ちゅうへん。
ほんのりBL注意です。
ほんのりですが、苦手な人は心の準備を。
では、
どうぞ。
大きな通りから外れると、住宅が密集して道は細くなる。
分かりやすくきれいに区画分けはされているが、その内側は入り組んで複雑に、いくつも分かれ道がある。
笛の音が聞こえた方向に、気配を頼りに町なかを走っていくが、どうにもまどろっこしい。
「ローハン、先回りする!」
アメリは通りに面した店の脇、積まれた木箱とちょっとした庇に足を掛けて、勢いに任せてその屋根の上に登っていった。
「うわぁ、出た、お猿さん……気を付けて下さいよ!」
「はいはーい!」
笑い声を上げているローハンを上からのぞいて、アメリはにっこりと笑って返す。
町の端なので、そこまで高い建物はなく、割と視界がひらけている。
月もあるので、足元を見るにも充分だった。
アメリは大して苦労もせずに、屋根の上を、気配のする方向に真っ直ぐに走り抜ける。
「みーつけた」
細い路地を走っている三つの頭を見つけて、アメリは指笛を吹いた。
その音を振り仰ぐ頭の目前に、よいしょと飛び下りる。
「な?! 女か?!」
「もう逃げるのはお終いだよ、あきらめて」
アメリが佩ていた長剣の留め金を外して、右手に長剣、左手に鞘を構えるのと同時に、三人の男はそれぞれ手にした武器を構えた。
「そこをどけ!」
仲間と目で示し合わせ、細い道に窮屈そうに横並びになる。
力尽くで押し通ろうと、アメリに相対した。
「あ、そうそう。後ろ、気を付けてね」
はとそのうちのひとりが、ローハンの気配に気が付いて振り返り、向かっていった。
同時にひとりがアメリに短剣を振り上げる。
軽く手元を長剣ではたいて、短剣を飛ばし、鞘で胸を突く。
心臓の上を突かれて呻く男に気を取られている三人目の足元を、後ろからローハンが剣を薙いで転ばせる。
ささっと捕縛して片付け終えた頃に、後から走ってくる数人の足音が聞こえてきた。
「……うあ、ホントにいた」
のんきなハルの声にかぶさるように、地を這う低い声がする。
「何をしているんだ、アメリ」
「……あら……見付かっちゃった」
「ここに居るはずではないだろう? 何故許した」
クロノはアメリをぐと睨んで、話の後半でローハンにその目を向ける。
「……申し訳ありません」
「ローハンは悪くないよ」
「黙れ」
「……まぁまぁ、いいじゃん総長。話を聞いてやっぱりなって思ったでしょ?」
「お前も黙れ」
「やだ、こわーい」
ハルの茶化すような言葉に、クロノはそれ以上を口にしない。
一緒に駆け付けた他の騎士たちに指示を出すと、アメリの腕を掴んで、表の灯りのある通りまで引っ張っていった。
「……痛いから離して」
「……どうして怒っているのか分かるな」
「……危ないことしてないもん」
「それはたまたまの結果だ」
「してないもん!」
「アメリ!!」
唇をひき結んで、顔を背けるアメリの腕を、ぐいとローハンのいる方に押した。
「……邪魔をするな。これ以上は許さない」
鋭く息を吸い込んで、アメリはクロノを真っ直ぐに睨み返す。
ぐと奥歯を噛みしめると、腕を振ってクロノの手から逃れた。
「ちょっと総長、気持ちは分かるけど言い過ぎだよ」
「口を出すな」
眉をしかめていたハルは、ますます眉間の間を狭くさせる。
「あのねぇ……」
「行け、ローハン」
「……はい。申し訳ありませんでした」
「謝ることないよ、行こう、ローハン」
「アメリ、私が帰るまで大人しく……」
「できない人を妻にしなきゃよかったのにね」
「アメリ!」
アメリはその場を早足で去る。
その後をローハンは追いかけて、すぐに横に並んだ。
「……すみませんでした、奥方様」
「ローハンは謝らなくていいんだってば。私の方こそ、ごめんなさい」
「調子に乗りました」
「私も……」
「つい楽しくて」
「ねー。ほんと……」
はあーあとため息を吐き出して、ふたりで顔を見合わせて苦笑いをする。
「……ローハン、いいよ。私ひとりで帰れるから、お仕事してきたら?」
「……やめて下さい。これ以上怒られたくありません」
「……んんんー!! ……っなんか、もやもやする!!腹立ってきた!!」
「……今夜のこと、楽しみにしてたんですもんね」
「それもだけど!!……んんん!!」
「……お腹空きませんか、奥方様」
「そんなので機嫌は治らないからね! 空いてるけど!!」
「ちょっと寄り道しません?」
「する!!」
ふはと笑うとローハンはこっちですと、案内を始めた。
城都の端から中央の大通りを横切って、反対側へ。
馬を預けた詰所の割と近い場所までゆっくりと移動する。
その間、ふたりは町の騒がしさを見ながら、黙って歩いた。
アメリはクロノに言われたひと言ひと言を思い出していた。その時のクロノの顔も。
思い至って出てきそうになる色々をぐっと堪えて、いつの間にか見ていた地面から顔を上げる。
「お菓子屋さんなんですよね」
ローハンは前を見たまま柔らかく笑って話し出す。
「珍しく、夕方から開店するんですよ。……頼めば食事も出てくるし、少しだけお酒もあるような、変なお菓子屋さんで」
「へぇ……変わってるね」
「夜中まで開いてるんですけど、そこは流石にお菓子屋さんなので、店は可愛らしいんですよね」
「入りにくい?」
「それですよ。男ひとりだとなかなか憚られます。すごく美味しいから、毎日でも行きたいんですけど」
「え? ローハンて、そんなに甘いもの好きだったっけ?」
「いえ、食事にね」
「あ、そうか」
「まぁ、その店のお菓子なら、あんまり甘くないんで好きですけど。……奥方様も甘くない方が好きですよね」
「そうそう……わぁ、楽しみになってきた」
「機嫌、治ってきました?」
「……ちょっとね。ほんのちょー…………っとだけだよ?」
「そりゃ良かったです」
訪れた店はこじんまりとして、ローハンの言った通り、可愛らしい雰囲気がした。
店の中の卓や椅子、照明や、壁の飾りまで。
全ての角が丸い感じで、あちこちに草花を模ったものがあしらわれている。
細かなつる草の彫刻がされている布張りの椅子は、淡い色の組み合わせで小花柄。
卓の縁もぐるりと同じ彫刻がされている。
全部がそんな雰囲気なので、確かにこれはローハンひとりでは入り難いだろう。
ローハンと一緒ににやにやしながら、角の席に着いた。
時間も夜中に近いので、店にはアメリたちしかいない。
奥から出てきた男性に、アメリは軽く目を見開いた。
物腰の柔らかそうな、ふわりとした雰囲気のその人は、見た目通りの優しい声で、いらっしゃいと笑顔でローハンに話しかけている。
「食事はまだある? ふたり分だけど」
「ええ、ご用意できますよ」
「あとでお菓子とお茶も」
「はい、分かりました……えっと、ローハン? こちらの方は?」
「あ! 妹です!」
「え? そ、そうなんですね」
「はい、初めまして。兄がいつもお世話になってます」
「いえ、あの、こちらこそ」
薄っすら顔をしかめているローハンを放ったらかしにして、アメリはにこりと店主に笑ってみせた。
「えっと……苦手な食べ物があったら、教えてもらいたいんですけど」
「無いですよ。何でも食べます」
「……ああ、待って。お酒がダメたから」
「火が通ってれば大丈夫だよ」
「でも口にしない方がいいでしょ」
「ま、そうだけど」
「分かりました、お酒ですね」
奥に行った店主の背中を見送って、ローハンは静かにを吐き出した。
「……妹だなんて……」
「いや、恋人と思われたらいけないんじゃないの?」
「うわ……なんですか」
「あれ? 違った?」
店主のローハンを見る目は、嬉しそうな、きらきらした感じだし、ローハンもそれを分かって憎からず思っているふうだった。
ほぼほぼ勘だったけど、外れている気はしない。
「……違わないですけど……あ、いや……まだ自分でもはっきりと……どうですか」
「わぁ、もにょもにょしてる兄さん、初めて見た。面白い」
「やめて下さい、割とこう……繊細というか……難しいんですから」
「ちょっと兄さん、しゃべり方変えてよ。バレちゃう」
「……聞いてます? 私の話…………乗るけど」
「乗るんじゃん」
にひひと笑うアメリに、ぎゅうと顔をしかめたローハンは、びしびしと両手で顔を叩いた。
出された食事は、とても美味しかった。
食後のお菓子を出されると、アメリは店主におしゃべりしましょうと、席をすすめる。
「そんな……お邪魔ではないですか?」
「いいえ、ぜんぜん。ねぇ、兄さん?」
「……座って?」
「ええ……じゃあ」
「アメリと言います、どうぞよろしく」
「こちらこそ、ステファンです」
「このお店はステファンさんのお店ですか?」
「ええ……祖母から引き継いで」
「あ……それでこんなに可愛らしいのか」
「ええ……僕もこの感じは好きなので、そのままにしてます」
「どうしてこんな遅い時間にお店を?」
「前は昼間も開けてたんですけど、お客さんが多くなり過ぎて……贅沢な話なんですけど。ひとりではちょっと大変になってしまって」
「うーん。確かに。美味しいもんね。このお菓子も、すごく美味しい」
「ありがとうごさいます」
「さすが兄さん、良い店知ってるね」
「どうも……」
「うわ。愛想わるー……」
「楽しそうだね、アメリ」
「めちゃくちゃ楽しい」
「……そりゃ良かった」
「はは……仲が良いんですね」
「ステファンさん何か……」
「何ですか?」
「なんか、こう……動きが……滑らか?」
「え……え?」
「ごめん……この人、思ったこと急に話し出すから、気にしないで」
「そうそう、気にしないで」
直線的な動作ではなく、動作から動作の間に緩急がある。
すうと動いて、ぴたりと止まるから、とても優雅に見えて、アメリはそのことを言った。
「……ステファン、昔……」
「……ああ、ええ。前は舞踏をしてたので、それででしょうか」
「ぶとう?」
「踊りの方の」
「へぇ、すごい」
「……もうやめちゃったんですけど」
「お店のために?」
「いえ、膝を悪くして……あ、でも、普通に暮らすぶんには全然不便じゃないんですよ?」
「……そうなんですね」
へにょりと眉を下げたアメリに、ステファンは慌ててふわふわと両手を振った。
かわいい人だなぁと思っていると、向かい側にいるローハンもそう言いた気な顔をしている。
ふへと笑って、アメリは残りのお菓子とお茶を、全部口に入れて飲み込んだ。
「……さ。夜も遅いし、私は帰らなきゃ。じゃあね、兄さん」
「は? 何言ってんの?」
「もうすぐそこだもん、私ひとりで平気だし」
「ちょっと、ホントいい加減に……」
「何言ってんのもう。私に引っかき回して欲しくてここに連れて来たんでしょ?」
「違うから!」
「えええ? でも良く分かったでしょ? 自分の気持ち。ローハン分かりやすいから、私はすぐに分かったよ!」
「……だから! なんでそうなるかな!」
「ふたりして怒られたんですよね、さっき。それもこっぴどく……だから元気付けてあげてもらえます? 兄さんのこと」
「アメリ?!」
「兄さんステファンさんの顔が見たかったから来たんでしょ?」
顔を真っ赤にしているステファンに、にやりとアメリは笑いかける。
複雑そうな顔のローハンにも、にやにやと笑っておく。
「ほんと、すぐそこだから大丈夫。ひとりで帰れるから。ごちそうさま、兄さん。ステファンさんも。……じゃあね、おやすみなさい」
立ち上がろうとするふたりの肩を押さえて、アメリの方こそ立ち上がり、さっさと店を出る。
外から窓の内側にいるふたりに手を振って、アメリは詰所の方に向けて歩き出す。