~平均的男子がプロの暗殺者に勝てるとお思いで?~
完結まで書いてある(きりのいいところ)ので毎日ちまちま投稿していきたいと思ってます。
楽しんで頂ければ幸いです。
胸と首の刺し傷、全身火傷、脳挫傷、左腕と右大腿部の銃創、右腕解放骨折、左足切断……。
壁全体がコンクリートで覆われ、一箇所だけ鋼鉄の扉がある、閉ざされた密室。その中央におよそ無事な箇所がない一つの死体が転がっていた。
死体の人物の名は「弟切恭介」
私立天獄坂学園高等部一年生である。
成績は中くらい、運動能力も人並み、中肉中背の平均的身長、イケメンというほどでもないが不細工でもない、いわゆる凡人だった。
ただ一つ、弟切恭介が他人とは大きく違うと認識されている部分、それは世界で三本の指に入る大企業グループ弟切財閥の御曹司であるということだった。
そう、これが元で―――彼、弟切恭介は惨殺されることになったのだ。
さて、どうして彼は死ぬ運命にあったのか?それを説明するには、時を少し戻す必要がある。
そう、あれは今から―――。
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「許婚を決めなさい、恭介」
「はい?」
高校へ通い始めて一学期が終わり夏休みが始まった日のこと、その時僕は朝食を取るテーブルについていた際、母に唐突にそう告げられた。
長いテーブルの反対側にいる母を見つめながらあっけに取られていると、母――弟切撫子は涙を拭く振りをしながら語り続けてきた。
「孫の顔が早く見たいのよ……。最近持病が悪化して私もいつまで元気でいられるかわからないし……」
そう言って母はわざとらしく二、三回と堰をする。
「……母さんの持病はただの肩こりでしょう?」
「あら、そうだったかしら?」
母はその端正な顔立ちでしれっと惚けてみせる。
整えられた短い髪、平時から口元がきゅっと引き締まり、全身から凛々しさがあふれ出している。弟切撫子は僕の母であり、現在の弟切財閥の総帥である。父――弟切宗太郎が他界してよりその全てを引き継ぎ、グループ会社の経営を一手に担っていた。この家の家長であり、誰も逆らうことは出来ない。つまり、この話はすでに決定事項なのだ。
「というわけで、貴方はお見合いをするの」
何が『というわけ』なのだろう。まあ、いいか。
「わかりました。じゃあ支度して参ります」
「理由とか、聞かないわけ?」
「聞いたところでどうなるわけでもありませんし。粛々とお受けしますよ」
「……ほんとつまらない子ねぇ、ちょっとは興味を持ったりとかどうしてこんな話になったとか……」
「人生は、ままならないものですから」
「はぁ……どこの仙人様なのかしら」
呆れ顔で母は溜息をつく。
人生は儚い。そのことを僕は身を持って体感し続けてきた。だからというか、僕は妙に同世代の人間より老成している印象を人に与えるようだ。まあそれは置いておいて、この話を受け入れた理由は他にもあった。僕の母はこうみえて無駄なことをする主義ではない。横暴な話に見えてもきっと何かしらの意図があり、僕のことを考えて決めたことに違いないのだ。
「見合いの相手は我が企業のライバル会社のご息女よ。失礼のないようにね」
「はい。で、それはいつから―――」
母はにっこり笑い、いつの間にか僕の後ろに控えていたボディーガードの尼崎甚助に手を振った。
「今から、よ」
その言葉を聞くや否や、僕は甚助に体を掴まれ、抱えられる格好で部屋から連れ出されたのだった。