3話
目が覚めて、少年は自嘲気味に笑った。まさか母さんも息子のために越した先の村であんなに歓迎されないとは思わなかっただろう。僕にとっては物心ついた時から当たり前のことだったが、母さんはそうではなかったはずだ。
辺境の村は閉鎖的なものだというが、僕らが外部から来た人間だからという以上に病気の療養のためということが問題だったようだ。
普通の人間には高すぎるマナ濃度である指定危険領域の目と鼻の先にある村に、まさかこんな奇天烈な理由でくる輩は確かにいないだろう。
結果、僕は根も葉もない噂を立てられ、感染症患者のような扱いを受けた。菌がうつるとか噂を聞いた時には初等教育学校レベルの人間ばかりだと愕然とした。
それでも追い出されなかったのは、母さんの人柄もさることながら、あの医者が村まで同伴してまで村役人に説明してくれたことが大きいだろう。
あの手術を受けられたのも先生のおかげだったし、なんだかんだで世話好きだったんだな。
そんな風に思いをめぐらしていると、入口の方に影がさした。
逆光で何者かはっきりとはわからないが、でかい。大人ほどの大きさがある。そうわかった瞬間さっきまでの呑気な気分はどこかへ飛び、突然冷水を浴びせられたような思いになった。心臓が早鐘のように鼓動を打つ。身体中から汗が吹き出し、スッと脳が冷える感覚がした。
昨晩この横穴に何もいなかったのはただの偶然で、やはりここは何かの巣だったのだ。もういつ死んでも構わないつもりだったが、間近に迫った死の予感は想像とは全くの別物だった。
ソイツは触覚のようなものを振りながらこっちを見た。目が合ってしまった。頼む、見逃してくれという思いと裏腹にソイツは嬉しそうにギギィと鳴いて、向かって来た。
死ぬのか。嫌だ。必死に後ろに退がるが、すぐに壁に背がつく。腰が抜けたが、足に力が入らないが、目が離せない。
来るな。強く念じた瞬間、ソイツはビクッと震え戸惑ったように辺りを見回した。来るな。来るな。来るな。繰り返し祈るように念じると、やがてソイツはすごすごと穴の外へと這い出ていった。
姿が見えなくなった後もすぐには立てなかった。思い出したかのように呼吸をする。自分の荒い息が小さな穴の中で反響した。
そのまましばらくの間呆然としていたが、またアイツがここに来るかもしれないと思い至り、僕はここをすぐさま出ることに決めた。
入口からそっと外を見てみると、巨大なアリが群れをなして穴から這い出し、森の奥へと向かって行くのが見えた。
なるほど、ここはアリ塚だったのか。僕は納得すると同時に今までアイツらに遭遇しなかった幸運に感謝した。
もうどこにも居場所などない僕が最期を迎えるのなら、人間社会が受け入れない僕を受け入れてくれるこの森の中でと思っていたが、魔物に無惨に殺されて終わるのはごめんだった。
どうやらこれ以上深く森の中へ入れないようだし、来た道を引き返すことにしよう。