[02]
藤宮梨乃の魔術特訓は下校時刻ぎりぎりまで続いた。印と精神の調和が安定する内は、ある程度適正能力をクリアしている梨乃であっても旧式の印を扱う必要がある。
新しい印は旧式と違い魔力の燃費と術の成功率が高いが、その代わり印から直接肉体にダメージを与える危険性が出てきてしまっている。創人のような昔から印を扱わずに魔術を扱える人間ならそれほど新しい印の扱いは難しくない。
練習が終わった後、校門の外まで歩いたが・・梨乃は殆ど失敗続きだったことで意気消沈しているようだ。
「別に、気に病むことじゃないだろう?」
「気に病みます。大体、印にも種類があるんだったらもっと使いやすいの無いんじゃない?何十回も試してその内半分以上も失敗するってありえないんだけど?」
「印は基本的に術者の精神状態によって大きくぶれやすいからね。それに、梨乃の今の神経だとちょっと難しいかな・・」
「そんなに私怒りやすく見えます?」
「いや、神経ってそういう意味じゃなくて。人間の中に通っている魔力を通す神経のことだよ。人によってはちょっと偏っていて、目にしか通って居なかったり、あるいは心臓に集中していたりばらばらなんだけれど。その神経は梨乃の場合、体全身に均等に分かれていてどうしても印を制御しずらいんだ。それは前にも一度話したよね」
「私はバランス型だから、本来なら体全身に印を施す霊媒手術をしないとより大きく効果を発揮できない。全く、初めて聞いた時はセクハラ紛いかと思ったわね」
「それはそうだけど、一応見ないことには霊媒手術はできないからね。女性の魔術師の知り合いだと、僕にはマヤしか居ないから」
「そのマヤさんから直接魔術を教わりたいんだけど・・多分無理よね」
マヤは僕の師匠だ。町の中にある本屋を営業しているが、現在本屋自体が珍しいため普通の本を売って営業を成り立たせているわけではない。
本屋、黒猫館はオカルト本を中心に集めており、更に占いを生業にしている。その本屋で僕はアルバイトをしているわけだが、ある事情で梨乃はその黒猫館に訪ねて来たことがある。
その時起きた色々なことは今は関係ないので省くとして、梨乃は僕の弟子となり魔術の練習に励むことにした。
問題は、その魔術自体が法的に禁止されていることもあって、梨乃が魔術を練習していることは絶対に秘密にしなければならない。
「魔法を使えなくたって生きていけるし、何だったら声優とかやってみたらどうだ?」
「貴方、私を馬鹿にしてるの?私は魔法少女になりたいんじゃないのよ」
「結構似合うとおもうけどなぁ」
「似合いません。もしそんな恰好しているところを見られたら見た奴を生贄にしてでも貴方を殺すわ」
「ふむ。つまり、君は魔法少女ではなく魔術師になりたいと」
「前からそう言ってるじゃない。私は魔術師として生まれ変わり、闇の力を手に入れるのよ」
「ん、まぁそれはともかく、君は一年前のことをそっくりそのまま忘れてるみたいだからいうけど。君が受けた呪いに関してはもう解決済みなんだ。頼むから変な気を起こさないように。」
「分かってるわ。趣味よ趣味」
「・・・」
本当に分かっているのだろうか。
もしそうだとしても、彼女が本当に魔術を法的手続き無しで扱わずに趣味として能力を隠し続けることができればいいのだが。
黒猫館。その本屋が何故そう呼ばれるのかというと、その本屋には黒猫が住んでいるからだ。7匹ほどいるらしく、それ全てが黒猫である。
その黒猫館を以前黒猫魔術宅急便とか呼称したら本で殴られた事があるので、そういう言い方はしない方がいいだろう。
その館を経営しているのは、咲夜マヤという人だ。外見は14歳の少女にしか見えず、長く黒い髪とゴスロリ服という姿をしているだけあって第一印象は人形のようだった。
ただ、問題はそのマヤという少女の年齢は分からない。彼女の家は菅野家の分家で、僕のような魔術師の育成係を代々任されてきたらしい。
「あの、設定年齢はいくつなんです?」
「突然何を言い出すのかしら。この失礼な男は」
「いや、深い意味は無くて、ほんとうにマヤさんって何歳なんです?」
アルバイトとして本屋の接客を任されているのだが、客がまず誰も来ないというありさまだ。時給が異常なほど低いのが欠点。普通だったらブラックバイトと判断されるだろうに。
「私は永遠の14歳よ」
「それ、言うの恥ずかしくないですか?」
「殺すわよ」
もじ、本当に殺されるのだったらあの猫たちが変身したりするんだろうか。
ていうか、いつも七匹同時に僕をにらんでくるので、精神的に疲弊しやすい。
何かしたのだろうか。
マヤは1000ページ超の分厚い文庫本を半分ほど読み終えているみたいだが、あれをずっと読んでいるあたり根気は人一倍なんだろうけれど。
「私に年齢なんて聞くほど無駄なことは無いわ。以前言ったわよね。私は貴方と契約して、力をある程度譲渡した代わり不死を失っているの。貴方に初めて会った時にはもう年齢なんて忘れているから」
高校一年の時、僕はこのマヤという人と魔術的な契約を交わし、彼女から特別な印を貰った。
どういう契約かはあまり教えたくない。
ただ、マヤという人は過去をあまり語らないため、本当に何時からこの本屋を経営しているのかが全く分からないのだ。
「あの梨乃という子も、そろそろ魔術は上達したの?」
「あまり。そう簡単にうまく行きませんね。マヤさんが代わりに印を移植してくれればいいんですけど」
「私はもう魔術がほとんど使えないから。出来たとしても知識を分け与えるぐらいね。何?男のくせに女の体は見たくないの?」
「あの、まさか脱がせっていうんですか?」
「別に言いんじゃない?やましいことをしているわけじゃないんだから。別に水着でもいいのよ?」
「あぁ。その手もあったか」
「でも、全裸でやりたいという男の子の欲求も分からなくはないわ」
「別にやりたいとは言ってません!」
「そう?梨乃は別にいいって言ってたわよ」
「えぇ!?」
「本当かどうかは直接本人に聞いてみなさい」
「え?あ、いや嘘だな?マヤさんは梨乃が僕を殴るイベントを期待しているんですよね?」
「うるさいわね。彼女をヒロインだと思う気持ちがあるのならそれぐらい我慢しなさい」
「何の話だよ・・?」
意味の分からないマヤの言動は今始まったことではない。
とにかく、僕はいつまでも来ない客をずっと待ったままだ。
結局誰も来なかった。夜9時半になってアルバイト終了の時間になったため、僕は店員用のエプロンを脱いで帰宅の準備に入る。
「もし、梨乃が魔術師として覚醒できるほどのポテンシャルを秘めていたら、どういった魔術が一番適任なんです?」
「さぁ。なにせ、体全身に均一に神経が張り巡らされているから。肉体強化はある意味いけるかもしれないけど。でも彼女にはそもそも助ける義理はあっても魔術を教える義理は無いのよね」
それもそうだ。
法的に禁止されているのはその魔術が危険だからであり、魔術が魔術師を滅ぼすことはよくあることだ。
体全身に張り巡らされた魔術の神経。それが一度に暴走してしまった時、彼女の肉体をどう助けられるのだろうか。
「そんな自体を起こさないための法的な拘束。そして社会的な抑圧があるのだけれど。彼女は一年前の事件のせいで魔術に対して好感を抱き過ぎている。正直面倒ね。創人、今いい案を思いついたけれど、明日実践してくれないかしら」
「なんです?」
「デートして梨乃の好感度を100まで上げ、一途にクリアしてしまいなさい。そうすれば魔術なんて興味無くなるだろうから」
「そういう一昔前の恋愛脳は興味ありませんよ。それじゃぁ、お先に失礼します」
マヤの低次元な要求を無視して、僕は家へ帰る事にした。
それほど家は遠くないため基本的に徒歩だ。ただ、今日は五月にしてはやけに涼しい気がした。
去年は温暖化とか言ってかなり暑かったのに、もしかしたらもっと別の何かがあったりするんだろうか。
僕は理系じゃないからそう難しいことはよく分からない。