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初恋の君はわたくしの双子の兄にご執心のようです。   作者: 高峰 玲


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〈十三〉海神




「これが……海というものですの……なんて広くて、青いのでしょう……!」


 目を瞠って小雪(こゆき)が言った。その思いは、美夕姫(みゆき)とて同じである。


「ふたりとも、海を見るのは初めてか?」

 司王(つかさおう)の問いに主従はそろってうなずく。

「では、船に乗ったこともあるまいな……」

 つぶやきに何やら不穏な予感が潜んでいる。


羅王(らおう)さま! あちらから」


 単独先行していた(はやぶさ)が振り返って叫んだ。その指差す方を見て司王が目を眇める。

「うん……左源太(さげんた)か?」

 見知っている者らしく、咄嗟の警戒を緩めて司王は馬を止めた。

「左源太?」

 小雪と二人乗りの馬を近づけ美夕姫が訊くと、相手の接近を待つあいだに説明することにした司王が簡潔に言った。

藤堂(とうどうの)左源太武豊(たけとよ)、これから訪ねる修王(すおう)の片腕と言われている男だ」

 途中で待っていた隼と合流して左源太が近づいてくる。大きな男だった。


「久しいな、羅王どの」

「出迎えに来てくれたか、左源太」

 ふたりはどちらからともなく笑い出す。

 全開の笑顔をみせる司王など、彼の元服以来だ。美夕姫と小雪が驚いていると、左源太のことをとりなすように隼がそっと言ってきた。

「おふたりは、ご親友なんです」

 大柄でいかにも武者らしく動く彼を、ふたりが怖がらないように気遣っているのだ。

「隼か、何やら大人びて見えるぞ」

 少年を見て笑いかけながら大男は言ったが、主従に目がいくと驚いた。


「司王、おまえが女連れで来るなどとは、夢にも思わなかったぞ!」

 声がでかい。


「いや、あれは女房の小雪と」

 そこで司王は逡巡する。

「女房? 何だ、俺はてっきり」

 少々、品のない所作をしかけた左源太だが、そこで言葉を飲み込んでしまった。明らかに女性なのは小雪だけだったので、水干姿の美夕姫を何気なく見て、その思いがけない美貌に驚嘆したのだ。

「おっおまえ、まさか」

 短絡にとまどう。

「いや、あれは……」

 察しのいい男である。友人の思考をすぐにそれと知り、司王は即座に否定する。迷いつつも、応える。

「……俺の従弟(いとこ)(たける)という」

 嘘ではない。

「建どの?」

「いく久しゅう」

 きりりと表情を引き締め、美夕姫は会釈した。

「あっ、いやこちらこそ。俺は」

 お人好しが慌てる様子にとある男を連想し、少しく美夕姫は口角を上げる。

「藤堂の左源太どの、ですよね」

「なぜ俺の名を?」

 心底、不思議そうに言うので

「そちらの、従兄の()()が教えてくれましたので」

 なるほど、立ち位置(スタンス)は妖異討伐時の陰陽師らに対するのと同等、つまり司王の麾下なる親族ということで通すのだと示したわけだ。

「さて、船へ案内してもらおうか。左源太、今回は伊吹丸か? 高見丸か?」

「船か……しまった!」

 ここへきて、ようやっと左源太はそれに気づいた。

「どうした?」

「迂闊だった。いま、気づいたが女性は小雪どのだけなのだ」

「わたしが何か?」

 小雪が訊くと、あっ、と隼もそれに思い至る。

船霊(ふなだま)さまですね、左源太さま」

「「船霊さま?」」

 美夕姫と小雪が異口同音につぶやく。

「船霊さまはその名のとおり、船の神さまで女神さまなんです」

 隼の説明を司王が補足した。

「女神だから、船に女が乗るのを嫌う。特にひとりの場合は殊更(ことさら)に」

「せめてふたりだったら……」

 左源太のつぶやきに、美夕姫はどきりとした。


 ここでもし、自分も女だと告白すれば……?


「あの、左源太どの」


 正直に言おうとすると、それを遮って司王が言った。

「いや、大丈夫だ。こうすればいい」

 そうして友の耳に何やら耳打ちする。驚いて一瞬、左源太が確かめるように美夕姫を見たが、すぐに納得したようにうなずいた。応える司王もうなずき、美夕姫にいい笑顔を向けるので、ものすごく嫌な予感がして、つい後ろを見て誰か他の人のことにしたい美夕姫だったが、やはり自分なのだとわかっただけだった。




 一行が伊吹丸に乗り込むと船内は意外とこざっぱりとしていた。

「障子か几帳を持ってこさせているので、しばらく我慢してくれ」

 大雑把に区切られた船室の船長用の一角なので、とりあえず水夫(かこ)らの休む場所とは離れている。本来の美夕姫の身分を思えばそれでも不備なのだが、女房ひとりにであれば破格の待遇だ。

「あの、それはその、ありがたいのですが、わたしだけのために、していただくのは……」

 主という設定の司王に申し出ると

「建のためでもある、気にするな」

 そう言われてしまうと、小雪には遠慮することもできない。二基の几帳が運ばれてきたので角を作るように置かれ、その内に主従は収められた。

「建どの、すまぬがこれを着ていてくれぬか」

 そして手渡されたのは明らかに女物の衣。

「あ”ぁ”?」

 低く問えば

「乗っている女子(おなご)はふたりということにしたいのだ。ぜひとも」

 信仰的慣習に従うことに否やはなかった。とりあえず、水干の上から被る。これでいいかと目顔で尋ねると左源太はうなずいた。

「では」

 美夕姫はおとなしく几帳の内に端座した。

 確かに、視界を遮るものがあるだけで煩わしい感じはなくなった気がする。

「ずっと結い上げていたので凝っているのでは? 髪をお梳きしましょう」

 小雪の勧めのままに髪を解くと自然と頬が緩む。

「気持ちいい……」

 つい、うっとりとつぶやく。 

「いまのうちにお体を清めてしまわれますか? 船が揺れると手ぬぐいも絞りにくくなりそうですもの」

「そうね」

 どうやら司王たちは甲板に出て航路の打ち合わせを始めたようだ。声や気配がない。汗ばんで美夕姫が気持ち悪いということは小雪だってそうなのだ。

 ひっそりとふたりで身をぬぐった。


「左源太!」


 小桶の水を捨てに小雪が船室を出た頃、美夕姫は胸に(さらし)を巻いていた。


「何だ几帳なんか立てて、どこぞの姫かよ、おまえ」


 笑いながら几帳をどけたのは、隼と同じくらいの年頃の少年。

 まだ上衣もつけぬ他人(ひと)さまに見せられぬ姿の美夕姫は声も出ない!

 少年もよほど驚いたらしく、固まったままだ。

 そこへ戻ってきた小雪が美夕姫と少年のあいだに立ちふさがって非難した。


「なっ何してるんです!」

「っ! 失礼した!」


 首まで赤くなり少年は走り去ったが、小雪の大声に何事かと集まってきた男たちを入口で押し留めているような声がする。


 また元のようにきっちりと髪を結び、美夕姫は男装を整える。袿を掛けたところで司王が声をかけてきた。


「……建」

「何だ、司王」

「その、いま」

「……水を使っているところへ人に入られたので小雪が驚いたのだ。大事はない」


 何もなかったことにする。

 そういう圧で押し徹した。











〈十三〉海神──わたつみ──

 




使う年代がはっきりわかる言葉を使うのは難しいと思う今日このごろです。

(単に私が学術的“国語”の知識に疎いだけかもですが)


冒頭の司王と左源太の再会の挨拶ですが、初稿は

左「お久しぶりでござるな、羅王どの」

司「出迎え、ごくろうでござったな、左源太どの」

でした。ござるござったって、あんたらは蜷川新右衛門さん(※)かいっ!?とセルフ突っ込みして書き直したのですが……結局、司王の台詞に“迎えに来てくれてありがとう”的な意味の言葉を巧くあてはめることができず、上記の原稿となっております。

“かたじけない”という言葉があるのは知ってるんですが、これは自分よりも身分が上の人に対する感謝の言葉として源氏物語では使われていたという記事を見て、使うのを断念しました。

(例えると、体調を崩した小雪を美夕姫が気遣ったりすると「かたじけないことでございます」と言って小雪が感謝するシーンで使うための言葉ですかね? “さようなら”は使ったくせにね〜(笑))


※蜷川新右衛門ニナガワシンエモン:『一休さん』に出てくるお奉行さま。何と没したのは現在の富山県で富山市内にお墓があるらしい←まだ行ったことがない。




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