見合い相手と顔合わせ
どこだここ?
目を開けると僕の目の前にはドーム状の空間が広がっていた。武道館ほどの広さはあるだろうか。壁は白く、一定の間隔でいくつか扉が並んでいる。あまりにも白い空間なため、その扉がなければこの空間がどれほどの広さなのか把握しかねるところだった。良く見ると中央には一つの大きな円卓の白いテーブルと複数の椅子が置かれていた。
後ろを振り返るとつまらなそうな甚助の顔があった。
「ねえ、ここはどこ?」
「お見合い会場ですよ、言いませんでしたっけ?」
「いやそういう意味じゃなくて……」
「撫子様が建造したものらしいっすよ、この日のために。ちなみに、これから一週間は外に出られません。なんかその、そういう仕組みらしいっす。詳しくは、はいこれ」
そう言って甚助は僕に一つの冊子を渡す。
「何これ?」
「この施設『竜宮御殿』の取説ですね。詳しくはそれ読んで下さい」
投げっぱなしか。っていうか、相変わらず母のネーミングセンスは悪いな……。
受け取った冊子を開こうとする、すると―――。
「ようこそいらっしゃいました」
!?
ふいに声を掛けられ吃驚する。声の主を探し辺りを見渡すがそれらしい人は見当たらない。一体どこから……?と、ふと横を見ると腰の高さくらいの大きさの藤子不二雄がデザインしたようなロボット人形が目に留まった。何だろう、これ?
「初めまして、私この竜宮御殿でのお見合いを取り仕切らせて頂きます。ロボット仲人、通称Mと申します。以後お見知りおきを」
そう言ってロボット―――Mはアームを曲げて手を振るような動作をする。
―――ロボット?またしても母は変なものをよく作るなあ……。
母、弟切撫子は父と結婚する前は一流の上に超が百個はつくような科学者だった。彼女に出来ないことはない。仮にタイムマシンを作ることができるとしたら、彼女しかいない、と、まことしやかに噂されるほどだったそうだ。そう、実際彼女の発明で僕自身も何度も驚愕させられた。その最たるものは僕の体で実地されたのだが―――。
「他の方も、お着きになられたご様子。皆様いらっしゃいませ―――」
その声に反応するかのようにいくつかの壁の扉が一斉に開いた。開いた扉から現れたのは全部で五人の女性。それぞれ一人ずつ、別々の扉の前に立っていた。
「ご、五人いる?」
「あ、言い忘れましたけどお見合い相手は五人っすよ」
甚助、そういう大事なことは先に言え。というかなんだそのハーレム状態は。
まじまじとその五人を眺める。そのうち二人の顔に目が止まる。あれ?どこかで見覚えがあるような……。すると僕はそのうちの一人と目が合った。その瞬間その娘は破顔し僕に駆け寄ってきた。おい、待て……なんで彼女がいる!?
「やっほー!恭介!」
そのよく通る声はドームの中で一際響き渡り、全員の注目を引く。
声の主―――天照ミコト(あまてらすみこと)が僕の前に立った。僕は唖然として彼女の顔を見ながら固まった。
「おいおい、ご挨拶だなー。友達に対して何か言うことはないのかい?」
天照ミコト―――大手重機メーカー草薙重工の一人娘であり、僕の通う天獄坂高校の同級生だ。黒髪のおかっぱ頭に星屑でも入ってるんじゃなかろうかというほどキラキラした大きな瞳の、まさに天真爛漫を絵に描いたような、そんな娘であった。
「何を、しているのかな。ミコトさん?」
「え?いやだなー。恭介のお嫁さんになりにきたに決まってるじゃないか!」
そんな発言を胸を思いっきり反らしながら言わないで欲しい。
「もーほんとに照れ屋さんだよね、恭介って。もっとこうさー、抱き締めて喜んでみせるとか、熱いキスをするとかで出迎えられないわけ?心の友よ!」
いつの間に僕らは友達をすっとばして心の友になったのでしょうかジャイ○ンさん。
「感じわるーい!何か言いなさいよー!」
「……いえ、あの本当に僕と結婚する気なんですか?冗談じゃなく」
「そだよ?」
あっけらかんと即答しないで欲しい。
「私も今朝知らされてさー。ちょっと吃驚したよ。でもそれも面白いかなって」
僕にはまったく面白くありませんが。
「お父様に聞かされたらこれは運命だと思ってね。わくわくどきどきしながら来たわけさ!さあ、早速結婚だ!」
満面の笑みで彼女は僕に答える。
……やっぱり彼女は苦手だ。いや、友達としては面白いのかもしれないが、伴侶とするにはいささか問題がありすぎる。そもそも僕はお見合いをすることは同意したが結婚する気はさらさらないのだ。彼女の存在はそういう意味では迷惑でしかない。
「では皆様お揃い頂けたところで中央のテーブルにお集まり下さい」
Mは全員にそう促した。
「おわ、なんだいこれ?面白いものがあるねぇ」
ミコトはMの頭をぺしぺし叩きながらはしゃいでいる。
「私のご説明はあちらで致しますので先にテーブルにご着席頂けますでしょうか?」
名残惜しそうにMの頭を撫で回すミコトを尻目にMは足のローラーを回し先にテーブルへと行ってしまった。それを追い席へと向かうミコトを横目に、僕はもう一人―――気になる人物に視線を移した。そうどこかで見た綺麗な長い黒髪の少女に。そうだ、彼女は僕の中学生の時の―――。
「恭介様もお早く席にお着き下さいませ」
他の皆はもう全員がテーブルへ集まっていた。僕はちょっと遅れてテーブルへと向かう。テーブルには椅子が六個用意されており、全員が席についていて―――。
「甚助、どいてくれる?」
「ああ、お構いなく?」
僕の席には甚助がちゃっかり座っている。どこの世界に主賓を差し置いて座る従者がいるんだろう?
「甚助様、お退き下さい」
Mに注意された甚助は露骨な舌打ちと、ケチというつぶやきを残し僕に席を譲った。子供か、こいつは。
こうして甚助を除く全員が席に着き、僕のお見合いが始まったのだった。
Mがまず自己紹介をし、その後全員が自己紹介をする流れになった。まずは主賓の僕からだ。
「初めまして。あの、知ってる方がほとんどだと思いますが、僕が、えーと、その、弟切恭介といいます。今年から天獄坂高校に通っている十六歳です。特に取り柄はありません……これから一週間よろしくお願いします」
「恭介君。もうちょっとほら財産持ってるよアピールとかしたほうがいいっすよ」
甚助、それは絶対に要らない心配だ。というか僕はそういう質問は聞かれても答えたくないほうなのだが。
「あ、俺は尼崎甚助です!俺の方がいいなと思う人がいたらいつでもオールOKっすよ」
親指を立ててアピールしないでくれ。恥ずかしいから。
「はい、皆様、彼は無視して下さい」
M、グッジョブ。
「では時計回りで自己紹介を続けましょう」
そう促されて僕の隣にいた女性が腰まである長い髪をなびかせつつ立ちあがった。
「此花散。よろしく」
機械的に、というか硬質というか、そんな印象を与える言い方だった。銀縁眼鏡に切れ長の目、とても怖そうな印象を与えてくる。
それ以上は言う必要がない、という態度ですばやく彼女は腰を下ろす。その動きはとてもキビキビとしたものだった。
「えー私の方から補足致しますと彼女は大手金属メーカー此花タングステンのご令嬢でございます。歳は十八歳。恭介様の二つ年上でございますね」
見かねたのかMが情報を補足してくれる。なんとまあ優秀なロボットだろう。少なくとも甚助よりは役に立っている。
その話が終わるとすぐ次の人物が立ち上がった。ショートカットで穏やかな雰囲気の女性で、なんとはなしに優しそうな感じがした。
「次は私ですね。初めまして、私は綺堂命と申します。大手製薬メーカー綺堂製薬の社長の長女で、現在は甲賀大学の三年生です。見た限りですと私が最年長みたいで場違いかもしれませんがよろしくお願い致します」
丁寧な口調。醸し出されるふんわりとした空気。年上のお姉さんかぁ、正直なところ若干憧れはある。そんな風に彼女を見ていると不意に目が合った。にっこりと微笑み返され視線を逸らしてしまう。ちょっとどきどきした。
彼女が座り、次の人の番になるがその隣の女性は微動だにせず虚空を見つめていた。
「あの……自己紹介を」
Mが促すがなしのつぶてである。ツインテールでまとめた亜麻色の髪をしきりに両の指でかき回しながら何事かぶつぶつと呟いている姿はぶっちゃけ怖い。
「何で俺が何で俺が何で俺が……」
耳を傾けるとそれだけを言い続けていた。とりあえず自己紹介はする気は無いらしい。Mが彼女のデータを変わりに教えてくれた。
名前は貫木蝶子日本を代表する大手医療器具メーカーTURANUKI技研の三女の十六歳の家事手伝い……どうやら中卒ニートらしい。
目を合わせると睨み返して来るので誰も目線は合わせずにすぐ次の人の紹介に移った。
「では次の……」
「はいはーい!天照ミコトちゃんでーす!恭介の同級生にして想い人だよ!」
そこ、さらっと嘘を言わないでくれないかな。
「だからみんな悪いけど恭介のことは諦めて一週間仲良く生活しよう!以上!」
この上なくド直球な紹介をありがとう。あとドヤ顔でふんぞり返るのはやめて欲しい。周りの視線と頭が痛い。
そんな中最後に紹介される人物がすっと立ち上がった。
「―――九十九、ミトです。聖ラミエル学園一年生で、九十九財閥の長女です。弟切財閥とは長年の好敵手だと父から聞いております。お母様によろしくお願いします、とのことです」
そう言って九十九ミト―――さんは僕に向かって深々と頭を下げた。そう、僕はこの娘を知っている。向こうに覚えがあるのかないのかはわからないが、彼女は短期間だけ僕と同じ中学にいたことがあるのだ。どうも習い事の都合でしばらく転校していただけらしいと後に知ったが、やはり金持ちの家はやることが大胆だなあと思ったり(お互い様なのだが)したものだ。
九十九家―――長年弟切家とは鎬を削っているライバル企業だ。母が若い頃はもっとバチバチとえげつないことも起こしながら争っていたと聞いたこともある。僕はそれを聞いていた都合上彼女のことを知っていたが、果たして彼女はどうだっただろうか?今の反応を見るとどちらとも言えないところか。それにしても―――改めて彼女を見やる。長い黒髪。整った顔立ち。気品―――というのだろうか、身に付けている物が最高級の物であることを除いても彼女からは凛としたオーラが漂っているように感じた。淡い記憶が蘇る。そう、彼女は僕の、初めての―――。
「では自己紹介が終わりましたので、これからのタイムスケジュール及び生活での注意点をご説明させて頂きます」
Mの声で夢想から現実に引き戻される。Mが語りだすと同時に机の上―――その中空に立体映像が浮かび上がった。今後のスケジュールが分刻みで示されている。何気にすごいなぁ。
「まず初日、このミーティングからですが、これが終わり次第夕食後に最初の一人目を抽選で選びだします。明日恭介様はその方とデートをして頂きます。これを五日間繰り返し、最終的に七日目に恭介様に相手を選んでいただき、最終デートをする。という流れでございます」
僕だけ凄く負担が多い。というか順番にやるなら個別に呼び出してやればいいのに……。
「これから一週間、皆様にはこの中『竜宮御殿』で生活していただくわけですがいくつかの注意点がございます。まず、一週間経つまではいかなる手段を持ってしても外には出ることが出来ません。これはプログラムで予め決められており、特定の時刻を迎えるまでは誰も外には出れない仕組みになっています。どうしても、という方はいまここでお帰りいただくしかありません。あと十分もすればロックがかかります。どなたか、お帰りになる方はいらっしゃいませんか?」
お互いの目線が交錯する。一人ぐらいは―――先程からぶつぶつと文句を言っている貫木さんぐらいはひょっとしたら帰るのではないかと思っていたが、予想に反して誰も席を立とうとはしなかった。
「では皆様の合意も得られたところで次の注意事項ですが、食事は常にここで取っていただきます。日に三回、必ずここで、全員一緒です。おやつは好きなだけお部屋にご用意してありますのでご心配なく。皆様それぞれ個室をご用意させていただいておりますがお互いのお部屋の行き来は原則禁止です。ただしその日デートの方のみ、恭介様とだけは部屋の共有が可能です。部屋に入るには指紋認証が必要ですのでその際には恭介様のロックを解除致します。基本となる注意事項はその程度です。あとはご自由にお過ごし頂いて構いません。遊具や施設も多数完備されておりますので好きなだけお使い下さい」
先程貰った竜宮御殿の取説にあった地図を確認する。ミニシアター、スポーツジム、サウナ付きの大浴場、図書館、リラクゼーションルーム等々、確かに何でもある。特に不自由はしなさそうだ。地図を見る限りこの竜宮御殿は前方後円墳のような鍵型の形をしているようだ。これらの施設はこのドームの南側にある大扉から出て放射線状に広がっている。僕らの部屋はといえばこのドームの外周をぐるっと回るように配置されていた。
「各自のお部屋は時計回りに、一番上を恭介様が――順に九十九様、天照様、此花様、貫木様、綺堂様、最後に尼崎様となっております」
一周して隣の部屋が甚助で、隣は九十九さんか。
「えー!?僕恭介の隣がいいー!」
別にどの部屋でも大して変らないと思うのだけど……。ふとその時一つの疑問が頭に浮かんだ。この地図には出入り口が書いてないのだ。僕らは各自自分の部屋の扉から出てきたようだが、はて一体どこからこの竜宮御殿に入ったのだろう?
「では今日はもうお部屋でお休みになられて頂いて構いません。夕食はお部屋の時計で十九時になりましたらここで行いますのでそれまでに集合して下さい。また、何か御用がありましたら備え付けの電話か私までお言いつけを」
そう言ってMは手を振りながらドームの大扉の前に移動して動きを止めた。あの位置で待ちますよ、ということらしい。
さて、僕はどうしよう。部屋に行くか、それとも……。
「ね!恭介!一緒にお風呂でも入ろうよ!ねぇねぇ!」
僕は腕に縋って来たミコトを振り切り迷うことなく部屋の中へと入り扉を閉めた。
「ちょっとー!?何それー!?酷くない!?」
後ろで扉を叩くような音がするが気のせいだろう。僕は部屋を見渡す。そこは非常にシンプルな作りをしていた。窓一つない白い壁面。中央にベッドがありその横には備え付けの机、その上には電話が一台置いてある。壁面に取り付けられた大き目のモニタ、その横に備え付けの冷蔵庫らしきものが見える。更に部屋の奥に扉が一つあることに気が付き扉を開けてみる。自分はここから入って来たのだろうかと思ったが、中はただの化粧室だった。ううむ、謎は深まるばかり……。
僕はベッドの上に横になり今後のことを考えることにした。許婚―――一般的には甘美な響きなのかもしれないがあまり僕自身は興味がなかった。今日集まってくれた五人は印象の違いこそあれ一般的には美人と呼べる部類の娘達だと思う。境遇も僕と同じかそれ以上の、何不自由ない、または行き過ぎた家庭の持ち主、そんな娘達が僕のような何の取り柄もないお子様と将来を誓い合わされるなど気が進まないに違いない。まあ約一名えらく乗り気な娘もいるようだが……。母の考えがどのあたりにあるのか未だに計りかねるが最終的に「やっぱり決まらなかった」となっても文句は言われないだろうと思う。
ふと、九十九ミトの顔が頭に浮かんだ。あれから大分成長していたが、彼女は変らず可憐で、気品が漂い、僕の心を刺激した。そう、彼女は僕の初恋の相手だった。彼女と出会ったのは中学二年の一学期のことだ。
今日はここまで。明日また更新します。