第一回座談会! その1「出会いと互いの世界について」
「ハイハーイ! もう何回目かわからない不思議空間に飛ばされ指令こなすまで帰れません企画!」
不思議空間で用意された四脚の椅子。その一つに座る少年が司会ばりの元気な声を上げる。
赤紫の癖っ毛に日の丸印のハチマキ、黒の長ランの下に旭日旗のTシャツという応援団長のような恰好をした溌剌とした少年――喜一日丸の隣には、華奢な少女が座っていた。
肩までの黒髪ポニーテール、ジト目の黒い瞳。白のブラウスに灰色のネクタイ。白い線が入った黒スカート。
静かな雰囲気を持つ少女――九重琥珀が軽く首を傾げた。
「今回はらじお? をすればいいんですよね」
「そだよ〜。俺たちの物語と相手様の物語のプチ座談会という事で! 第なんかい目かのラジオ番組。それではゲストの方々どぞ〜!」
喜一の言葉に、例の扉から現れた日向と悠護は各々椅子に座ると、笑顔で自己紹介した。
「初めまして、あたしは『マジック・ラプソディー』の……お恥ずかしながら主人公をやっている豊崎日向です! そしてこっちは」
「同じく『マジック・ラプソディー』の主人公の一人、黒宮悠護です。今日はよろしくお願いします」
どこか琥珀と似た雰囲気を持ち尚且つ別の世界から来た少年少女の姿に、喜一は目を輝かせる。
「おぉ〜! 若い! 高校一年生だっけ?」
「先輩貴方一つ年上ですよ」
「あはは、なんか年下に囲まれちゃってつい」
喜一が軽く笑うと、どこからか『アンガイさんも自己紹介お願いします!』とカンペが出てくるも、すぐに消えた。
一体どこから現れたのか気になるところだが、深く考えない方がいいと誰もが察した。
「こっちも自己紹介! アンリゾナブル・ガイズ-東伝-視点主担当の喜一日丸です!」
「同じく視点主の九重琥珀です。よろしくお願いします」
喜一が元気に、琥珀が控えめに自己紹介すると日向も目を輝かせる。
「よろしくお願いします! そうですね、互いに高校一年生です。またピチピチですよ~!」
「おい待て、それ死語だろ」
「あ、やば。陽兄がたまに使うからつい」
「あの人、まだ25歳だよな……? 若作りおっさんなのか?」
「それ、陽兄に言ったら確実に殺されるからやめときな」
脳裏に嬉々としてパートナーを締め上げる担任教師かつ実兄の姿が浮かんだ。
悠護も同じようにその姿を思い浮かんだのか、「やべっ」と言いながら軽く冷や汗をかいた。
若干顔色を悪くした二人を横目に、琥珀は平然と答えた。
「25歳なんて若いですよ」
「まぁ琥珀から言ったらそうだよね…二人とも驚かないで欲しいんだけど、琥珀の年齢100超えてるの…」
「100超え!? 全然見えない!」
喜一の爆弾発言に、日向の口から裏返った声が出る。
でも悠護は僅かに驚きながらも、日向のような反応を見せなかった。
「そんなに驚くことか? 体の老化を防いでる魔導士もいるから、別に100歳超えの人なんて珍しくねぇぞ」
「そうなの!?」
「といっても、見た目15歳の少女が100歳超えっていうのはあんま見ねぇな。大抵が20歳からだから」
過去に100歳越えした魔導士を見たことがあるが、そのほとんどが20代から30代くらいの容姿をしていた。
けど、琥珀のような例は悠護さえ見たことない。
「嬉しいコト言ってくれますね」
「まぁそこら辺も含めて軽〜く雑談していこっか。そうだねー、先ずはお互いの出会いについてどうかな?ゆうご君と日向ちゃんはどこで出会ったの?」
喜一からの質問に、二人は思い出しながら語る。
「入学式です。困ってたところ助けてもらった時に初めて会いました」
「魔導士は基本二人一組で活動するんですけど、学生の内に慣らそうということで、学園とIMFが決めた生徒とパートナーになるという制度があるんです。ま、今じゃ未来の魔導士を増やすという目的としても使われてますね。基本が男女ペアなので」
この制度を聞いた時はIMFの考えにはげんなりとしたものだが、それがあったから日向に出会えたと考えると、当時の気持ちが一気に消えたものだ。
「へぇ! ペア制度そっちにもあるんだ。俺はチーム作ってるからペアは作れないけど、琥珀確かペア組んでなかったっけ?」
「クラスの委員長と組んでますね。こっちには男女ペア決まりなんてありませんが」
「なんで男女ペアなの?」
「さっきも言ったんですけど、こっちの世界では魔導士は世界人口の1000分の1しかいません。国にとって魔導士は国力でもあり貴重な人材、たくさん増やそうと考えるとこうなったんです」
「在籍中は解消不可能ですけど、卒業後は解消可能なんです。まぁ誰も相性悪い奴と一生を共にしたくないよな」
基本となる二人一組も相性が悪ければ支障をきたす。
それに相手が同性愛者だったり、すでに婚約者がいる等の事情もあるため、卒業後は解消可能にするよう多方面からの問い合わせがあるのも原因の一つだ。
「あぁ成る程。学生時代に男女ペアにしとけば後々婚約の縁もありますもんね」
「ひぇー…学生の頃からそこまで考えられてるんだ。ってコトは…日向ちゃんとゆうご君も婚約関係に!?」
「えぇっ!? そうなるのかな!?」
「あー……それについてはありえるかもな。俺の家、あれだし」
「あー、そっか」
喜一の発言に日向が驚くも、彼の家を思い出して納得の表情を浮かべる。
事情を知らない喜一はこてんと首を傾げた。
「あれとは…?」
「世の中色々あるというコトですよ。私はどちらかと言うと婚約より魔導士の方が気になります。魔法って火とか水とか言葉を唱えるだけで出るものなんですか?」
「俺達からしたら奇跡に近いよねぇ」
喜一達の世界では、一人につき一つの脳力もしくは異脳力を持つことができない。
一人に複数の力を使える日向達は、喜一の言う通り奇跡に近い力なのだろう。
「はい、魔法は九系統ありまして、それぞれ詠唱があります」
「たとえば光を生み出したい時は『光』って詠唱すれば……ほら、俺の手の平に白い光が現れたぞ」
詠唱と共に悠護の手の平に現れた光を見て、二人の顔色が変わる。
「おぉ、きれい! 一人が複数の異能使えるとか凄いね!」
「興味深いです。その技術さえあれば色んな文化とか発展しそうですね」
「魔導士さえいれば夜寝るの怖くても電気代かからないね!」
「保冷剤無しで食品管理できますね」
「なんか所帯染みた使い方だね……」
魔法のまさかの使い方を聞いて日向が苦笑を浮かべると、悠護は光を消しながら同じく苦笑する。
「はは……。でも、魔法は無限に起こせるものじゃない。エネルギーとなる魔力を作る精神力が枯渇するとやばいし、魔力切れなんて起きたらそれこそ死に至る」
「しかも魔力は個人によって量が違うしね、たくさん使える人もいれば少し使っただけで魔力切れ寸前になる人もいるよ」
「うぅん。世の中上手い話は存在しないってコトか」
「人によって量が異なるんですね。コッチも脳力が発生しない人もいるし、やっぱり個体差はどの世界にもあるんですね」
「…そっちでも魔力ある無しの差別とかある?」
ふと喜一の顔色が陰るのを見て、日向と悠護は少し悲しげな表情を浮かべる。
本当ならこんな話は訊きたくないはずなのに、そう訊いてくるのは彼にとっては勇気のいる行動だ。
真っ直ぐな姿勢で訊こうとする喜一の姿に、二人は小さく頷き合うと口を開いた。
「そうだね……。魔導士差別主義者ももちろんいるし、逆に魔導士選民主義者もいる。魔導士が誕生してから数百年経ってるけど、やっぱり差別はそう簡単になくならないね」
「だな……。ま、俺も『魔導士嫌い』だから何も言えねけぇけど……やっぱ、魔法が使えるだけで上にいて当然だって思ってる奴は大っ嫌いだ」
「へぇ。私はゆうごさんの考え方好きです。人の子はたまに当たり前の幸せを忘れがちになりますから」
「難しい問題だよね…俺もいま必死に周りが別の価値観を受け入れてくれるような環境作りに必死だけど、全然上手くいかないもん。幸せって人それぞれだから仕方ないけど、大勢の人が幸せになって欲しいものだね」
「そうですね……でも、あたしは悠護が魔導士でよかったと思いますよ。だって、悠護やみんなと出会えたからこそ、今の幸せがあるんだもん。先の未来なんて自分にはまだ分からないし、もしかしたら一生変わらないかもしれない。……けど、それよりもまずは自分の中にある幸せを大事にしたいです」
「……そうだな。俺も、日向に出会えて、今すごい幸せだ。それだけは間違いじゃない」
今までの人生を振り返ってもロクな記憶がなかった悠護にとって、この出会いは幸せの始まりと言っても過言ではない。それは本心から思える。
二人の柔らかい雰囲気に、琥珀は口元を小さく緩めた。
「…日向さんもゆうごさんも、良いご縁に結ばれてよかったですね」
「ふふっ、そうだね。こっちばかり話振るのもアレだから、日向ちゃんやゆうご君は俺達に聞きたいコトある?」
「そうですね……じゃあ、次はお二人の出会いを話させてくださいよ」
「俺も気になるな。先輩後輩で初対面だと出会うきっかけはあんまないよな?」
「私の厄介ごとにこの人が割り込んで、死にかけて、縋られていまの関係があるらしいです」
「言い方ぁっ!!」
琥珀の簡潔かつ分かりにくい説明に喜一が叫ぶ。
もちろんその内容だけで全てを理解できる脳を、日向も悠護も持ち合わせていない。
「も、もっと具体的に! どんな風に会ったとか! ちゃんとしたのをください!!」
「琥珀さん、実は話すのが面倒なだけなんだろ? せっかくの座談会なんだからはっきり答えろよ!」
「そうは言っても私は覚えてないんで、先輩お願いします」
「はいはい…あのね、俺って東京都府の8人しか居ないレッドの強性、うぅん。学園で一番強い人の代表で、東側の地区の安全を守る仕事してるんだ」
「へぇ、学生で治安維持の仕事してるのか。すごいな」
ここ一年で色んな事件に巻き込まれてはいるが、治安維持を学生にやらせるなどこっちでは考えられない。
日向も同じように思ったのか、似た感想を口にする。
「だねー。あたし達魔導士候補生は卒業するまで国に保護されているから、そんなことする機会ないよね」
「つか、そういうのは学園じゃ教師の仕事だよな」
「私達の世界六年前まで空気汚染でばったばった死んでるんで、今の最長年齢で28ぐらいですよ」
「三年前にやっと平和になったから、これから平均寿命ももっと伸びていくんだろうね〜。俺、お年寄りとか見たことないよ」
喜一と琥珀が語る世界情勢に、日向達も理解できたのか納得の表情を浮かべる。
「そうなんだ。こっちじゃ魔法のおかげで核兵器撤廃、環境破壊問題と少子高齢化が解決、今じゃ廃校した学校を立て直したりとか色々と大変だよ」
「魔導士が家柄とかそういうの関係なく生まれるのもあるけど、魔導士は早婚が推奨されてるから自然と産む子供の数が多くなるもの原因の一つだな。ま、誰もが必ず魔導士が生まれるってわけじゃないけど」
「そっちは年月の流れがある分、技術や人の発展が凄まじいんでしょうね」
「こっちはやっと平和になったばかりだからねぇ。話を戻して。俺は地区の代表だから、地区の事件を解決する為に動いてたの。で、取りこぼしが無いか確認してたら監視カメラに琥珀が写ってた。ビックリしたよ。だって周りの避難誘導とか立ち入り禁止のテープとか張ってたのに人がいるなんて」
「へー」
「他人事…仕方ないけどさ。で、琥珀の居た場所に向かえば琥珀が黒染病に感染した人に追われてたの」
「黒染??」
こっちでは耳にしない病名に日向が首を傾げる。
「空気汚染で人が死んだって言ったじゃない? アレって環境の変化だけじゃなくて、汚染された空気の粒子が人の体内に入り込んで、徐々に人の体を黒く染めるの。黒く染まった人達は全身が真っ黒になって生命活動が停止するんだ」
「六年前に貴方達人の子が私達の真似をして自分達で機械仕掛けの神様を作り、その全知全能の知識で黒染病の薬『00』を開発して病を克服したんですよ」
「あと空気除去は植物研究家の人がシロエンジュって木を開発して、世界中に散っていた汚染を浄化してくれたんだよねぇ」
「へぇ、そうなのか。……ん? でもなんで琥珀さんは追われてたんだ? 話通りなら、その黒染病患者は死んでるんだろ? 死人が動くなんて、それこそ魔法でも無理だぜ」
「言われてみればそうだよね。どうして?」
魔法は一見万能に見えて全能ではない。
死者蘇生はもちろん人の感情を書き換えることもできない。そう考えると、喜一の話には矛盾が生じてしまう。
本人もそれが分かってるのか、腕を組んで唸っていた。
「そこが本当にわからないんだよね…」
「そもそも私、貴方と初めて会った日から一週間前の記憶無いから。私からしたら貴方との初めまして病院ですよ」
「あまり詳しくは話せないんだけど〜。何故か琥珀は追われてて、それで俺が驚いて患者と琥珀の間に割り込んだんだよね。俺の脳力? 魔法って言った方がいいかな。『体質変換』って言って簡単に言えば寒い土地でも体がその環境に適応して、寒いって感覚を感じずに動けるんだ。だから体質変換で黒染受けても黒染を体の中で除去出来る! って考えてたけど除去出来なかったから、その、死にかけました…」
「「え??」」
気まずそうに言う喜一を見て、二人は異口同音に感嘆詞を発しながら目を瞬かせる。
死にかけた? 今この人、死にかけたって言った?? じゃあ目の前にいる人は――。
そう考えた直後、日向の顔色が真っ青になり、悠護が椅子を蹴り倒しながら立ち上がると庇うように彼女の前に出た。
「死にかけたって……あれ!? 喜一さん、そこにいますよね!? ひょっとして……幽霊!?」
「日向、俺の後ろにいろ! 幽霊なら魔法で消せるはずだッ!!」
「生きてます! 消さないで! てか魔法って幽霊消せるの!?」
悠護の発言に慌てて弁解する喜一の横で、琥珀が面白そうに声を上げる。
「ふふっ…! 本物か確認の為に魔法受けてみたらどうですか、先輩?」
「琥珀なんで変なとこで悪ノリするの?? えーっと死にかけた時に追われてた琥珀が患者を消してくれて、その後助けてくれたの。消してくれた時の琥珀めちゃくちゃ怖かった。余計なコトするな! って顔に書いてあった」
「貴方を助ける為に私は貴方を眷属にしたらしいですね?」
「あ、なんだ。よかった……」
「驚かせやがって……つか、こっちは幽霊なんてモン呼び出せる世界にいるんだから、消すのもできて当然だろ?」
日向がほっと胸を撫で下ろす横で、悠護が倒した椅子を元に戻して座り直した。
ちなみに悠護の言う通り、魔法の中には幽霊を呼び出して操る魔法もあるため、それを消す魔法もあります。
「へー! 幽霊呼び出せるの? すごーい! 俺達の世界うじゃうじゃいそうだね」
「幽霊こっちで呼び出されたら洒落になりません。そうですね。日向さん、貴方達の世界の神様は可視化出来たり、触れたり出来ますか?」
「うーん、どうだろう? 一応、魔導士が誕生したのはその神様の声を聞いて、魔法を伝承したって話だから……」
「そっちは本当なのか嘘なのかってくだらねぇ討論が続いてるけどな。でも、一応こっちの世界には宗教あるぜ。キリスト教とかイスラム教とか……あんたらで言う旧人類期に存在してたものが」
魔導士の始祖である四大魔導士が拝める宗教があるため、昔からある宗教者数は毎年徐々に減っている傾向にあるが、これは別に話す内容ではないため黙っておいた。
琥珀も悠護の話を聞いて、分かりやすいように説明する。
「私達の世界、というより私達『異脳力者』が崇拝している神様は実在します。私の崇拝している神様は『思金様』という知恵…助言の神様です。私達の家族は思金様から恩恵を与えられ、その恩恵を上手く扱う為に体も変化しました。一部だけ見せますね」
すると、琥珀の黒い瞳が琥珀の石がはめ込まれたものに変化する。
金糸雀の宝石に蜂蜜が混ぜ込まれているような輝きに、二人は目を輝かせる。
「うわぁ……すっごく綺麗! 一部の魔導士しか姿変えないから、羨ましいなぁ」
「ああ。魔力の暴走の予兆とかで瞳が光ることはあるけど、自然と変化するとかないぞ」
「うん、琥珀さんの名前通り、綺麗な琥珀色だね……あたしも同じ色の髪と瞳してるけど、琥珀さんの方が上だね」
ちょいっと自身の髪先をつまむ日向の横で、喜一がうんうんと頷く。
「わかるー! 俺も琥珀の瞳好きなんだよね〜」
「そうですか?日向さんの髪や瞳も太陽のように輝いて綺麗ですよ。名は体を表しますからね」
「ふふっ、ありがとう。……話を戻しますけど、喜一さんを眷属にしたってどういうことなんですか? というか、どうしてそうなっちゃんですか?」
「俺も気になる。そっちの異脳力とやらでやったのか?」
話の続きが気になる二人を見て、琥珀はおもむろに喜一のシャツの襟首を掴んだ。
「そうらしいですね。私の異脳力者としての力と、その力を先輩の体に馴染ませる為に『青琥珀』を身体に混ぜました。ほら、先輩の胸元に石埋まってるでしょ?」
「ちょっと俺の襟首掴んでガバッと見せないで!? セクハラで訴えられてもおかしくないから!」
琥珀が喜一の胸元を二人に見せるようにすると、そこから胸板に埋まった青琥珀が晒される。
「「…………………」」
それを見た日向と悠護は完璧に固まった。
なんなら顔も『( ゜д゜)ポカーン』とよく見る顔文字と同じ表情している。
「……………え、これ、本物……ですよね? 脳力の暴走とかそういうのじゃないですよね??」
「本物ですよ」
「魔法に失敗して、両腕に色んな宝石が10個以上埋め込まれた魔導士の話なら聞いたことあるけどよ……」
「両腕10個とか怖い! 怖いよ…!」
日向の質問に琥珀が平然と答える横で、悠護が昔あった失敗談を語ると喜一は顔色を真っ青にさせた。誰だってそんな話を聞かされればそうなる。
「まぁ助かったと言っても一時的です。私が操作してる青琥珀の効果が切れたらまたこの人は黒染に侵されて死ぬでしょうね。黒染は異脳力者には効かないんで。私が死んだらこの人死にます」
「…でも。そのかわりかわかんないけど、琥珀は一週間前だけの記憶を失った。俺、琥珀と約束したんだ。琥珀が記憶を無くす前に、琥珀の家族の緋を探してって。だから俺は命の恩人から恩を返す為に琥珀の家族と記憶を探してるって訳。長くなってごめんね。俺達の出会いはこんな感じかな?」
自分達とは真反対の出会い方を聞いて、二人の口元が引きつっていた。
正直に言おう、舐めてた。
少女漫画さながらの出会い方をしてると思ったら、こんなハードな出会い方をしているなんて想像できず予想外のストレートパンチを喰らった。
「…………………どうしよう悠護、予想以上にかなりハードな出会い方してるよ」
「ああ……俺らの方がまだ可愛い、つか生易しい方だった。つか、なんだよ東京都府って! 学園代表脳力者の一人の喜一さんが死にかけるって! 黒染って! 喜一さんの生命線になってる青琥珀って! 話の内容を想像しただけでそっちの世界超ワケ分かんねぇよ!!」
「まぁ普通の出会い方したら琥珀と一生合わなかったと思う…」
「それはそれで幸せですね」
二人がそう答える横でがあっ!! とシャウトしている悠護を宥めながら、日向も動転している気を落ち着かせる。
「い、いやいやいや、ショックを受けてる場合じゃない。せっかくの座談会なんだから、こっちももっと質問しないと! あ、あの! 東京都府とかもちろん気になることはありますけど……脳力者と異脳力者って違いとかあるんですか? さっき見せた姿を見る限りじゃ、別にそこまでないと思うんだけど……」
「はい、私達は神様の恩恵を直接受けて、恩恵を上手く扱う為に脳力が備われました。けど脳力者は違います。空気汚染に対応する為に科学の神様が00を作ったって話はしましたよね? 00を飲んだ人の子達はたちまち汚染に対応出来る体を手に入れましたが、それだけじゃありません。00を飲んだ子供達は脳力を使えるようになったんです」
「薬で? こっちとは随分違うんだな」
やっと落ち着いた悠護が琥珀の話を聞いて素直に驚く。
「魔導士は五分五分の確率で第一次性徴期から目覚めるんだけど、逆に第二次性徴期過ぎたら覚醒率はゼロに等しいっていうのが、研究者総意の結論、のはずなんだけど……」
「日向はどういうわけが第二次性徴期過ぎてから魔導士に目覚めたイレギュラーでな、しかも魔法の中でブラックボックスになっている魔法を使えるってことで、国の命令で強制的に学園に入学させられたんだ」
「そう……志望校あったのになぁ。家から近くて、安くて美味しい学食があって、卒業後は地域密着型企業に就職できるっていう夢のような学校が……」
一人で自分を育ててくれた兄に恩返しするために、少しでも経済的に楽にさせようと選んだ志望校は、残念ながらあの事件によって足を踏み入れることはできなかった。
志望校に受かるために寝食を惜しんで猛勉強したせいもあって、昔ほどではないが未練はそこそこある。
「おぉう。思った以上に日向ちゃんの人生がハード」
「ぶらっくぼっくす? …それは一般とは異なる力というコトでしょうか」
喜一が日向に同情の視線を向けるが、琥珀が舌足らずな英語を口にする。
さっきも同じような感じの言葉を聞いたけれど、琥珀は英語が苦手なのか? と思いながら話を続けた。
「さっきも言ったけど魔法は九系統あって、『九系統魔法』って呼ばれてるんだ。
自然を操る『自然魔法』、魔法や物理的攻撃から身を守る『防御魔法』、身体能力や武器の威力を向上させる『強化魔法』、魔物という魔的生命体を呼び出す『召喚魔法』、治癒や呪いの解呪をする『生魔法』、魔力の封印や体力低下などの呪いをかける『呪魔法』、幻覚やテレパシーなど精神に影響を与える『精神魔法』、物理法則や物質、時には概念すらも干渉する『干渉魔法』、そして全ての魔法を無効にしてしまう『無魔法』があるんだ。
で、理由は不明だが日向はその『無魔法』が使えるんだよ」
「しかも『無魔法』を使えた魔導士は歴史上たった一人しか確認できてないから、IMF……国際魔導士連盟っていう組織が監視と解明の意味を込めて、あたしを学園に入れたんだ」
「ちなみに、国際魔導士連盟は世界各国あって、そこの日本支部長は俺の親父なんだ」
「歴史上たった一人ッ!?」
「日向さんコッチの世界に居なくてよかったですね。コッチの世界だったら問答無用で中央に連れて行かれて、日の光を浴びないまま一生死ぬまで実験体にされてましたよ」
「琥珀さん、さらりと怖いこと言うのやめて……」
ぶっちゃけて言うと、入院時にそういった話が出たことがあるため、今の琥珀の発言はさすがに笑えない。
「そう思うと日本の魔法技術は世界トップクラスに発展してるのかな?そうでも無いとたった一人を信頼して任せられないもんね」
「日本がというより、そっちは悠護の家が関係してるかな。悠護の家は『七色家』という魔導士の名家でして、日本の表社会と魔導士界の秩序を守る使命を与えられた最強魔導士集団と呼ばれてるんです」
「その中でも俺の家は七色家の中で序列一位に入っている黒宮家、パートナーに選ばれた日向が俺の将来の伴侶になる可能性は高いんだ。……ま、俺は日向がパートナーになってくれてよかったけどな。他の女は完全に俺の家柄目当てだし」
「そうだね……。実際、パートナー解消しろとか退学しろとか言われたし。ま、いじめ耐性あるあたしには全然効かなかったけどね!」
「自慢そうに胸張ってるところ悪いがそれ誇っちゃダメなやつだからな??」
「いてっ」
何故か胸を張る日向に、悠護は天誅と言わんばかりに軽いチョップを喰らわせた。
「それは本当に誇っちゃ駄目…へぇ! ゆうご君と俺ってなんとなく立場が似てるね。まぁ俺は8番目のレッドの強性だから最強って訳じゃないけど」
「そっちトガメあるんですか。コッチはホワイト…脳力が無い人達を差別する人達は居ますが学園内でトガメはそこまでありませんね」
「うーん、魔導士は変にプライド高い人が多いからなぁ。こっちに咎はなくても、向こうは納得してないという」
「普通に迷惑だよな、つか学校の決まりくらい従えっての」
「まあまあ」
悠護が嫌な記憶を思い出したのか、苛立たし気に舌打ちするのを見て日向はよしよしと頭を優しく撫でてあげた。
「コッチもう平和になった三年間で生きて、これから先の技術を進歩させるのに必死だからね」
「強いて言うならずっと昔から隠れ住んでいる異脳力者に対して人の子は殺意増し増しですけど。まぁなんの力も無かった頃の人の子が不思議な力を使い、怪しい者を信仰する人達見ていたら排除したくなる気持ちもわかります」
「でも異脳力者の真似して人類救われたから、異脳力者に対する差別意識は今のところは五分五分だよね」
「だからと言って油断は出来ませんけど。今でも異脳力者の奴隷売買ありますし」
「そっちの世界も色々大変だね。魔導士だって、その気になれば災害なんて簡単に起こせるのに、そっちは姿も違うだけでも迫害とか奴隷売買とか……あたし達の世界は琥珀さん達と比べてマシな方なんだね」
「それに関しては仕方ないかと。人は未知のものに恐怖しますから」
「……なあ、異脳力者は姿変えたらなんかデメリットとかあるのか? 例えば、一定時間戻れないとか……一生その姿のままとか」
「悠護……?」
何故か表情を陰らせるパートナーに日向が訝しむも、その質問で喜一も思い出したような表情を浮かべる。
「そういえば異形化のデメリットとかメリットって俺も知らないかも」
「でめりっとは有りませんよ。例えば、貴方達の世界に人魚がいます。人魚は十八になれば足が二股になり地上で生活できると仮定しましょう。その人魚が陸の人間に一生姿は戻らないのか? 一生そのままなのか? と聞かれたとします。
しかし人魚は水に戻れば元の半身に戻り、海を自由に泳げるんです。その理屈と同じで私達の異形化にでめりっとは有りませんよ。強いて言うなら地上の人間に理解されないぐらいです」
「そうなのか……俺らの方にも『概念干渉魔法』っていう空想上の動物を『概念』として干渉すればその姿になれる魔法があるんだけどよ、そっちは制御誤れば一生姿が戻らないままなんだ。現にそうなった魔導士とかいるから、それは羨ましいな」
「……もしかして、見たことあるの?」
日向の言葉に、悠護は小さく頷く。
「あるよ。昔、後学のために親父と一緒に保護施設に行った時に。人魚を『概念』にした女の魔導士でよ、足が青紫色の鱗をした魚類で両手の指の間が水かきになってるんだ。肌は薄緑色で、目も猛禽類みたいに鋭かった。
……あの人、隔離室の防弾ガラス越しでずっと泣いてた。『元の姿に戻りたい。助けて』って……担当の研究員に頭を下げながら何度も何度も……、それこそ目が真っ赤に腫れるくらいずっとな……」
「そっか……、早く戻れるといいね」
「ああ……そうだな。独りよがりかもしれないけど、そうなるよう祈るよ」
概念干渉魔法ではそういった事故があると聞いていたが、実際目にした者の発言は重みが違う。
日向も心の中で会ったことのないその人の未来の無事を祈った。
「そっか…魔法ってそういう事故もあるんだね。脳力はあくまで人の形を保ったまま、自然現象を脳内で計算して起こる現象だからコッチにそういう事故は無いかな」
「…その人の体の作りが変わってしまったのなら、逆にその体に適した魔力を備え付けさせるというのはどうですか?」
「どういうこと?」
「確認ですがいままで変身しても元には戻れてたんでしょうか?その人は初めて人魚になる概念で失敗したんですか?」
「いや、IMFで働く優秀な魔導士だった。でも、概念干渉魔法は魔法の中じゃ一番制御が難しい。その人は船で逃げた犯人を追うために人魚になったんだ。で、制御を誤ってそのまま」
「そうなった理由は分かったけど……それがどうしたの?」
琥珀の質問に悠護が答えると、彼女は大きく頷く。
「…ならいけますね」
「琥珀?」
「わざわざ制御なんてしなくていいんです。先ずは今の状態の体を隅から隅まで検査、観察します。今もそうしてるんでしょうが、私のいう検査・観察はあくまで人間だった頃の彼女の記録を漁り、彼女が赤子の頃からの記録を彼女に24時間ずっと見させるんです」
「それはちょっと鬼畜…」
「で、自分の出自や人生を彼女に理解させる。そっちに彼女の記憶を読み取り、映像化させる魔法でもあれば楽なんでしょうが…まぁ都合のいい場合は置いといて。出自を直視するというのは概念よりも的確で揺るぎない事実です。
その事実をずっと彼女に突きつけてあげます。産まれた時、幼い日、魔法を初めて使った時の感覚、子供の頃の将来の夢。それは間違い無く彼女が経験した記憶であり、一度経験したコトは見て使うコトが可能な筈です。犯人を追う前にずっと使っていた魔法の記憶も。使っていたので覚えはあるでしょう。
概念は想像、想像に打ち勝つのは目の前にある触れられる事実です。まぁ私の提案には可能性はありますがデメリットが存在しますけどね」
「そっか! そうすればその人が元の姿に戻れるんだね!」
琥珀の提案は喜一の言葉通り鬼畜だが、可能性があるならばその人が戻れる確率がぐんと上がる。
希望の光が見えたと思って悠護の方を振り返る。
「……………」
「……悠護?」
だが、彼の顔は未だ厳しいままだった。それどころか、言いずらそうな表情さえ浮かべている。
「琥珀さん……せっかくだしてくれた案だけど、それはもうこっちじゃ40年以上も前に証明されてるんだ」
「そうなの!?」
「えぇー、駄目かー…」
「でしょうね。そっちの方が歴史も発展も積み重なっているんです。私一人の提案なんてとっくに試してる人はいるでしょうね」
「ああ、もちろんその案を使って戻った人は確かにいる。でも、それはほんの少数だ。もちろん記憶を映像化させる魔法はある。でも概念干渉魔法はそれ以上に本当に厄介なもので、術者本人が設定した『概念』はそれこそ呪いみたいなもので、体の髄まで記録されてるんだ。自分の記憶を『概念』として設定し直すのは、それこそ神の御業に等しい行為なんだ。だから――」
「不可能じゃないよ」
「え……?」
悠護の言葉を遮るように、日向は大きな声で言った。
「不可能じゃないよ。あたしの無魔法があれば、きっと元の姿に戻せるよ! だって、全ての魔法を無効にするんでしょ? なら元の姿に戻すのくらい簡単だよ!」
熱弁と思うばかりに声を張り上げる自分に、心の中で自分らしくないと思う。
だけど、悲しそうにするパートナーをこれ以上見ていられないというのもあって、ほぼ思いつきで言ってしまった。
戻れない可能性はある。でも、ゼロではない限りその可能性を信じたいのだ。
それにつられたのか、喜一も日向と同じ表情を浮かべた。
「むむっ…! たしかに日向ちゃんの魔法ならいけるかも。因みに琥珀、デメリットって?」
「一、そもそも私がそっちの世界の常識や研究成果を知らない」
「あ」
「なので私が話すのはあくまで憶測ですよ。二、その治療をした場合は彼女の精神が耐えられない。三、最悪の場合暴走して自害する。しかし呪いですか…悪魔的発送をするなら、魔法で彼女の体を隅から隅までバラバラにして、内臓脂肪血液脳みそ一つ一つを丁寧に保存しつつ、呪いを順番に落とすとか。ほら、洗濯シミが取れない場合は最悪その部分を切り取って新しく縫うとか。そこを集中的に漂白すれば最悪落とせるでしょ?」
「もう発想が怖いよッ!!」
「だから私はそっちの常識が無いので憶測でこんなに酷い発想が出来るんですよ」
「琥珀の馬鹿。俺は日向ちゃんの無魔法? の可能性にかけたいな」
「いて。暴力反対」
喜一が琥珀の頭を軽く小突いたが、彼女はこっちの世界の人間ではないのだ。こちらを知らないままあの発想を考えるのは自然だ。
その後の彼女の発想は本当に怖いと思いながら聞かないフリをして、悠護の手を握った。
「ほら、喜一さんもこう言ってるし。だから悠護、安心してよ。あたしが必ずその人を元に戻してあげるからね!」
「ははっ……お前ってほんと、俺達の常識を見事にぶち壊してくれるな。さすがイレギュラー、恐れ入ったぜ」
「ご、ごめんね?」
「謝んなよ、むしろ褒めてんだ。……ありがとな」
「……うん」
悠護が日向の頭を優しく撫でる。その手つきに目元を緩ませながら、元気になったパートナーの姿を見て安堵の息を漏らす。
二人は互いに顔を見合わせながら恋人同士のように微笑み合っている光景を、琥珀は冷静な目で見つめる。
「…不安ですね」
「琥珀?」
「彼女が複数人居るならともかく、一人しか居ないんでしょ? 一人じゃ全ての人は救えない」
「…それは本人達もわかってるんじゃない?」
「…叶わないってわかっていても、救うって判断出来る私以外の人の子が、私は羨ましい。彼女を救う為の提案をしましたが、もしコッチの世界に人魚の彼女が私の目の前に居たら、私はその人を殺すでしょうね。人魚なんて私にとって珍しくも無い。異脳力者と変わらない。治る可能性も極めて低い。コッチは人手不足なんです。殺して片付く問題なら殺してもっと多くの為になる問題に目を向けます」
「…。」
「まぁ、いずれ対策を考えていかないといけない問題なんで、なんとも言えませんが」
ボソッと喜一と会話しながら、琥珀は気を取り直すように日向と悠護の方を向いた。