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第八話 銭湯で遭遇

「ごめんなさい。まさか仕事道具だとは思わなくて……」


「いいよ。結果的に恋水さん用の服も見つかったし」


 僕が女装趣味であるという誤解が解けた後、お互いにぐったりしながら散らかった部屋を整理しているときに中学時代の体操着を発見した。僕は戻そうとしたけど、それを見た恋水さんが食い気味に訴えてきたので彼女の寝巻きとして貸すことになったのだ。


「準備が整いましたので、向かいましょう」


 手提げ袋に必要なものを詰め終えた恋水さんが立ち上がる。

 幸い下着類は持ってきていたようなので、これ以上はいらぬ心配だ。


「うん。行きつけの場所があるんだ。案内するよ」


 こっちで過ごす時間が増えてから、ご褒美代わりに行くようになった銭湯がある。

 歩いていける距離にあるからつい利用してしまう。


「一時間後にまたここに集合で」


「わかりました」


 銭湯代を払ってから別れた僕は男湯の暖簾をくぐった。


 ◇


 時間に余裕をもって男湯を出た僕は、フロントエリアのベンチソファーに座って、ハンドクリームを肌に塗りたくっていた。

 スキンケアに最初から興味があったわけじゃないけど、ASMRで使う機会が多々あって調べていくうちに沼にはまってしまった形だ。結果的に元の方にもいい効果があったので一石二鳥である。


「よう」


 がっしりした手に肩を掴まれる。すっかり油断してしまっていた僕は、驚いてハンドクリームの容器を落としそうになった。


「優太だよね? 心臓に悪いからほどほどにしてよ」


 僕はゆっくりと振り向いた。

 悪い悪い、と言いながら友人である関根優太は僕の体から手を離す。


「来るなら俺に連絡してくれよ。時間を合わせたのによ」


「まさか優太も来てると思わなくて」


 去年この場所を教えてからというもの、よく訪れるようになった。時間が空いたときは突発的に待ち合わせをすることもある。利用回数で言えば既に彼の方が多いかもしれない。


「土曜日の夜っていったらこれしかないだろ。運動後の銭湯に勝るものなんてこの世に存在しないからな」


 愉快に笑う優太を見て、ふと考える。

 もしかしなくても、この状況はやばいんじゃないだろうか。

 間もなく、恋水さんもここに現れる。当然、僕との関係性を疑われるはずだ。一緒に来たなんてことがバレたら、根掘り葉掘り聞いてくるだろう。


 優太にはまだ僕の活動について話していない。バレたら素直に話すつもりだったけど、今はまだその時でない。このままでは変な勘違いをされること必至だ。


「優太はこれからだよね。混むかもしれないし、早く行ったほうがいいんじゃない?」


「ん。それもそうだな。じゃあまたな」


 大股で歩いていく優太を見送りながら僕は胸をなでおろす。

 危なかった。

 続いて反対側を見て、僕はギクッとなった。


「響谷さんっ。お待たせしました!」


 館内に響き渡る恋水さんの声。

 案の定優太は踵を返して、こちらに戻ってきた。僕の前まで駆け寄って銭湯がいかに気持ちよかったかを語る恋水さんに、話しかける。


「恋水天衣さん。こんばんわ」


 声を掛けられた恋水さんは小首を傾げながら振り返って


「響谷さんとよくお話している関根優太さんですか?」


「俺の名前を覚えていてくれるなんて光栄だ」


 優太は大仰な物言いで答える。


「成績優秀者で、部活動でもよく表彰されているので知らないはずがありません。周りの女の子たちの間でも名前がよくあがりますよ」


 その通りだ。優太は大人しい僕によく絡んでくるくせして、クラス学年問わずモテる男だ。恋水さんのちょうど対になるような存在で、恋水さんが男子から崇められるように、優太もほぼ毎日告白を受けている。


「嬉しい話だが、恋水天衣さんと湊はどうして二人でいるんだ?」


 やっぱりきた。

 恋水さんが口を開く前に僕が前に出る。


「外で会って、流れで一緒に来たんだ。そうだよね?」


 僕は慣れないウィンクで目配せをする。傍から見たら目蓋が痙攣してるだけかもしれないけど、やらないよりはいい。

 恋水さんは任せてください、とでも言いたげに胸を叩くと口を開いた。


「はい。響谷さんがおすすめしてくれました」


 それ全然誤魔化せてないからね?

 自信満々だけどその発言は墓穴を掘ることに等しい。

 僕はリカバリーを試みる。


「銭湯までの道のりが分からなかったみたいで教えてあげたんだ。だよね恋水さん?」


「はい。最初から案内してもらいました」


 いや、何言ってるの?


 繰り返される失言に弁解を付け足していくが追いつかない。

 というか恋水さんこれわざとじゃないの?


「あーもう分かったからこれ以上はいいぞ」


 僕らのポンコツ具合を見かねてか、優太は未だ頭を捻らせている僕を制してきた。


「お前らの仲がいいということは十分にわかった。湊、ちょっとこっちに来い」


 優太は僕を恋水さんから離れたところまで引っ張った。彼女に背を向けて小声で話す。身長差の影響で真上から声が聞こえる。


「前にも言ったが俺は応援するぞ」


「そういう関係じゃないんだって」


「俺は影から見守るから、ゆっくり育んでいくことだな。ほらっ」


 最後に優太はそう言って僕の背中を押した。


「うわっ」


「大丈夫ですか?」


 倒れそうになった体を恋水さんに支えられる。なんだか情けない。顔だけ振り返って恨みがましく優太を見ると、口笛を吹きながら男湯に入っていくところだった。


 何もかも上手くいかなくてため息をついてしまう。


「自由奔放な方ですね……」


「イタズラ好きなだけで、悪いやつじゃないんだけどね」


 良くも悪くも自分の興味に正直すぎる。大切な友達だけど、優太のこの性質には困らされることがこれまでも多々あった。

 時には引っ込み思案の僕を引っ張ってくれることもあるから本当に一長一短だけど。


「一旦帰ろっか」


「そうですね……」


 僕は恋水さんの腕の中から起き上がって、出口までとぼとぼ歩いた。


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