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初恋の君はわたくしの双子の兄にご執心のようです。   作者: 高峰 玲


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〈十二〉官人




 美夕姫(みゆき)の姿が完全に見えなくなると、小次郎(こじろう)はため息をひとつ吐き出し、馬首を転じた。


「小次郎さま……」


 背後からの呼び声に振り向くが、それは空耳で、朱雀大路を左京から右京へと吹き抜けてゆく風が巻き上げた砂塵に思わず目を閉じる。

 何ともいえない寂寥の思いが胸にあったが、取り替えた太刀の自分のものとは違う重みに、小次郎は美夕姫の白く細い腕を想う。

 はたして、自分の太刀は美夕姫には重すぎるのではないか。もしそうだとしたら──少し後悔した。

 再会の約束どころか、ろくに扱えぬ無用の長物にしかならぬものを渡してしまい、それが美夕姫の危機を救わなければ何とする? 考えれば考えるだけ、きりがない。

 思いがけず自らの恋々(れんれん)とした部分に気づき、惘然(ぼうぜん)とする。

「美夕姫どの」

 ただ、いとおしい──そう思った。

 なろうことならば、共に馬を駆り、西へと下る道連れは自分でありたかった。だが、小次郎は先の除目で侍従に任ぜられたばかりである。確たるあてもない旅への同道は美夕姫に断固として拒絶された。

「兄ならば、同じように申すはず……小次郎さま、お役目を全うくださりませ」

 それが火宮(ひのみや)の家の兄妹の性状なのだ。その矜持を何人(なんぴと)たりとも覆せることはない──小次郎には待つことしか許されなかった。そして自分は待てる──確信があった。

 だが、美夕姫は?


 ここでへたれた小次郎の恋々がぶり返す。


 美夕姫は(みやこ)に戻ってきてくれるのだろうか。無事に(さとる)を捜し当て、そろって七条に帰ってくれれば最上である。

 しかし、兄を見つけられず、そのまま西国の伝手を縁に嫁いでしまったら?

 受領などにも(みやび)たものを見る目のある輩は間違いなくおり、美夕姫の素晴らしさを見抜いてしまうだろう。そのまま妻として地方の屋敷に隠匿されてしまえば、もう二度と会えない──その事実に恐怖する。


「うん、小次郎? 唯時(ただとき)ではないか?」


 暗い思考にまたしても陥りそうになっていると、声をかけられた。小次郎と同じく騎馬にて朱雀門へと向かう男を認識し、

「叔父上」

 覇気なく応える。母方の叔父の右近大将源貞高(みなもとのさだたか)であった。

「叔父上はよせ。四つしか違わんのだからな」

 貞高が苦笑する。

「はあ」

 曖昧にうなずく小次郎。貞高は彼の母徳子(とくこ)とは腹違いの姉弟で十四歳違いだ。

「こんな時分にどうした? 朝帰りか?」

 理解顔で貞高がにやつく。

「いや、まさか、そんなことは……!」

 からかわれているのに、生真面目に返す甥に貞高は笑みを深める。

「まったく、時頼(ときより)は今源氏とまで言われるほど女に()()だというのに、どうやらおまえは奥手らしいな」

「はあ、すいません」

 詫びる必要などないのに、無意識に言ってしまう小次郎である。

「唯時」

 急に真面目な顔で貞高は甥の名を呼んだ。

「何か?」

 素直な反応に、らしくもなく右大将は言いよどむ。

「あ、いや……義姉(あね)上はお元気か?」

「ええ、まあ……?」

「えぇと、だな」

 逡巡を投げ捨て、ようやく切り出す。

「おまえは、七条の火宮家と近しいと聞くが」

 途端に叔父を見る小次郎のまなざしが胡乱げに細められた。

「確かに、火宮の怜とは親しくしておりますが」

 友人から叔父の名を聞いたことなどない。どんな接点があるのか? 小次郎に縁のない繋がりとなると、何か管弦がらみだろうか。しかし、彼の叔父はどちらかといえば衛府の武官らしく舞人として名を馳せている。

「その……かの家に、妙齢の姫がおられるだろう? 月読(つくよみの)尚侍(ないしのかみ)に匹敵する麗人(れいじん)の」

 とたんに小次郎の声が厳しいものになる。

「叔父上はなにゆえ、美夕姫どののことをお訊きになるのか? どうして、かのかたのことを知っておられる?」

「美夕姫というのか、あの姫は」

 貞高のつぶやきを聞き、小次郎は自分の迂闊を呪った。深窓の姫君の名を教えてしまった。

「うむ、(たける)というのは、やはり偽名だったのだな」

 建のことまで知っている!

「おっ叔父上」

叔父(おっさん)呼びはよせ」

「では、大将どの」

「何かな?」

「なぜ美夕姫どのをご存知なのです」

「ああ、それは──」

 貞高は兵部卿宮邸での出来事を事細かに話した。


「でっ、では叔父上は美夕姫どののむ、胸を、触ったというのですかっ」

「まっ、待て唯時、落ち着け! 殺気を飛ばすなというに、これ、小次郎!」


 腑抜けた配下など及びもつかぬ強烈な威圧に、右近大将は慌てて甥を諌める。何だってこれほどの武人を侍従職なぞに配置するのだ権力者(上のジジイ)どもは!


「これは……失礼を」


 長年のつきあいから、血の繋がった叔父という関係から、何とか小次郎は貞高への圧迫を抑えたのだが、時頼と共にすきもの(プレイボーイ)の浮名を垂れ流している男はすぐにそれに気づいた。


「なるほど、小次郎、おまえあの姫に惚れておるのだな」


 途端に小次郎は耳まで赤くなった。

 その純粋さに、貞高は笑うしかない。

 小次郎が口もきけないでいると、やがて彼は言った。

「俺も五条で姫にひっぱたかれて以来、気になっていたのだが……可愛い甥のためだ。おまえが想うておるのならば、仕方ない」

「叔父上、美夕姫どのに……」


 ぶっていただいたのか何とうらやましい、とは、小次郎は言わなかった。だが貞高は甥の胸中を察している。


「そんな顔をするな。心配せずとも俺は手出しはせん。親族そろって三人、同じ女にのぼせあがったなどと、恥ずかしくて言えるか」

「さんにん?」

「おまえ、知らんのか?」

 貞高があきれる。

「時頼もあの姫に執心だと聞くぞ」

「兄上が?」

 実の兄ながら、その華やかな艶聞はまさにすきもの(プレイボーイ)の名を(ほしいまま)にしている状況と聞く。美夕姫が三条邸にいたあいだに時頼の手付きとなっていたら、おそらく叔父は彼女に興味をなくしているはずなのでそれはなかったのだと判断した。少なからず安堵する。しかし、ものすごく危険な状態にあったのだと、いまさらながら青ざめる。


「何なら、俺が話をまとめてやってもいいぞ」

 あまり表には出さないようにしているが、源貞高は下の甥には甘い。

「まとめる? 何を?」

 小次郎のこういうところが、叔父は可愛い。

「鈍いやつだな。つまり、おまえと姫の仲をとりもってやってもいいと言ってるんだ」

「えっ」

「どうだ?」

 妙に自信に満ちた顔の貞高に対して、小次郎はため息で応えた。

「どうした?」

「美夕姫どのは……京にはおられぬのですよ、叔父上」

「何っ?」

「兄が行方不明なので、西国へ捜しに行かれたのです」

「そうか」

 貞高も残念そうに息をついた。

 が、ややあって彼は言った。

「小次郎、おまえ、武のほうの腕は落としておるまいな?」

「はあ? ええ、まあ」

 これまでの習慣で毎日、馬と弓の鍛錬は欠かさない。

「これはまだ公にはしていないことなのだが」

 叔父が声を潜めたので、小次郎は馬を寄せた。

「近く、瀬戸内へ追捕使を送ることになっている」

「瀬戸内? 瀬戸内には美夕姫どのが」

「まあ、聞け小次郎。近頃、瀬戸内に彌勒王(みろくおう)と名告る海賊が出るのだ」

「彌勒王?」

「うむ。出合う船はもとより船人を身代に金子(きんす)を求めたり人買いに売ったりしているらしい。被害に遭う者が後を絶たず、島々の交流が阻害され、食糧や物がまわらず苦しむ領民が多いのだと訴えがあった」

「叔父上」

「小次郎、志願せんか? おまえならば副将として働くだけの器量があると俺が推す」

「副将に?」

「大将は俺だ」

 近衛府の大将を海賊討伐の総帥として派遣するなど、朝廷はかなり大胆な決断をしている。地方からあげられた不満、不安を黙らせるための討伐ではなく、本気の追捕なのだ。

 旅路での盗賊や狩りで獣を相手に太刀を振るったことはある。だが、武者として戦うのは初めてだった。

 知らず、血潮が熱く高ぶり小次郎は腕が震えた。


「美夕姫どの……」


 護ってみせる、絶対に!


 太刀に手をやり、小次郎はかたく心に誓うのであった。











〈十二〉官人──つかさびと──

 




これも最初は『司人つかさびと』でしたが『官人つかさびと』に改題しております。

海賊を討伐する朝廷側のお話(裏事情?)だったので、この題でした。


梓との絡みの時点で右近中将だった貞高さんが今回、大将になってて「またやらかした?」と一瞬青ざめた私でしたが、小次郎くんが侍従に任官された除目があったので「ああ、それで昇進したんだ」と納得しました。うっかりじゃなかったε-(´∀`*)ホッ

(ちなみに時頼さんは除目の前に臨時で蔵人頭になってるので今回は中将のままということらしいです)






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