09話。聞く
職場で仕事終わりの雑談中。
雑談ついでに、例のビルドゲームをやるのにどんな機材が相性良いのか、吉田先輩達にも聞いてみた。
「要するにアバターが位置ずれ起こしてるんすよね。その症状の場合は……結構報告されてるっすけど……ネットの評価だと、結構お高いやつが候補っすね。最安値も、値引きあんまり無い感じっす。カメラ系で中古は怖いっすよねぇ」
タブレットパソコンの画面をスライドさせながら、三河くん。
その辺は俺も調べ済みだ。
「ゲーム中だけスマフォのカメラとアプリ使うのも手だぞ。アバターの動きはカクカクになるけど、位置の同期はちゃんとしてくれるから」
「そうなんですか?」
吉田先輩もタブレットパソコンを示して教えてくれる。
「ルミエールちゃんの配信カメラは、これって言ってたよな。プライング入れればもう少し調整は出来るけど、毎回調整必須だったからな。それならスマフォのカメラに切り替える方がスムーズだった」
「吉田先輩もあのビルドゲームやってるんです?」
「ん? まあ、少し?」
間。
三河くんと顔を見合わせる。
「吉田先輩、もしかして」
「……やってるっすか?」
バーチャルアイドルを。
「やーん、特定厨こわーい」
あ。しかもこれ、女の子のアバターでやってるやつだ。
「あ。渡辺さん、テントと焚き火台の件とは別に、カウンターが物置になってるのをなんとかしろってマネージャーから言われてるんすけど、あれどうします?」
「それ、俺も聞いたけど、こっちのカウンターもう使わないからって書類置き場にしてたのマネージャーだよね……」
「そうっすよね……」
「確かに、売り場の見た目の印象は悪いからなんとかしないとなーとは思ってるんだけど、残業禁止令いい加減どうにかしてくれないと、物理的に無理なんだけど……」
「そうっすねぇ……」
流石にヴぉえも言わぬが花と言うか、そこを突いて話題を広げても、答えは絶対言わないけど話は聞いて欲しそうなオーラがめんどくさそうだったので、さらりと流した。
「おめぇら……」
露骨な話題変更に、若干いじけている吉田先輩。
後でご機嫌取りにソシャゲのクエストは吉田先輩の欲しがっている素材が集まるクエストを連続でやったりしたり。
そして、休日。
駅前にある大型家電量販店で待ち合わせ。
現地集合とはなかなかストイックだな。
照沢さんは化粧気もなく、冬用の防寒重視の服装にジーンズと、普通の格好だった。
ま、そりゃそうだよな。近所だし、そうだよな。
正直に言ってしまえば、男としては女の子と買い物と言うだけで、ほんのり浮かれてしまうのだが。
(そう、普通に、誰でもそうだよな)
深く考えまい。
うむ。今日は友達につき合って生放送配信用の機材を買いに来ただけだ。
簡単な挨拶を交わして、店内へ。
「普段は通販するんですけど、よくハズレを引いてしまって無駄な出費になるので、意見を頂けるのはありがたいです」
「わかる。あれこれ調べても、結局詳しい店員さんに聞いてそこそこの値段出すのが一番失敗少ないよな」
平日と言うことで空いている店内。
テーマソングを聞きながら、雑談をしつつパソコン用品のフロアに向かう。
店員さんを捕まえて、あれこれと説明を聞く。
最近はバーチャルアイドル専用のモーションキャプチャーソフトから、バーチャルアイドル用の配信機材セットなんてある。
俺も技術的な話は有名所しか知らなかったが、色々と種類が出ていて、ここぞとばかりに流行りに便乗しているようで品揃えは豊富だった。
うちの店と違って、やり手で機敏なゾーンマネージャーでもついてるのだろう。羨ましい。
「なるべく安く上げたいのですが……」
一つ、候補が見つかったようだが、この手の機材でプロ仕様の良い物はいきなり値段が張るのだが、それなりの物で代用も出来たりもする。
妥協するか、良い物を買うか。
みんなも悩む所だろう。
思い切って良い物を買っても、数か月後にどうせまた更に良い物が出たりするからなぁ……。
「スマフォを使うって手もあるらしいよ」
吉田先輩が言っていた方法を説明する。
「なるほど……ゲリラ配信で使ったアプリでも行けますか?」
「んーと……ああ、出来るんじゃないかな。パソコンに繋いで設定すれば行けるって」
調べればすぐに出て来た。
「そうなんですか……」
「……」
なんとなく、言い出し難そうなのでこちらから水を向けてみる。
「一回スマフォでやってみる? また配信テスト見るよ」
「……助かります」
「前、それくらいなら固定するスタンドとかある?」
スマフォで配信をするとき、地味に重要なアイテムらしい。
安く上げるか、きちんとした専用の物を買うか、この辺もネットの評判を調べながら程々の物を購入。
「さて、この後はどうしようか?」
時刻は丁度お昼時。
「……」
「……」
まあ、これも男から伺う所か。
「ご飯、食べて行く?」
「……」
「どうした?」
「昔、男性と二人きりで食事は絶対に行くなと言われていたのを思い出して、少しおかしくなりました」
「昼飯だろ?」
「お昼でもです」
そう言うもんか。
「少し歩きますが、イタリアンが食べられるカフェに行きませんか?」
「いいね」
提案してくれたので、快諾して電気屋を後にする。
ヘッドマウントディスプレイはもう少し待つべきかどうか、生放送の環境についての話や、最近出て来た新しいバーチャルアイドルの話題を交わしながら、のんびりと歩いて目的のカフェに到着。
お洒落なイタリアンカフェで照沢さんのお勧め通りに注文して、料理を楽しむ。
食後、昼下がり。遠くで学校のチャイムが鳴っている。
冬の日差しは柔らかく、街行く人も少ない。まったりとした一時。
珈琲の香りが漂っている。
「私のこと、なにも聞かないんですね」
「……んー?」
抹茶ピザは美味かったが、料理や珈琲の味は猛禽類カフェの方が美味いな。
なんて通を気取っていると、照沢さんがぽつりと言う。
「興味本位で色々聞かれるのも嫌じゃない?」
「……」
照沢さんは頷く。
「あ、でもお婆さんからアイドル目指してるのは聞いた」
「っ! そうなんですか……」
正直に言えば、肩を跳ねさせて身を竦めてしまった。
俺は失敗したかなと思いつつ、なに気なく続ける。
「話したいなら聞くよ?」
「……」
小さく……いえ。とだけ呟かれた。
気が変わって話し出せるだけの間を取ってから、俺は頷く。
「そっか」
軽く頷いて、なんてことのない会話の一幕として流す。
興味が無いと言えば嘘だが、興味本位で聞く事じゃないだろう。
「アイドルと言えば、今度出る彩橋46の新曲って一期生の人が作曲して――」
「……そうなんです、元々彩橋46は音楽活動を中心としたメンバーで構成されていて――」
露骨な話題変更に、照沢さんも合わせてくれた。
そうこうして、会話も楽しく盛り上がった所でそれぞれ帰宅。
自宅に帰って配信のテストにつき合う。
今日は画面では光の天使ルミエール姿なのに、照沢さんの口調ですこし変な感じだったが、もう以前のように心が惑うこともない。
まだ俺もリスナー役に入っていないと意識すれば簡単だった。
以前は自分もその世界観に入り込んでいることに無自覚だったから、中途半端に現実とバーチャルな世界が重なり戸惑っていた。
自覚してしまえば、TRPGのシナリオ準備中だとでも思えばいい。
TRPG知らないけど、こんな雰囲気だろう。たぶん。
「こうして、ゲームを起動する前に切り替えて、これで……これでいいですか?」
「あ」
「え……あ」
ゲーム画面小窓に映っていた光の天使ルミエールのアバターが、照沢瑠理香に切り替わる。
部屋も映し出されている。小窓でわかり辛いが、庶民的な和洋折衷な部屋だった。
結構綺麗に片づけられているが、微妙に生活感が感じられるのは、脱いだ上着と買い物袋がベッドの上に置いてあったからだろう。
配信アプリの画面を凝視しているのだろう、カメラから微妙にずれた方向に顔を向けている。
「っと、ととととととっ!」
変な悲鳴を上げながら慌ててカメラを切ったようで、画面端から部屋が消える。
「あっぶなかっったな……」
「……はい、配信テストして良かったです、助かりました」
肝を冷やしたのだろう、ヘッドフォンから震え声が聴こえる。
これを本放送でやらかしていたらと思うと、確かにぞっとする。
額に噴きでた冷や汗を拭っていると、光の天使ルミエールがまた画面端に表れ、上目遣いでこちらを睨んでいた。
「……忘れろ」
「ビーム」
「ふふっ」
上手く言葉を繋げると、安堵の息を吐いて笑ってくれた。
原因を調べれば、スマフォとパソコン側の配信アプリの競合が問題だったようだ。なるほど。
対策をして、事故が起こらないか、何度も入念なチェックをして万全を整える。
「いいようですね……ありがとうございました」
「ううん、助けになれて良かったよ。配信楽しみにしてる、がんばってね」
「はい。本当にありがとうございました」
光の天使ルミエールのアバターで頭を下げられて、少しどきりとしたのは、まあ普通に女の子の声でこんな可愛くお礼を言われればそうなるよねと言った範疇だ。
完全に別人として見れるようになっている。
そう。別人として、照沢さんを一人の女の子として見るようになっていた。
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そんなこともあったが、それ以降は特に交流もなく。
またしばし平穏な日常が続いて一週間程経った頃。
久しぶりに猛禽類カフェのランチを食べようと顔を出して見た。
俺を見て、照沢さんが自然な笑顔で会釈をしてくれたのが嬉しかった。
俺も微笑んで、挨拶程度の会話を交わし、以前食べてみたいと思ったトマトチーズサンドのセットを注文する。
「かしこまりました、少々お待ちください」
「うん」
最初の頃よりも幾分柔らかい気がするのは、気のせいではあるまい。
そのやり取りをどこからか見ていたようで、照沢さんが厨房へ行っている間を見計らっい、俺の向かいにどかっと腰を下ろす人がいた。
驚き顔を上げる。
いつぞやの老婆、照沢さんの御祖母だ。
「……」
「……?」
首を傾げる。
なにか用かと、問いかけようと口を開きかけた所、不躾に、だが鋭く老婆は言う。
「あんた、うちの孫に気があるのかい?」
俺は逡巡も挟まずに答える。
「そうはっきりと聞かれると、ないです」
光の天使ルミエールと完全に切り離して見れるようになった今、貴重なオタ話が出来る女友達と言った距離だろう。
それに。
「照沢さん……瑠理香さんは、アイドル志望なんでしょう?」
「ふん、本気でなれると思ってんのかい?」
「それは本人次第でしょう」
身内の評価と、他人の評価はまた違う。
身内はどうしたって厳しく見てしまう傾向があるのは仕方あるまい。
「あの子は偏屈な所があるからねぇ」
それはあんただろうとは、言わなくても察してくれたようだ、鼻で笑っている。
「ま、アタックするのを止めやしないよ。責任取るんなら、手籠めにするのも好きにすればいいさ」
アタックとは、またえらく古風な表現だと半笑いの所へ追い打ちで吹き出しそうになったのを堪える。
「なにを言ってるんですか……」
「ただし、アタシの目が黒いうちにあの子を裏切って泣かせるような真似をしたら、ぶっ殺すからね。手を出すなら、そのつもりで手出ししな」
浮気をしたり無責任なことをしたら制裁を下すと言う意味だろう。
なにを言ってるんだ。
「出しませんよ」
「ハッ、腰抜けかい?」
「常識があるだけです」
「その常識とやらを守って、誰かが褒めてくれるのかい? アンタは真面目が取り柄のつまらない人間かい?」
鼻で嗤いながら言っている。
「別に現実はつまらなくていいです。人に迷惑かけてでも、自分のやりたい放題したいとは思いませんので」
老婆はじっと俺の顔を見て、肩を竦めた。
「それをうちの孫に言ってやっとくれ、アタシが言っても聞きやしない」
「アイドルが誰かに迷惑をかけますか?」
不思議な溜め息交じりの失笑が聞こえた。
「そうさね、少なくとも――」
人影が席にかかった。
老婆は言いかけの言葉を止め、俺と揃って顔を上げる。
カフェの制服から私服に着替えて来た照沢さんが、仁王立ちで俺達のテーブルの前にいた。
「おばあちゃん、なにしてるの」
「仕事中だろう。あんたこそなにしてんだい?」
「どっか行って」
そのまま睨み合う。
お互い一歩も引かず、注目を集めるのを嫌った老婆が席を立つ。
「……バイト代は引いとくよ」
「いいわよ。いいから、早く向こう行って」
あ、砕けた口調が光の天使ルミエールだ。
なんだか随分久しぶりに意識した気がするな。
老婆を追い払い、溜め息。
じと目で俺を見る。
「……なにか、聞きました?」
「んーと……まあ、少々プライベートな話を?」
手を出していいと言われましたなんて、言えるか。
「……」
照沢さんはさっきまで座っていた老婆と入れ替わるように、俺の向かいに座る。
「確かに、最初は母の勧めでしたが、今は――」
「いや、そんなことまでは聞いてない」
思いっきり踏み込んだ話をし始めたので、慌てて遮る。
照沢さんは、言葉を止め、失敗したとばかりに顎を引く。
ばつが悪そうだ。
俺はなにか別の話題を振るべきかと頭を働かせるのだが、照沢さんが言いかけの言葉を続けた。
「今は、こうしなきゃいけない気がするんです……」
不思議な言い回し方だった。
俺は黙って続きを待つ。
照沢さんは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……もう、4年前ですか、私、彩橋46の四期生に内定していたんです」
「ほう」
黙って聞こうと構えたのだが、思わず驚きの声が漏れてしまった。
「でも、丁度その時期に、色々と重なりまして、話は流れてしまったんですけど」
昔、母の勧めでバレエを習っていたこと。
そこでスカウトされたのか、母が話を通したのか、とにかくジュニアアイドルの活動を始めたこと。
そして、彩橋46に入れそうな所で、所属していた事務所が唐突に解散したこと。
それをきっかけに、元々アイドル活動に反対していた父は、母と意見が大きく分かれ、二人の関係が悪化して行ったこと。
そして祖母の元へと預けられたこと。
「あと一歩のところで、道が突然なくなって……宙ぶらりんのまま、糸が切れたような感覚で中学生活を送りました」
自分の人生の展望と言う物がまったく見えないまま、白紙の進路志望用紙を前に身動きが取れなくなっていたこと。
「あとは、よくある逃避です」
高校には進学せず、引きこもっていた日々のこと。
流行りのバーチャルアイドルを始めて、楽しかったこと。
「……その時、今まで、なにも考えていなかったことに気づいたんです」
ただ言われるまま流されて進んで来たアイドルへの道が、唐突に、なんの覚悟も無いまま、誰かの都合で勝手に終わってしまったことで、進む道がわからなくなっていたことに気づいた。
なにもかもが中途半端で止まってしまっていることに気づいた。
だから、やり残していることをやりたい。
駄目でもいいから、きちんとやりきって区切りをつけたい。
だから。
「今は、自分の意思でアイドルを目指しています」
そんな話を、淡々としてくれた。
照沢さんの話しが終るまで、俺は真摯に向き合い続けた。
それなりに間を置いて、俺は聞く。
「どの口調が素なの?」
「?」
「いや、さっきお婆さんと話してた口調と、今の丁寧口調と、ルミエールの口調」
穏やかな雑談になるよう、なに気なく問いかける。
「目上の人と話すときは、丁寧な方が自然ですね。もうこれに慣れてしまっています。おばあちゃんとは……昔からああですし」
照沢さんは考え、言葉をまとめようとしていたが難しかったようだ。
「ルミさん……ルミエールの口調は……演技じゃないです……なりきりでもなくて……配信アプリのウィドウに配信で映る画面が表示されるじゃないですか」
うん。頷く。
「生放送を始める前、あれを見て、動きの確認をしながら……思い出すんです」
なにを?
「私が一番楽しかった頃、七歳か八歳頃ですね……その頃の、人生で一番楽しかったときのことを思い出しています」
この子の自身の生い立ちもあるのだろうが、俺も無条件でなにもかもを純粋に楽しめていたのは、それくらいまでだった気がする。
それこそ、無邪気にサンタクロースを信じていられた頃だ。
小学生の高学年にもなれば、もう色々と人間関係の面倒臭さや、世の中の理不尽さ、本音と建て前と人からの評価を覚え。
人に無限の可能性なんてなくて、優劣ははっきりとあり、選べるのは手の届く物だけ。
世の中いい人ばかりじゃない、そんなことも、漠然とわかっていたと思う。
子供の頃は身の程知らずに思い上がり、無限の可能性なんて物を信じていた。
「だから今の私ではとても考えられないくらい、純粋で楽しい気持ちになれるんです」
自分の中にある、綺麗な気持ちだけで、素直に喋ることが出来る、理想の存在。
「光の天使ルミエールは私じゃないとは、そう言うことだと思います」
照沢さんも同じような気持ちなのかも知れない。
こんな美しい物は、現実にはあり得ない。
だからこそ、あって欲しいと願う。
願いは形となって、そこにある。
まさしくオタクの願望が叶っていると言っても過言ではない。
俺は肩を竦める。
「お婆さんは心配してたけど……まあ、いいんじゃない?」
照沢さんは顔を上げて、軽く目を見開いた。
存在自体は別物だとしても、あの美しい存在を作り出し、それを素直に受け止めて形とし、世に出して万人に受けているのは間違いなく照沢さんの才覚だ。
「うん。いや、あんまり無責任なことは言いたくないけどさ、たぶん大丈夫だろ」
照沢さんの才能なら、大丈夫だろう。
割と確信を持って頷ける。
根拠は、数字に表れている。
「ぶっちゃけ……今の規模ならクラウドファンディングで収益出せるよね」
詰まる所、そこだ。
一つのコンテンツとして、売り上げが出せている。
オタクの願望が叶っている存在なのだ。
受け手にも、供給側にしても。
「そうかも知れませんが……今は、声優アイドルとしてでも、アイドルを目指せるなら、そっちを目指したいんです。オーディションに音声を送ったりもしています」
「なるほど、今はまだその時ではないと」
「はい。今年いっぱいまでに声優のオーディションに通らなかったら、本腰を入れてバーチャルアイドルの活動をして行きたいとも考えています」
しっかり考えてるじゃないか。
「それ、お婆さんには話してるの?」
「……一応しましたが、あれですから、聞いてくれません」
バーチャルアイドルに先はないと考えているようだしな。
だが、考えてもみれば、これ程メールや通信技術が発達した現代でも、郵便局が即潰れてしまった訳でもない。
完璧なAIが開発されるのはまだ先だろうし、完璧なAIのバーチャルアイドルが生まれても俺達が現役の時代くらいは持つんじゃなかろうか?
はっきりとしたことはわからないが、どんな業界でも同じ不安を抱えていることだろう。
「まあ説得するには、結果を出すしかないんだろうね」
頷く照沢さん。
「俺は照沢さんの活動、いいと思うよ。夢叶うといいよね」
「……」
「照沢さん?」
呼びかけるが、身体を震わせて硬直してしまったまま動かない。
「……すみません、失礼します」
真顔でそう言い残し、席を立って小走りで去って行った。
残される俺。
(去り際に……)
しばらくして、スマフォにメッセージが届いた。
――ありがとうございます、そう思ってくれて嬉しいです――
俺は頭を掻く。
なにげなく言った俺の言葉が嬉しくて、感極まってしまったのか。
不覚にも、可愛いと思ってしまった。
(ずっと、誰からも応援されてなかったんだろうな……)
不思議な感覚かも知れないが、ファンが応援しているのは光の天使ルミエールだ。
俺はほぼ勢いで、またなにかあったら頼ってくれていい、と言う旨を返信する。
時間がかかって帰って来たメッセージは、短く――はい――とだけ。
不覚にも、可愛いと思ってしまった。




