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第十一話 そして…

 

「ぅ~~」

「イテテ……」


 何やってるんだ……。

 お互いに正面衝突して鼻先を赤くする二人を僕は傍観した。


「美琴。それから恋水さんも、ひとまず座って話し合おう」


 二人をローテーブルを挟んで座らせて、僕自身は審判のごとくその側面に位置取る。


 火蓋を切ったのは妹の美琴だった。


「お前がにーさんに付き纏う悪い虫ですか。これに懲りたら金輪際にーさんと関わらないことを誓ってください」


 恋水さんに突きつけた指先をぶんぶん振り回している。

 こうなるのが分かっているから恋水さんと引き合わすのがイヤだったんだ。

 普段はとても利口な妹だけど、家族のこと、とりわけ僕のことになると途端に前が見えなくなる。


「ですから! ……何も言い返さないのですか?」


「美琴さん……でしたよね?」


 暴走が一段落して、口を開かない恋水さんを美琴が怪訝に思ったタイミングで、ようやく彼女は第一声を発した。


「そうですけど」


「まずは自己紹介をしましょう。私は恋水天衣。あなたのお兄さんのクラスメイトです」


「はあ」


 僕は目を見張った。暴走モードに入った美琴が僕以外の言葉を素直に聴くなんてこれまでなかった。恋水さんは昨晩悩みを吐露してくれたけど、実際に目の当たりにすると、何らかの効力が働いているとしか思えない。


「お兄さんがインターネットで活動しているのは知っていますよね? 私はお兄さんに一緒にやらないかと誘われたんです」


 美琴が僕に目線で確認してきた。

 頷きで肯定する。


「今回は私が無理を言って練習のための合宿を行ってもらいました。配慮が足りなかったばかりに、あなたへご心労をおかけし、申し訳ありません」


 恋水さんは妹に向かって頭を下げた。


「僕からも謝らせてよ。最初からこのことを伝えておけばよかった。ごめん美琴」


「ま、待ってください。こうも正直に謝られると私の立場が……」


 あの美琴がたじろいでいる。

 珍しい光景だ。

 肩の力を抜いて、彼女は言った。


「はぁ……私も冷静ではありませんでした。よく考えたらヘタレにーさんがこんな美人さんに手を出せるはずがありませんもんね」


「それってどういう意味だよ!」


 僕は思わず立ち上がった。


「まさか手を出したのですか?」


 美琴はめいいっぱい広げた手のひらをわざとらしく口元に当てて言った。

 僕はおとなしく引き下がるしかない。

 反対側では恋水さんがキョトンと首を傾げていた。


「未だに名字で呼び合っているようでは、いらぬ心配でしたね」


 美琴は片膝を立てた。


「私はこれから部活があるので失礼します」


 壁際のリュックサックを掴み取ると、廊下に出る直前で立ち止まった。

 首をひねって一瞬僕らの姿を視界に捉えたあと、再び歩き始める。


「お母さんが寂しがっているので今日は家に帰ってきてください」


 その言葉だけが僕らの前に取り残された。


 扉が閉まる音がすると、やがて辺りに静寂が満ちる。

 先に口を開いたのは恋水さんだった。


「響谷さん……」


「う、うん」


 僕の名前を呼ぶ恋水さんの言葉に言い知れない感情がこもっているような気がして、ぶきっちょな返事をしてしまう。


「妹さんは響谷さんと会えないのが寂しいのではないですか?」


「そうだよね。……たぶん」


 分かっていたさ。

 僕が趣味に傾倒するあまり、昔みたいに家族との時間が取れなくなって妹の症状は悪化していった。

 兄離れが必要だと思っていたから……というのは言い訳なんだろう。


「美琴さんのためにも今日ははやく作品を完成させましょう!」


 吹き抜けるような明るい声が響く。


「だからといって手を抜いたりはしません。己の出せる力を全て注いで、現状の最高傑作にします!」


 恋水さんはたぶん僕を励まそうとしている。

 それがどこかおかしくてこそばゆくて。

 僕は笑みをこぼしていた。


「うん! 僕も全力でサポートさせてもらうよ」


 ◇


 僕は音声の再生をストップさせ、イヤホンを外した。


「どうですか?」


 視線を横にずらすと、マットの上で正座する恋水さんが上目遣いで僕を見ていた。

 僕の返答をじっと待っている。

 満を持して答える。


「完成だ」


「やったー!」


 恋水さんは両手を上げて喜んだ。そんな彼女の様子を見ているとこちらも自然と笑顔になる。胸の内では達成感が巻き起こっていることだろう。


 しかしこの感情にはもう一段階先がある。

 誰かに観てもらえるという感情の昂りだ。


 小躍りしている恋水さんに僕は声を掛ける。


「作品を自分の中だけで楽しむというのも一つのあり方だけど、やっぱりこういうのは誰かに観てもらってこそだと僕は思うんだ。選択は任せるけど、恋水さんはどうしたい?」


「それはつまり、インターネット上にアップロードするということですよね」


「そうなるね」


 ネット上に自分の言葉や創作物を載せることに、忌避感を覚える人は少なくない。時代が進んでそういった風潮はなくなりつつあるけど、見るだけで書き込むことを一切しない勢力は一定数存在する。


 誰かに見てもらうつもりで頑張っても、いざ公開するとなると大きな勇気を要したりする。

 最初の一歩は誰だって恐いものだ。

 僕はそこについて強要するつもりはない。


 できれば、恋水さんの声を多くの人々に届けたいというのが本音だけど。


「私は……いえ、やります!」


「ほんと? 一生残り続けるんだよ?」


「はい。おそらくこれは、必要な勇気です」


 軽く脅してみたけど、彼女の決意は揺るがないようだ。


「わかった。こっちで用意を進めておくよ」


「ありがとうございます」


「公開するにあたって、決めてもらうことがいくつかあるから、考えておいて」


 チャンネル名とか、アイコンとか、サムネイルの素材とかえとせとら。

 ある程度候補は絞っておくつもりだ。



 結果的に恋水さんと別れたのは午後三時くらいだった。

 持ってきた荷物に加えて、僕が渡した機材もあるから大変そうだったけど「問題ないです」と張り切って改札を通っていった。


 僕は恋水さんが見えなくなるまで見送ってから踵を返し、まっすぐ家に向かうことにした。


 帰ったら、まずは妹に謝ろう。

 そして久しぶりに一緒にゲームをするのも悪くないかもしれない。


 心なしか帰路につく僕の足取りはいつもよりも軽かった。


とりあえず一区切り

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まだ続きます





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