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初恋の君はわたくしの双子の兄にご執心のようです。   作者: 高峰 玲


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〈十六〉龍田姫




 まず、賊のひとりが小雪(こゆき)の上半身を引き起こし、首筋に刃をつきつけた。同様に美夕姫(みゆき)も二の腕を掴まれ案山子(かかし)を据え置くように甲板に座らされる。

 途端に、騒がしかった辺りが静まり返った。


「……っ! 姫さま……」


 どこからか(はやぶさ)の圧し殺した声が聞こえた。


「女を殺されたくなかったら武器を捨てれや!」


 美夕姫の頭上から荒々しい声が響いた。暗くてよく見えないが、腕を掴んでいるのは黒く薄汚れたぞっとするような手である。何となく臭うのは気のせいではあるまい。

 伊吹丸の者たちは、渋々と武器を手放す。左源太(さげんた)司王(つかさおう)が太刀を置くのを見て、ようやく由岐丸(ゆきまる)も鞘に収め足元に落とした。すかさず、全員に縄が打たれる。


「ふふん、船に女を乗せて浮ついてやがるからこうなるんだ」


 指図の男が美夕姫から汚い腕を放して甲板に突き飛ばした。


「何をっ!」


 かっとなった由岐丸が一歩を踏み出すが、縄に阻まれ、逆に引き戻される。

「おら、ぐずぐずせんと、早いとこうちらの船に移らんかい」

 乱暴に急き立てられた。どうやら全員を襲撃した船に移動させるつもりらしい。


「美夕姫さま」

 小雪が主に体をすり寄せる。かすかに震えていた。

「大丈夫だから」

 はげまして、美夕姫は小雪の手を握ってやった。実は上手く受け身をとったので、突き飛ばされた衝撃(ダメージ)はほとんどない。

 全員が乗り移ると、今度は半分ほどの賊が伊吹丸に移動した。

 やがて、美夕姫たちは船内へ入れられ、男たちは何人かずつに分けられ、群れとして縄でまとめられた。

 見張りも置かず賊が上に行ってしまうと、美夕姫と小雪はすぐに司王たちの縛めを解きにかかる。

 特殊な結び方でもあるのか、多少のことでは緩まぬ結び目に、美夕姫は小柄を取り出す。

 気配でそれを抜いたのを察し、司王が制止した。

「待て、それはまだ使うな」

 現時点での貴重な武器である。たかが小柄、されど刃物だ。使えば所持していることがばれてしまう。温存すべきだ。

 仕方なく、ふたりはまた、手作業で緩まぬ縄をいじりだした。

 どのくらいか経って、ようやっと少し結び目が緩んだそのとき、狙ったようにあの臭い男と数人が下りてきた。

「やはり思ったとおりか」

 勝ち誇ったように吠え、階段の近くにいた小雪の右手をねじり上げる。

「ああっ」

 苦痛のうめきをあげる乳姉妹を放っておくなど、美夕姫には我慢できることではない。

 太刀筋に劣らぬ鋭い手刀でむくつけき太腕を跳ね上げ、()()()()強かに首裏を打ちつける!

 さすがの大男でも、脳震盪には目が眩む。

私の女房(うちのこ)に何すんの!」

 すかさず小雪を背にかばい、残りの海賊に牽制の目を向ける。

「な、にをこのガキ、何、し、や……がった!」

 身を二つに折りながらもまだ落ちないしぶとさに、舌打ちしつつ距離を取る。

 がむしゃらに男に追撃をしかけないのは美夕姫がまだ冷静に判断したからだ、と司王は分析している。従妹の機動力ならばあのまま男の顔面に強打を見舞い轟沈することも可能だったはずだが、周囲の下衆どもまで勢いで()()()、いらぬ警戒を呼び却って反撃の機を逃しかねない。

 美夕姫としてこの二年ほど、姫暮らしをしていたはずなのに、この衰えぬ強さは血筋ゆえか、彼の母の薫陶の(たまもの)か。


「物足りぬのならば、もう何発か追加するが?」


 そこで凄むなよ、簾中(深窓の姫君)だろうが!

 つい、姫としての面目を案じてしまう司王なのであった。


「「「あ”あ”?」」」


 都にもこんな感じで露地裏で小競り合いして(ゴロまいて)いる与太者(チンピラ)がいた。が、美夕姫はそのような者を見たこともないはずなのに、何でこうも上手く煽るのか?

 実の兄以上に心配になる。


「っのぉ!」


 賊が包囲を狭めようと動きかけたとき、また船に衝撃が走った。

 先程、伊吹丸を襲ったあの衝撃と同じものだ。


「女船だ! 水美(みなみ)さまぞー」


 甲板(うえ)で誰やらが叫ぶのが聞こえ、

「女船ぞ! 女船ぞ~!」

 賊らは口々に叫んで(きざはし)を駆け上がっていった。


「何なんだ?」

 突如、放置された美夕姫と小雪が顔を見合わせる。

「女船と水美、と言っていたようだが」

「あ、あ」

 珍しくも左源太が苦いものを食んだような顔で上を仰ぎ見る。

「女船とは、女の海賊がいるのか?」

 司王も知らなかったらしく、尋ねる。

「ああ、彌勒王の姪で乱暴なのがいてな、女ばかりの海賊船を仕立てて暴れまわってるんだ」

「敵船が二艘か」

 司王が気にしているのは敵の数が増えたということだけのようだ。


「ほぅ、感心にも修王の賊は、わたしの名を知っておったか」


 具足を着けた女が階の上段に立っていた。

 年の頃は二十二、三といったところか。美夕姫よりも更に背が高く五尺八寸(175cm)はありそうだ。後頭部で長い髪を括り上げ、少し日に焼けた顔にずいぶんと強気な自信に満ちた笑みを浮かべていた。


「おまえが、水美か!」

「いかにも」

 悠然と左源太に応え、ぽそりとつぶやく。

「名は知っていても()()()()知らぬとは、下っ端だな」

「下っ端だと? いいか、聞いて驚け! この俺はぁ、あしゅらお──むぐっ!」

 勢いよく名告りをあげようとしたところを、司王の目配せで美夕姫が口を押さえた。

「むぐ、むぐ、むぐ──っ!」

 左源太は更に続けようとしたが、無駄な足掻きだった。


「おまえ……女だな?」


 じっとそれを見ていた水美が訊いた。

「女船の水美さまは、そこいらの賊ばらよりも、よほどのお目利きのようで」

 美夕姫の応えに、水美は小雪に目をやり、

「おまえはこの娘の女房か?」

と尋ねた。うなずくと、ふたりに近寄り水美は言った。

「おまえたちは、わたしの船に乗れ。むさ苦しい男どもなど、この船でたくさんだ」

 表情を変えずに目線だけで美夕姫は小雪と話をつけたが、従兄と左源太の様子を確認しながら慎重に言葉を繰り出す。

「女船とは、女性ばかりが集う船と存じますが、わたくしはこの船を離れるわけにはまいりませぬ」

「なぜだ?」

「この船には兄と」

 思わせぶりに視線を司王らに向ける。

「弟が乗っているから」

「兄と弟?」

 ここが交渉の要なのだ。伊吹丸の面々は息を潜めるように美夕姫の言葉を待つ。

「はい。ここに縛られております、ふたりがわたくしの兄、左源太と司王にございます」

「弟とやらは?」

「どこにいるのでしょう? 姿が見えませんわ。おそらくは従者の隼と一緒にいるはず」

「おい、誰か!」

 水美の声を受けて、またあの臭い奴が下りてきた。

「何ですか? 水美さま」

「子供を捕えておろう? どこにいる」

「それなら、どっかそこらへんに……」

 男が指し示した辺りで埋もれていた由岐丸と隼の縛めを水美が切った。

「由岐丸!」

 話をちゃんと聞いていたらしく、少年たちは機敏に行動した。

「姉上っ」

 美夕姫の呼び声に応え、駆け寄った由岐丸ががっつりと抱擁する。

「あ、姉上……」

 遠慮がちな隼は小雪の腕に抱き寄せられた。正直、姉に抱きしめられて赤面しているのは拙いのだが、顔を隠すように小雪は隼をしっかりと抱えこんだ。


「ちょっと待て」


 畑の作物を採取するかのように的確に大人のふたりの縄を切った水美が鋭く言った。

「おまえたちは、本当にきょうだいなのか?」

「それはどういうことでしょう?」

 薄氷を踏むような内心の思いを見せず、しれっと美夕姫はとぼける。胸下で組んでいた腕を一旦ほどき、また組むと水美は下知した。

「灯を持ってこい! ……その女房たちが姉弟というのはわかった。だが、おまえら四人は違うんじゃないのか?」

「わたくしたちきょうだいが、似ておらぬと?」

 嘘だからこそ、美夕姫は強気に出る。

 運ばれた灯火が照らす顔を見て、水美は言った。

「ああ、おまえと、その司王という男は似ているようだが他のふたりは似ておらんな。色も黒いし」

「あたりまえですわ」

 完爾と美夕姫は反駁する。

「わたくしと司王()()()()は都の母から生まれましたが、左源太()()()()()()由岐丸はこの地方の母君から生まれたのですもの」

「ふーん、そうか」

 水美はまだ何事かを思案しているようだが、やがて言った。

「朝になったらおまえたち六人は女船へ移す。異存はあるまいな?」

 終わりの言葉は彌勒王の手下に向けられたもので、仕方なく男がうなずくと水美は満足そうに笑った。

「それまで、おとなしくしているがいい」

 言い残すと、足音軽く階段を上がっていく。

 船内が伊吹丸の者だけになって、ようやく美夕姫は大きく息を吐き出した。


「いきなり隼が弟だと言われたときは、心の臓が大きく鳴りすぎて、聞かれてしまうのではないかと思いましたわ」


 ほぼ美夕姫以外が感じたことを小雪が告げると、主は女房をそっと抱きしめた。

「あまり驚かせてくださるな、美夕姫さま」

 左源太もほっとした様子で言った。

「しかし、水美とかいうあの女、なかなかの容姿ではないか」

 にやりと笑って評価したのは由岐丸。

「美夕姫どのが最上なのは変わらぬが、武()けて強気な美女というのも、良いな」

「あら由岐丸さま、美夕姫さまはこう見えて、そこらの(さぶらい)ごときは軽くいなしてしまわれますのよ」

 自慢して執着を煽るのは拙いとわかっているが、自分の主人の素晴らしさをひけらかすのもやぶさかではない小雪。したり顔で左源太が同意する。

「子孫のためには、妻女の素養は強ければ強いほど良いのはわかりますな。由岐丸さまは、よくわかっておられる」

「わかっていても、美夕姫どのをうなずかせられないうちはまだまだだな」

 笑って少年は美夕姫を見た。彼の胸の内を極力避けるように、美夕姫は外れた感慨を口にした。

「でも……あの水美というかた、わたくしから見ても魅力的なひとでしたわ。妙に清々しく、凛として見ていてこちらも背筋を正される気持ちになる……まるで秋の女神さまのような」


「龍田姫──」


 美夕姫が感じていた喩えを、司王が名に挙げた。


「そう。まるで龍田姫のような、ひと……」


 そう口にしながら、美夕姫はなぜか水美を好意的に見ていることに気づいた。











〈十六〉龍田姫──たったひめ──

 




とうとう水美が登場いたしました。

和製エテルナなイメージなので、わりと作者が肩入れしている人です。

そもそもエテルナは未来世界で探偵をしている兄妹の話の登場人物で事件?に絡んでくる敵?っぽいお姉サンだったのですが……彼女が気に入った私はエテルナが主人公の話を画策するようになり、同時期に書き始めたこの話と混線させて、エテルナの部下の坂東小次郎の婚約者の名前をみゆきという名前にしたりして遊んでおりました。お遊びの延長で数年後に書いたSFの主人公の設定がいつの間にかエテルナの祖母になり、水美という名前になっておりました(笑)。


タイトルの『龍田姫』ですが辞書をひくと「竜田姫・立田姫」となっており「龍田比売神とされることもある」そうなので、この表記にしたのだと思います。

きりりとした秋の女神さまのイメージです。


今回もおつきあいくださり、ありがとうございました。










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