[01]
その日の夜、白い蛇が空を舞うという妙な夢を見ていた。
蛇は長く、通常よりも太いため何処か神秘的な姿だった。
蛇が大きく宙を舞い、姿を消すと代わりに少女が現れる。
その姿を見た時、胸に何か強い熱さを感じた。
痛みもあったが、それが薄くなると何かが繋がったようか感触がする。
少女は消え、自身の夢もじきに終わる。
「契約は終了した。少年よ、良い戦果を期待する」
それは少女の声なのだろうか。
意味も分からず、僕はただその夢から目を覚ますほかなかった。
その奇妙な夢は一体なんだったのか、それも次の夜に分かる。
これは戦いの予兆であるのだと。
菅野家は元々陰陽師の家系で、かなり昔は偉い人の占い師を担当していたらしい。それ自体は昔のことで今は単純にただの一般市民の仲間であり、その陰陽師の力を使う事も無い。
使えるといえば使えるのだが・・その陰陽師の力、一般的に魔術と呼称される物を扱うことは法律で禁じられている。
現実の国の法律により、何十条も規定された禁則事項によって魔術は社会的に禁止されているため、僕はその術を使いたいと思っても使えるわけではない。
何故か、というとだ。その魔術を使うことで発生する魔力による空気への汚染により、その汚染から魔物ができあがる事がある。あるいは、汚染から超常現象が発生したりするためただ魔術を使うだけでも自分が想定していない被害が出てしまう事が多い。
物が変形したり、あるいは宙に舞ったり、突然何か爆発したりあるいは化物になる・・等々。
古来から魔術が研究されてきたが、今ではその魔術を専門としてきた家系であっても禁じられている。なので、日常生活ではまず魔術を見かけることはありえず、基本的に映像の中の存在として扱われ続ける。
街の中で突然銃を放てば無論テロリストとして排除されるのとほぼ一緒であると理解してくれればいい。
人に危害が及ぶ恐れのあるのは魔術でも同じであり、特にその魔術の強い力を持つ家系は肩身が狭い。
何せ、力があっても使えないのだ。
菅野創人は基本的にはそれほど魔術には興味はないが、魔術の術式自体が体と一体型になっている人が居るため、常に銃を持ち歩いているような状態のまま生活している人も居る。
魔術師は・・元々そこまで社会的に抑圧される存在ではなかった。ある15年前の事件を引き金に、魔術師は一方的に弾圧されることとなる。
「はぁ・・なんだか窮屈」
学校の使われていない教室の中。創人は藤宮梨乃に付き添い、その中を掃除していた。
魔術練習のために掃除をしており、学校の許可を貰って更に専用の携帯から魔術使用の認可を役所から貰うという非常に面倒くさい手段を使っている。
この教室はそこら中にお札が張られており、魔術的な結界が形成されているためちょっとやそっとの魔術で物が変質したりすることはない。
梨乃はそれでもまだ納得がいかない感じではあるのだが。
「私が2歳のころは魔術が使えたんだよね・・こんな手間かけさせられる事も無かったんだよね」
「専用の施設ならあるけれど、あそこは未成年者立ち入り禁止だからね。」
「何で未成年禁止なのよ。魔術に関してはとくに日本は厳しいってどういうこと?あぁ面倒くさい」
魔術に関する法的制限は日本では非常に進んでおり、特別な許可が下りている家系でない限りはそう自由に扱うことはできない。
それほど危険な物なのだから、扱わない方が好ましいのだろうが。梨乃は我慢できない子のようだ。
「これで準備は整ったね。梨乃、印を起動して」
印、自分の体に一定の魔術的な印を施すものだ。その印が体に刻まれることで、数種類の魔術を術式無しで扱う事ができる。
印自体は魔力で構成されているため、普通の人には見えない。ただ、その魔力も起動された後には変色するため、人の目に映るようになってくるらしい。
僕も一応魔術師なので、魔法を使えない人たちがどのように魔術師を見ているのかはよく知らない。
「マギカセット、スタート開始」
ただ、梨乃の右腕に刻まれている印はかなり古いタイプのため、僕が持つ印に比べかなり起動スピードが遅い。派手な発光はするものの、それは起動するために魔力をかなり消耗してしまっているからだ。
梨乃の目の前には、僕がさっき用意した、意図的に破壊された机がある。
綺麗に真っ二つにされており、直すより新しい物を使った方がいいレベルの廃品だ。
「目標は机、ここにヒールサークルを形成する」
破壊された机の下に、魔術陣が形成される。そして、その光が強く白く輝いた。
それに応じて机が発酵しはじめ、その机が元の綺麗な状態に戻される奇跡を起こす。
その後は光も無くなり、梨乃の印も光が収まった。彼女の額にはだらだらと汗が流れており、あまりいい状態には見えない。
「印の性能に調整が必要だね。とくに魔力消費が激しいから、もう少し自分に合った機構に作り直した法がいい」
「でも、この印が一番早く起動できるんだし・・」
「梨乃の印はかなり旧式の物だから。新しい印は梨乃にはまだ早いからあれだけれど、それも結局使い物にはならない。」
「嫌です。じゃぁ私にどうしろっていうの?魔術師をやりたいから嫌々あんたの弟子になったんじゃない」
「んー。梨乃は基本的に魔術師っていうより剣士だからなー」
「今時剣を使ってる人なんて居ません。居たとしたら相当頭のおかしい人でしょ。ていうか、銃より早く動けないでしょ」
「強い魔術師によってはできるよ。見た事は無いけど、Sランクに該当する印を持つ人は肉体強化による魔術で音速に達したことがあるからね」
「それって15年前の戦争の時に出てきた、魔術師の戦いよね」
精霊戦争。15年前に起きた、魔術師同士による争いの一つだ。
13種の精霊にそれぞれ契約した魔術師が異世界から英雄を召喚し、競い戦わせる。
その戦争の発端としてその13種の精霊は元々一つの生命体だったらしい。それが何等かの原因で13個のバラバラの精霊に分解されてしまい、その精霊を保護したそれぞれの魔術的組織が争う結果となった。
「んー」
「何?微妙な顔をして」
「いや、正直言うのも何だけれど。僕が聞いた話だと魔術師の戦いというよりは異世界から来た人たちによる戦闘だから、僕らなんかとはそもそも世界が違うんだよね。だから、銃より早く動けたとしても、かれらにはそもそも銃が効くかどうかすら分からないんだ」
「精霊戦争で召喚された、13人の異世界の英雄たち。その全員が全力を出して戦ったせいで魔力が空気中に溜まり過ぎて、一時期竜種まで現れるようになったんだよね。そのせいで、魔術師たちは魔術を禁じられるという責め苦にあっているわけで。でもさ、とばっちりじゃない?普通に」
「まぁ、僕たちにはそもそも関係のない話だからね。13種の精霊自体、そんなことを聞かされてもよく分からないから。仕方ないのだけれど。」
「創人くんでも知らないんだ。」
「僕の家は没落した魔術の家系だからね。魔力はあったとしても、今では元々禁じられていることの個数が増えただけだし」
「創人くんは魔術使わないんだよね。あまり。何で使ってみようと思わないの?」
「君みたいに色々影響されて育つほど子供じゃないんでね」
「えぇー。私は大人ですー。ほら、ここだって2センチ大きくなったんだから!って何言わすかこの変態!!」
「・・・」
それは自爆なのでは?と抗議したかったが止めておいた。
今は魔術の練習に集中しておこう。