04話。鷲の目
帰宅中。
早番なので早上がりだったが、駄弁っていたせいで時刻は午後9時半頃。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、なんとなくもう閉店している猛禽類カフェの方を通って帰ろうとして、明かりがついていることに気づいた。
(そう言うもんなのかな?)
猛禽類カフェの営業時間は朝の9時から夜は8時までとなっていたはずだが。
鳥目と言うのは特定の鳥だけで、鳥類の多くは普通に夜でも目が利く。
猛禽類全般もそうだし、月明かりがあればハトだって夜に飛ぶこともある。
俺は自転車を止め、窓を覗き込んで見るが、ブラインドが降りているので良く見えない。
僅かな隙間から片目で覗けば。
「……」
店内の真ん中で、照沢さんが踊りの練習をしていた。
ジャージ姿で、身体の動きに合わせてイヤホンのコードが跳ねている。
(超歌唱力のバーチャルアイドルならいるけど……)
途中からぐっと綺麗になったあの子いいよね。
勿論俺も吉田先輩も三河くんも初期から目つけてたけどね。
(踊りって必要なのか?)
ダンスアクターなんて呼び方をするのか、3Dアバターを躍らせる人は、専用に別で居る物だと思っていたが、個人主導ではそうも行かないのか、踊りの練習をしている。
いつか光の天使ルミエールでダンスを披露するつもりなのだろうか?
隙間から覗いているのは見辛いし、そもそも見て良い物かどうかと問われれば、確実に駄目だろう。
あまり長々と覗き込んでいるのも不審者過ぎる。
顔を窓から離し、立ち去ろうとして。
「ストーカーかい?」
「っ!」
背後から、皺枯れた怨霊のような声をかけられた。
「おや、あんた?」
「いえ、いえ、あの、明かりがついていたから……え?」
飛び上がる心臓を宥めながら、なんとか怪しい者ではないと言い訳をしようと考えるのだが、怪しい者以外何者でもないよなと客観視して混乱しそうになっている所に、老婆は続ける。
「先日会ったの、覚えとらんかね。馬鹿になりなくなけりゃ、若いうちは脳味噌をなるべく使っとくべきだよ」
「あ」
先日、俺に絡んで来た老婆だった。
暖かそうな黒いコートに身を包んでいる。
「ああ……あの時の」
あの時は大きな荷物を抱えて困っていた所を俺から声をかけたのだが、相手をしているとどんどん絡みっぽくなって来て、全ての移動手段は自動運転ドローンにすればいいんだ、自動車産業とあのどう見てもコンドル効果のあれの開発費を全部そっちに回せば可能だろうに。だのなんだ、長々と俺にくだを巻いていたのを思い出す。
「まったく、車の開け閉めもリモコンで出来るのこの時代に、なんで店の扉の開け閉めを人の手でやらないといけないのかねぇ」
またなにかくだを巻き始めたが、とりあえず俺は愛想笑いを浮かべて不審者ではないことをアピールしておく。
「お金をかければ、そう言うシステムもあるんじゃないですか?」
「ふん、アタシも最初そうしようと思ってたんだけどね。管理の関係で最終確認は人にやらせるんだってよ。警備会社にはセンサーで開いてるかどうか、中の人間まで確認出来てるのにねぇ。人同士でやってる限り、責任取らせる相手が要るのさ。まったく、くだらないねぇ」
この猛禽類カフェの責任者なのだろうか。
うちの店舗も最後は店長かマネージャーかチーフの吉田先輩が最終確認して帰っている。
大して興味も無い話題だ。
俺は曖昧に頷いて、ちらりと店内の方を見る。
「鳥が眠れないから辞めろつってんだけどね。聞きやしない」
「誰か踊ってますね、大丈夫なんですか?」
「アタシの孫さ」
老婆はぶっきらぼうに呟く。
お孫さんなのか。ほうほう。
「ふん、いい歳してアイドルになりたいなんて言っとるまぬけだよ」
なるほど。
正統派のアイドルを志望しているから、踊りの練習もしているのか。
……接客業のアルバイトとアイドル志望で、あんなに綺麗な敬語が身についてたり、笑顔だけ可愛かったりするのか?
(……それも、なんだかしっくり来ないな)
なんて思いながら、老婆が表の閉鎖作業をしていると言うことは、彼女の住居はこのビルの中にあるのかと、考えるべきではないことを自然と考えてしまった自分のストーカー気質が怖い。
当たり障りのない雑談を続けよう、そうしよう。
「夢に向かって頑張ってるんじゃないですか?」
「底抜けのまぬけがフライパンの上で跳びはねてるようなもんさね」
「難しい言い回しですね」
理解の無い老人相手へ、とりあえず愛想笑いを浮かべていると、老婆は大きく溜め息を吐く。
「それが最近、また阿保なことを始めてね……知っとるかね? バーチャルアイドルってやつなんだけども」
ご年配の方には理解し辛い物があるのだろう。うんうん。頷く。
どう適当な相槌で流そうかと考えている所に。
「あれは将来、確実に人間不要になるよ」
老婆は鋭く言い放った。
「今はまだ人の声が必要な部分もあるんだろうけどね、先では携帯端末の前でAIとお話する若者量産することになるんだろうよ。いや、網膜投影で端末すら不要かも知れないね。とうとうここまで来ちまったかって感じだねぇ……ハッ、ボケ老人より怖い光景だと思わないかね? ボケ若者を量産するのさ」
俺は老婆がAI事情に詳しいことに驚きつつ、昔吉田先輩達と似たようなことを駄弁っていたときの会話を思い出しながら言葉にする。
「えーと、ほら、将棋みたいに進化して行くんじゃないですか?」
「ハッ、あの電脳将棋とやらがかい? あんな物、脳を殺してひたすら記号を暗記する馬鹿の作業に成り下がってしまとるじゃないかね。どこが進化かい。特化ではあるんだろうけどねぇ……いったいなんのための特化なんだか」
膨大な数のパターンを記憶して行くのは、それだけでも十分凄いと思うのだが。
老婆はそう思わないらしい。
「昔は定石から自分の脳味噌を使って道を見つけて行く、高度な思考ゲームだったもんなのに……ああ、賭け事にして弱者をカモにしてた時代があったのも知っとるよ。賭け事でも高度に頭使うのは間違いないよ。ついでに本格的な賭け事になった流れはチェスからなのも覚えときな」
昔はそんな上品な物じゃなかったと聞いたが。と思ったのが顔に出ていたようで、その当時を知っている老婆は早口で捲し立てた。
「ま、将棋業界には商業展開の上手いやつがついてるんだろうけどね。やってる当人達が一番虚しさを理解してるんじゃないかい。先ではバーチャルアイドルも一緒だろうよ」
完璧なAIが完成すれば、人間は不要になるのではないか説。
高度なAI開発で度々議論されている話だろう。
正直、俺には想像もつかない話なのでよくわからない。
「ぼけっとしてると、技術で世の中が変わるのはあっと言う間だよ」
時代の変化をその目で見て来たであろう老婆は鼻から息を吐き、スマフォを取り出してフリックス入力でメッセージを打ちながら俺を横目で見る。
手慣れている。
「……こんなもん無くても、人間なんざ家族大事にして畑を耕して、汗水垂らして生きてりゃそれで生きて行けるんだよ。そこに神への祈りとがあれば、十分満たされた人生をおくれるのさ」
宗教家?
「ハッ、これだから最近の若者は……まぁこれは儀式の意味も、正しさも、なんにも教えて来なかった老害連中にも原因があるかね。そんなだからサンタクロースをただ金や物をくれる爺だと勘違いした若者が増えるんだよ」
若者だけでなく、老人にも恨み節をぶつけている。
「手の届かない物を求めるのは、底抜けのまぬけって言うのさ。そう言う物は、祈るもんでね。どこまで手を伸ばしたって届かないもんが増えるばかりで、足元すくわれてから気づいても遅いんだよ」
宗教、思想、哲学そう言う話なのだろうか。
「えーと、それじゃ、社会の進歩なんてなくなるんじゃないですか?」
今、老婆が使っているスマートフォンもそうだろう。
この年代の方なら、黒電話の時代からの進化を知っているんじゃないだろうか?
「ハッ、だからこんなもん作っちまった所為で、余計に出来る人間と馬鹿との差が広がるようになったんじゃないかい。出来る人間は更に出来るようになって走り続ける。それに追いつこうと凡人は四六時中ひっきりなしに仕事が増えても報われない。更に馬鹿はもっと時代について行けずに苦労する。これのどこが社会の進歩かね?」
メッセージを送信し終えたのだろう、スマフォを乱暴に仕舞う。
話していてだんだん火がついていたのだろう、以前のように絡みっぽくなっている。
「こんなもんまで使って手の届かない物を求めるよりも、人間には大事にすべきもんがあるんだよ。手の内にある物を大切にしてから、他に手を出すんなら勝手にやればいいさね。でもね、手を伸ばして大切な物を守れないんじゃ本末転倒だよ」
「それもー……当人の価値観次第なのでは?」
言わんとしていることは、なんとなくわかるが、結局なんの話をしているのだろう。
曖昧に言葉を返す。
ストーカー容疑をかけられていなければ、さっさと逃げ出したいのだが。
あくまで無害な青年でしたと印象づけてから別れたい。
「ハッ、出たよ、なぁなぁ論かい。底抜けのまぬけにはなにを言っても無駄かね。先ずは地に足のついた生活が出来るようになりな。親の脛かじりながら大きな口叩くんじゃないよ」
なんで俺、怒られてるんだろう。
「一応、自立してますが……?」
「おや、そうなのかね。そいつは失礼したね。じゃあ、あんたは底抜けのまぬけを笑う側かい。ふん、同罪だよ」
「……言い方が酷いですよ」
話について行けず、半笑いで言う。
「まあね、アタシも若い頃は馬鹿の間を縫って稼いで来た口だからねぇ、馬鹿を見るのは嫌いじゃないけど、そうして馬鹿を笑って食い物にしてたら馬鹿が増え過ぎて笑えない事になってしまってるんだよ。そんなだからAIやら自動運転やら馬鹿のために面倒な物が増えて馬鹿が余計に調子乗るんじゃないかね。それが本当に進歩なのかい?」
メッセージの着信があったようで、老婆はもう一度スマフォを取り出して眉を顰めた。
そして舌打ちを一つ。スマフォを親指で叩き始める。
「えーと……すみません、なにが言いたいんです?」
「なんにも。底抜けのまぬけ連中にはなにを言っても無駄なのは思い知っとるからね。馬鹿はてきぱき死んでくれるのが一番なのに、逆に馬鹿に病名までつけて手厚く保護して食い物にしてる世の中さ。馬鹿を食い物にしてる賢いつもりの馬鹿が一番人を馬鹿にしているのさ。馬鹿馬鹿しいねぇ。そうやって馬鹿と底抜けのまぬけばっかりになるまで勝手にすればいいじゃないかい。それで全部AIがやってくれるようになって人間が不要になればめでたしめでたしなんだろう?」
卑屈にも聴こえる笑い声を上げている不気味な老婆。
スマフォを叩く指は止まらない。
(……よし)
今日の老婆は別に重い荷物を持っているわけでもない。
「持たざる者に持つ者の考えはわからなけりゃ、持つ者にも持たざる者の考えはわからないのさ、なにを持っても人間が生きる上で大事な物は変わらないってのに、それすら見失ってるんじゃ人間なんて滅ぶべきなのかねぇ」
老婆はまだなにかぶつぶつと言いながらスマフォを叩いている。
立ち話でもなければ、愚痴くらい聞いてもいいのだが、立ち話なので寒い。老婆もそうだろう。
そろそろ切り上げたい。
これくらい世間話をすれば、十分不審者イメージは払拭出来たはずだ。
俺は周囲を見渡してみるが、特に会話を打ち切る切っ掛けも見つからないので自分の意思でその旨を告げることにした。
一つ、長く息を吐く。
「そうですか。それじゃ、俺はこの辺で失礼しますね」
「待ちな」
満面の愛想笑いでその場を離れようとしたのだが、スマフォを叩く手を止め、鋭く呼び止められる。
「この前、なんのお礼もしてなかったからね。この券やるよ」
財布から割引券のような物を取り出して俺に向けた。
「……遠慮しておきます」
「若いもんが、遠慮なんてするんじゃないよ」
「では、遠慮なくお断りします」
「……」
「……」
視線を合わせて数秒。
老婆は口元を釣り上げる。
「料理は良い物出してるからね。それじゃあ、寒いんだから暖かくして寝るんだよ」
「え、あ、ちょ、えぇ……」
結局、聞く耳を持たない老人特有の強引さで、俺の手に券を握り込ませて老婆は去って行った。
老婆は俺に背中を向けて手を振り、ビルの裏手へと消えて行く。
「……」
貰った割引券を手に猛禽類カフェの方を見れば、明かりはまだまだ消える気配はなさそうだった。




