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悠久の魔法使い  作者: 冬樹 青海
2章 ギルド
9/65

3節 怠惰性籠城者

今回はバトルと呼べるバトルは無いです。2章よりも少々字数が多いです

 「ふぅ…疲れた」


 それは数時間前の戦いで手にした疲れ。普段あんなことをしないがゆえに疲れてしまう。


 「?体は癒してあげたじゃない。どうしてそんな疲れてるのよ。疲労さえも回復させた筈だけど…」


 確かに肉体的には疲れをほぼ感じていない。

これは精神的な疲れだ。ちなみに柊は回復すると即座に部屋から立ち去り、生徒会の仕事に戻った。熱心だなぁ…


 「そう言えば、なんで治癒以外使えなくなったんだ?」


 アイラが告白した衝撃の事実…いや、戦力が大幅ダウンしたから衝撃的なのだが


 「貴方の傷を治そうとしたら…貴方、なぜか体の至るところに欠落が見られたの。それを修復したりしていると…時間魔術で回復しきっていない魔力を超過して消費したから、その反動で…ね」


 欠落…?何のことだか解らないが、余計な…いや、わざわざそんな事までなぜしたのか。


 「そこまで俺を助ける意味なんて…」

 「言ったでしょ。貴方を殺してしまうのは惜しいって。それに…」

 「それに?」

 「いいえ、何でもないわ」


 アイラが何かを言いかけてそれを否定した。

…いや、気になるじゃないですか。と、ツッコミをいれそうになったが心の中で留めておく。

 ついでに、もしかして気があるんじゃという馬鹿げた発想も。


 「馬鹿ね私。コレと彼を同一視してしまうなんて…。チッ」


 小さく何か呟いた気がした。上手く聞き取れなかったが、舌打ちをしていた事はハッキリと解った。

 パソコンの画面にドクロが現れる。


 「…?アイラ、コレって…」

 「え…?」


 アイラと共に画面を凝視する。

暫くするとドクロが消え、文字が現れた。


 『匿名希望』

 『こちらの写真をご覧ください』


 書かれていた通りに一枚の写真を見る。


 「…!!これは…」


 ギルドのマークが書かれた大きな空挺…。完成はしていないようで、作業員と思わしき人が密集していた。


 『お察しの通り、ギルドの空挺です。汚染術式を組んだ爆弾を積むようです。場所は九頭孤島です。

 完成は明日ですが…今日の夜~明日の早朝辺りにそちらを出発していただければ間に合うかと思います。貴方たちの目標は知っています。ですので、助力になればと思い、こちらを送らせていただきました。以上です』


怪しさはMAXだが…


 「…他に有力な情報が無い以上、コレにすがるしか無いわね」


その通りだ。

九頭孤島と言えばその名の通り、上空から見ると島が九つに枝分かれしている事が特徴的な孤島で人は住んでいない。

ここから一番近い孤島だが、海を渡らないと行けない。

船が必要となるだろう。だが、船なんてどうやって用意すれば…


 「…あの船着き場にモーターボートあったわよね」

 「え?あ、あぁ。あったけど…まさか」


 アイラは悪い顔でバレなきゃ大丈夫と囁く。バレたら色々ヤバイだろこれ。

 でも、まあ、こういうの…嫌いじゃない。秘密基地で遊んでいるような幼き興奮を感じる。


 「ごめんなさい。連日で戦いになるだろうから、それについて先に謝っておくわ。でも、私が貴方の体の傷を治すことを今ここで誓う。死なせはしないわ。安心して?」


 アイラは多少申し訳なさそうに俯きながら言う。

あぁ、確かにアイラがいれば“肉体”は大丈夫。

疲労も回復する。が、精神が滅入るな…全く。


 「今日はもう寝なさい。明日早いんだから…ね?」


 アイラが俺を見上げながらベッドを指差す。


 「解った…けど、アイラは?」

 「私はもう少し相手の情報を探ることにするわ。あ、言い忘れてたけど、相手が使う攻撃が“魔法であるなら”私は魔術看破を使えるわ。あの空に浮いた目だって見破ったでしょ?」


 目に関する(魔眼ではない)特殊能力を聞いたことがある。

魔術師として産まれた数千万人に一人は魔術看破の目を持つという。

 魔力源―リソースや属性、構造、構築式などを一目見て解析できる先天的能力。一般的に「魔術看破」や「魔術師殺しの瞳」と称される。

そんな能力を得るのは数千万人に一人かつ魔術師であるという条件の確率だから非常に希だ。

 だが、先天的ではなく、効力、効果、解析力の正確性がある程度損なわれるが後天的に覚醒させることも可能だ。

恐らくアイラの看破は彼女の言ったことから察するに後天的に覚醒させたモノ。

 本来、先天的に持つこの能力は後天的に覚醒させたように“ある程度”、ではなく“確実に”看破するものだからだ。

 後天的に覚醒させる条件はぶっちゃけると熟練。

多くの魔法を駆使し、知識として知り、魔力の量が多いのと魔法の扱いも凄腕でないとまず無理だ。

だが、1000年近く生きているアイラは魔法経験も魔力も豊富なのだろう。


 「でも、チャールズのアレは魔法でなく異能。魔術看破は魔法にしか効力を持たないから…もしかしたら役に立たないかもね」


 そんなことは無いと思う。アイラの観察眼は素晴らしいものだった。

チャールズの異能、強欲(グリード)を見事解析した。

奴がある程度言ったとは言え、反射についての解析は完璧だった。

 だが、ギルドの強豪メンバーが異能使いだった場合は確かに辛いものがある。魔法でないものは魔術師にとって最大の恐怖になる。知らない術だからだ。


 「まぁ、そんときはそんときだ。それに、魔法じゃなくとも観察して解析してるから、俺はアイラが役に立たない事は無いと思うよ」

 「そ。なら良いのだけれど…。お休みなさい」


 俺はフカフカのベットに横たわる。一瞬で眠気に負けて瞼が開かなくなる。

いや、開くと思う。開かなくなるではなく開けたくないと訂正しよう。

 明日からまた戦いなんて…せめて交渉でも…いや、無理か?無理だな。

 

 * * *



 「……、…き……い…」


 なにかに揺すられる感覚がする。まるで揺りかごの中の赤ん坊になった気分だ。


 「…ぇ…てば!」


 誰かの声が聞こえる。これは…知っている。

いや、知っていた?どこか懐かしくて…心が温もりで満たされる


 「あぁもう!起きなさい!」

 「いたっ!」


 パチンと頬を叩かれる。多少ヒリヒリするがおかげで目が覚めた。


 「…もう朝?」

 「えぇ。お目覚めはいかが?随分と幸せそうな顔をしていたけど、良い夢でも見たのかしら?非情な現実にようこそ。」


 良い夢…?確かに、なんだか幸せな夢を見ていた気がする。


 「ぇ!?ちょ、貴方…どうして泣いているの」

 「…え?」


 本当に泣いていた。頬に目から雫が伝っていた。

どうしてか解らない。ただ、とても悲しい事だけは解る。いや、悲しいだけではなく…嬉しい?


 「目覚めたばかりで悪いけど、行くわよ。」


 そうだった。今は涙の理由なんてどうでも良い。

目が覚めてアイラと会話し始めた頃に涙が出たんだ。ゴミが入ったと考えるのが妥当だろう。

寝ているときから泣いていた訳ではない


 「てか、今何時?」


 涙を拭って訊く。


 「午前3:30だけど…どうして?」

 「…いや、早くね」

 「だって…陽が出る頃になってると人がいる可能性が高まるでしょ?それに、今は一般校は夏期休暇中なんだし見付かる危険性高いでしょ」


 確かにその通りおっしゃる通り。まだ辺りは暗い。窓から外の景色を見ると朝焼けすら無い。

夜明け前だから…暗いな。恐らく一日の中で最も。

太陽も月も無いから。いや、一応月はあるが沈みかけてるし。


 「ほら、行くわよ。目覚めが悪いなら顔洗いなさい。すぐにね」

 「いや、良いよ。ビンタのおかげで痛いけど脳もしっかり覚醒してるから」


 さあ、向かうは九頭孤島だ。俺達は少し足早に部屋を出た

 

 * * *

 

 モーターボートで約2時間半。そこそこ近い孤島とはいえ、やはり遠い。

夏場と言うのは日の出が早いものだ。6時であろう今で既にだいぶ明るい


 「ここからは手探りで探さなければ行けないのか…はぁ。」


 ついつい溜め息を吐いてしまった。既に疲れているのだ。


 「仕方無いでしょ…。でも、そこそこ大きい施設だろうし、あの画像から海岸沿いにあることは確かだし、なにより警備員ぐらいはいてもおかしくないから、そこまで苦じゃ無いかもよ?」


 なぜか乗り気で楽しそうなアイラが言う。なぜ乗り気なのかと言うと…


 「ねぇねぇ!この辺って向こうに比べて動物多いんでしょ!?野良猫とかいないかしら…」


 この通り、動物をあの街に住んでからあまり見たことないそうだ。

確かにあこは都会化が進んでほとんど自然に動物がいないから動物は珍しいと言えば珍しい。だが…


 「長生きしてるのに動物あんまり見てないのか?」


 訊くとアイラは少し悲しそうな顔をする。


 「監禁、拷問、極刑…他にも忌み嫌われて色々されたって前に一度言った…よね。だから日の光を浴びる事がほとんど無かったの。それに私…実は16歳になるまでの記憶がほとんど無いのよ」


 初耳だ。記憶が無いというのは。


 「私はエンディミオンって名前と彼の名前、彼との思い出以外何も無かったの。実のところ彼が死んじゃったのが私が16になった時辺りで…顔も声もあまり覚えていない。でも、あの時の幸福、彼との思い出はハッキリと覚えているわ」


 愛は忘れていないと…家族は?


 「グロリア一家に拾われてアイラ・グロリアになったの。それまでは名前なんてエンディミオンしか無かった。」


 だからこそ世界を強く恨んだと。その彼とやらを奪った世界を。

自分に残されていた不老不死が解る前の、普通の人だった時の一握りの記憶…それにおいて最も大切な存在だった男性を奪った世界を恨んだのか。だが、なぜ記憶を失ったのだろう?


 「どうして記憶を失ったんだ?」

 「…馬鹿なの?解っていたら苦労しないでしょ」


 それもそうだ。


 「あー…はい!私の過去の話はお仕舞い!興が削がれたわ、探しましょ」


 アイラが前を歩いていく。その背中はどこか寂しそうだった。


 「…アイラ。暇ができたらまたここに来る?」


 アイラは振り向いて嬉しそうな顔をしたが、すぐにいつもの顔になる。


 「本当!?…って言いたいけど賞金首だからね私。そんな日が来れば良いのだけれどね」


 アイラは前を向き直して歩き出す。一瞬笑った気がしたが…解らない。前を向いて歩いているからどんな顔をしているのか。


 * * *



 「…ねぇ。あれとか言わないわよね」


 暫く歩いてアイラが立ち止まった所で前を見る。

確かに何か周りの自然に溶けていない大きな建物…倉庫?がある。


 「いや、あれじゃね」


 それ以外に何があるんだろう。この島には人が住んでいない。完全な自然体の島だ。


 「…え、何?こんなにあっさり見付かるところに建ててるの?」


 言っていることはごもっともだ。

だが、人がいないからこそ人が寄り付かない。だからこそここに建てているんだろう。じゃなければただの馬鹿だ。


 「…行くか」

 「…うん」


 警備員らしき者も数人見える。奴らの目に留まらぬように上手くステルスして近付こう。なるべく力は温存しておきたい

 

 * * *



 「待て貴様ら!」

 「うぉぉぉぉぉぉ!」

 「め、めんどくさいわね!」


 説明しよう。俺とアイラはいま、走って逃げてます。いや、ステルスとか無理でした


 「あぁ、もう!魔法撃ちなさい!」

 「いや、温存するべきだろ!俺はお前みたいに魔力が滅茶苦茶多いわけじゃないんだよ!?」


 取り敢えず無駄な戦いは省きたい。

今回の敵がどれだけ強いかは未知数だ。雑兵に構って力を使うわけにはいかない。常に万全な状態で挑むべきだ。

…いや、走って疲弊している時点で万全では無いのだが


 「あっ!!横に避けて!」

 「えっ?」


 アイラが叫ぶ。目の前…地面を見ると何か紫の魔法円のようなモノが見える。

咄嗟に横に転がって避けると追っていた一人が引っ掛かる


 「ぐ、が、がぁぁぁぁぁ!!」


 紫の雷のようなモノで追っ手は身体中を蝕まれる。これは…


 「呪術。珍しいもの使うわね…敵も」


 そう。外傷もなく身体中を激痛で蝕むなんてものは魔法には存在しない。

 だが、魔法に一番近しい術と言えば呪術。

同じく魔法円を扱う為、効果を見ないと判別ができない。


 「気を付けた方が良いかもしれないわ。仕掛けられている可能性が高いもの。」


 確かに罠だとしたら影からの侵入を防ぐために他にも仕掛けられている可能性がある。だがこれで証明されたも同然だ。


 「やっぱりここ、正しい情報なんじゃないか?普通、嘘なら警備員なんてそんなに居ないだろ。それに、罠まで仕掛ける必要も無い。だろ?」

 「…うーん。確かにそうね」


 アイラは顎に指を当て、少し悩んだ顔をする。

 アイラはこの頃表情豊かだ。

前からそうだったのかも知れないが、少なくとも俺は今日だけで今まで見たことない程に表情が豊かだった。何か気持ちに変化があったのだろうか


 「ま、行きましょうか。そうしたら全て解るでしょ?」

 「そうだな」


 もう一度慎重に内部へ向かう

 

 * * *

 

 窓の外を見る。快晴だ。


 「東雲~。ここ解け」

 「はい先生」


 ホワイトボードに歩み寄って答案を書く。海斗たちは今頃何してるかな。普通に授業をしていると良いんだけど…

 

 * * *



 「もう疲れたんだけど」

 「だらしないわね………私もよ」


 周囲に常に気を配りながら潜入するというのはとても難しい。

物音一つ立てずというのが目的だった。それをできる限り守ったお陰か、幸い外の警備にはあれ以降見付からなかった。

 あの呪術による悲鳴を聞きつけ、多くの警備員がそちらに行ってくれた事が救いだった。

 外に比べ中は意外と手薄なようだ。巡回している警備員を施設内の横道に引っ張り込み首を腕で絞めて気絶させるだけで存外簡単に進めた。


 「ここにいて休んでいても見付かるのがオチだろうし、近くの部屋で休憩するか」

 「えぇ。でも、先に中は確認しなさいよ?」


 少し前へ歩いた所に扉がある。

左にある柵の先に見える空挺はとても大きかった。お陰で施設内はとても広い。


 「この部屋で良いよな」

 「確かめて」


 音を立てぬよう細心の注意を払って中を覗く。

…いた。一人だけ椅子に座ってモニターを凝視するとても長い黒髪の恐らく女性が。


 「どうする?」

 「気付いていないなら彼らと同じ目に遭わせてしまいなさい」


 彼らとは横道奥で伸びている警備員のこと。

女性と思わしき外見から、少し気が引けるが…許せ


 「はぁー。めんどくさ。君たち来ちゃったのー?」


 俺はすぐさま離れて構えた。気付いているようだ


 「ボクはね?もっとゲームしときたかったんだけどにゃー」


 なんだこいつ。

とても濃いクマと日に当たってないことが解るとても明るい色白の肌、紫の瞳が特徴的な女性だった。


 「あー。無駄無駄。この空間じゃボクには勝てないよー。」


 そんなことが信じられるか。

第一、少し力込めて殴れば折れそうな位…それは言い過ぎだが、取り敢えずスゴく細い四肢で気だるそうに、めんどくせーとオーラを放つ体で、どうやって俺に勝つというのか。

これじゃ、俺とチャールズ以上の差がある。


 「うわー。とても怠惰してるわね。私、あんな風にはなりたくないわ」

 「ボクを舐めるなよ?これでも異能者なんだよ。それも傑作と言われるギルドtop7の一人なんだし」

 「なんだと」


 リモコンを弄りながら女性は言う。その一言だけで普通なら警戒するはずだが…


 「アンタみたいなちっちゃいのが?」

 「んだとー」


 女性は機械を操作して殴りかかる。

バキバキと隣の床が不穏な音をたてる。うん、彼女は強くないけど、まともにくらえば物理だし死にそう


 「これでもボクは32だ!」


 信じられない!

下手をすればアイラよりも低いかもしれない小柄の女性が自分より約2倍の人生生きてるなんて


 「んー。悪く思うなよ。code:L12」


 軽く唱えてみる。唱えている最中、目の前の女性がニヤニヤと笑みを浮かべていた。意味は解らなかった


 「…………は?」


 その笑みの理由が明らかとなった。

魔法が使えない。いや、使えてはいるけど、発動していない。


 「どったし」


 女性はどこか憎らしい笑みで挑発するように問う。


 「code:D05!……code:B07!……嘘だろ」


 魔力は満タンだった。だが発動しない。これは異能とやらの力か


 「あら、今回のは解りやすいわね」


 室外にいたアイラが言って室内に入る


 「無力化、(ある)いは無効化。恐らくはそういう類いのものね。だってほら。私、この部屋に入ったら…」


 アイラが前も使った治癒魔法を俺にかけようとする。が、発動していない。


 「でも、この部屋をでると…!」


 アイラが石を投げる。いや、この戦法は見たことがある。ルーンだ。ルーンが刻まれている

石が女性の前で光ると爆発が起こる。


 「ふぅ。海斗、貴方と戦う前に作って余ってたのを捨てずに持ってきて良かった」


 つまり、攻撃手段はそのルーンが刻まれた石などぐらいか。

少し安心したが、切れるとまずいってことでもあるため、やはり不安が勝ってしまった。

不安とは俺が負けたときにアイラがどうやって逃げるかの不安だ。流石にまた牢獄生活は嫌だろう


 「ちょっとー!ボクのリモコン壊れたじゃん!」

 「有効範囲、あるのね?つまり、その範囲内で何か力を行使すれば無効化され、範囲外からであれば、通ると。」

 「うげ、なにこの子ども…」


 そう言いたくなるのも解る。

アイラの観察眼は驚くほどに良い。そして知識量と頭の回転も良い。


 「…そーですよボクの能力は“怠惰(スロウス)”。説明はその子が言った通り。弱点もね。」


 よし、敵の一人は楽だな。あっさりと倒せる


 「でもボク、呪術も使えるんだよね」


 前言撤回。解呪使えないからめんどくさい。アイラも解呪は使えないみたいだし


 「それは無いわね。貴女が呪術を使えるとしても、さっきは使ってない。さっき海斗を攻撃したのは呪術じゃなく機械と言う物理。その能力、範囲内全ての物理以外の能力を等しく無効化するのじゃない?」

 「この子怖っ!なんでそこまで!?」


 いや、冷静に考えれば理解できなくも無い考えだ。

反応から察するにアイラの推理は正しいのだろう。

ならば余裕だ。機械を操作していたリモコンは潰されたし、相手から距離はある。

 それに、その怠惰という能力を使ってる間は敵も呪術を使えない。能力を止めれば使えるだろうが、それはこちらも同じ


 「動きたくないわー。なのに動かないといけないなんて嫌だわー」


 その言葉は余裕からかただの怠惰か解らない。

焦りが無いことから余裕とも捉えれるが、女性の性格上、ただの怠惰とも捉えれる。


 「真名を黒須 奏と言います。32歳独身です。許してください」


 いきなり真面目なトーンで謝られ、土下座される。名前を明かしている事から本当に降参しているようだ。


 「アイラ、これって…」


 アイラは苦笑いをし、頬をひくつかせる


 「え、えぇ。釈然としないけど私たちの勝ち…なのかしら?」


 女性…黒須 奏は黙ったまま頭を下げている。

 カチャッとふと不穏な音が聴こえた。


 「…ッ!!まさか!アイラ!」


 俺は庇うようにアイラの前へ走り寄るが…間に合わなかった。

バンッと乾いた音が虚しく響く


 「ぐっ!」

 「ゲフッ!」


 放たれた弾丸は俺の脇腹を抉りつつアイラの心臓へと無慈悲に向かい、直撃する。

アイラは直撃した反動で仰け反り、仰向きに倒れた。


 「なっ…!」

 「ヒ、ハハ…やった…やったんだ…ハ、ハハハ!私が賞金首を殺ったんだ!これで、これで楽ができる!」


 黒須は恐怖からか喜びからか、あるいはその両方からなのか涙流しながら、手を震わせてそう叫ぶ。


 「…おい。何してんだよ!何が楽できるだ!ふざけんな!っ、痛ェ…」


 黒須へ叫ぶ。

脇腹からドクドクと鮮血が流れる。痛みから患部を手で押さえ、膝をついてしまう


 「フフ…怒らないでよ。だって世の中楽した者勝ちじゃん?アンタらみたいに馬鹿みたいに真面目にやっても損するだけじゃん?だったらさぁ!」


 その通りだが…

 思考を巡らせているとアイラがユラリと立ち上がる


 「ゲボッ…少し前は心臓刺されて死んで、次は撃ち抜かれて、死ぬ…なんて、ね。…苦しいのよ?これでも」


 黒須の勝利への確信で歪んだ笑みを浮かべていた顔が恐怖でひきつる


 「な!ななな、な、な…なんで!…なんでなんでなんで!ボ、ボクアンタを…アンタを確かに殺した筈なのに!どうして!」

 「あら?賞金首って知ってるのに知らないの?私はね、不老不死なの。」


 黒須が嘆く。当然とも言える反応だが、勝利を確信した希望から一瞬にして無慈悲な絶望へと変わった時の絶望はとても濃い。


 「ば、化け物、め!」

 「…ッ!」


 アイラが顔を強ばらせ目に涙を浮かべた気がした。その瞬間、俺の体と脳は衝動に支配されていた。


 「…テメェ!」


 気が付くと黒須の胸ぐらを掴み上げていた。

理由は、自分の味方であり敵でもあるアイラを、望んだわけでも無い幸福と言う名の不幸を得てしまった少女を、侮蔑するように放った言葉に、少女の悲壮な顔を見て怒り心頭といったところだろう。

 アイラは完全な悪ではなかった。

彼女は一人ぼっちだった。唯一の希望を奪った世界を憎んだ。そんな少女を完全な悪と言えるのだろうか。

過去の事は聞いた範囲でしか知らない。だが、少なくとも楽しい事よりも悲しみや苦しみの方が多かった事は確かだ。

 憐れな敵に対する同情と言われればそれまでだが、それでも俺はアイラを傷付ける言葉を許せなかった。


 「…いいの。いいのよ。その通りなんだから…。そう。私のような化物が人並みに生きようだなんて…それこそおかしな話だもの」


 アイラが顔に影を落としながら悲しげに呟く。俺は黒須を突き放す。


 「でも、天宮 海斗という人間に出会ってやはり普通の人のように生きようと思った。」


 アイラが前へ歩き出す。


 「く、来るな!化け物!」


 黒須が銃を乱射する。

腹、肩とバラバラな位置に命中し、その度にやや後ろへ仰け反るが、それでもアイラは進む


 「ッ…楽しいと思った。面白いと思った。昔に置いてきてしまった感情と表情と言うものを思い出した」


 アイラは少し苦しそうに顔をひきつらせてなお進む


 「やめろ!く、来るなー!」

 「うぐっ…!」


 アイラの顔へと弾丸が命中する。

アイラは後ろへ仰け反り、後頭部から地面へと倒れる。


 「はぁ…はぁ…はぁ…」


 息を荒げている黒須の目の前でアイラは体を起こす


 「ヒッ…」

 「ど、う?…一般人のように、笑えてる?」


 アイラの顔は少し笑らっていた。苦しさ故に口が震えていたが、それでもなお笑みを作っていた。

 垂れ下がった髪で目が隠れている。血に染まった目が。


 「ぁ、あぁ…ぁ…………」


 黒須が気絶する。


 「アイラ…」

 「良いのよ。本当のことだから。それに、もう気にしてないわ」


 無理に笑顔を作っているが、笑えてなかった。咄嗟に()らしたアイラの顔は少し涙ぐんでいた気がした。


 「それより。…貴方は大丈夫なの?脇腹、真っ赤よ?」


 言われた患部からは未だに血を流していた。


 「えっと…大丈夫じゃ…無いです」

 「じゃあ部屋を出ましょう?気絶していても能力が切れているとは限らないからね」


 アイラはやはりどこか苦しそうだった。

いや、“辛そうだった”と言う方が正しいかもしれない。

 複数の箇所の痛みによる肉体的苦しみか…化け物と(さいな)まれた事による精神的苦しみか、(ある)いはその両方か。


 「vie、confort、traitement、光の精霊、慈愛深き慈しみの光をこの者に」


それでもアイラは嫌な顔をせずに傷を治そうとしてくれる


 「本当に大丈夫か?アイラ」

 「だから大丈夫だってば。貴方の方が重傷よ?」


 脇腹の傷がみるみる癒えていく。出血は止まり、傷口が少しずつ狭まっていく。


 「俺が訊いているのは怪我の話じゃない。心だよ」

 「…大丈夫よ。自分の心配しなさいな。あまり今の私を揺さぶると危ないわよ?治癒が上手くいかないから」


 言われて俺は何も訊かなかった。我慢している。無理をして強がっている。そんなこと、顔を見れば解る。

 昔のように豊かな感情と表情を使って、昔みたいに一般人のように再びなろうとしたのは良いことだが、そのせいで隠しきれていない。

 ポンポンとアイラの頭を撫でる


 「無理しなくても…いだぁっ!」

 「貴方…私を辱しめたら殺すわよ?」


 傷口を軽くつつかれる。

アイラはいつもの調子を取り戻してくれていたようだった。少々…というか、普通に過激だが。


 「…よかった」


 俺は小さく呟いた


 「?何か言ったかしら?」


 ううん。何も、と笑顔で言う。

アイラは変なの。とだけ言って治癒魔法を再開する

 

 * * *

 

 施設内をしばらく調べてみた。が、特に怪しいことは無かった。ので、拘束した黒須を起こして訊いてみた。


 「どういうことだ?」


 黒須が固く閉ざしていた口を開く。


 「………バーカ」

 「アンタらは騙されたんだよ。こっちに来ている頃には別のところでここの外のとは別の船を作っててね」


 …それはまずい。早く帰らないと!


 「いーや。帰ろうとしても無理だね。だって今ごろ…アンタらのモーターボートは破壊されてる。ま、今から向かえば間に合わないことも無いだろうけど不可能だしね」

 「…場所はどこだ」

 「教えたとこで無駄だけど良いよ。アンタらの隣街だよ。と言っても、アンタらの街は桁違いに大きいから距離はあるけどね」


 …くそ。くそ!認めたくない。どうしても!


 「…残念ね」


 アイラが溜め息混じりに言う。


 「貴女の負けよ。黒須さん?」


 アイラが後方へ右手の人差し指を向ける。そこには


 「海斗!無事だったか!?」


 柊がいた。


 「…は?なんで?」

 「教室にお前がいないから部屋に行ってみたらビンゴ。PCの画面に映ってた」


 ナイス柊!これで戻れれば…まだ間に合うかもしれない。


 「…なんでだよ。全然ヌルゲーじゃ無かったじゃん」


 黒須が泣き言を言う。が、無視する。

柊の乗ってきた船に俺たちは乗り、急いで帰路についた

4節へ続きます

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