少年の死と神の行動
ここは、とある教会の中。だがそこには教会特有の神聖さは微塵もなく、壊れた椅子や机が散乱していた。
『こちら39番、対象の暗殺に失敗』
少年の無機質な声が響く。
少年の見た目はどこにでも居る黒髪黒目の日本人しかし、その少年の手には身の丈ほどある大鎌が握られている。
彼は暗殺組織〈死神の鎌〉の暗殺者であり、上の命令により小さな宗教の教祖である、一人の老人を暗殺しようと試みていた。だが、その試みは失敗に終わり逆に罠にはめられてしまっていた。
その結果ピストルを持った数人の男たちに囲まれており。少年の左足はそのピストルによって撃ち抜かれ足としての機能を失っており、体にはいくつもの傷がついていた。
しかし少年はまるでそれを気にしていないようにただ淡々と機械のように続ける。
『左足を損失、このままでは死に至ると思われます』
少年は自分の状況を正確に報告し次の命令を待つ。
『状況は把握した、対象の殺害を優先しろ』
少年へと命令が行われた。
「了解」
少年の大鎌を持つ手に力が入る。それに男たちの何人かは気が付いたが警戒するものは誰一人といなかった、それどころか対象の老人は完全に危険はないとでも思ったのか少年に近づいてきた。
だがその甘い考えが男たちを殺した。
少年が力を込めた刹那、一瞬にして男たちの頭と体が離れたのだ。そしてそのまま流れるような動作で対象へと迫り、大鎌を振り下ろす。
それを見た者すべてがもう遅いと思った、そしてそれ少年も例外ではなかった。
しかし、その鎌が対象に届くことはなかった。
「最近の若いのは、面白い動きをするもんだ。それに、人の身で神を殺そうとするとは」
暗殺対象の老人が鎌を片手で止めたのだ。
「な、ぜ!?」
そして、少年の心が[動揺]という形で微かに揺れた。それが、少年の人生で最初で最後の感情と呼べるものだった。
「こりゃあ、重症だな」
老人がそう呟くとほぼ同時に、細く弱々しい老人の腕が少年の心臓を貫いた。
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少年が死んでから暫くたった今、老人は会議室のような場所にいた。だがそこは会議室というには少し異様で窓も扉もない所だった。
「これより、対策会議を始める。」
そこには、眼鏡をかけた知性的な青年や、膨れ上がり今にも破裂しそうな筋肉を持った男や、もはや生き物ですらない人形などが席についていた。
この会議は、世界の神々がこの世の存続を危険視した時に開かれるものであり。それが、今だった。
「おい、じじい!この俺を呼んだからにはそれなりの事があるんだろうな!」
男はライオンでも逃げ出すほど威圧的に怒鳴るが、老人はそれに動じることなく答える。
「その通りじゃ。分かりきって居ることを聞くではない」
「うるせえ!もったいぶらずに言ったらどうだ?」
「そうかならば単刀直入に言わせてもらう」
老人は少しの溜めの後こう言った。
「我ら神々を脅かす存在が生まれた」
そう言って老人は床に置いてある少年の死体を指さした。それを見た神々の顔が一瞬こわばる。眼鏡をかけた青年はそれを一度カチャリと鳴らしてから口を開く。
「我ら脅かす存在ってのは、まさかそこに転がってる少年の死体じゃあないだろうな?」
青年は分かり切っている彼だって神の一柱だ見る目はある。そこにある少年だったものが自分らにとって、脅威であったことを。そしてそれを知っていながら青年はあえて老人に質問した。
「そのまさかじゃ」
分かり切っていたが、やはりそう言われると改めてその脅威を実感できる。そう、その死体からは本来人間の体から生成されるはずのない魔力が出ているのだ。
「そのガキが俺らを殺せるってのか、じじいも年食って、ついに頭いかれちまったか?」
「これだから筋肉馬鹿は、よく見てみろ。そこの少年をもう一度よーく観察してみろ」
男は青年に言われた通り少年をよく見るが、ハッと鼻で笑って自信満々に言う。
「確かにこいつは、神の肉体に傷を付けられる。だがそれだけだ、何億人とかかってこようと俺なら全部殺しきれるぜ」
「そうか、確かにそれだけなら我々の脅威にはなりえないだろう。だがなこれを生み出したのが〈死神の鎌)なんじゃよ」
男の顔が少し曇った。
「チッ、そういうことか」
「そうなんじゃ、お主には(死神の鎌)を潰してきてほしい」
「俺がやるのかよ」
「ん、できないと?」
いやらしい顔で老人が男の目を見る。
「チッ、出来ねえとは言ってねえ。この武神ドガリアの名に懸けて〈死神の鎌〉を潰してきてやる!」
「そうか、なら頼んだぞドガリアよ」
嬉しそうに老人がいうと、それを男は睨み付けた。
「3年ほど待ってろ!」
そう言うとドガリアは消えるように帰っていった。
「やっと五月蠅いのがいなくなりましたね。で、どうせ僕はこの死体を調べれべなきゃいけないんでしょ」
「その通りじゃ、頼めるかの?」
「お任せください、この智神ラーリックの名に懸けて」
胸にてを当てて宣言したかと思えばもうすでにそこにラーリックはいなかった。彼は感情を表に出さないがあの死体が非常に気になっていたようだ。
「うむ、この少年の魂はどうしようかの?」
老人は先程から一切口を開いていない人形に声をかけた。はたからみれば、ボケた老人が人形に話しかけているという少し危ない状況である。がしかし、その人形は老人の問にカタカタと口を動かして答えた。
「カタカタカタカタ(神法どうり死者の国には遅れないのだろう)」
「そうじゃ、こやつは心と感情を壊されている。心の方はあの時に直しておいたが....」
「カタカタカタカタカタカタ(一度壊された感情を強引に治そうとすれば心が弾け飛ぶと)」
「そうじゃだから、こやつは自ら感情を手に入れなくてはならぬのじゃ。
幸い[動揺]という形で心の動かし方を知ったから一人でもなんとかなるじゃろう、それでお主の世界に送り込みもう一度人生を歩ませようと思う」
「カタカタカタカタ、カタカタ(確かに一度、心を動かしていればいれば、感情を取り戻すのが多少容易になる。たくさんの感情が渦巻く私の世界にその魂を送りたいと)」
「ならそれで頼めるかの?」
「カタ、カタカタカタカタ(無理だ。恐らく感情を手に入れ終える前に死ぬだろう。私の世界はそんなに甘くない。)」
「なんじゃと、その魂わしの世界で一番強いぞ」
「カタカタカタカタカタ(お前の世界で一番強くとも私の世界なら中の下がいいところだ。だから、一つ提案だ)」
「その提案とは?」
「カタカタ(代償を減らし記憶を残したまま送り込む)」
「正気か!?下手をすれば世界の法則が崩れるぞ!」
「カタカタカタカタ(構わん、どちらにしろこのままでは終わる世界だ。それに丁度いい体もあるしな)」
「本当にいいのだな?」
「カタカタ(ああ、すぐに始めるぞ)」
「任せるぞ、魂の神ウルスよ」
ウルスはそれに答えず、静かにその魂を自らの世界に送った。