始まりは不思議空間で
とある小説に、こんな前振りがある。
目が覚めると、そこは無人島だった――というアレだ。
もちろん現実世界ではそんなこと一切ないし、万が一にもその状況があるとすれば、それこそ飛行機が墜落するか船が沈没するという物騒な場面だ。
その前振りがごく普通に過ごしていれば何も起きないはずだが……。
「あれ……? ここ、どこ……?」
ぶっちゃけて言うと、豊崎日向はちょうどそんな目に遭っていた。
四方八方を白で埋め尽くされた空間。もちろんこんな場所は日向が通う聖天学園にはない。
そもそも自分は放課後学内にあるカフェで、今日の日直であるパートナーの黒宮悠護が来るのを待っていた。その待ち時間の間にうたた寝をしたかと問われればもちろん『イエス』だが、いくら学内でも自分の身くらい守れるはずだ。……多分。
「とりあえず歩いてみよ」
それはともかく、自分から行動をしなければ状況は改善しないことくらいこの一年で学んだ身だ。
方向感覚がおかしくなる空間をとことこと歩く。
真っ白な空間を歩きながら、日向は授業で習った『緑の部屋』とか言う拷問を思い出していた。
魔導士が現れるずっと昔、魔女と疑われた女性は異端審問にかけられ、口に出すのも憚られる凄惨な拷問を受けていた。その中でも『緑の部屋』というのはとても変わっていて、今のように四方八方を緑色に塗られている部屋に入るだけというのだ。
もちろん他の者と違ってひどい拷問をかけられるわけではないのだから余裕だと思うが、そこが一番の落とし穴だ。
人間は同じ色を長時間刺激させると脳が異常をきたし、やがて精神が壊れ発狂する。次第に赤い色が見たくなり、無意識に自傷行為をさせそのまま失血死させるという。
最初聞いた時は首を傾げたが、話が進むにつれて顔色を真っ青にする生徒を見てくつくつと笑った担任の実兄は、本当に性格が悪いと思ったものだ。
「やばい、もしここが『緑の部屋』もどきだったらどうしよう……」
もちろん日向というかいじめとは無縁かつ平凡な人間ならば自傷行為などしないだろうが、今の状況はそれに近い。
一刻も早く脱け出さなければと歩く速度を速めようとした時だ。
「――日向……か?」
「えっ?」
右側から声をかけられたのと、聞き覚えのある声に反応して振り返る。
そこには黒い髪と真紅色の瞳をした日向のパートナーである悠護が立っていた。
彼も日向と同じ制服姿だが、手には赤い封蝋がされた手紙を持っている。
「悠護! どうしてここに!?」
「俺も日直が終わってカフェに向かったんだけどよ、いつの間にかここにいたんだ。カフェに着いたところまでは覚えてるんだけどよ」
「あたしもそんな感じ。オープン席でお茶してたのは覚えてるんだけど……ところで、その手紙は?」
「ああ。これか? 向こうに落ちてたんだ。なんとなく気になって拾ったはいいが、読む気はなくて」
まあこんな意味不明な空間にいれば、不自然に落ちていた手紙の怪しさなど爆発的に上がるものだ。
「もしかしたらここを出る方法とか書かれてるかも! 読んでみようよ」
「えー、爆発とかしねーよな?」
「それだったら、こんな回りくどい真似しないでさくっと殺してるはずでしょ」
「…………お前も大分魔導士界の常識に染まったな」
否定できないところをあっさり言われて複雑そうな顔を浮かべる悠護だったが、何か行動しないと進まないのも事実。
ひとまずパートナーの言葉を信じることにして、思い切って封を切った。ちなみに封蝋にはオレンジと猫のスタンプが捺されていたが、それが何を意味するのか分からない。
単純にこの手紙の主の趣味なのだろうと、脳の片隅で思いながら三つ折りされた便箋を開いた。
『拝啓 『マジック・ラプソディー』の世界で生きる子供達へ
この度、『アンリゾナブル・ガイズ-東伝-』の世界で生きる子供達とのコンタクトが取れ、急ではありますが座談会を開く運びとなりました。
つきましては、今回は記念すべき初回ということで両世界での主役二人をゲストにお招きすることが決定し、あなた様達をこの不思議空間へお誘いしました。
出る方法はたった一つ、無事に座談会を終えることだけ! それだけです!
それでは、本来交わるはずのない世界で生きる者達とのお話を楽しんでください!
P.S.機会があったら別の子達ともやると思うから、事前に伝えといてね☆
■■より』
「「………………………………………………………………………」」
――ぶっちゃけて言おう、怪しすぎる。
魔導士というは我欲に忠実で徹底した選民思想主義者が多いせいで、こういう類の手紙を読むと必ず疑うのは悲しいかな魔導士の性だ。
差出人が黒く塗り潰されているのも怪しい原因の一つだし、本来ならば手紙の指示には従わない。
でも……自分達とは違う世界で生きる子供達に会いたいというのも、二人の間にはあった。
「……どうする?」
「行くしかねぇだろ。手紙の書いてる通りなら、座談会しないと出れないし」
「だね」
本音を出さずもっともらしいことを言った瞬間、日向達の背後が白く光る。
すぐに反応して振り返ると、そこには艶やかな茶色の光沢がある扉があった。
いつもなら何かの罠かと思うけれど、今回は危険も恐怖もない平穏な座談会だ。それがちゃんと分かっているおかげか、二人の気持ちはとても落ち着いていた。
一緒のタイミングで真鍮のドアノブを握り、顔を見合わせる。
「んじゃ、行くか」
「うん、行こう」
互いに笑い合い、ドアノブを握る手に力を籠める。
「「せーのっ!」」
息の合った合図と共に、二人は白い光が漏れるドアを開けた――――。