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エッセイのようなもの

『常識』はむずかしい

 四捨五入で三十年ほど前のお話。

 私は二十三歳、ようやく新入社員でなくなった春のことでございます。


 今まで旅行以外で畿内を出たことのなかった娘さん(当時)は突然、北関東のとある町の事業所へ転勤することとなりました。

 そこは、最寄りのJRの駅に一時間に一本程度電車が来る……というような、良く言えばのどかな田舎町。

 私の勤め先は比較的大きな会社でしたが、さすがにその町の小さな事業所のためにわざわざ、社員寮や社宅を作るほど社員はいません。

 畢竟、賃貸マンション等を会社が借り上げ、『社宅』『社員寮』の扱いで転勤してきた社員を住まわすことになります。

 また、私の勤め先だけでなく(土地が安いせいか)電化製品の工場なども、畑や原野の間に唐突な感じでチラホラありましたから、そこで勤めている人も半分くらいは転勤者だったのではないかと思います。

 しかしそういう小さな町ですから賃貸マンションそのものの数が少なく、その数少ないマンションは、おのずと私たちのような転勤族の一時住まい、という感じだったと思います。すなわち、


 『賃貸マンション』=『余所者の住まい』。


 そんな雰囲気だったかと、改めて今、思います。



 さて。

 当時の私が『みなし社員寮』として住むことになったのは、なんと建てられたばかりのワンルームマンション。

 どのくらい建てられたばかりかといえば、入居時には私しか店子がいない……という状況。

 さすがにその1~2月後くらいには(やはりどこかの会社が『みなし社員寮』として借りたのか)、部屋が埋まっていったようですけど、そんな状況だから入居当時、マンションの管理会社も開店休業状態。

 本来は清掃やごみ処理等を管理会社が行うという話だったのですが、たった一人の店子のためにゴミの収集やマンションの清掃をするのは馬鹿らしかったのでしょう。

 しばらくマンションの清掃などはなし・ゴミは市の収集車に持っていってもらってくれと、物件の仲介をした不動産屋の親父さんに言われました。


 そんなものかと思い、了解した若き日の私。

 契約したのが自分ではなく会社だったのもあり、その期間、管理費とか共益費とかを取っていたのかいないのか不明(といいますか、当時の私はそこまで気がまわっていなかった)ですが、思えばずいぶんといい加減な話です。

 もし管理費やら共益費をちゃんと取っていた場合、それってただ取りですよね?

 すでに時効でしょうけど、世間知らずな若い子が相手と思い、おっさんたちは舐めた真似をしてくれた……可能性がありますね(笑)。


 話を戻しましょう。

 不動産屋さんにそう言われた私は、以来、教えられた収集日にマンションの敷地を出てすぐにあるゴミの取集場所へ、ちゃんとビニール袋に入れて(もちろんキチンと口をとじ、中身がこぼれたり生ゴミの汁がこぼれたりしないように注意して)出していました。

 たまさか、やはりゴミ出しに来たらしい近所の人に会えば、最低でも会釈はしていました。

 それで何も問題ないと私は思い込んでいましたし……正直な話、今でも問題ないのでは? と思っています。


 でもそれは、私が生まれ育った地域での『常識』だったのです。



 この町に住み始め、一か月くらい経ったとある日。

 その日は燃えるゴミだか何だかの収集日でした。

 私はいつも通り出勤前に、ごみを詰めた袋を持ってゴミ収集所へ向かいました。

 するとそこにはいつになく、五十がらみのおじさんが仁王立ちしていたのです。


「ちょっと」


 横柄な口調で彼は、ゴミ袋を収集所へ置いた私へ声を掛けました。


「アンタ、誰に断ってゴミを出してるの?」


 私はポカンと、憤懣やるかたなしという風情で顔を赤くして怒っているおじさんを見ました。


「町会長に挨拶もしないで、勝手にゴミを出さないでくれ!」


「……は?」


 『町会長に挨拶』と『ゴミ出し』の因果関係が、私には理解不能でしたけど。

 どうやら、ここにゴミを出してはいけないらしい、ということはわかりました。

 そして、このおじさんがかなり本気で怒っている、のも。

 私は頭を下げ、もごもごと「すみませんでした」とかなんとか言いつつゴミを部屋へ持って帰り……、ずっとにらんでいる彼の目を避けるようにして、そそくさと出勤しました。

 


 後で何だかモヤモヤと腹が立ってきて(私、あんな一方的に怒られるほど悪いこと、してないよね? としか思えなかった)、昼休みを待って総務の方へ(仕事柄、持ち場から簡単に離れられない職種でしたので)、『町会長に挨拶もしないでゴミを出すな』と強く言われた件を訴えました。

 腹立ちもありましたが、今後ゴミ出しが出来なくなると困りますから、この件は早急に何とかしてもらわねばなりません。


 ちなみに『町会長に挨拶』する気はなかったですね。

 この日、一方的に怒られたとしか思えなかった若き日の私は、関わりたくないと強く思っていました。

 今後も、町のしきたり云々で色々言ってこられそうで、怖かったのです。

 感覚が違いすぎる気がして、この町の人とは基本、付き合いたくないとビビッていました。


 総務を通し、会社のもう少しえらい立場にいる人が不動産屋やマンションのオーナーなどと掛け合ってくれたようです。

 詳細は不明ですが、今後はゴミの収集等はマンションの管理会社がやってくれることになりました。


 結局私は『町会長に挨拶』することなくその町で三年近くの任期を終え、再び畿内の事業所へ戻りました。



 あの町を離れてずいぶんになりますが、今でも時々、思い出すエピソードです。


 ゴミの収集そのものは、あの町が属している『S市』が管轄していました。

 決してマンションがあった『T町』の町会でお金を出して、処分していたのではありません。

 当時の私は来たばかりでありましたが、転勤と同時にS市へ住民票を移していましたから、近々市民税を払う立場でもありました。

 ゴミの日にゴミを出して、悪い立場ではなかったと思います。


 でも多分あの町では、そういう法的なといいますか公の決まり事のような話ではなく、地縁を大事にする感覚が根強くあったのでしょう。

 この町へ来たからにはこの町のしきたりに従うべし、まずは町会長へ菓子折りの一つも持って挨拶に来るのが筋であり、町民として認められる(ゴミ出しをする権利含め)のはその後の話……、とでもいう感じの不文律があったのだろうなぁ、と、ずいぶん後になって思いました。


 でも。

 だったらそういう『しきたり』があることを、不動産屋の親父さんは教えてくれてもいいのに、と私は、ずいぶん長く、恨めしく思っていました。

 すぐにマンション管理会社が仕事をしないのなら、彼が直接『町会長』に一言言ってくれていたら、お互い(町会の人たちも私も)イヤな思いをしなかった筈だったのに、と。


 まあ、そこまで気がまわるというかホスピタリティのある優良業者ならば、相手が若い子だからとズルして共益費をただ取りしたり(と決めつけて悪いのですが)しないでしょうし……あるいは。


 彼も、この町で生まれ育っているのなら。

 ゴミ出しするなら町会長へ挨拶するのは常識と思っていたので、言わなかった、のかもしれません。

 マサカ、引っ越してきた分際で町会長へ挨拶もしない、非常識な若者だとは夢にも思わなかった……のかもしれません。

 彼は、その当時で六十歳は超えてそうな親父さんでしたから。



 私も一応、引っ越してきた時は近所へ挨拶、くらいの常識は持っています。

 でも、向こう三軒両隣くらいかな? と思っていました。

 集合住宅の場合は、両隣・向かい側・自分の部屋の上下……くらいかと。

 タオルとか石鹸を持って、挨拶に行きます。

 でも『町会長』の家を訪ねた経験はありませんし……訪ねなかったからといって、叱られたり罵声を浴びせられることもありませんでした。

 それが私の『常識』です。


 でもその町では、私の感覚はとんでもない『非常識』だったのでしょう。



 『常識』はむずかしい。

 年齢を重ねる度、そう思います。

 自分の常識が、場合によっては非常識であること。

 頭の片隅でそう思っていても、感情は即、反応してしまいます。

 『非常識』のレッテルを相手に貼ってしまうと、関わりあうのもイヤ、と、思ってしまいます。

 あの町の人たちはきっと、当時の私を『なんて非常識』『だから余所者は』と思っていたでしょうし、私は私で『訳わからん』『そんなこと言われても、この町の人間じゃないからしきたりとか知らない!』と、ムカついていました。



 『常識』はむずかしい。

 自分の常識だけが世界の常識・宇宙の常識(笑)だと思わないよう、今後も気を付けたいなと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私の地元でも30年くらい前から地域に「ヨソ者」がいるようになり、似たような問題が起きました。 ゴミ集積所は公共物を地域会で管理しているのではなく、厳密に地域会が「所有」している状態だったので…
[良い点] 世の中理不尽ですからね~。 ワシは嫁いできた家にすら困惑する常識があって難儀しております。 (@_@;)
[一言]  当方田舎住み、身内からの意見で気になりネットでゴミ出しに関する情報を漁ったところ(適当です。 判例だなんだまでは見てません。 なので間違った認識があるかも)基本的にその地区に居住していれば…
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