質問
「大丈夫、っすか?」
背後からの声に思わず僕は飛びのいた。そこには―――
「甚―――助」
「竜宮御殿が急なシステムダウンを起こしたもんで来るのが遅れました。すんません―――ちょっと失礼」
そう言って甚助は綺堂命の死体を調べ始めた。
「……心臓を一突き、そして間髪を入れずに首を撥ねてるっすね」
酷いことを……。そうすると甚助は僕に向き直り今度は僕の体を弄った。
「ちょ、ちょっと待てよ!何を……」
「恭介君、動かないで」
「そんなことを言われても……」
首筋の辺りを入念に甚助は調べている。そして……。
「何回、死んだっすか?」
「え?えーと……」
「大事なことなんで、正確に」
「た、多分毒で、一回?」
「毒殺、だったんすか?」
意外そうに甚助は尋ねてくる。どうしたんだろう?
「自分の服、良く見たほうがいいっすよ?」
そう言われ僕は自分の服を改めて見直す。すると―――
「何―――これ」
僕の服は―――血まみれだった。
「服の、その胸のところ、同じ穴っすね」
僕の服、その心臓の真上あたりの箇所に、刃物を刺したかのような跡があった。
「それと、首を切られてるっすね」
「え!?ほんとに?」
意外な指摘を受ける。
「ええ、だって襟元に血がべっとり噴出した跡があるっすから。首の動脈を切られなきゃそこまで着かないっすよ」
うへえ、切られた瞬間なんてまったく覚えてない。なんという早業だ。
「凄腕っすね。手強い」
念の為、と言って甚助は腰につけたポーチからいくつかの道具を取り出し僕の服に染みた血を採り、検査を始めた。
「砒素―――っすね」
そして甚助は床に転がっていた注射器を見つけ眺め、頷く。
「注射器のサイズからして致死量の二倍ほどまで注入可能、ですか―――人気者っすねえ」
やめてくれ。思い出したら吐き気がしてきた。
「つまり、僕は二回殺された?」
カウント3。
「やばくない?」
「やばいっすよ?」
思わず顔を見合わせる。しかし、そんな焦燥も目の前にある綺堂命さんの死体を見て消し飛ぶ。そして、僕の中からマグマのような怒りが沸々と湧いて来た。
「一体―――誰が……こんな酷いことを。甚助、すぐ彼女を外に出して、弔ってあげ……」
「……そうしたいのは山々っすけど、悪いけど本当に出れないっす」
「なんでだよ!関係ない人が死んでるんだぞ!?緊急事態だろ!?僕が死ぬのはいいさ。でもね、ここに居たら他の無関係の人まで危険に晒すんだ!中止して今すぐに帰らせろ!母に連絡を取れよ甚助!」
「無理っす」
「甚助!」
「だってここは、海底っすから」
「―――は?」
「竜宮御殿、海底二千メートルに建造された海底シェルター。場所を特定するのも困難。内部のどんな人間も逃がさない。移動手段は片道二時間かけて射出される潜水艇しかない。しかし現在謎のシステムダウンによりその機能が失われている最中。現在社長が全力を持って復旧作業中です。ご理解頂けますか?」
「―――分かった」
丁寧な言葉遣いで一気にまくし立てられ僕は思わず頷いた。
「社長の指示を仰いできますから、とりあえず恭介君はシャワーを浴びて着替えてください。あとは俺が処理します」
「で、でも……」
「着替えを持ってきますから。その間にこの部屋のシャワーを使って下さい。では後ほど」
有無を言わさないとはこのことだと思った。普段からお茶らけている人間が急変するとその流れに脳が追いつかないことがある。これがまさにそれだ。
僕は言われるまま身体を洗い流し、甚助の持ってきた服に着替え、自室に戻った。時計を見ると時刻は既に十八時五十分―――もうすぐ夕食の時間になろうとしていた。
「きっつ……」
思わず弱音が出る。そもそも高校一年生に背負わせるには大きすぎる業のような気がするんですが。綺堂命さんの笑顔が脳裏にちらつく。さぞかし無念だったに違いない。僕が―――僕がきっと仇を取ろう。絶対に今回の暗殺者を許さない。そう、心に誓った。
―――夕食時刻。一人足りない食卓。豪華な和食膳を尻目に僕は湧き上がる吐き気を抑えつつ、無理やり箸を口に運んでいた。
「で、どうだったんだい?綺堂さんとのデートはさ!」
何も知らない無邪気な笑顔で天照ミコトが僕に話しかけてきた。
「楽しかった?それともその様子じゃ失敗しちゃったとか?なんかMちゃんがさっき説明してたけど、今綺堂さんは気分が悪くなって医務室なんだって?何かあったの?あ、もしかして君が襲っちゃったりした?だめだよそんな乙女心も解さずにいきなりとか……」
ドン!
思わず僕はテーブルを叩いてしまった。ミコトは驚いたかのように身体を引く。まずい、気取られるような行動はしちゃいけない。
「ご、ごめん。その……ちょっと」
「あーうんうん、こっちこそごめんね?あまり言いたくないことってあるよね。僕が悪かったよ恭介」
あっさりと引いてくれて助かった。ちらっと周りの反応を窺うが他の誰も気にした素振りは見せなかった。
そう、この中にいるはずなのだ。綺堂さんを殺した暗殺者が。そいつからは僕のことがどう見えているのだろう?殺した相手が二度も起き上がり平然と食事を取っている。その中で平静を装い続けるのはさぞかし大変なのではないかと思うのだけど。しかし怪しい素振りを見せる者など誰もいなかった。
甚助が「凄腕っすね」と言っていた意味が良く分かる。しかし、それでも僕は立ち向かわなければならない。
「では、明日のお相手を決めさせていただきます」
食事も終わろうかという頃合いにMが再び明日の抽選を始めた。3D映像のスライドの行方を見守る。
次の相手は―――貫木蝶子に決まった。
僕が今、最も怪しいと睨んでいる人物の一人だ。当の貫木蝶子といえばぶつぶつと独り言を繰り返しさっさと部屋へと向かっていく。どうみても彼女は不審者であることは間違いない。僕は彼女が部屋に行くのを見届け、部屋に戻ろうと踵を返した。―――その時。
「弟切―――恭介君」
僕は意外な人物に声を掛けられた。
「九十九―――ミトさん?」
「ええ、一つ聞きたいことがあるの、いいかしら?」
彼女は吸い込まれそうな瞳で僕をじっと見つめている。本当は疲れていて今すぐにもベッドに転がり込んで眠りたい。でも僕にはNOと言うことは出来なかった。
「人に、聞かれない場所がいいわ。少し歩きましょう」
僕らは大扉を出て話しながら歩くことにした。例によってミコトが恨めしそうな顔で僕を見つめてきたりしたのだが見なかったことにする。
大廊下を歩きながら僕らは話を始めた。
「あの……僕に何の御用ですか?」
「どうして?」
「え?どうしてって……」
「どうして君は、死なないの?」
―――百目顎は考えに沈んでいた。
さて、二度目の攻撃も成功した。竜宮御殿のセキュリティは堅牢だ。だが幾重にも張った罠は今のところ功を奏している。計画は順調そのもの。全て筋書き通りにことは進んでいた。
ただ、不安要素もある。九十九ミト―――あいつを計画に組み込んだ時からそれは予感していた。あいつは手駒にはならない。ただ盤上で僕の望む役割だけを演じたりはしないだろう。それでも僕はあいつを組み込むことを厭わなかった。そう、面白くないから。
あいつは最終的には僕の敵になるだろう。どの段階で気が付くのかは分からないが必ず僕に牙を剥くはずだ。今回の目標自体も相当な難敵であるが、それにもう一人最強の敵を加えたら一体どうなるのだろう?そう考えただけで僕は軽くイキそうになってしまう。
そういう意味で僕は九十九ミトを非常に評価していた。僕の育てた暗殺者の中ではまさに白眉だ。ただ、若干精神的な幼さというか無駄な美徳を重視するきらいがあるのが玉に瑕だが。 頼むから最強の布陣となって僕を苦しめてくれ。期待を裏切らないでくれよ―――九十九ミト。
そう、ただ勝つだけなんて面白くも何とも無い。敵がいて、初めて正義の味方は輝くのだ。
正義、というのは人を殺すことだと思っている。その人間が積み上げてきたものをこの手で奪い消し去る。その過程が正義と呼べるものだと僕は確信している。
一方で、今回の目標とは違うが、重要なキーになる人物のことを思い出す。出来れば記憶の奥底に仕舞っておきたい人物だった。
死なない男――――弟切恭介。そう、彼は限りなく不死に近い。一度自分で彼を殺してみようと試みて、失敗した。その時は放射性物質と爆弾の併せ技で完璧に殺し死体も汚染したのだ。完璧―――そう、彼の命は確かに僕の手で儚く散ったはずだった。しかし、蘇り再び自分の前に姿を現した時、自分は言いようのない嫌悪を覚えた。
そしてその瞬間僕は彼を殺すことを諦めた。調べているうちにどうやら回数制限があることは分かった。しかしもう殺す気にはなれなかった。殺すのは一度。自分が相手から全てを奪えるのはたったの一度である。それが何度も訪れるなど、自分の美意識からすれば何べん反吐を吐いても釣りがくるであろう。
奴はそういう意味で、屑だ。殺し屋のターゲットとしては最低の部類、自分が殺す価値が見出せない。こんな奴は別の手段で利用し、使い捨てるのがよかろう。そう、私の今回の目的は別にあるのだから。
懐から注射器を一つ取り出す。
『LOST-C』LIFE-Cの効果を吸着できる器具。ただし、一回限りの使い捨てである。
僕自身が開発し、貫木蝶子の義手に仕込んで運ばせた物だった。昨日の内に受け取り、後は自由にしろと貫木に言ったらあの様である。
大きな溜息を一つする。本当に、出来不出来が激しい弟子共だ。
これを使えば、自分自身も一回だけ死んでも生き返ることが出来る。まさに夢のような道具だった。ただし効用は使ってから一時間で切れてしまう。あまりに実用性が低いが、今回はこれを使うことで面白いことが出来るだろう。
さて、それでは僕も楽しむとしよう。これからが、本番なのだから。




