別時―とある暗殺者の行動
『九十九式ロードローラー買いたし―――』
新聞に載ったその一行広告を見る。これが私へ殺人を依頼する際の符丁であった。連絡先を確認し、電話を入れる。五回ほどコールした後、相手が出た。しばしの沈黙の後、相手がしゃべりだす。
「広告を出した者ですが――その、×××様?」
「ああ」
「これは失礼致しました。私は―――」
「用件だけでいい」
「―――では、城崎埠頭の倉庫で今日の十九時に」
「わかった」
電話を切る。時計を確認し、身支度を整える。
ここまではよくある、いつもの依頼だと―――思っていた。
埠頭の傍に着き、時刻を確認する。時計は十八時を示していた。辺りは日も落ち始め、薄暗い。私は目的の倉庫まで、円を描くように、周囲を探索しながら近づいていく。勿論、細心の注意を払ってだが。特に見張りらしき者や、不審物、爆発物は見当たらなかった。暗殺者家業などをしていると恨みも買う。依頼の際に私を襲おうとする者も後を絶たない。今回の依頼者は依頼に足る人物ではあるようだった。
十九時―――私は目的の倉庫の内部で依頼者を待っていた。物陰に隠れ、息を潜める。そうしていると一人の人物が扉を開け、中に入ってきた。顔は良く見えない。護衛らしき者は見当たらないのを確認し、その人物の背後に回りこみ、声を掛ける。
「振り返るな」
「―――×××様でしょうか?」
「ああ」
「これはご足労をお掛け致しました。私は○△□コーポレーションの向田と申します」
私は黙って依頼人の話を聞く。
「殺して頂きたい者がおります」
そう言って依頼人は右手に持っていたファイルを上に掲げた。私は背後からそのファイルを手に取る。中を確認するとその中には若い男の写真とそのデータが詳細に書き込まれていた。
「弟切恭介、弟切財閥の御曹司です。この子を、殺して頂きたい」
ファイルをぱらぱらと捲り内容に目を通す。そして一つの疑問が首をもたげた。
「―――私に依頼する相手としては不適格ではないか?」
「いえいえ、暗殺成功率99.9%の貴方でなければきっと成し遂げられないでしょう。ご紹介頂いた方からも×××様が適任であると……」
「世辞は寄せ。護衛らしい護衛もついていない子供一人に私を使う意味があるのか、と聞いているんだ。肩書きだけは大そうなものだが、こんな相手なら三流のスナイパーを十人雇うほうが安くつくはずだ。一体どこのどいつが私を……」
「百目様でございます」
「―――」
一瞬我が耳を疑う。先程までの倦怠感は吹き飛び、文字通り目が覚める思いだった。
―――百目顎、私に殺しを教えた人物の名。あの男が、私を指名した?
「なぜだ?一体―――」
「百目様はこの弟切恭介の暗殺に失敗なされたのです」
信じがたい台詞を聞き、私は一瞬固まってしまう。馬鹿な。あの男が失敗するところなど思い浮かばない。何があっても必ず目的を遂げてきたあの男が―――。
改めてファイルの人物を見直す。何の変哲もない少年。こいつを、世界最高峰の暗殺者が――殺せなかっただと?
「どうなされますか?お受け頂けないようでしたら―――」
「了解した」
迷い無く私は答える。暗殺対象に深い興味を覚えたのは初めてのことだった。目の前にある蝋燭の火を吹き消すかの如く私は人を殺めてきた。だが、今回は違う予感がした。私は初めてこの仕事で高揚していた。
「ありがとうございます。そこで一つ、お願いがあるのですが」
「何だ、何か条件があるのか?」
「はい、貴方様にはこの弟切恭介の見合いの席に紛れ込んで頂きます。そこで彼を暗殺して欲しいのです」
この歳で見合い?それを聞き、私は少し可笑しくなる。十六歳にして見合いをし、十六歳にして殺される。なんとも先走った少年だ―――いや、それは私も、か。私は一度頷き、そして依頼人の後について倉庫を出た。