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完結そしてエピローグ

「さて、ここからが問題です」


 僕らは船区画と港区画の入り口まで来ていた。それはホールを出て廊下の非常用扉から上に上がる階段を上ったところにあった。


「当然の様に、扉は締め切られている、か」


 九十九ミトが眼前に見つめているのは締め切られた扉だった。

 彼女は数度、材質を確かめるかのように扉を叩いた。


「無理だな。これは壊せそうもない。他の入り口は無いのか?」

「残念ながら……」


 結局ここで終わってしまうのか。そんな絶望的な状況で、突然、扉が開き始めた。


「開いた……?」


 なんという幸運か。いや、違うこれは……。


「誘われてる、か。百目顎め」

「しかし、行かない訳にもいきませんね」

「ああ、あいつは私が必ず殺す」


 不安そうな目で、九十九ミトを見つめていたら、彼女と目が合った。


「そんな顔をするな。私が殺しをするのは、これが最後だ」


 そう言って彼女は笑う。良く見ればまだ額からは汗が噴出しているし、指先も震えている。僕はこんな状態で戦うと言っている彼女の体が心配でしょうがなかった。

 僕らはしばらくそのまま暗く冷たい廊下を直進する。所々、分岐の道にシャッターが降りていて、進む道を明らかに誘導されているようだった。そして、僕らは最終的に大きな開けた部屋に出た。ここは―――。


「ここは―――緊急脱出用の潜水艇格納庫ですね。今は、何も置いてないはずですが」


 確かに、ここには何もない、ただの四角い鋼鉄の箱である。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!


 その時竜宮御殿船区画全体が大きく揺れた。立っていられないほどの衝撃で僕は床に膝を着く。


「くっ……発艦したか。早く百目顎を見つけてこの船のコントロールを奪わなければ……」

「うわっ!?何これ?」


 そう話していた九十九ミトに抱えられていたミコトが、衝撃からかようやく目を覚ました。


「今説明してる時間ないですから、ちょっと大人しくしてて下さい」

「えええ!?ちょっとぉ何それ!」


 やっかいなタイミングでやっかいな奴が起きてしまった。そんな風に全員が思っていた(だろう)時―――。


「やあ諸君。待っていたよ」


 僕らの目の前に、百目顎が現れたのだった。


「百目……ッッッ!」


 ミコトは百目顎の姿を見て絶句していた。それはそうだ。同じ顔が二人並んでいれば。口を鯉のようにぱくぱくと開けて固まっている。

 百目顎は僕らが入って来たのと反対側の扉から悠然と歩みを進めてきた。


「あのまま放置しても僕の勝ちなんだけど、それじゃ面白くないしね。それに君達の会話を盗み聞きしていて、気が変わった。やはり、君達は直接殺そう」

「気が変わった?ふん、殺人狂のお前がそんな訳はないだろう。最初から、そのつもりだろうに」

「ははは。僕だって腹が一杯なら食わないさ。でも、今はとっても腹ペコでね」


 激しい憤りを感じた。何で……何でこいつはこんな簡単に命を奪う話が出来るのだろうか。


「もう、十分殺したじゃないか。殺すことが、奪うことが何でそんなに必要なんだ!……そんなに殺したいなら何度だって僕を殺せばいい。もう、僕の大事な人達に手を出すな!」

「本当に、救えぬガキだな。お前も」


 侮蔑と嘲笑を込めた言葉が僕に浴びせられた。


「僕にとっては殺しは食欲と同義、いやそれ以上の本能的なものなんだ。それを邪魔されるということは、僕に死ねと言っているのと同じ。どちらが残酷なのだね?」

「でも、同じ人間なんだぞ!誰だって殺されたくなんかないだろう?そりゃ悲しいけれどお互いが同意の上で殺し合っている戦争や、抗争はあるだろうさ。自分の存在を懸けて証明しなきゃいけない戦いがあるのも分かっている。でも、お前のは違うじゃないか!それはただの……」

「知った風な口を聞くな。ガキが」


 物凄い威圧感の篭った声が僕に浴びせられた。一瞬で僕の全身は強張り、二の句が告げなくなる。


「言っただろう?本能だと。人は千差万別だ。僕という個性は誰にも否定できない。だが、社会というモノでは困ったことに同意する数が多いものが正義とされる風潮がある。お前達の基準では僕は稀少な悪の犯罪者なのだろう。だが、僕の認識は違う。例えば、僕が君らを殺さなければ死んでしまう身体の持ち主だとしたら、どうだね?」

「詭弁を弄するな、百目顎。そんな前提は間違っている」


 隣に居る九十九ミトが固まっている僕の代わりに反論した。


「事実だ」


 !? 


 あまりにも荒唐無稽な主張に思わず目を剥く。

 それは九十九ミトや皆にも同じだったようで全員が怪訝な顔で百目顎を睨みつけることになった。


「先程、弟切撫子との会話で出かけたな。私にも何か特殊な能力があるのではないか?と」


 そういえばそんな話をした。さっきはうやむやになってしまったが―――。


「不老―――つまり老いない肉体を持っているんだよ」


 全員が驚愕の目で百目顎を見た。


「そんなに驚くほどのこともなかろう?考えれば分かることだ。何故私の容姿が九十九ミトとほぼ変わらないと思う?私のほうが二十年は多く生きているというのに」

「まさか……本当に?」


 確かに僕の不死能力を考えれば方向性は違えど生命を操る力を持っていたとしてもおかしくはない。


「ああ、ただし君の不死と同じで条件付きだがね」


 条件?能力的に回数制限とは違うのだろう。おそらくは何かを……。


「……コ、コエンザイムQ10を摂取しないと駄目……とか?」


 ミコトよ。それで不老が実現出来るなら通販会社の回線はパンクすると思うぞ。


「惜しい。なかなか勘がよい」


  惜しいの!?


「定期的にだが、二次成長が終わり成人した私の身体はとある物質が必要になるんだ。でなければ一瞬で老い、死んでしまう」


 それを聞き、九十九ミトの顔が一層険しくなった。そうだ―――百目と同じDNAを持つクローンの彼女は同じ身体能力を備えている可能性が―――。


「馬鹿な!それでは……私の身体も……」

「そうなるね。だからそれを悟らせる前に、クローンは僕がちゃんと殺してあげていたのだよ。成人前にね。優しいだろう?」

「嘘も対外にするんですね。百目顎」


 甚助が会話に割って入った。


「嘘なんてつくものかね。これは事実だよ」

「……本当のことを言わずに済ましているだけじゃないですか。知ってますよ、僕は」

「ふん。座興の分からない奴だね、君も」

「……甚助。何か知っているの?知っているなら……」


 甚助はちらと九十九ミトを見る。


「言ってくれ。頼む」


 渋々という感じに甚助は語り出した。


「百目顎の話は大筋では合っています。ですが、一つだけ隠していることがある。それは『クローンから特定の物質を奪うこと』で自分を生き永らえさせている。そうでしょう、百目顎?」

「……つまり、それは」


 自分の命を永らえる為にクローンを造り、自分の餌にしているということじゃあ―――。


「……私は、餌か」


 冷たく、重い声が九十九ミトの口から零れる。


「少し違う。君は僕が狩りを楽しむ為に作った獣で、その他の地球上にいる全ての人類は僕の家畜さ。僕の生活を豊かにし、楽しませる為のね」


 こいつは、狂っている。いや、そもそも人類の価値観なんて当てはまらないんだと痛感する。


「そもそも生き永らえる為の素材が欲しければ単にクローンを量産するか、その部位だけを培養すればいいだけじゃないか。それなのに殺しの業を教え、僕を狩る機会を与えてあげている。慈悲深いと感謝してくれてもよいのではないかな?」

「誰が感謝などするかぁ!」


 怒髪天をつく勢いで、九十九ミトはそのまま百目顎に飛び掛った。

 両者の間に嵐が吹き荒れているかと見まごうほどの拳戟が巻き起きる。

 だがしかし、それは一瞬にして掻き消えた。―――九十九ミトの敗北で。


「ぐう……ぉ……」


 百目顎の拳が深々と九十九ミトの腹に突き刺さっていた。彼女はその場で崩れ落ちる。


「ミトさん!」

「素晴らしい動きだった。とても毒に冒されているとは思えない。だが悲しいな。時間切れとは」

「貴様ぁ……」


 九十九ミトは百目顎の足にしがみ付く。


「肉体を強化し戦う。シンプルな力がお前の持ち味だ。だが、これだけの力を連続して使い補給をせず戦えば必然的に消耗し、鈍る。いくら凄いエンジンを持ち、優れた操縦技術があろうとも、ガソリンが無ければ走れない。私と戦い、毒にも打ち勝った。しかし、ここまでだ」


 百目は煩わしそうに彼女に掴まれた足を振り払った。


「そこまでです。百目顎」


 甚助が拳銃を構えて百目顎の後ろに立っていた。


「なんだ、やはりそんな物を持っていたか」

「主催者特権ってやつですよ」

「そんな物で私が殺せるとでも?」

「殺せるさ」

「ははっ正解だ。だが、君は撃てない。何故か分かるかね?」

「……負け惜しみか」

「いや、勝ち誇っているんだ」


 ドウンッ!


「なっ!……」

「僕の引き金のほうが、早いからだよ」


 百目顎の右手にはいつの間にか銃が握られていた。甚助の身体が崩れ落ちる。


「この僕に持ち込めないはずがないだろう?面白くないから最後まで使わなかっただけだというのに」

「や、やだ!こんな、こんなの……」


 それを見たミコトが半狂乱になっていた。一瞬にして僕らは全滅の危機に瀕していた。

こいつは、なんという怪物だろう。


「さて、弟切恭介。来て貰おうか。君を連れて行けばどうでもいい方の依頼も達成なのでな」


 百目顎が僕に向かって手を伸ばす。思わず後ずさる。僕に出来ることなんて、もう時間を稼ぐくらいのことしか出来ない。このまま逃げ惑うくらいしか―――。


「逃げても無駄だ。それにもう、ここの扉はすべてロックされている。お前達が入ってきた時にはな」


 それを聞き後ろの扉へミコトが走り、扉の開閉を試みたが、まったく動く気配はなかった。


「もう何分かすれば僕の後ろの扉も閉まる。そして後は―――分かるだろう?」


 ニタリ……と百目顎は笑う。ハッとし部屋を見回す。潜水艇の格納庫―――良く見ると部屋の床にに排水用のものと思われるダクトがある。


「水牢……か」


 全員を海に投棄し、葬れるわけか。


「どうしよう恭介ぇ……」


 涙目でその場にへたり込んでしまったミコト。

 床に這いつくばったまま、震える拳で床を掻くだけの九十九ミト。

 そして凶弾に倒れ、ぴくりとも動かない甚助。

 まさに、最悪の状況である。

 この状況で僕に何が出来るというのだろう。しかし、動けるのは僕だけだ。今ここで立ち向かわなかったら、皆が死ぬ。それだけは嫌だ。やれることが時間稼ぎしかないとしても、それをせずに終わってはいけないのだ。

 どうすれば奴を倒せる?何が、弱点なんだ?いや―――そもそも弱点なんてあるのか?完璧な―――まさに完全な殺し屋じゃないか。一体どこに―――。


 ―――――。


 その時、母の言葉を思い出していた。そして、ある閃きが僕に訪れた。それはおそらく、僕にしか出来ない発想だったに違いない。幾度となく殺され、生き返り続けた僕にだけ訪れた天啓。

 迷っている時間はなかった。もうこれに、賭けるしかない。


「……条件がある」

「はは、条件とは対等な者同士が口に出すものだ。虫風情が偉そうに言い出すものじゃない」

「……分かったからだ。お前の『弱点』が。それと交換だ」

「何?適当なことを言うな虫が……」

「勿論それを知っていたからって僕にお前がどうこう出来るという話じゃないさ。だが、それを僕の口から言わせること自体が耐え難い屈辱なんじゃないのか?百目顎」


 先程まで勝利の余裕からか弛緩していた空気が、一瞬でピリッっと張り詰める。


「母はお前を理解出来ないと言った。だけど、僕にはそれが出来る。そう、この能力のおかげで」

「不死を目指すという点でお前と僕の能力はよく似ている。僕は死なない不死身の再生能力、お前は絶対に衰えない肉体。それが合わされば、まさに無敵。霊長類の頂点に立つ生物が出来る。事実、一回はその状態になった君は、その頂点の気分を味わったんだろう?」

「貴様……」


 声色から百目顎が苛立っていることが伝わってくる。


「お前が僕を嫌悪していることも良く分かる。そう、良く分かるんだ。どうして嫌っているかも。不死に近づいた者同士だから気付けることもある。お前と僕の、悩みは一緒なんだ。だから、お前は僕が嫌いで、そして、それがお前の―――」

「やめだ」


 続きなど、聞きたくない。その気持ちが、想いが刃となって僕に突き刺さってくるのを感じる。


「やはり貴様を連れて行くのはやめだ。貴様の不死の力を解析しこちらの研究に取り込めば無限に殺せる私のスペアも、無限に生き続ける無敵の私も容易に創造出来ただろう。事実それがお前を狙う企業共の目的だったのだから。最も、不老に関しては奴らは知らぬことで、不死の兵士を手に入れることが目的だと思っているはずだがな。やはり、無限に殺せるなどという能力は無駄だ。殺して奪い、何も残さない。それが最も美しい結末だ。お前のような無意味な化物など、消し去ってやる」


 やはりそうだ。こいつは―――僕を認めている。同じ化物として。そう、悲しい、可哀想な、劣等種として。僕は最後の捨て台詞を百目顎にぶつけた。


「この、自殺志願者め!」


 その台詞で百目顎の動きが止まった。

 そう、百目顎は、ただの『死にたがり』なのだ。

 だからこいつは、勝てる勝負も、あっさり放棄して来たのだ。その目的を美徳にすり替えて。こいつは本心では、負けたいのだ。僕と同じで、本当は自分のことなんてどうでもいいのだ。

 後は―――もはや運を天に任すしかなかった。時間は稼いだ。僕に出来ることは、もう後少し……。

しかし、百目顎は無言で、僕に拳銃を向け―――。


 ドンッ!


 百目顎は驚いた顔で自身の右胸に開いた穴を見つめていた。


「坊ちゃんに、手を出すなっ……!」


 甚助が膝立ちで起き上がり、拳銃を構えていた。

 しかし百目顎は倒れなかった。それがどうしたとばかりに踵を返し、甚助に踊りかかる。そこに―――。


 ドガッ!


 跳ね起きた九十九ミトの蹴りが百目顎のがら空きの横腹クリーンヒットした。

 一気に形勢は逆転した。僕らは倒れた百目顎から距離を取り、出口の扉の前に集まった。


「よかった……みんな」

「あの程度じゃ、死なないっすよ」


 軽口モードに入った甚助だったが、とてもそんなに余裕があるとは思えなかった。崩れ落ちそうになる足元を見て、すぐに肩を貸す。九十九ミトも同様で、最後の力を振り絞ったらしく、もう動けない様子でへたり込んでいる。ミコトに促し、九十九ミトに肩を貸してもらう。


「さあ、ここから出よう。後はあいつを閉じ込めてしまえば……」


 クク……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 床に大の字になっている百目顎の笑い声が部屋中に木霊した。


「それで勝ったつもりかね」

「ああ、私達の勝ちだ。この扉をくぐればな」


 僕らは出口と部屋の間の境界線に立っていた。


「ふん、確かに戦闘に関してはそうだな。私はもう、戦えないだろう。しかし勝負は別だ」


 負け惜しみ……だろうか?いや……何か違うような。


「弟切恭介」


 百目顎に名を呼ばれる。どうやら、虫は卒業したようだ。


「確かに私は死にたがりの破滅主義の自殺志願者だ。お前如きに見抜かれるなんて焼きが回ったものだな」


 奴にかける言葉は、もう見つからなかった。お互いの苦悩は共有出来ても、慰めあう気などまったくなかったのだから。


「爆弾を―――仕掛けた」


 !?


「この期に及んで、そんな嘘を―――」

「ここから出れば作動する。この部屋に残っている人間が二名以上いなければな」


 そんな都合の良い爆弾が―――。


「お前には、私のことが、分かるだろう?」


 嘘には―――聞こえなかった。


「そう、私は自殺志願者だが、簡単に負けるのは嫌いなんだ。美しく死ぬための努力は怠らない。最後まで」


 誰かが犠牲にならなければ、ここから出られない。最後の最後でこんなことまで―――。


「……なら、私が残ろう」


 九十九ミトが振り返る。


「どの道私は数年の命なのだろう?なら、お前を殺し、一緒に果てようじゃないか」

「だめだ!ミトさん!」

「良いんだ。恭介。私は欲しいものはもう、手に入った。これで十分だ」


 彼女はとても清々しい顔をしていた。死を覚悟した者のそれだった。おそらく、どんな説得も効かないであろう。


「これは私の運命だ。あいつが私の最後の殺人だ。頼むから、成し遂げさせてくれ」

「見せるんじゃなかったの母さんに!世界一の花嫁をさ!」

「すまない。お母様には謝っておいてくれ。その役は……ミコトに頼む」

「勝った気になってんじゃないよ!元々私の恭介だい!」


 ミコトはいつも通りに反論したつもりだったろうが、目には大粒の涙が溜まっていた。


「……でも、恭介が好きなら……少しだけレンタルさせたげる」


 ミコトらしい、強がりだった。九十九ミトが笑う。―――今しか、ない。

 部屋の境界線に皆が立っている、今しか。


 九十九ミトの肩を掴む。


「恭介……何を……」


 僕はそのまま彼女の唇を奪った。そして―――。


「ありがとう。みんな」


 呆気に取られた一瞬で、思い切り全員に体当たりをする。


「な!?恭介!」

「恭ちゃん!?」

「恭介君!何を!……」


 全員の驚いたような顔。それはすぐに泣き出しそうな顔に変わり、僕へと駆け出そうとした瞬間―――扉は閉じた。


「さあ、百目顎。僕が相手だ」


自分の痛みは耐えられる。誰も決して、傷つけさせない。

僕は百目顎に向かって走り出した。



〈 ある殺人鬼の独白 〉


 僕の目の前には死体が転がっている。隠し持っていた武器、火器、そして素手。ありとあらゆる手段で陵辱し、殺した者。その名は弟切恭介。

 僕を唯一理解し、そして死んだ男だ。何度切り刻んでも、何度燃やし尽くしても不死鳥のように復活する男―――のはずだった。

 だった―――そう、今はもう、生き返らない。不死薬LIFE-Cの効力を使い果たしただ骸として転がるだけだった。

 いくら痛めつけても、いくら切り刻んでも、最後までこいつは悲鳴を上げなかった。最後には笑いもした。そのむかつく笑顔を潰しても、僕の脳裏にはそいつの顔が張り付いて消えずにいた。

 消えろ。

 最初に毒を打ち込んだ時もそう思った。早く消えろ。消え失せろ。お前など、見たくない。

 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。

 頼むから、消えてくれ。

 何だこの感情は。

 人を殺して、初めて湧き上がってきた。これは一体何だ?

 僕はどうしたいのだ?どうなって欲しいのだ?

 こいつを殺しても、なんら喜びも愉悦も感じたりはしなかった。どうして―――。


 そうか。


 気がついてしまった。そうだ、そうなのだ。僕はもう、負けている。そして今、こいつに起き上がって欲しいと祈っている。負けを認め、死にたいと願っている。


 ―――これが、後悔か。


 もう、その願いは叶わないだろう。後数分もすればこの部屋は海水で満たされる。僕に出来る事は無い。―――もう、何一つ。



※※※※※



 ―――船の管理室。甚助は操作パネルを操る手を止めた。


「格納庫のロックが外れました」

「そうか……」

「坊ちゃんの、遺体を取りに行かないと……」

「……そうだな」

「一緒に来ますか?それとも……」

「うえ~~~~~ん!恭介の馬鹿~~~~~~!この歳で未亡人なんて嫌~~~~」

「ミコト、お前は待っていろ」

「ぐすっ……ううん、ついてく」

「正直、原型を留めてくれていれば御の字ですから。気はしっかり持っていて下さい。そもそも排水時に引っかかってくれなければ、何も見つかりませんが」

「うえ~~~~~ん!」


 ―――恭介。


 思い出した。中学の時、私は確かに弟切恭介に会っていた。

 何もかも、周りにいるもの全てに殺す為の理由を求め、その価値のない者は全て自分の世界から隔絶していたあの頃。

 なんと狭い世界で生きてきたのだろうか。勿論この世には、私の人生に必要の無い人間も数多く居ることだろう。しかし、可能性の輪を広げ、話し合う価値は誰にでもあるのだ。そう―――奪い取る前に。

 私達は今、格納庫の扉の前に立っていた。先程恭介が私達を置いて閉めてしまった扉の前に。

 私の欲したものは、必要だと思ったものは、護りたいと思ったものは、眼前でするりと手から滑り落ちてしまった。今の私には、何もない。いや―――。


「恭介―――ありがとう」


 彼は私達に命を残してくれた。これから先、何があろうとも、それを忘れず生きていこう。

 この、限りある時間を―――。

 扉が開く。迎えに来たよ。恭介。さあ、帰ろう――――。


「え」

「嘘」

「―――」


 私達の目の前には、五体満足で、素っ裸の弟切恭介が立っていた。


「あの、こ、こんにちは。皆さん……」


 股間を手で押さえつつ前かがみで締まらないことを言う。間違いない。これは弟切恭介だ。


「生きて……いたのか?まさか、その百目顎に勝ったのか?いや、しかし部屋は水で……」


 素直に嬉しいという気持ちよりも先に、目の前の現実が信じられなくて激しく動揺してしまう。


「もしかして―――あのLIFE-Cとかいう薬の効果が、戻ったの?」

「いえ、それは無いはずです。どう足掻いても時間的に無理です」


 考えろ。そうだ、残った可能性は一つしかないではないか。




「我々はLIFE-Cの……使用回数を数え間違えた、のではないか?」




「まさか」

「マジで?」

「そうなの?」


 私を除く全員が怪訝な顔で私を見つめ返してきた。これは回答を求められている目だ。私は暫し考え、ある可能性に思い至った。


「考えられる可能性は―――もしかして、どれかの死亡で、実は死んでいなかった、のではないだろうか」

「え?でも間違いなく死んだはずですよ。最初はミトさんに首を折られ、次に綺堂命に毒殺され、その後生き返った際に首を切り飛ばされ、百目顎にLIFE-Cの効果を吸い取られ、貫木蝶子に刺されて死んで、そして僕は間違いなく百目顎にさっき殺されました。えーとやっぱり六回死んでます、よね?」

「その一回分多いのは、どれかが死因でなかったのだ。おそらくは、そう、毒だろう」

「毒?」

「君は砒素では死ななかったんだ。仮死状態か、気絶していたかは定かではないが、朦朧としたまま目覚め、そこで首を撥ねられた」


 全員が呆然とした顔で私の話を聞いていた。


「元々本物の綺堂命は二回分の致死量の毒を持ち込もうとしたはずだ。これは百目顎が私と君に二回毒を使用していることからも明らかだ。元々は二倍の量で君一人を確実に殺すつもりで用意したのだろう。あらゆる場所に隠し持ち込むにもぎりぎりの量だったはずだ。しかし分割して使ったためか、綺堂命から毒を奪う過程でその量が若干目減りしたのか、一回分の量では君はすぐに死ななかった。私同様にな。百目顎ともあろう者が毒殺の確認を怠ったのは解せないが……いや、それほどまでに君を……」


 なるほど、という顔で皆が感心した顔で私を見ていた。

 自分でも口に出すことで、ようやく気持ちが落ち着き、事態を把握しつつあった。そして、ようやく恭介が生きているという実感を得始めた。


「恭介……」

「はは……ミトさん……」

「はい、ストップ」


 見つめ合っていた私達の間にミコトが割って入ってきた。


「恭介、約束忘れてないよね」

「え、何だっけ?」

「デート!ほら、もうルーレットのじ・か・ん!」

「え、本気でまだやるつもりだったの?」

「うん。てかお母様も助けに行かないとね!どうせ戻るんだからちゃんと確かめるよ!」


 恭介はばつの悪そうな顔で私に目配せしてきた。どうしよう、助け舟を出すべきか、いや……。


「約束は守らねばな。しかし、私かもしれないぞ?デートの相手は」

「む!そんなことないもん!さ!早く確かめよう!」

「行こうか恭介。私も君と、話したい」


 私達に両手を取られ、恭介は部屋から連れ出されて行く。


「せ、せめて服を~~~~。というか僕フルちんなんですけど~~~?」

「いいっすねえ。両手に、花」


 涙目の恭介を、甚助は笑いながら見送った。



エピローグ


 あの事件から、表向き僕の暗殺は止んだ。裏では未だに戦争企業同士のけん制合戦や暗闘が行われているらしいが、一応僕に関しては休戦が成立したらしい。

 首謀者である百目顎の死が彼らに及ぼした影響は相当大きかったのだと思う。それに、幾つもの違法行為の証拠を母に握られた各陣営は今のところ大人しくせざるを得ない。

 百目顎は結局格納庫からは見当たらなかった。おそらく、海の藻屑になったのだろう。生きているかもと思ったりもしたが、九十九ミトが「あいつの息吹をもう、感じない」そう、短く否定した。

 九十九ミトの処遇は母が預かることになった。

 生きていくためにはクローンの培養が必要だが、九十九ミトはそれを拒否した。「限りある命と時間で、傍に寄り添えれば十分だ」と言って。

 甚助はいつも通りの言葉遣いに戻った。今後もずっとそれで固定してくれないか?と僕が頼んだら、甚助は快諾した。実は結構、軽い口調のほうが好きらしい。

 ミコトは―――(中略)。

 僕の暗殺は止まったが、いつまたそれが再開されるのか分からない。が、今はこの幸せを噛み締めたいと思う。

 後、皆に「自分の命を大切にしろ」と怒られたことだけは追記しておこう。

 それではこれで―――、え?結局あの後どっちとデートしたのかって?


 それは―――もう、時間なので。


その昔スーパーダッシュ文庫に投稿し、第三次まで残った作品です。

デビューにあたり投稿してみようかと思いまして上げました。

このあとオリジナルの作品をまた上げたいと思います。

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