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片隅で

作者: 綾崎オトイ

序章にもなっていないかもしれない。

続きを書く予定は今のところありません。

 空想とは案外その辺に転がっているものだ。人は臭いものに蓋をするとはよく言ったもので、嫌なものではないはずなのに非現実を嫌っている。誰でも憧れたことがあるはずの妄想をいつからか否定し始める。この世界は見ないふりをしているうちに本当に見えなくなってしまった大人たちで埋め尽くされてしまっている。


 祖母は兎にも角にも不思議な人であった。

 祖母の結婚は所謂、政略結婚というやつで。祖父とは顔も知らずに結婚をしたようなものであったらしい。

 祖母は世継ぎである私の父を産んでからは、用済み、と言っては言葉が悪いが、役目を終え、祖父とは別々の生活をしてきたような人だった。と言ってもそこそこの家柄であったから優遇された何不自由ない生活はしていたし、祖父とも仲が悪いというようなことではなかったらしいのだが。

 祖母は名家の出身であったが、一言でいうとお嬢様らしくない女性だったという。破天荒でじゃじゃ馬というか、予想外の行動をよく起こす人で、なかなかに掴めない人だった。と、かつての祖母を知る人は口をそろえてそう言っていた。祖父が距離を置いたというよりは、祖母が自ら好き勝手に行動をしていただけなのかもしれない。

 実の息子である私の父でさえ、彼女のことをよくわからない人だった、と言うのだからやはり不思議な人であったのに間違いはないのだろう。

 私が持っている祖母の印象というものは、子供のときの感情ではあるが、優しい女性であったように思う。幼かった私にとって、祖母と過ごす世界は全てが興味の対象だった。

 私の祖母はどこかほかの大人たちとは違っていた。それは幼い私にもわかるほどに。幼い頃だったからそれが明確にわかったのかもしれない。


 いつもにこやかなその顔で、宙を指さしては語りだす。

「人のいう空想はいつだてそこにあるのよ。机上なんかではなくて、この目で見て触れられるものなのよ」

 傍らの猫を撫でながら祖母は悪戯をするように微笑むのだ。

 猫は目を細めて鳴いていた。

 この頃の私にはもちろん祖母の言っている意味などわからなくて、ただその指の先にいつだって知らない世界が広がっていて、小さな扉から何かが出てくるのだと期待していた。

 魔法使いなんだと、密かに思っていた。


 そんな祖母が亡くなったのは、もう随分と昔のことになる。穏やかな最期だった。

 冬の日だったにも関わらず、季節外れの桜が舞い込んで、近くにないはずの鐘の音まで聞えてきた。

 祖母は最後まで不思議な人であったが、それは彼女が自分のことをほとんど口にしないということも理由の一つであった。名家の出身であったということくらいしかはっきりしたことはわからない。誰に聞いてもそれ以上の情報は得ることができなかった。


 そんな彼女が秘密も弱音も聞かせていた唯一の相手が祖母の傍らで鳴き声をあげていた猫だ。と言ってもそれもほかの人間たちの想像でしかない。ただ少しその猫も不思議さを兼ね備えていた。

 祖母の亡くなったそのときも、その枕元で短く一度だけ鳴いた。頭を白い布団の近くまで持っていったその姿はまるで、一礼しているようなそんな光景に見えた。偶然が重なったと言ってしまえばそれまでだが、今までの祖母を見ていると、祖母の死を悼んでいるようにしか見えなかった。

 祖母のすべてを知っている、祖母の秘密が詰まった宝箱。祖母の全てを受け継いだのが猫とあっては、最後まで祖母の不思議は解明できなかった。

 遺言さえ猫に託した祖母に、父も親族も困惑を浮かべるしかなかった。


 不思議な祖母の全てを知っていた猫。名前はなく、私が生まれた時にはすでに祖母の隣にいた。

 祖母が亡くなったあとも、猫は極普通に生活していた。何の変哲もない、そのあたりに多々いる猫と同じように。祖母の隣にいたときのあの不可思議で神秘的な印象は何処へいったのか、まったく感じられなくなっていた。

 祖母が亡くなって数年。

 つい先日のことだ。その猫が他界した。

 猫らしくない最期であった。かつて祖母がよく腰かけていた揺り椅子の上で眠るように息を止めていた。

 私が生まれてから今までともに過ごしてきた猫の死。

 私の空想への道はここから始まった。


 名前すらなかった猫は祖母と同じ墓に埋められた。猫にしては優遇された最期であったと言える。


 それから数日経った頃からだ。以前よりも猫の姿を見かけるようになった。

 もしかしたら単に私が気にしてしまっているからなのかもしれない。猫との生活が長かったから、思っているよりも私は悲しいのかもしれない。

 私は田舎から都会の大学に通っている。

 田んぼばかりあるような田舎ではないけれど、とくにこれといったものがない。そんな場所。

 大学では何をしているわけでもない。なんとなくやりたいことを決めて進路を進めてはいるけれど、正直どうでもいいと思っているのも真実だ。

 いささかつまらないと感じる日々を過ごしている。

 長くはない今までの人生の中で一番輝いていた時間といえば祖母と過ごした時間だろううか。

 そんなどうでもいい考えを巡らせているうちににゃあにゃあと猫の鳴き声が聞こえた。妄想を膨らませているうちに見覚えのない場所にきてしまったようだ。

 路地を覗き込めば、小さな祠があった。猫の姿は見当たらない。


 それは私の非現実への扉だった。

 非現実も夢も忘れた、何の面白味のない大人になりかけた私の空想はここに転がっていた。これは祖母がくれた、あの猫がくれた最期の贈り物なのかもしれない。



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