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初恋の君はわたくしの双子の兄にご執心のようです。   作者: 高峰 玲


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〈十一〉雲路




五位の侍従藤原小次郎(ふじわらのこじろう)唯時(ただとき)が三条の館へ帰ると、七条から武光(たけみつ)が文使いとして来ていた。

 何も申し添えることなく武光が差し出した文を、小次郎は急いで開く。美夕姫(みゆき)に何事かあったのだろうか、それとも(さとる)のことか? 火急なものであれば文ではなく武光が直接に口で伝えるであろうに。

 文は美夕姫からのものだった。


「武光、美夕姫どのの容態は」

「はい、一昨日より以前のようにお過ごしになられております」


 そんなに早く回復していたのに今頃ようやく報せが来るのか──言いようのない焼けるような苦い想いが胃の腑の上側を侵食しているような気がする。

 小次郎は束帯姿のまま愛馬を駆り、武光に先行して七条の葵屋敷への道を急いだ。


 美夕姫から文をもらったのは初めてだった。

 そこにはただ、話したいことがあるので屋敷を訪ねてほしい旨が書かれていた。

 さすがの小次郎にも、これは男女の仲で送られる恋文の(たぐい)ではないのはわかったし、美夕姫に会うのは一月(ひとつき)ほど間をおいてのことなので、少なからず戸惑いはあった。だが、結局はこうして七条へ向かっている。

 大路に差し込む夕日に、ふと、美夕姫が生まれた日の夕焼けとは、こんな風に澄んだ清涼な空気に包まれた心に染み入る鮮やかなものだったのだろうと思った。なぜかそれをずっと眺めていたい、宵闇が夜空へと変えてゆくのを惜しむ気持ちが胸にあふれる。


 ──友の妹ならば(おれ)にとっても妹……。


 それなのに、自分はその“妹”にいったい何をしたのか。守り助けるはずが、倒れ伏すまでの心痛を与えた。そして、あろうことか巫女たる純潔の乙女の唇を──感情のままに奪い貪った。

 人外の魔を祓うあの矢を以て滅せられても、文句のいえない所業ではないか?


 ──うん、俺が怜ならば当然そうする。


 らしくもなく自虐的に思いつつ、やるせない感情を隠して友人宅に上がった。




 美夕姫は文机に向かっていた。 

 そろそろ小次郎が来る頃合だろうが、戻った武光にまた使いを頼みたかったため、仕上げてしまいたかった。

 女房の小雪(こゆき)が来て何か言っているのに気づき顔をあげると、小次郎が局に入ってきた。


「……ようこそおいでくださいました」


 筆を置き、男に向き直ると美夕姫は静かに頭をさげた。

「美夕姫どの」

 小次郎が名を呼ぶと、美夕姫は男の顔を見た。


「此度は……昔ばなしを聞いていただくためにおいでいただきました」

「昔ばなし? 少将姫(しょうしょうのひめ)とやらの?」

 美夕姫がおかしな顔をしたので、小次郎は慌てるように言い足した。

「美夕姫どののご先祖に、そう呼ばれた姫がおられたと東宮亮(とうぐうのすけ)どのにお聞きしたので」

司王(つかさおう)が話しましたの?」

「火の神より破魔の矢を賜ったと」

「そうですの……」

 そっと息をついて美夕姫は言った。

「小次郎さま、わたくしがお話し申し上げたいことは少将……琴子姫(ことこひめ)が顕現される前からのことになります」

「というと?」

「夏に……怪しきものを火の御矢で射たことがございましたでしょう? すべてはあれらの鬼から始まるのです」


 よどみなく、美夕姫は語った。


「まだ我が家に火宮(ひのみや)の名を賜る以前より、当家に生まれる娘は異形の鬼どもに攫われ無残にも屍として野山にうち捨てられる脅威にさらされておりました。いずれも裳着のお式を済ませていない童女、無垢なる娘です。しかし、琴子姫が火神矢を賜ってからは鬼どもは娘に手出しができなくなりました。あの矢はあれらが最も嫌う神木と銀の鏃で作られているからです。神の御矢で異形は退けることはできますが、ただそれだけです。矢は射掛けなければ武器になりません。しかしあの矢には乙女しか触ることができませんから、矢を射る武者には渡せません。それゆえ……火宮家の娘は生まれてから裳着までのあいだを男児として育てられるようになったのです。いついかなる場所へも行き、異形の鬼を討つことができるよう弓矢になじみ、馬にも親しみ……」

 小次郎は言葉もなく美夕姫を見つめていた。


「修練は厳しく、辛く……でも楽しい十五年でした」


「では、(たける)どのは……」


「わたくしが、火宮建です」


 たぶん小次郎は落胆する──それを見るのが怖くて美夕姫は目をつむり、顔をそらした。


「美夕姫どの、俺は」

「おっしゃらないで!」


 美夕姫は繰り返して言った。


「もう、おっしゃらないで。わたくしは……何とも思っておりませんので……」


 さりとて、あふれ出てくる涙を止めようもなく、小次郎に背を向けて美夕姫は声をたてずに泣いた。たじろぎ、迷ったが、小次郎はそっと近寄り美夕姫の肩を抱き寄せた。


「……美夕姫どの」

「小次郎さま」


 広い胸に顔をうずめ、心ゆくまで美夕姫は泣いた。




 どのくらいそうしていたことか、いつしか泣き疲れ微睡(まどろ)んでいた美夕姫は小次郎が身動(みじろ)ぎをしたため目を覚まし、

「あ……?」

「や、起こしてしまったか。申しわけない」

 自分がはしたなくも男の胸で眠っていたことに気づいて赤面した。

「どうされた?」

「い、いえべつに……」

 いまさらながら、袖几帳などして恥ずかしがる美夕姫を引き寄せ、小次郎は唇を重ねた。

 突然のくちづけに美夕姫は一瞬ほうけたようになり、瞬きを何回かした。

「小次ろ」

 男が唇を離すと同時に話そうとするも、次の瞬間には再びふさがれてしまう。


「おやめくださいませっ」


 ようやっと離れたら、またもや重ねようとする小次郎を制して美夕姫は言った。

「なぜ、このようなことをなさるのです」

「美夕姫」

 抱き寄せようとする手をつっぱね、再度訊く。


「なぜ?」


「なぜ? 美夕姫どのは知っているはずだ、俺のこの想いを」

「存じません! わたくしは、存じません」

「ならばはっきり言おう。美夕姫どの、俺はあなたが愛おしい、妻になってくれまいか」

 小次郎は美夕姫をじっと見つめた。

 どんな異形にも、野盗にも、恐怖しなかった娘の胸中に動揺が走る。目がくらみ、いまにも気を失いそうだ。


 そして、美夕姫はゆっくりと(かぶり)を振った。


「俺が、嫌いだからか?」


 美夕姫の肩を掴み小次郎は訊いた。その力の強さ、肩の痛みに男の(おもい)の深さを感じ、密かに喜びがこみあげる。が、そんな気持ちは胸の内に隠して首を振る。


「俺をからかっているのか、美夕姫どの」


 そんな美夕姫の態度が憎くなり、小次郎は思わずその身を押し倒す。激しくくちづけを降らせるが美夕姫は反応しない。焦れて顔をあげて確認すると、美夕姫はじっと小次郎を見ていた。


「すまない! 心ないことをしてしまった、許されよ」


 自分がしでかしたことに愕然とし、急ぎ美夕姫を助け起こす。

 美夕姫は沈黙したままである。

「俺は……本当に申しわけないことをした。美夕姫どの、いくら詫びても足りぬとわかっているが、言わせてくれ。すまない。だが、俺の気持ちはこのとおり、妻として、あなたがほしいのだ。応えるまでに時間がいるのであれば、いま言われずともよい。また明日、明日のこの刻限に参るので」

 いたたまれず、小次郎は座を立った。くるりと背を向けると美夕姫が言った。


「無駄です」

「え?」


 振り向けば悲しげに美夕姫が見上げていた。小さいながらも、そのつぶやきは小次郎の耳に届いた。

「明日の夕刻にはわたくしはこの屋敷、いえ、京の都にはおりません」

「美……?」

「お別れです、小次郎さま。わたくしは西国へと下ります」

「それは……怜を捜しに?」

 美夕姫がうなずく。

「もう……もう、お帰りください小次郎さま。別れが……辛くなるばかりです」

「では? そのために俺の妻にはなれぬ、と?」

「お願いです。わたくしを愛しいとお思いなら、苦しめないで……小雪っ」

 美夕姫が呼ぶと、すぐに小雪が来た。

「小次郎さまがお帰りです。ご案内してさしあげて」

 美夕姫は簀子縁まで出て男を見送った。

 小次郎が後を振り返り、振り返り簀子を歩んでゆくと、やがて切れぎれに美夕姫の言葉が聞こえた。


「さようなら……小次郎さま……」


 堪らず振り向くと、美夕姫の姿はもうそこにはなかった。




 小次郎が行ってしまってから、美夕姫はまた簀子に出た。

 暗い雲が、夜空を覆っている。

「雲……雲路……」

 思わずつぶやく。

「空を飛ぶ鳥たちのように、わたくしも飛んで雲路を進むことができたらいいのに」

「なるほど、それはいいな」

 背後からの声──司王である。

「侍従どのが来ていたようだが」

「ええ、どうしてもお別れを言いたくて……」

 美夕姫の後に続いて局に入りつつ、司王は訊いた。

「本当に良いのか?」

「何のことです?」

「あの男のことだ」

 またそのことか、とでもいうようにため息をついて美夕姫は言った。

「わたしが決めたことです。それよりも、明朝出発なのに、何でわざわざここへ?」

「いや、(うち)では女房どもが何やかやとうるさくてな、逃げてきた」

 美夕姫があきれる。

「それはともかく」

 司王が咳払いをして言った。

「道中おまえは俺の弟ということになるのだからな」

「わかっている」

 美夕姫は笑って応えたが形だけの微笑みなのを司王は見逃さなかった。


 翌朝、騎乗した美夕姫、司王、二人乗りの小雪、(はやぶさ)が七条大路から朱雀大路に出ると、そこに同じく馬に乗った小次郎がいた。

「美夕姫どの」

 小次郎は束帯姿だった。この後、出仕するのだ。

「羅城門で待つ」

 気を利かせ、司王は従者らと共に先に進む。

「その格好は」

 小雪の虫の垂衣姿と異なり、美夕姫は侍童の隼のように水干姿だ。

「道中は建と名告りますので」

 事も無げに美夕姫は言った。

 ややあって、小次郎はわざわざ腰に刷いていた太刀を取って差し出した。

「……再び逢うまでの約束に」

 無言で美夕姫は自らのものとそれを取り替えた。

「では」

 馬を進めた美夕姫の背に男の言葉がかかる。

「美夕姫どの、(みやこ)に戻られるのを、俺はいつまでも待っている」

(あずさ)と……」

 振り返らぬまま美夕姫は言いさしたが、途中のままで馬を駆けさせた。

 その後ろ姿を、小次郎はいつまでも見送っていた。











〈十一〉雲路──くもじ──

 




R15カテゴリーです。

それなのに! 小次郎くん……強○未遂……それって、ラブストーリーのヒーロー(!? だったのか?)として、どうなんだ?


それはそうと、この時代には“さようなら”という言葉はまだ使われてなかったらしいです。でも「さらばです、小次郎さま」「然あらばです、小次郎さま」ではどうしても違う感はんぱなくて……使っちゃいましたよ。昔かんがえていた梓の短編タイトルが『さようならを言った後』だし、何ならルビにイケメンとかアプローチとか現代用語とか外国語を使ってるから、今更ですし(*^^*)

時代小説ではなくラブストーリー(一応)ですので、そこのところはご容赦いただけましたら幸いです。


あ、隼くんが登場してますね。十三歳です。一行は馬を早駆けさせるので彼か美夕姫が小雪と二人乗りすることになります。(成人男性の司王とだと重くて馬がかわいそうなので)







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