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初恋の君はわたくしの双子の兄にご執心のようです。   作者: 高峰 玲


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〈二十〉逢瀬 ❐

久しぶりに文末に家系図があります。


(章タイトルの横に❐マークがついていると、家系図が入っています)






 日が暮れてから、寝殿の方から少々調子っぱずれの楽の音や、男たちの笑い声が聞こえてきた。どうやら彌勒王(みろくおう)は都人どもを酔い潰して、そのまま抹殺してしまう(寝首をかく)つもりはなく、普通にもてなし、早々に島から追い払いたいようだ。

 あくまでも下手(したて)に出る、そのための懐柔策が夜伽の斡旋なのは在り来りすぎる下策だが、それに抜擢された人間には迷惑意外のなにものでもない。

 いまや美夕姫(みゆき)は西の対の一室に、ただひとり押し込められていた。


「なぜ……なぜわたくしがこのようなことに……小次郎(こじろう)さま……」


 いつしか、想いはその男のもとへと馳せられていた。年頃の姫のようにうるうると涙があふれ、一筋、また一筋と頬を伝い落ちる。


「……すまぬ、美夕姫。許せ」


 戸口からの声に、気丈に美夕姫は言い返した。


「ゆるせ? 許せですって! 許せるわけないでしょうがっ!」


 幾重にも衣を着せかけられ、正直、美夕姫は立って歩くこともきつい状態である。でなければ、即座に水美(みなみ)に飛びかかり、がしがし上体を搖さぶり畳み掛けている。

「すまぬ。おまえに小次郎という想い人がいるのは聞いたが、わたしにも……」

「え?」

「その男のことを考えただけで胸が熱くなるような、心がざわめくような……もしやこれが恋、とかいうものなのか?」

「水美?」

 故大納言の姫は大いに戸惑った。だが、すぐにはっと我に返り、

「あなたが初恋の感慨にふけるのは勝手だけど、わたくしはどうなるのよ!」

 水美もまた、はっと気づく。

「初恋? そうか、初恋だな」

 もはや美夕姫は泣くどころではない。

「水美、しっかりして! このままでは、わたくし、小次郎さまに会えなくなってしまうわ!」

「会えなくなる? この島に、ずっといればいいではないか。わたしはおまえを手放すつもりはないぞ」

「いやよ!」

 美夕姫は叫んだ。童子の頃にだって、これほど感情的になって拒絶したことはない。


「言ってやるわ! この島が彌勒王(海賊)の島だって。荘園を持つ都の貴族ならば、わたくしの家の名ぐらい、知っているはず」

「美夕姫っ」

 水美が手を伸ばすと、その手を払いのけて美夕姫は袖に顔を埋めた。よよよ、とまではいかないが、それでも一応は泣き濡れる姫君のようである。


「泣くな……わたしはおまえの味方だぞ」


 耳元で優しく言うと、姫らしからぬ機敏な動作で跳ね起きる。


「嘘! わたくしを助けてくれないくせに! わたくしに縁もゆかりも無い男の相手をさせるくせに!」

「確かに、助けてはやれぬ。だが……」

 そっと取り出した懐剣を水美は美夕姫の手に握らせた。

「これは……」

「どうしても我慢できなかったら、これで相手を刺せ。騒がせず、一撃で仕留めよ。後の始末は、わたしがしてやる」

「相手を?」

 懐剣を握りしめ、美夕姫はつぶやく。

 水美はそれきりで出ていこうとした。その背に向かい、美夕姫は尋ねた。

「待って、水美。あなたの初恋の人とは?」

 困ったように笑い、水美は根古志形(鏡台)を指さした。

「え? 鏡?」

 美夕姫が振り向いて確認した隙に水美は行ってしまう。入れ違いに白菊(しらぎく)が入ってきた。

「ご用意は、よろしいですね」

「あ、あの、ちょっと待ってちょうだい。髪を、もう一度梳いてくれる?」

 ちらりと鏡台に目をやって告げると、白菊はうなずいて美夕姫の望みどおりにしてくれた。

 ぼんやりと映る鏡面を食い入るように見つめ、美夕姫はあることに思い至る。まさか? 確たるものはない。しかし、そのまさかが正答のような気がした。

「……もう、いいわ」

 意を決し、美夕姫は立ち上がる。もしそうなのならば……彼女が水美を守るのも、有り、だ。


 白菊は灯りを掲げ、先導する。

「どこまで行くの?」

 沈黙に耐えかねて訊くと、白菊は振り返った。

「北東の対舎ですよ」

 美夕姫が早く歩けないのもあるが、殊更にゆっくりと進み現在位置を教えてくれるのは逃走経路のためなのではないか? うっすらと思い、懐剣を握りしめる。

 いつぞやの時頼(ときより)狼藉のとき(ケース)のように、刃を自分に向けて自害すると脅せば、相手は引くのではないか──少し考えた。だが、これは騒がれたらおしまいだ。懐剣を奪われ、結局は体をいいようにされるか殺されるだろう。だから水美は一撃で殺れと言ったのだ。

 そこまで考えたとき、白菊が立ち止まった。

 美夕姫はいっそ太刀を抜いて斬り込みたい気分だ。

 小刻みに震える体を押さえていると、白菊もそっと耳元で囁く。

「しっかり。わたしたちが味方だということを忘れないで。もしものときは、水美さまの言われたとおりにしてください」

「し」

 思わず名を呼ぼうとしたが、白菊が引戸を開けてしまったので美夕姫は口を閉ざした。

 中に、灯火が見えた。

 再び懐剣を握りしめ、美夕姫は中に入った。背後が閉ざされ、遠ざかってゆく白菊の足音が聞こえた。


「水美か、近くへ」


 その刹那、美夕姫は遣戸を開けて逃げ出そうかと思った。が、なんとか堪え袖几帳をして灯りから離れた局の隅の方に移動した。


「ほう、いつの間に裳着をしたのだ。袖几帳なぞ、しおらしい所作をどこで覚えた?」

 こんなとき、水美はどんな応えを返すのか? まったくわからないので、美夕姫は沈黙を通す。

「どうした? 三年の(会わない)あいだに言葉を忘れたか?」

「そのようなことは──」

 思わず言ってしまい、あっと口をつぐむ。

「やっと声を聴かせてくれたな、水美」

 男は笑ったようだ。

「もっと近くへ寄れ。そなたの顔が見たい」

 その言葉にぎょっとする。そんなことをすれば、懐剣を使うのが早くなってしまう! なので、美夕姫は動かなかった。

 男はため息をつき、立ち上がって美夕姫の傍に座り直した。

「会いたかったぞ。(みやこ)にいたあいだも、そなたのことばかり考えて衛府の仕事もなかなか手につかなかったほどだ」

 女を想うあまり仕事が疎かになる、まあ口説き文句としては手垢のついた常套句である。嘘こきやがれ、と普段の美夕姫ならばそっぽを向き十割がた(100パーセント)無視するのだが、驚きすぎて懐剣を落としそうになった。

 いま、この男は衛府に勤めていると言わなかったか? もしかして、まさか、()()伊津良(いづら)の少将か?──鳥肌が立つような、おかしな寒気に見舞われた。


「水美!」


 しびれを切らしたのか、いきなり男は美夕姫を抱きすくめ、強引に口吻しようとした。


「何をする、この助平野郎!」


 男に平手打ちをかますと壁を支えに立ち上がって、美夕姫は懐剣を抜き放った。


「これ以上の無礼は許しませぬよ」

「な……」


 打たれた頬を押さえ、男は言った。

「そなた、水美ではないな?」

 

 そうだ、と応えるわけにもいかず、好ましからざる事態を招いてしまった美夕姫は中途半端に懐剣を構える。


「何者か?」


 怯まずに男は美夕姫の腕を引いて灯火に近づけ、髪を払って至近距離で顔を見た。


「そっそなたは!」


 諦めて目を閉じ、灯りに顔をさらしていた美夕姫は男の声に目を開けて相手を見た。


「あなたは!」


 その手から、懐剣がぽろりと落ちる。


 ふたりともに驚きのため次の言葉が出ない。


 が、そのとき、美夕姫は水島庄が源家の領であったことを思い出していた。

 水美の父南部五郎(みなべのごろう)が間違えて中納言家へ行ったという話を覚えていれば、領家は本当は右大臣家だとわかるのだが、綺麗さっぱり失念していたのだ。


「あなたは、火宮(ひのみや)の……(たける)どの!」

「……いえ、大将さま、美夕姫と申します」

「ああ、そう、美夕姫。美夕姫どのであったな。お話はかねがね、伺っておりますよ」

 右大将源貞高(みなもとのさだたか)はにこやかに言った。

「えっ? あず……尚侍(かん)の君から?」

「いや、尚侍(ないしのかみ)どのとは、あの日以来お会いしておりません」

 美夕姫が微妙な顔をしたので貞高は話題を変えた。

「それより、あなたはまた、どうしてこのようなところに? ここは我が右大臣家の荘園なのだが」

 質問には質問を、話題変えには話題変えで返す、韜晦の基本である。


「大将さまは……ずいぶんと水美にご執心のご様子ですこと」

 美夕姫(わたし)の従姉妹に言い寄っていたあいだもお勤めが疎かになるほど想っていた女性がいたんですよねぇ──言外の含みに、らしくもなく赤面し、貞高は弁明(言い訳)を試みる。

「いっいや、水美はわたしの従姉の娘で、気にかけていて、その……もちろん、尚侍どのとのことも、けっして遊びというわけではなく……」

 いや、すでに京の都ですきもの(プレイボーイ)認定されている時点で、あなたは“恋多き男”=複数の女性に手を出す無節操な浮気者ですよね? 美夕姫の判定は覆らない。

「……しばし待たれよ」

 ついに貞高は断念し、密やかに局を抜け出ていったのだった。




 貞高の言葉に従い美夕姫は待っていたが、そのあいだに懐剣はしまっておいた。不埒にも存在感を示していた寝具は部屋の反対側に押しやり、灯火を几帳で囲った内に美夕姫はいたが、貞高が戻ってきた足音にふと首をかしげる。

 ひとりではなかった。

「お待たせした……さあ、入れ」

 その口振りから配下の者らしい。なぜこんなところに公卿の娘がいるのか、その検討かと、当たりをつけて美夕姫は顔を上げた。


「「………………っ!」」


 貞高が招き入れた男を見て、美夕姫は大きく目を見開いた。声に出してその名を呼べば、幻のように消え失せてしまいそうで、怖くて何も言えない。

 それは相手も同じらしく、微動だにしない。

 だが、見つめ合うふたりの瞳はそらされることなく、そのままであった。


「……小次」


 やっとのことで美夕姫が声を発すると、縛めが解けたように男──小次郎は愛しい女に走り寄った。


「小次郎さま!」

「……み、ゆ……美夕姫どの」


 ふたりはしっかりと抱き合った。

 頃合いを見計らって貞高が咳払いをすると、ばっと離れる。とはいえ、小次郎の右手は美夕姫の手を握ったままだ。

「叔父上……」

 照れくさそうに小次郎が言うと、

「叔父上というのはよせ」

 年の差をいえば兄弟のようなものである。こんなでかい甥に“おじ”などと呼ばれると、急に年をとった気がするので貞高には抵抗がある。

「叔父、さま? 大将さまが小次郎さまの?」

 仕方なくうなずく。

「ああ。ところで美夕姫どの? もうそろそろ話されてもよいのではないか、なぜあなたがここにいるのか?」

「そちらこそ……大将さまや小次郎さまは、なぜこちらに?」

 あくまでも美夕姫は交渉術を続ける。

「……彌勒王という海賊を討伐に来たのです」

 貞高が応えようとしなかったので小次郎が言うと、美夕姫は、

「彌勒王?」

 つい、復唱してしまった。

「美夕姫どの、その名に何か心当たりでも?」

「えっ?」

 知らぬ名を聞いた反応ではないことに、貞高は気づいた。さらに促す。

「さ、美夕姫どの、話されよ」

 いちいち、小次郎のように自分の名を呼ぶのが鬱陶しい。しかし感情的にならぬよう、気をつけて美夕姫は言った。


「これから先、わたくしが何をお伝えしても水美だけはお助けくださると、約束していただけますか?」

「水美?」

 貞高は、ここでなぜ急に水美の名が出てきたのかわからぬ、というような顔をした。水美を知らぬ小次郎には、とんとわけがわからない。


「お約束、いただけましょうね?」

 

 強い念押しに、畢竟、貞高はうなずくしかない。

 そこで、美夕姫はこれまでのことをふたりに話した。むろん、阿修羅王の一族のことには、何も触れずに……。



 








〈二十〉逢瀬──おうせ──





✿登場人物について✿


今回は久しぶりに貞高さんが出てきたので親世代の皇室との絡みを図解(?)してみました。物語に関係する人だけを書いてますので、本当はもっと女御やら更衣やら皇子やら皇女やらがいるはずです。



挿絵(By みてみん)




えーと、一応、貞高さんもまだお若いんですが、お生まれの分類区分上、親世代になっちゃう?

や、もうホント、あなたは充分、ナウでヤングな殿方ですよ~大将どの♪(^_^;)





あれ?

貞高さんが水美のことを「従姉の娘」と言ってますねぇ。でも、これまでに公開している家系図には…………!

漏れていました!

確かに、大昔に作った手書きの家系図(総まとめ)を見ると源の右大臣と源の中納言、同母の兄弟になっています!

久しぶりに登場できた小次郎くんよりも、そのことに驚いた作者でございました(笑)







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