ジョロウとあいこ
ぎらりと獰猛な輝きを放ってジョロウの爪が紅く光った。
長い両手が伸び、あいこの肩を押さえつけると
ジョロウの真っ黒い瞳が険しくなる。
ああ、さようなら。さようならわたし。
あいこはそっと目をつぶってじっと待った
「ギャー!
アンタねェちょっとどんな味してんのよ!
苦くて不味くて喰えたもんじゃないわっ、んもう!」
頬に湿った感触が走った次の瞬間
野太い大声が直ぐ傍から聞こえて来た。
恐る恐る目を開けてみると
何か汚いものでも見るかのような表情で
ジョロウはあいこから距離をとり
口元を何度も拭うと、苛々と懐から口紅を取り出し
丁寧に塗り直し始めたのだ。
「なんなのよアンタ。よく見ればムシじゃないじゃない!
間違って食べてお腹壊したらどうすんのよ」
理不尽だし、その言い方はあんまりだ。
と あいこは思った。
よく見なくたって そんなこと明らかじゃないか
わたし と あなた や あなたたち じゃ
おんなじな訳がない。
「なによ。要が無いんだったら、さっさと解いてくれない?
さっきからベタベタして気持ち悪いんだけど。」
つっけんどんにそう言って
薄暗がりのなか相変わらず手足に纏わり付くこの
白い糸をはがそうと、あいこは闇雲に手足をばたつかせた。
「ちょっと!そんなふうに暴れたら家中めちゃくちゃよ!
ああ、やんなるっ」
大いに憤慨し、しぶしぶ糸を外すのを手伝いながら
ジョロウは奇妙なソイツを観察する。
目は黒。口も目も顔の前側についてる。
毛はほとんど無く、頭からまとまって生えていて
地肌は変な色をしている。
例えるなら、この家の近くの木になっている
大きな実より少し薄いくらい。
足と手が2本づつ。
匂いは庭梅のような甘酸っぱいにおいだ。
「ねえ、アンタ なんか人間に似てるね。
それにしちゃ随分とちっこいけど。」
「はあ、あんなのと一緒にされちゃ叶わないんだけど。」
実にかわいげの無い答えだ。とジョロウは思った
でも一体何者なのだろう。
ここら辺では見かけない姿だが
「じゃあなに。妖精?小人?あ、もしかして
コロボックルとか?」
あいこはジョロウの言葉ににこりと微笑んだ。
「さあねぇ。」
それよりさあ、
と煙に巻くようにしてあいこは自由になった右手で
今しがた太陽が沈んでいった方角を指し示した。
「あっちに白い綿毛、飛んで行かなかった?」