上もなく重要な使命、とでも思っているように。年少組となる由岐丸(ゆきまる)は年長者たちに倣うように黙って火を見守り、暇さえあれば調子よく美夕姫を口説いていたのが嘘のように表情が暗い。(はやぶさ)はと見れば、賢い子犬が主人の思惑を量りそこねたような戸惑った様子で声すら立てずに控えている。

 たまりかねた白菊が促す。

「お願いです、何とかおっしゃってくださいまし」

「何とかと言われてもな……」

 常日頃、 闊達な左源太の切れが悪い。

「いったい俺たちにどうしろと?」

「どうしろって、もちろん、水美さまをお助けくだされと、申しておるのです」

「なぜ? 何のために?」

 左源太らしくない意地悪な物言い。

「それは……」

 言葉につまる白菊に(おとこ)として由岐丸は言った。

彌勒王(みろくおう)の姪でなくば、助けてやらぬでもないが」

 敵方の女にそこまでする義理はない、ということなのだ。にべもない。

 苦悩する白菊、そして水美を思い、それでも、と美夕姫は正当性を振り絞る。

「では、(みなもと)の中納言さまの孫姫として、お助けすることはできませぬか?」

「……(きょう)どのの従姉妹姫としてですか?」

 この男にしてはめずらしく、含みのある目で左源太は司王を見た。隼が心配そうに主を気遣うと、司王は相変わらずの知らぬ顔で火を構っている。

「……既に追捕使が向けられた賊を、どうすれば助けられると?」

 反社会的(朝敵)であるのは阿修羅王の賊も同じ。だが、そこに相容れるものはない。一個人の感情だけで共倒れになるなど許されぬ。それに、あれは響ではないのだ。いくら血の繋がった従姉妹だとて、それを助け守らねばならぬ理由など彼にはない。


 ──では、響であれば助けるのか?


 考えるまでもない、選ぶまでもないことだった。


 そのまま、まんじりともしないまま一同は夜明けを迎えた。

「わたしはもう戻らなくては」

「そうか」

 淡々と応えた左源太が顔を上げたときには、白菊は戸口に立っていた。

「あ、待って。わたくしも、戻ります」

 白菊と並んで歩きながら、美夕姫は言った。

「もう一度、彌勒王に頼めないかしら」

「お館さまに?」

 水美が従うのは伯父からの指示だけ。彼女たちからの懇願など聞く耳を持たない状態なのだ。

「それでは、わたしがご案内しましょう」

 取次ぎがなければ、美夕姫は彌勒王に会うことすらできない。だが、彼女たちの再三にわたる要請をはねつけ、彌勒王は水美を連れて行ってしまった。

 港では慌ただしく出港の用意が整えられ、銅鑼が鳴らされていたが、美夕姫は見送りに行かなかった。




 午後になってから、美夕姫は眠りこんでしまった。

 昨夜寝なかったせいか、それは深い眠りで──


 おかしな夢を見た。


 船軍(ふないくさ)の最中だ。

 雨のように矢が飛び交い、時には槍が船縁に無慈悲な音を立てて突き立つ。船体ばかりではない。誰はばかることなく、矢も槍も、人の身を貫いていた。


小次郎(こじろう)さま!』


 夢の中で、知らず美夕姫は大声を上げていた。小次郎が賊のひとりを相手に斬り合いをしていた。

『あれは』

 見覚えのある男だ。美夕姫を人質に、伊吹丸の猛者どもを降伏させた卑劣漢である。

 賊の太刀を払い除けた小次郎の太刀に気づき、美夕姫の胸に喜びが生じる。ふたりが再会の約束にと取り交わしたあの太刀だ。やや細く軽く仕上げてあるが、強化と破邪の呪が施してある。

 それが危なげなく賊を屠ったのを見届け、ほっと安堵の息をつく。だが、ふと視野の端に引っかかったものを確と見定め慄いた。


 かなり大きな船が炎に包まれていた。


 美夕姫はほとんど船には詳しくない。だが、見まがうはずはない。彌勒王が、そして水美が、乗り込んだ彌勒丸だ!


 炎の中に、ふたつの人影がある。

 声が聞こえた。


『覚悟はよいな、水美』

『はい』


 伯父と姪である。


『水美っ!』


 美夕は叫んでいた。しかし、その声が聞こえている様子はない。


『目を閉じよ』


 水美は言われたとおりにしたようだった。


『やめて! やめなさいっ、彌勒王!』


 美夕姫は彌勒王が水美を斬るものと思った。

 だが、その手に武器は握られていない。


『伯父上?』


 (いぶか)りつつ閉じた目を水美が開けた刹那、彼女は彌勒王によって船外へと突き落とされた。


『あっ?』


 一旦は海中に沈んだ水美が浮上して船縁を見上げたとき、その目に映ったのは──振り向きざまに彌勒王が首を刎ねられた、その瞬間。


『お……伯父上!』


 水美の叫びが空しく海上に響く。

 その水美に向かって、船上から驟雨のごとく矢が射掛けられる。


『! 卑怯なっ』


 言い捨てて潜水する。その後にも、情け容赦なく矢が放たれ、

『やめい! 女賊を討ってはならぬと大将さまのきついお達しぞ!』

 誰かの声により矢音がやんだ。と同時に彌勒丸が沈みだす。


 先程の場所から少し離れたところに水美は浮上した。


『彌勒丸が……沈む!』


 悲痛な声が聞こえた。


 恨めしげな音を立てて折れ裂けた帆柱が船尾の方に倒れ、やがて彌勒丸は船首を上に海底深く、沈んでいった。そこを中心に渦が巻く。


『水美!』

 貞高(さだたか)の声がした。


『えっ? あああ……っ』

 水美は渦に巻き込まれていた。


『水美っ!』

 美夕姫もまた、漆黒の闇に取り込まれていた。











〈二十四〉夢──ゆめ──

 





初稿では『夢路』でしたが(たぶん『雲路』と引っ掛けて)今回『夢』と改題しました。




さて、前々回のあとがきで身分の関係で左源太は「美夕姫さま」と呼ぶようになったと書きましたが、今回、司王の奥さんを「響どの」と呼んでいます。(リライト前は「響姫」でした)ふたりとも貴族の姫なのに、この差は……ズバリ、左源太との距離感、ですね。式部卿の宮の娘だけど響は友人の妻なので「どの」(面識はなし)、大納言の娘の美夕姫は単なるイトコなので「さま」。大雑把なはずなのに、細かいとこに気をつかう男のようです(笑)





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