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初恋の君はわたくしの双子の兄にご執心のようです。   作者: 高峰 玲


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〈二十一〉夕笛




 美夕姫(みゆき)が西の対に戻ったのは、もう夜明けも近い頃になってからだった。

 自分にあてがわれた局に入った瞬間に、驚いて立ちすくむ。中には小雪(こゆき)水美(みなみ)白菊(しらぎく)ばかりか、司王(つかさおうつかさ)左源太(さげんた)までいた。どうやら一晩中起きていたらしく、(みな)、腫れぼったい目をしている。泣いていたのか、小雪の目元が赤い。

「な……いったい、どうし……?」

 美夕姫が声をかけたとたんに、小雪がわっと泣き伏した。

「っ、もっ、しわけありばぜん、(びめ)ざま、わだじ、わだじが身代(びが)わりになっでびればっ」

 嗚咽にまみれた訴えを何とか聴き取り、美夕姫は膝をついて女房の頭を撫でた。

「泣くことはないのよ、小雪。何もされていないんだから」

 それと聞くや、全員がましまじと彼女を注視する。

「まさか? いかにも女好きそうなニヤけたお貴族さまが、何もしなかった?」

 いかに彼が世の男性を外見で判断しているかを口にしたのは左源太だ。にっこり微笑み、以降の発言を封じる美夕姫。

「おまえ、ひょっとして……」

 表情を強張らせた水美に、美夕姫は懐剣を差し出す。

「美夕姫さま!」

「殺ったのか?」

 小雪と司王も顔色を変えた。しかし、美夕姫は首を横に振り、短くはっきりと応えた。

「いいえ」

「では……?」

 すがるような小雪の視線にうなずきを返しながら、少しすねたように言う。

「水美、あなた肝心なことを教えてくれなかったわよね?」

「肝心なこと?」

「相手が誰なのかということ」

「相手はこの荘園の領家の」

 水美がしまいまで言わぬうちに先を告げる。

「右大臣家のご嫡男、右近の大将源貞高(みなもとのさだたか)さま」

「やはりそうか」

 驚かない司王に左源太が確認する。

「知己か?」

「いや、俺は武官とはつきあわんようにしている。が、美夕姫は?」

「美夕姫は知っているのか?」

 宮中に出仕もしていない姫が男を見知っているなど、何かの行列の見物で見たか自宅での宴で親に引き合わされたか。しかし、火宮家では美夕姫が成人してから宴など催したことなどない。

 水美の質問に、

「あのかたとは、以前一度、従姉妹のところでお会いしたことがあるだけよ」

 自宅でも男の家でもなく、無関係な場所での遭遇を強調する。

「もしや小次郎(こじろう)というのは」

「まったくの別人よ!」

 明後日の方角の勘違いをきっぱりと否定して、美夕姫は苦笑した。

「まあ、大将さまは小次郎さまの叔父にあたるかただから、関係がないというわけではないけれど……」

 と、そこで美夕姫は今更ながら気がつく。

「あ、ら? ということは、水美は……小次郎さまとは二従姉弟(はとこ)になるのかしら」

 頭の中に書き出した家系図をたどり、司王も認める。

「そうなるな」

「ほう、そうか。ならば一度会ってみたいものだな。そのハトコ、小次郎か? 美夕姫の想い人なのであろう?」

 美夕姫の頬が急速に赤くなる。しかし、彼女はすぐに居住まいを正した。

「水美、大将さまたちがこの島に来られた理由、知っているのでしょう?」

「知っている」

「それで、彌勒王(あなたがた)はどうするつもりなの?」

 あっさりと水美は応える。

「とりあえずは、やりすごすことになるだろうな」

 差し迫っての争いにはならないことに、美夕姫は安堵した。

「理由とは?」

「彌勒王討伐……」

 司王の確認に水美が応えると、左源太が何ともいえぬ奇妙な顔をした。

「……ね、水美」

 眉間にしわを寄せ、考え込む男性陣をよそに美夕姫はにこやかだ。

「大将さまのお傍に背の高い、立派な殿方がいらっしゃらなかった?」

「あ? そういえば、六尺超えの大男がいたような」

 美夕姫は笑っている。

「え? まさか、アレがおまえの?」

 やはり見間違いではなかったか、と内心、司王は警戒心を強める。気安く、こちらの事情に踏み込ませないように、どう距離を取らせるべきか。

「そうか、あれが小次郎か」

 しまった、もっと顔とかよく見ておくべきだったと思いつつ、少しによによしてしまう水美である。

「美夕姫さま、わたしたちが彌勒王の一族であること、領家の若君にお話しになりましたか?」

 現実的なことを白菊が訊いた。

「……話しました」

 真顔に戻り、美夕姫は言った。

「ただし、水美だけは助けてくださるというお約束をいただいたうえで、です」

「わたしを? 他の者はどうなる?」

「女こどもは助けていただけましょう。女船のことは話しておりませんから」

「伯父上は?」

 首魁だ、だめに決まっている。そういう意味で、美夕姫は首を振った。

「あやつらは、島ぐるみ討伐するのか?」

 再び首を振る。

「では?」

「教えれば、あなたは黙っているわけにはいかなくなるでしょう?」

 美夕姫はじっと水美を見つめた。

「なぜ、おまえはわたしを助けようとするのだ? わたしはおまえを拐った海賊の、彌勒王の姪だぞ」

「さあ? なぜかしら」

 口元にかすかな笑みを浮かべ、美夕姫は首を傾けた。

「あなたが小次郎さまの二従姉弟だからか、それとも……」

「それとも?」

 水美が繰り返したが、美夕姫は続く言葉を口にしなかった。

 そのうちに、美夕姫がしきりと袖で隠してあくびをかみ殺すようになったので左源太が座を立った。

「どうした?」

 こちらは慎みもなく口元に拳をあててあくびをしながら水美が訊くと、

「いや、美夕姫さまは休まれたいのではないかと。さて、司王、戻ろう」

 しかし、司王は身動きすらしない。見れば胡座に腕組みをして寝入っていた。

「おい」

 左源太が肩に触れると、そのまま背後の壁に体を預けてしまう。目覚める気配はなく、なおも起こそうとすると水美が止めた。

「そのまま。構わぬから寝かしておいてやれ。白菊、(ふすま)を……白菊?」

 返事がないので振り返って見れば、女賊は小雪と寄り添うようにして寝息を立てていた。いつの間にか美夕姫も眠っている。

「やれやれ」

 ため息をつくと、水美は皆に衾をかけてやった。そして、左源太にも衾を渡す。

「おまえも眠れ。相方がこの有様(ザマ)では仕方あるまい?」

 左源太はすぐに寝ついた。水美もまた、床に寝そべるとまぶたを閉じた。




 水美が目覚めたのは夕方だった。

 夢うつつに笛の音を聞き、はっと目を開けば色あせた西日を浴びて司王が龍笛を吹いていた。傍にあるのは水美の“宝物(ガラクタ)”入れの木箱だ。

 鬼熊(おにくま)が追い回して潰しそうになっていた旅芸人の娘を助けた礼に笛を貰ったが島にそれを教えられる者はおらず、吹けないまま箱に入れっぱなしにしてあった。美夕姫に珍しい貝殻を見せてやろうと運び込んだ箱の中にあったのを見つけて試していたようだ。

「な……」

 無防備に寝ていた自分に驚き辺りを見回せば、美夕姫も白菊も小雪も、左源太もいない。

「白菊は……皆はどうした?」

 ようやっと尋ねると、司王は笛を吹くのをやめ、真っすぐに水美を見て

「おまえ……」

 何か言いかけたが、そこへ白菊が入ってきたので黙ってしまった。

「白菊、美夕姫たちは?」

 女は水美の問いには応えず、司王の周りに几帳を巡らせだした。

「白菊?」

 かいがいしく働きながら、白菊は言った。

「お館さまが来られます」

 間合いなく、彌勒王が局に現れた。

「こりゃ白菊、何をしとる?」

「伯父上」

 白菊の様子に彌勒王は怪訝そうな顔をしたが、水美を見て上機嫌に話し出す。

「ようやったわい水美よ。都人どもは明日、島を出てゆくぞ」

「明日?」

「そうじゃ。瀬戸内を荒らす賊を見つけねばならぬゆえ、ゆっくりしとれんそうじゃ。たわいもないのぉ。ところで、あの娘はどうした? 領家のエロ息子(すきもの)が気に入ったようで今宵も寄越すようにゆうてのぉ」

「え?」

「仕度をさせておけよ。それにしても……」

 何やらぶつぶつ言いながら彌勒王は行ってしまった。

「右大将め、気を利かせたか」

 几帳の林の中から司王のつぶやき。

 それを聞きながら水美はぼんやりと夕陽を見ていた。が、やがて言った。

「もう一度、笛を吹いてくれ」

 黙って司王はそのとおりにしてやった。










〈二十一〉夕笛──ゆうぶえ──

 






あれ?司王が龍笛吹いてる……吹けたんだ?


と作者も思いました(笑)


きっと麗子さまが司王と怜に教えたんでしょう。






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