プロローグ
燃え盛る戦火。響き渡る怒号と悲鳴。戦場を埋め尽くす死体。硝煙の香りとと肉の焦げた匂いが混ざり合い、息ができないほどに空気は淀んでいた。
ある兵は泥の中に顔を突っ込んだまま背中から飛び出した脊椎を空に向け、またある兵は下半身を失い臓物を辺りに撒き散らして虚空を見つめていた。
その光景はまさに地獄だった。
この陰惨たる状況を作り出した戦いは、だが人同士のものではなかった。
ーーギィィ…
聞いた者の頭蓋の奥を震わせるような苦しげな鳴き声をあげ、緑色の粘液を振りまきながら、いくつもの傷を負った蟲はようやくその巨体を地に投げ出した。なおも無数の脚をばたつかせもがく蟲にとどめとばかりに兵士たちはパイルバンカーを打ち込む。なんとか逃れようと優に人の数倍はある体を捻り、最後の力を振り絞るも蟲はとうとう生き絶え動かなくなった。
魔物ーーそれは人類領域の外で異常な進化を遂げた化け物だった。
だが、この戦場で人々を蹂躙するのはこの蟲一匹だけではない。はるか遠くの蟲の森から未だ後続が途切れることなく続き、地平線まで蟲たちの黒い甲殻に覆われ、空は飛び回る羽蟲のせいで空が見えない。
蟲たちの羽音や鳴き声の合唱は不協和音を奏でていた。
「援軍はまだか!この緊急事態に何をやっとるというんだ!これ以上は持ちこたえられん!全軍に通達しろ!第二防衛戦まで退却命令を出せ!」
砦から指示を飛ばしていた指揮官は動揺を隠そうともせずに喚いた。脂汗がじっとりとにじむ。
「はっ、了解であります」
土気色の顔で今にも倒れそうだった連絡員はそれを聞いて少しほっとした顔になり去っていく。
「全く魔物の群と戦争をするはめになるだなんてまるであのおとぎ話だ……。退がったところでどうなるというんだ……。」
万を超える化け物どもが迫ってくるのだ。はっきり言って一個大隊の軍隊でなんとかなるものではない。
自分も早々に準備をしなければアイツらに食い散らかされる。嫌だ。さっさと逃げる準備をしなければ。すでに戦うことは頭の中になかった。
生き残りの兵士たちを集め、馬を急き立てる。何の未練のない戦場だったが、なんの気もなしに最後に蟲の群に目をやった。指定危険領域に隣接する砦だ。いかにやつらとてすぐには城壁を突破できんだろう。そんな思いで振り返ったのだが、すぐに驚愕に目を見開いた。
そこで彼が目にしたのは、燃え上がる炎の中で蟲たちに囲まれながら悠然と立つ少年の姿だったからだ。