お泊りイベント
九十九ミトは貫木蝶子の遺体を観察していた。彼女のツインテールを持ち上げ振ってみているが、振れば中から飴でも出てくるのだろうか?
「素晴らしい腕前だな。私も二撃目までは観察出来たのだが、まさかもう一撃加えていたとは」
彼女はうんうんと頷きながら僕にも見るように促した。
「ほら、ここを見ろ。まず初撃で貫木の上腕動脈を、二撃目で大腿動脈を、そして最後の一撃で心臓に繋がる動脈を切っている。だが、驚くべきところはそこじゃない。彼女は動脈だけ、他を傷付けずそれだけを切っているように見せている。恐るべき暗器の使い手だな」
そういうとその傷口を僕に見せる。傍目にはそこに傷があるようにはまったく見えない。ただ薄っすらと赤い線が引かれているように……。
訝しげな目で見ているとミトさんはその赤い線を触り上下に動かす。するとその赤い線はぱっくりと口を開け、中からどろりとした血液が溢れ落ちてきた。
「うわ!?」
「どうだ、すごいだろう?あまりにも鮮やかな切り口ゆえ外に血すら噴出さない、だが内部の血管は致命傷の箇所を過たず切断している。まさに生け造りのように人を調理したようだな。私も目では奴の武器を追えなかったが、どこか身体に仕込んでいるのだろうな」
こんなのと甚助と二人で渡り合うつもりだったのかと思うと血の気が若干引いてきた。死なないだけじゃまったくもって彼女達に対抗なんて出来なかったに違いない。その時ふと、とある疑問が頭に浮かんだのでそのままぶつけて見ることにした。
「でも、なんで彼女―――此花散は貫木蝶子を殺したんでしょうね」
「それは私もいくつか可能性を考えたが、すべて推論で留まるレベルの回答しか得られていない。まあ一応もっとも可能性が高いのは『殺すつもり』だったから、ではないかと考えている」
「殺すつもりだった?」
「ああ、元々彼女を殺害することがミッションの一つである、という可能性だ」
意外な答えが返ってきて戸惑ってしまった。元々の暗殺の対象が僕ではない可能性もあるというのだろうか?僕が黙っていると彼女はこう補足した。
「彼女が計画の邪魔になった際は除去しろと誰かに命令されていた、もしくは個人的な怨恨によるもので機会を窺っていた、その二点が最有力だろうな。あるいはその、両方か」
「どちらかというと偶発的な出来事が重なってそれが起きたということ?」
「まあ貫木の暴走は突発的な代物ではあるにしろ予測は出来たことかもしれない。遅かれ早かれこうなっていたのではないかな、夜までには」
それにしてもなんてこらえ性のない暗殺者だろうか。
「さて、持ち物は特に何も見当たらないな。元々用意された着替え以外ほとんど持ち込めない。だからこそ貫木の武器は映えていたのだと思うが、上手がいたのは計算外だったか」
「あの、つかぬことをお伺いしますが……ミトさんも何か持っているんですか?」
ちょっと勇気を出して聞いてみた。一応僕もパートナーの武器くらい把握しておくべきだろうと思ったのもあるけれど。
「ん?私はほら、これだけだ」
そう言って彼女は自身の両腕を僕に差し出して見せた。
「え……っと、素手?」
「そうだ。私の主武器はこの、己の肉体だ」
そういえば僕の首を折ったのもこの腕でしたっけ。
「あまり侮らない方がいいぞ。いざとなれば部屋の扉くらいなら砕ける―――かもしれない」
わーそれなら僕の協力要りませんね。
「まあ実際に試すわけにもいかんしな。安心しろ、恐らく純粋な格闘戦においては私がこの竜宮御殿内では最強のはずだ。それ以外の心配をするといい」
とりあえず当分彼女には逆らわないほうが良さそうだ。
部屋のほうも調べてみたが、特に何か見つかる物もなく、僕らは一旦お互いの部屋に戻ることにした。
「じゃあ、夕食休憩時にまた落ち合うということで……」
「すまないが、一つお願いをしてもいいだろうか?」
「はい?何でしょうか……」
「君の部屋で、寝かせてくれ」
「ぶっ」
自分が殺されたことでも中々驚かない僕が驚きのあまり噴出してしまった。
「ななななにをおっしゃっているんでしょうかかかかか?」
ヤバイ。呂律が回らないほど動揺するなんていつ以来だろう。顔が熱い。
「他意はない。君に危害を加えたりもしない。むしろ逆にお互いの為になると思うから提案したまでだが」
「どどどどういうことでしょうかかかか?」
呂律は旅に出てしまい中々帰ってこない。困ったなあ。
「どうも、これから先は部屋の中も安全ではない気がするのだ。確認をするのを忘れたが、甚助という奴はもしやマスターキーを持っていなかったか?だとしたら非常に不味い可能性に思い至ったのだ」
「え……た、確かに持っていますけどどうしてそれが不味いのですか?」
「最初に聞いておくべきだった。そもそも君が殺された時に部屋に入りサポートできる人物がいたとしたらマスターキーに準ずる何かを持っていなくてはおかしいからな。尼崎甚助が姿を見せているなら問題ないのだが、今そいつは見当たらないのだろう?」
「確かにそうですけど……もしかして、甚助のことを疑っているんですか?」
「その可能性は十分にあるが、別の可能性のほうが厄介だ。マスターキーを紛失しているのではないかという、可能性だ」
「紛失……」
「尼崎甚助が百目顎にやられ、マスターキーを取られてしまった。もしくは甚助自身が百目である。もうひとつある可能性は―――マスターキーを紛失してしまったがため、どこかに閉じ込められている」
甚助の間抜け顔を思い出す。―――十分に可能性はありそうだ。彼が百目顎であるという以外は。
「であれば、どの可能性であっても部屋は安全な場所ではありえない。わかるな?」
なるほど、確かに彼女の言う通りである。しかし、問題はその、そこじゃないような……。
「まあ君に私を守ってくれるなどということは期待してないが、不測の事態で君を失うことになってはこちらが困るのだ。たとえば、誘拐とかな」
「!」
「そう、君がいくら死なない身体とは言え、君がどこか私の知らない場所に拉致監禁されてしまえばそれでほぼチェックメイト。私は何も出来ずに奴がここでやることを見守るしか出来ない。それは高確率で私の死を意味する。だから、一緒に居て貰いたい。だめか?」
いやあ、その主張は存分に分かるんですが、だから問題はそこじゃなくてですね……あれ?
何かが、僕の頭の片隅で引っかかる。今彼女は何か、とても大事なことを言ったような……。
「駄目か?」
意識を前に戻すと彼女の顔が目の前にあった。
「は、はい。どうぞ……」
どうやら呂律君も帰宅したようだ。考えがまとまりなんとか落ち着きを取り戻した。これなら彼女が部屋に入っても……いや全然無理ですって。しかし断るわけにもいかないことは分かっている。しょうがない、色々覚悟を決めよう。
こうして僕と九十九ミトは連れ立って部屋に入ったのだった。
◆
さて、あいつは何と言ったかな。たしか―――そう貫木、花子。いや蝶子だったか。
僕が仕込んだ暗殺者の中ではあまりにも出来が悪すぎて『商品名』を忘れてしまった。アレを僕の作品だと思われては沽券に関わる。アレは僕の仕込みについてこれずに逃げ出した欠陥品だ。暗殺業界で名前を聞く度に消してしまいたい衝動に駆られていた。
そうだ、いい方法を思いついた。今回の計画にこれを組み込んでしまおう。となると人選は……よし大体固まった。これできっと奴を消せるに違いない。もう目障りな蝿に悩まされずに済むかと思うと、頭がすっきりとして来て最高にハイになれそうだ。
しかし、始末するのはよいが、タイミングは選べないかもしれない。適切な時にそれが起こればいいが……まあそれだけはさすがの僕でも分からない。しかし、分からないことがあるからこそ、世の中は楽しいのだ。ああ、早く殺したい。殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい、殺そう殺そう殺そう殺そう、我慢できない我慢できない我慢できない……しょうがないな、滾っちゃった。
暗い自室に隣にある部屋の扉を開ける。その暗く、陰惨な臭いのする赤黒い部屋の中には幾人かの人間が拘束され、置かれていた。
「やあ、僕のおやつ達」
この空いたお腹を満たすにはこのおやつだけでは恐らく不足であろう。でも、まあ食べねば飢えて死んでしまう。食べよう、そして生きるのだ。明日また、殺す為に。
◆
どうしてこうなったんだろう?どうしてこんな風になってしまったのだろう?この状況は絶対におかしい。
「すごいな。受けた傷は綺麗に、痕も残らない。どうしてこんな風に治るのだ?」
彼女は僕の身体に指を這わせる。非常にくすぐったい。
「あ、あのちょっとそれは……」
「ああ、すまん。その秘密を聞いてしまっては殺す意味はないな。私が自分でそれを成すことに意味があるというのに」
「いや、その、そういうことじゃなくてですね……」
「うん?ああ悪かった。私ばかり触るのは協力関係としては不適だったな。では、私のも触るといい、好きなところを」
「いやあ……その素敵な申し出ですが、お断りします。問題はそこじゃなくてですね……」
「問題?私の身体に何か問題があるのか?あまり人に触らせたことなどないが私の身体に何か他と違った重要な相違があるのだろうか?」
「いや、その、いえ、あの」
「じっくりと見てその違いがわかるなら教えて欲しいのだが、一体どこが問題なのだ?」
「この状況です」
僕達は部屋に備え付けられている少し広めのバスルームにいた。今僕らは二人とも素っ裸で、風呂に浸かっている。この状況は誰がどう見てもおかしいと思う。僕は出来るだけ目の焦点を合わせないようにしてなんとか耐え凌いでいた。
事の起こりは五分ほど前に遡る。とりあえず血を拭う為に僕は風呂を沸かし入ることにした。当然彼女は部屋で大人しく待っていてくれる……と思ったのだが……。
「邪魔するぞ」
そう一言だけ言い放ち普通に風呂場に入ってきたのだった、一糸纏わぬ姿で。
一瞬何が起こったのか分からなくなり僕は固まってしまった。何をしているの、ミトさん?
彼女は美しい肉体美を惜しげもなく晒して風呂場の入り口に立っている。モデルのようなフォルムの外面とは裏腹にその肌の張り、起こりからその中身には相当の筋肉が詰め込まれていることが良く分かる、って何僕はじっくり観察しているんだ。
「な、何をなさっているのでしょうか?」
「背中を流そうかと思ってな」
「お断り、致します」
しかしその申し出は効かなかったのだった。そして現在に至るのだけど……。
「そもそも、何で一緒に入ろうなんて考えるんですか。あの、恥ずかしかったりしないんですか?」
「いや?そもそも私は部屋ではあまり服を着ないのでな。この格好は普通だ」
「いえ、その男性の前に素っ裸でいるという行為に対して何か思うところはないのかという話なのですが……」
「ないな」
断言早っ。
「私にとっても良い機会だ。暗殺者としてこの歳まで色仕掛けなどの女を前面に押し出した行為はこれまでしたことがなかった。知識としては持っているが実践をしないと分からないことも多い。すまんが練習に付き合ってくれると助かるのだが」
「もう、半分くらい無理やり付き合わせてますよね?」
もう少し自分の身体を大事にしたらどうでしょう。僕が言うのもなんですが。
「変な所はないか?特に他人と違った箇所とか、醜い部分とか……」
「いえ、とても美しいと思います。ですので、早く出て行って下さいませんか」
そろそろのぼせてぶっ倒れるので出来れば早めに。
「そうなのか?それにしては、君のその男性器は私の身体を見ても反応していないようなのだが……」
どこを観察しているんですか。訴えますよ。
「あの、ミトさんはミケランジェロの像を見て、性的な興奮を覚えたりするでしょうか?」
「?いや、そんなことはないな」
「それと同じです。貴方の身体は僕にとってまるで絵画の中に居るビーナスのようなものです。完璧すぎて、女性というより、神のようなものです。神様には、勃ちません」
その言葉を聞いた彼女は一瞬真顔で固まり、そしてすぐに噴出した。
「あっははははは!……いや、すまん。そうか、私は女神か」
どこに受けるツボがあったのだろう?
「女神、ね。どちらかといえば、人の命を刈り取るだけの悪魔ではないのか?」
「命を刈り取るなんて、神様はよくやっていますよ。悪魔よりよっぽど、性質が悪い。無作為じゃないだけ、ずいぶんと良心的だと思いますよ?」
「……君は思ったより、優しいな」
自嘲気味な口ぶりで彼女はそう呟いた。何か、思うところがあるのだろうか。
「ええ、その優しさが理性に勝っているうちに、お願いですから出て行って下さい。ミトさんは美しくミステリアスで僕の想像の範疇を超えています。貴方とはパートナーですが、あまり親しくなってその、興味が出たり、理解してしまったらきっと、その……」
「分かった。私が悪かった」
彼女は湯船から立ち上がり僕に背を向けた。僕は彼女の方を向かずに、壁を見つめる。
「女神でいるうちに上がるとするよ。先に出ているとしよう」
助かった。ぶっちゃけていえば状況について来てないからあそこが反応しなかっただけである。今彼女の身体を見たら恐らく怪しい。
「ああ、そうだ。一つ聞いても良いか?」
「……なんですか?」
「本当に、私の身体は変じゃ……ないか?」
何だろう?この質問をした彼女の声には、今までの声の中には無かった響きを感じた。
「……はい。完璧な肉体だと、思います」
「……完璧、か」
おかしい。彼女の声には、何か悲しそうな、辛そうな、そんな響きが間違いなくある。この答えでは駄目だ。僕は直感的にそれを悟った。彼女が風呂場の扉に手をかけ、出て行こうとした時、僕は再び彼女に向かって言葉を投げかけた。
「完璧に、完璧にミトさんが作り上げた、素晴らしい肉体だと、思います!」
彼女の動きが止まるのが分かった。
「僕だって分かります。それがどれだけの修練を積んで鍛え上げたものかは。ミトさんの美しさは、それは天性の持って生まれたものもあるでしょうけど、でもそれを支えているのは間違いなく貴方自身の努力でしょう?」
彼女は動かないで僕の話を聞いている。
「中身のない人間にそんなことは出来ない。貴方が美しく、気品を保ち立ち振る舞えるのは、貴方が……その暗殺者といえども……美しい『何か』を自分の中に持っているからだと、思うんです」
バタン!と扉が閉められる音がした。出て行った、のだろうか?ふうっと一息つき、僕も風呂から上がろうと立ち上がり振り返ると――――
彼女は、九十九ミトはまだ風呂場の出口に立っていた。その時彼女も振り返り、僕と目が合った。
彼女は顔を赤らめ―――泣いていた―――ように見えた。
ドキンッ
彼女はすぐに出口の方へ向き直ると、そのまま出口を開け出て行ってしまった。
残された僕は、閉められた扉を見つめながらしばらく呆然としていた。今のは……見間違いだろうか?
彼女が風呂場から出て行ってから数分後、僕も着替えを済ませ部屋に戻った。九十九ミトは黒いシャツと短パン姿で部屋の片隅で冷蔵庫から出したと思われるスポーツ飲料を飲んでいた。
「あの……上がりました」
「休む」
「え?」
そう言うと彼女は床に座ったまま壁を背に目を閉じてしまった。寝てしまった、のだろうか?
僕は冷蔵庫からコーラのボトルを取り出し一気に飲んだ。
「ゴホッ!ぐ……」
当然の様にむせた。しかし、こうでもしないと彼女の風呂場で見せた顔が忘れられそうもなかった。他のことで無理やり気をそちらにやっていないと、すぐに彼女の―――九十九ミトの顔が浮かんできてしまう。おいおい、相手は暗殺者ですよ?意外な一面を見せられると萌えるとか、惹きつけられるとか、そういうことなのだろうか?
彼女の寝顔を見る。
――――いつもと同じ、冷静な、冷徹な顔だ。
僕はベッドに潜り込む。
――――寝よう。
寝てしまおう。人は寝ている間に考え事を脳が整理してくれる機能があるらしい。それに期待しよう。僕がこの気持ちを整理して、全ての謎を解き、百目顎を見つけ、無事ここから出れるように――――。




