とある暗殺者の行動3
目の前の光景を私は疑った。馬鹿な、私は確実にあいつの頚骨を折ったはずだ。なのにどうしてあいつは生きて、目の前で普通に夕食を取っているんだ?確かに資料にはこうあった。
『殺しても死なない男』と
そんな馬鹿なと一笑に付したのだが、目の前の現実は確かにそれが真実であると告げている。初めてテーブルで奴を見かけた時は、冗談ではなく私の心臓は飛び出すのではないかと思うほど跳ねた。しかし私はなんとか平静を装い席に着くことに成功した。そうか、確かにあの百目顎が諦めただけのことはある、ということか。したり顔の百目の顔が脳裏に浮かんだ。「ほら、無理だったろう?」と満面の笑みで話しかけて来るような気がして眉間に皺が寄る。
―――いかん、冷静になれ。
暗殺者たるもの、心と身体は別に動かさなければいけない。それを忘れた時には死ぬのは自分なのだ。
すぐに元の顔に戻す。気付かれてはいけない。次のチャンスを待たねばならないのだから。
それにしても―――改めて私は弟切恭介の顔を見た。間の抜けた、幼さの残るただの高校生―――これの何処に特別な何かが隠されているというのだろう?
その時、視線が彼と交錯した。私はにっこりと優雅に微笑み返す。弟切恭介は恥ずかしそうに目を伏せ下を向いた。馬鹿馬鹿しい……こんな仕事は早く片付くに越したことはない。私は次の機会に向けて計画を練り直すことにした。もっと確実に、あいつを殺そうと。
そう考えてきた時、不意にMが発言した。
「では恭介様の明日のデートのお相手を決めたいと思います」
そうして立体映像が再び現れた。ドラムロールが鳴り女性陣の顔がすばやく入れ替わる。そして、一人の女性の顔でその映像は止まった。それは―――。
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結局怪しい人間は見つからなかった。そもそも人とのコミュニケーションがあまり多くない僕にそれを見抜けという方が無理があったような気がするんだけど……。それと平行してお見合いの方の心配も尽きなかった。
―――綺堂命。
明日の見合い相手のことを考える。彼女が明日の僕のデートの相手に抽選で決まった。ただそのせいで隣にいたミコトはほっぺたを膨らませながら、なんで自分が一番じゃないのかとずっと僕に文句を言っていた。やれやれ。
綺堂命―――もの凄く人当たりのいい感じがするお姉さんだった。彼女の顔が立体映像に表示された時は多少ではあるがテンションが上がった。彼女が暗殺者である可能性を考える。あの美しく温和な仮面の下には恐ろしい暗殺者の顔が―――だめだ、まったく想像出来ない。正直に言って自分のタイプであることを除いてもその可能性は非常に低い気がする。そもそも綺堂製薬と弟切財閥の仲はそれほど悪くないはずである。色々あって結局実現はしなかったけれども、一度ならず提携の話が舞い込んできたことがあったはずだ。それに―――。
僕はあの中で最も可能性が高いとすれば、貫木蝶子か此花散あたりが怪しいのではないかと思っていた。あの二人の会社名は僕も良く覚えている。なぜなら過去の暗殺において、その二つの社名を目にした経験があったからだ。僕が招待された先のイベントの会場で狙撃された時と映画の試写会に行った時にトイレで刺された時の―――それぞれの会場の借り主がその二社だったと記憶していた。母もその辺りの裏を取ったからその二社を呼んだのは明白である。
その二社の可能性が高い―――ということは……。
自然と顔が綻ぶ。そう、明日は普通にお見合いを楽しめばよいはずだ。こんな極限状態の中なんだし多少の息抜きは許されて然るべきだと思う。不安を抱えながらだが、仮に暗殺が成功したとしてもそこまでの未練はこの世にはないのだ。ただ―――
九十九ミト、彼女とのデートぐらいまでは生き残っていたい。そんなことを思いながら僕は寝床に着いた。