二人目
―――彼女は今、なんと言った?「死なないの?」って、それはつまり……。
「君は―――暗殺者、なのか?」
「……ええ、そうよ」
目から火花が出そうになる発言が彼女、九十九ミトから発せられ、僕は固まってしまった。
「止まらないで、歩きましょう。変に思われたくは無いわ」
「待てよ……じゃあお前が、お前が綺堂さんを殺したのか!?」
「―――ふうん。彼女やっぱり死んだの」
「しらばっくれるなよ!惚けたって……」
声を荒げた瞬間彼女が僕の首に手を回し、もの凄い力で押さえつけた。苦しくて息が詰まりそうになる。
「声が大きい。それに、私は彼女を殺してはいない」
彼女は急に冷徹で事務的な口調で僕にささやく。ど、どういうことだ?殺してない?いや、単に彼女が僕に嘘をついているだけかもしれないし……。
「そもそも私が危険を冒してまで君に正体を晒すメリットを考えてくれないか?頼むから全部聞くまで静かにしていてくれると助かるのだが」
そう言って彼女は僕の拘束を解く。
「げほ、げほっ……。じゃ、じゃあ納得いく説明を頼みます……」
彼女は頷くとこの状況の説明を始めた。
「まず、私は九十九財閥の長女としてここに来ているのだが―――まあ当然そんなことはない」
それは普通に考えればそうだろう。でも僕はたしかに彼女と中学時代に出会っているし顔は間違いなく彼女のそれだった。これは一体どういうことだろう?
「でも、その顔は間違いなく―――その……」
「それはそうだろう、同じ顔なのだから」
言っている意味が分からない。整形手術でも施したり変装したり、ということなのだろうか?僕が頭の上にはてなマークをつけているのを見て彼女は更に補足する。
「まあ、変装の一種だと思ってくれればいい。極めて特殊な」
「は、はぁ」
「そもそもここに来て依頼を精査するうちに、私は自身が嵌められたのではないかと確信するに至った。好奇心ゆえに来て見たが、とんだミイラ取りという奴だな。だから私は自身を守るためにも、君に協力を仰ぎたい」
「えっと……それはつまり、依頼人を裏切るってことですか?」
「そう受け取ってもらって構わない。というよりも先に裏切っているのは依頼人だがな」
心強い味方なのか悪魔のユダなのか分からないが、ともかく僕にとっては現状では良い材料を一つ手に入れたことになるのだろうか。とはいえ一つ確認しなくてはいけないことが残っている。
「さっき……綺堂さんを殺してないって言ってたけれど、それは本当?」
そうだ、彼女が暗殺者である以上全ては信用することは出来ない。それに綺堂さんを殺した犯人だとしたら協力など論外だ。
「ああ、私ではない。おそらくは私以外にも暗殺者がいるのだろう。私が彼女を殺してないことは証明出来ないが」
彼女以外にも暗殺者がいる―――ぞっとすることをさらりと言わないで欲しい。
「それにしても彼女が死んだってなんで分かったんですか?」
「分かるさ。今回の首謀者は暗殺のタイミングを自ら作り出し、演出している。あの時、また停電があっただろう?」
あった―――ような気がする。
「つまりそのタイミングで竜宮御殿のセキュリティに攻撃をしているんだ。だからその時に暗殺をしかけていると見るのが普通だろう?」
言われてみれば当然だ。
「で、君は夕食時に居たが彼女の姿は見えなかった。つまり、死んだのだなと判断したまでだ」
一つの疑問は解消したが、でもまだ簡単に彼女を信頼するわけにもいかなかった。
「でも、それでもまだ貴方を信用することは……」
「だろうな、だから取引をしたい」
「?」
「今回の私が知りうる限りの情報、そして首謀者の名前とその特徴を話す。君にその気が出来たらまた私のところに来るといい。期限は明日までだ。それを過ぎたら私は独自で動く」
どうするべきだろう?彼女を信頼するべきか、それとも甚助や母に一旦は相談すべきだろうか。僕の判断だけで決めるにはリスクが大きすぎるのも事実だ。
「……分かりました」
とりあえず彼女の申し出は考慮には値するだろう。帰ったら早く相談しなければ。
「あのもう一つだけ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
さっきからどうにも引っかかることがもう一つあった。聞くのはかなり抵抗があったのだが聞いておく必要があると思い直した。
「あの、どうして僕が死なない体質だってことを知ってるんですか?」
一瞬だけ彼女の表情が強張ったがすぐに頬を緩ませ口を開いた。
「簡単なことだ。君を最初に殺したのは、私だ」
予想的中、ですよねー。
「首を折ったはずの君がぴんぴんして目の前に現れたときはさすがの私も肝が冷えたぞ。私が初見で殺せなかった人間は君が二人目だ」
やっぱり信用出来ないかもしれない―――そんな考えが脳裏に浮かぶ、が。
「一気に不信の光が目に宿ったな。まあ君の命を奪うのは、ここを無事に逃げ延びたらまた考えよう。それなりに楽しそうだからな」
止めて下さいお願いします。
「誇りに思うといい。私は意味のある命しか取らない。君はそれに値する人間だ」
どこかで―――聞いたようなフレーズ。あれ?確かそれは……。
「では、また。御機嫌よう」
元の丁寧な口調でそう言うと彼女は僕の前からすばやく去っていってしまった。
一人残された僕は、しばらくその場から動けずにいた。頭の中でぐるぐるとまた堂々巡りが始まった。本当にこれから、どうしよう?
翌朝になった。結局甚助に連絡を取ろうと思ったのだが甚助は部屋におらず僕は部屋で一人悶々とするばかりだった。今朝の朝食時には現れるだろうと高をくくっていたのだけれどその期待も裏切られることになった。甚助は食事のテーブルには現れなかったのだ。
「あれあれ?みんな体調悪いのかなあ?」
ミコトが不思議そうな顔で首を傾げている
。
「甚助様はお腹を下しまして何も口に入らないのでお薬を飲みながら静養中です。お気になさらずに」
「そうなんだ。Mちゃんは身体大丈夫?」
「はい、私はすこぶる健康体ですので」
「ミコトも元気だよっ!今度一緒に遊ぼうねMちゃん」
「はい。喜んで」
なんだろうこのやり取り。ほのぼのを通り越して茶番なのではないだろうか?
「さあ、では貫木蝶子様と弟切恭介様、大扉の前にお集まり下さい」
昨日と同じようにMに呼ばれ僕は重い足取りで扉に向かった。貫木さんは既に扉の前にいて僕をすごい勢いで睨んでいる。その視線からは物凄い殺気を感じる。もう行く前から何が起こるか分かる。ああ、嫌だ。
「えーと、ではお二人にはアミューズメント施設区画で……」
「行きたくない……」
地の底から響くような恨めしい声で貫木さんはデートを拒否した。
「いやあの……一応形ばかりでも行って頂きたいのですが、貫木様」
「具合が……悪い」
貫木さんは腹を押さえながら恨めしそうな目で訴えかける。
「それは―――」
そう来たか。確かにそう言われたら無理強いは出来ない。
「そう―――ですか。では残念ですが本日のお見合いは中止ということにさせて頂きます。恭介様も宜しいですか?」
「ええ、とても、残念ですけど」
まったく心の篭ってない返答をした。正直気は進まなかったしこれで良いのではないかと思ったのだが、これで彼女が暗殺者かどうか探りを入れることはちょっと難しくなってしまった。さてどうしたものか……。
「では恭介様。お部屋までエスコートをよろしくお願い致します」
おい。
何を言い出すんだという顔つきで僕と貫木さんはMを睨み付けた。
「レディを介抱するのも紳士の務めかと思います。こちらで薬をご用意して置きますのでお部屋でお休みになるまで少しでもお話して気を落ち着けて下さいませ」
いやあ……あの、まあ確かに調査目的ならGJな発言なのかもしれないけど、今まったく気乗りがしないんですが。
「一人で良いって言ってるでしょ!ふざけてんの!このポンコツ青狸!」
とても元気な発言で彼女はMを罵倒した。思ったより感情表現がストレートな人なのかもしれない。
「大分、お元気なようですが?」
「ああそうだよ!こんな糞餓鬼とおままごとみたいなことしたくねーって言ってんだ!俺はんなもん興味ねーから放っとけってんだよ!」
なんかべらんめぇ口調になってるんですけど。良い所のお嬢様……じゃないのかなあ?
「あーもうめんどくせ―――――!」
そう言うと彼女は自らの左腕を捻り――――外した!?
ジャキン!
取り外した腕の付け根から刃のようなものが突き出ている。なんだ―――あれは?
「全員ぶっ殺せば問題ねーだろがよ!いい加減うぜーんだよてめーら!」
調べるまでもなく正体を現した。こいつが―――綺堂さんを殺したのか?
思わず後ずさる。すると―――
「あれあれ?まだ出発しないの恭介?」
物見遊山のミコトが僕の方にふらふらと近づいて来た。馬鹿、危ないって!
周りを見るとまだみんな部屋には入っていなかった。皆、異様な雰囲気を感じ取ってか遠巻きに見守っている。
「あーうぜ!うぜ!うぜ!うぜ!おめーらみんな仲良く皆殺しだ!それでこの仕事は終いだっつの!このゴミ虫共がッッッ!俺の骨錐の露に消えな!」
あ、あの腕から出ている錐のような鋭いものは自分の骨!?だからこの竜宮御殿に入るときもチェックで気付かれなかったのか!?自分の身体で出来た武器だったから―――。
「ふえーどうなってんのその腕。すごいねー」
もう貫木蝶子のすぐ後ろまでミコトが来ていた。のん気そうな声で話しかけてる場合じゃない。今すぐあいつを引き剥がさないと――――。貫木蝶子は無言で振り返りその腕の刀をスッとミコトに向け―――
「――――止せっ!」
僕は彼女達の間に割って入る。
「きえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ――――――――――――――――――――――――!」
貫木蝶子の絶叫が木霊する中僕は胸の中央、心臓のある位置に鋭い衝撃を受け、またもや意識は暗闇の底へと落ちていったのだった。




