9話
闇の中を下へ下へと下って行った。三匹のアリにあらかじめつけておいた発光性のコケが不気味にあたりを照らす。これは味方の識別のためでもあったが、存外役に立つものだ。僕は自分でやったことながら感心した。
途中からあまりにも傾斜が急になり僕は途中で自力で下りることを諦め、アリの背に乗りながら進んでいた。硬い外骨格に体毛がびっしりと生えている上に鞍もないので乗り心地は最悪だが、仕方がない。僕は振り落とされないように必死にアリにしがみついていた。
それにしても今思うと初めて入った穴がどこにもつながってないものでよかった。もし別の穴の中を知らずに進んでいたら滑り落ちているところだった。改めて自分の強運に感謝する。
縦穴をしばらくの間下っていくと大きな横穴が見えてきた。これまでもいくつかの横穴を通り過ぎたが、アリたちがどれだけ他のアリをここから遠ざけていられるかわからないため素通りしてきた。しかし、今回はこの横穴に入ることにした。アリに掴まりっぱなしで体力が限界だった。少々休憩を挟まなければならない。
横穴を進むと大きな部屋につながっていた。これまでほぼ垂直に下ってきたからようやく自力で立てることに安堵の息をつく。
ーゴソリ
何か大きなものが動く気配を感じ、息が止まる。明らかに他のアリたちよりもでかい。
まさか、もう女王の部屋までついたのか?
期待と恐怖が入り混じる。しかし、まだ縦穴は続いていたはずだ。待てよ、巣の最奥部に女王がいるとは限らないのか?思考が錯綜する。
アリたちのコケの光にとてつもなく巨大な影をみせたこのアリはしかし、こちらに関心を示さずに横を通り抜け、縦穴の奥へと下って行った。
緊張が解け、全身の力が抜ける。予想外だった。あんなヤツがいるとは。だが、と僕は笑みを浮かべた。うまくいったようだ。
僕はあらかじめ自分の体にフェロモンをつけていた。それはアリたちが味方を識別するためのフェロモンだった。そのせいでこの暗闇の中でヤツは僕を敵とは認識できなかった。これは他のアリたちも同様だろう。これならこの先また遭遇することがあっても何の問題もない。まさか初めてその効果を実感する相手があんな化け物とは思いもしなかったが。
それにしてもヤツは一体なんだったのか。ここに卵がないこと、自力で動けた様子から女王アリとは考えにくい。仮に普通のアリと同じと考えるならばの話だが。
あの巨体はアイツだけ特別なのか、あるいはあんなヤツらがまだ下には蠢いているのか。正直あまり考えたくはない。
だがどれだけでかかろうが、強かろうが戦うことがなければ関係ない。今のところは思惑通りだ。