「行ってきます」
「ほんのちょっと、旅をしてくるね」
僕は、そう部屋の住人である物達に声をかける。
そう、ほんのちょっとした旅。
多分、すぐに帰って来るだろう。
でも気が変わったら、長い長い旅になるかもしれない。
気が変わったら、だけれど、ね。
何だか、嫌に僕にしては感傷的だと思う。
けれど、声をかけずには、いられなかった。
お気に入りの家具。可愛い小さな冷蔵庫。座り心地の良い椅子。
最後に、この部屋のもう一人の主である、大きな大きなテディベア。
この子に留守を頼もう。
「よろしく頼むよ、相棒」
気のせいかな、相棒が頷いたように見えて、僕は小さく微笑んだ。
戸締まりは、まあ、盗んでも価値がある物はそうないと思う。
が、性格上確認していくことにする。
「さあ、行こうかな」
玄関口に立って、もう一度だけ、小さな部屋を見回す。
相棒は、ちゃんとベッドの上でこちらを見てくれていた。
僕は小さく手を振る。
「ちょっと行ってきます」
光差す、扉の向こうへと僕は足を踏み出した。
玄関の、扉は、静かに閉まった。
お読み下さり、本当にありがとうございました。