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12 不都合な真実

『さて。何から話そうか』


 カガミの膝の上で、考えあぐねるようにチェシャは目を閉じた。

 何が何だかよくわからないが、時間差で出現したⅠ型をいつものように二刀で駆逐したカガミは、管制室に戻ってくるなり、『話を聞くから待機室に来い』とテイラーに命じた。

 普通は『話があるから待機室に来い』なのではないかと思ったが、タケダに目顔で『いいから行ってきなさいよ』と言われたこともあり、首をひねりつつもカガミについていった。

 そして、カガミはいつもの座椅子に腰を下ろし、テイラーはいつもの定位置に腰を落ち着けたのだった。


『私は本当に説明が下手らしいからね。私がわかるだろうと思うことはみんなたいていわからないって言うから一から説明しようとするんだけど、しまいにそんなに細かく説明しなくていいって言われてしまうんだ。逆にこんなこともわからないのかって呆れられたこともあるし。私はもう五歳のときに人に理解してもらうことはあきらめたよ』


 ――え、いきなり愚痴?

 テイラーは拍子抜けしたが、そのときふと思いついたようにチェシャが目を開いた。


『うん、そうだな。……テイラー少尉。君が今いちばん私に訊きたいことは何だい?』

「え、俺ですか?」


 まさかここでそんなことを訊かれるとは思わなかった。テイラーはあわてたが、ここでこんなことを訊かれる羽目になったそもそもの発端を思い出し、チェシャをまっすぐに見つめ返した。


「博士。あなたは自殺したんじゃないんですか?」

『またそれを私に訊くのかい?』


 期待はしていなかったが、案の定、チェシャはうんざりしたようにそう言った。


『前にも言ったはずだ。私はナイトリーの疑似人格。彼がなぜ死んだのかは私にはわからない。以上。では、二番目に訊きたいことは?』

「なぜ急にこんな質疑応答を始めようと思われたんですか?」


 チェシャは金色の瞳を丸くした。テイラーにこんな質問をされるとはまったく予想もしていなかったようだ。


『いや、テイラー少尉。やっぱり君に同席してもらってよかったよ。私は初っ端から肝心なことを君に言い忘れていた』


 勝手に何度もうんうんうなずくと、チェシャは再びテイラーに目を据えた。


『カガミにはさっき〈大鴉(レイヴン)〉の中で話したけど、〈キティ〉へのアップロードはもう完了しているんだ』

「え?」


 思わず声が出た。反射的にカガミの顔も見てしまったが、彼は特に何の表情も浮かべてはいなかった。


「完了したって……え、いつですか? 早くないですか?」

『完了したのは昨日かな。別に早くはないと思うよ。毎日コツコツやっていたしね。むしろ、ちょっと時間をかけすぎてしまったかな。ここ、慣れれば居心地よくてね』

「では、あなたはもうダイナの中から消えるつもりでこんな質疑応答を?」

『希望したのはカガミだよ。消える前に隠していることを全部話していけって言われたんだけど、私は説明下手だし、彼は質問下手だからね。円滑に話を進めるために君に同席してもらったわけだ』

「そんな……俺はインタビュアーじゃないんですから……」


 テイラーは呆れて一人と一匹を見やったが、どちらもしれっとしている。この見かけだけ飼い主とペットは最近よく似てきたような気がしてならない。


「大尉、だったら今度はあなたが直接チェシャに質問してください。俺にはもうこれ以上の質問は思いつけません。別に消える必要はないんじゃないかというのは質問ではないでしょうから」


 深く嘆息してそう言えば、カガミは少しだけ目を見張り、チェシャの頭頂部を見下ろした。


「公国船籍の船はどうしてグリフォンに近づいても〝ジャバ〟には襲われない?」


 テイラーは愕然としてカガミを凝視した。が、チェシャは驚いた様子もなく、むしろ満足げに笑った。


『さすがカガミ。いつも私の痛いところを突いてくるね。でも、それに対する答えは簡単だ。船籍は関係ない。船に搭載されているエンジンがF型エンジンじゃない。ただそれだけだ』

「F型エンジン?」


 カガミが眉をひそめる。テイラーも首をかしげた。

 その対消滅機関のことはテイラーも知っている。確か〝白血球〟と人型兵器にもそれが搭載されていたはずだ。F型よりも高性能・低価格なG型が登場するまでは、数多くの軍艦に採用されていた。


『そうだよ。このエンジンについては今さら説明するまでもないだろう。なぜ誰も気づかなかったのか今でも私は不思議なんだけど、〝ジャバウォック〟に襲撃された軍艦には皆このF型が搭載されていたんだ。まあ、全部が全部襲われたわけじゃなかったから、うっかり見逃されてしまったのかもしれないけどね』


 言われた言葉の意味を、テイラーはすぐには理解できなかった。

 〝ジャバウォック〟はF型エンジンが搭載された軍艦ばかりを襲っていた。そして、〝白血球〟や人型兵器にはそのエンジンが搭載されている――


『これはあくまで仮説だけど、たぶん〝ジャバウォック〟はF型の発する特有の〝ゆらぎ〟に惹かれてこちらに現れた。しかも、この〝ゆらぎ〟は彼らの破壊衝動を直撃してしまうらしい。破壊のレベルにばらつきがあったのは、同じF型でも〝ゆらぎ〟の強さは同じじゃなかったからかもしれないね』

「じゃあ……〝白血球〟や人型兵器にF型が使われているのは……」

『もちろん、〝ジャバウォック〟の出現をグリフォン周辺に限定させるためだよ。G型を開発してF型を駆逐したのも、F型を開発した造船会社を買収したのも、うちでしかF型を使えないようにするためだ。もっとも、〝白血球〟にはF型の他にG型も搭載されていて、防衛ラインに着くまではそちらを稼働させている。でなかったら、ニセウミガメからの移動中に〝ジャバウォック〟に襲撃されてしまうからね。ちなみに、二つ同時に稼働させると〈大鴉(レイヴン)〉の最高速度より速く飛べる。ついでに言うなら、〝白血球〟のF型はグリフォンから離れれば離れるほど強い〝ゆらぎ〟を発生するように設定してある。だから、〝ジャバウォック〟はいつも第五周辺に出現するんだ』

「ということは……」


 ようやくそのことに思い至ったテイラーは、涼しい顔をしているチェシャにおそるおそる訊ねた。


「F型の使用を完全にやめれば、こちらにはもう〝ジャバウォック〟は現れないってことですか……?」

『おそらくは。でも、それじゃ私にとって不都合だ』

「不都合?」


 思わずオウム返しすると、チェシャはあのチェシャ猫笑いを久々に見せた。


『テイラー少尉。今、多少の小競り合いはあっても、銀河系内で大きな戦争は起こっていないのはなぜだと思う? ――〝ジャバウォック〟という神出鬼没の未知の敵がいるからじゃないか』

「あ……」


 改めてそのことを指摘され、テイラーは大きく口を開いた。

 カガミは口は開けていなかったが、またチェシャの頭を見つめていた。人間の子供のような座り方をさせなければ顔も見られるはずなのだが、この一人と一匹はお茶会でもこのスタイルでいることが多い。


『〝ジャバウォック〟は軍艦を襲う。これはもう各陣営のトラウマになっているはずだ。今のところはナイトリーが何らかの手段を使って〝ジャバウォック〟の攻撃対象をグリフォン周辺に集中させているが、もし彼の機嫌を損ねたらまた〝ジャバウォック〟に自分たちの軍艦を襲わせるようにするかもしれない。それが怖いから今のところ私の言いつけを守っている。まあ、これもいつまで持つかわからないがね。人間は喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物だ』

「だから〝不都合〟」

『〝ジャバウォック〟にとっては迷惑きわまりない話だけどね』


 ふと、チェシャは苦い笑みを見せた。


『でも、友好関係より敵対関係のほうが、私にとっては都合がいい』


 ――目的のためには手段を選ばない天才。

 知ってはいたが、まさかここまでとは。

 正直、テイラーは恐ろしいと思ったが、その都合はナイトリーだけでなく自分たちにとってもよかった。彼を非難する資格は少なくともテイラーにはない。

 

「いや……博士だけじゃないです……みんなにとっても都合がいいです……」

「みんなはどうかな。戦争があったほうが都合がいい人間も決して少なくはないんじゃないかな」


 曖昧に笑う猫型ロボットの顔を見て、テイラーはそれ以上何も言えなくなった。

 チェシャもこの話題を続けたくなかったのだろう。一転して、陽気な口調で語り出した。


『でも、都合がよかったのはそれだけじゃないんだ。むしろ、こちらのほうが本命だった』


 嫌な予感がした。それもものすごく。

 だが、チェシャの目が早く促せと脅している。テイラーは仕方なく「な、何でしょう?」と作り笑顔で訊ねた。


『訊いてくれてありがとう。――〝ジャバウォック〟駆逐を建前に、人型兵器のパイロットを各陣営の宇宙軍から募集することだ』


 ――あ、やっぱり。

 反射的にテイラーはカガミを盗み見たが、彼は訝しげな顔をしているだけだ。知りたかったのは『なぜ公国船籍の船はグリフォンに近づいても〝ジャバ〟には襲われないのか』だけだったようだから、こちら方面には疑問を抱いたことがないのだろう。


「ええと……では、本当は〝ジャバウォック〟とは無関係にパイロットを募集したいと思っていたわけですか?」


 決定的発言をさせないよう慎重に言葉を選んだつもりだったが、チェシャはテイラーのその努力を一言で無に帰した。


『いや。カガミをこの基地に来させたかっただけだよ』


 ――うわ、言っちゃったよ!

 テイラーは頭を抱えて叫びたくなったが、言われた当人はしばらく考えてから「何で俺?」とやはり怪訝そうに呟いた。


「俺は帝国の下っ端軍人で、ここに来るまであんたとは一度も会ったことないぞ」


 カガミが下っ端なら自分はいったい何なのだろうとテイラーは思ったが、彼の言いたいことはわかる。〝万能の天才〟がなぜ自分を知っているのかとカガミでなくとも不審に思うだろう。

 かくいうテイラーもそこは不思議に思っていた。ナイトリーはこの基地で初めてカガミを知った(そしてパイロットに採用した)のではなかったのか。


『そう言われると思ったよ……』


 チェシャの低い声には、明らかに恨み成分が含まれていた。


『カガミ。君、十二年前に公国領に行ったことがあるだろう。警備の一人として』


 え? と思ってカガミを見ると、彼は天井を見上げていた。ナイトリーはそこに板を張りたかったらしいが、壁と同様、和室外と同じである。さすがにそこまで予算と手間はかけられなかったようだ。テイラーに言わせれば、もう充分やりすぎだが。


「十二年前……あー、十二年前かどうかはわからないが、公国領には行ったことあるな。確か、連邦と停戦条約結ぶのに、公国の大公の別邸の一つに……」


 そこまで言いかけて、さすがにカガミにも想像がついたようだ。天井から自分の膝の上にいる猫型ロボットの後頭部に目を移す。

 十二年前。それならナイトリーは確実にまだ〝若様〟だったはずである。


『では、そこであったこと、覚えてるかい?』

「そこであったこと……あ、白い猫がいた!」


 現金なもので、それまであまり表情筋を動かしていなかったカガミが別人のように笑み崩れた。たぶん今、彼の膝の上で不機嫌そうな顔をしているものが思い出してもらいたかったことはそれではなかっただろうに。


『やっぱり、覚えているのは猫のことだけなんだね……』

「え? あとは適当に仕事してただけだぞ? 他に何も」

『君はその白い猫だけでなく私とも会っているよ。そもそもその猫は当時私が飼っていた猫だ』


 おおむねテイラーの予想どおりだった。カガミが猫のことしか覚えていなかったことも含めて。

 しかし、カガミにはナイトリーと会ったことがあるというのがどうしても信じられないようだ。眉間に皺を寄せて首をかしげている。


『君たちならよく知っていると思うけど、公国は表向き中立国ってことで、帝国と連邦に停戦の調印式させてくれって、昔からちょくちょく頼まれててねえ。まあ、それで商売してたところもあるんだけど、十二年前のそのときは、なぜか当時私が住んでいた屋敷がその調印式会場にされてしまったんだよ。調印式が終わるまでは部屋の外に出るなって家の者に言われてたんだけど、ちょっと目を離した隙にスノードロップが庭に逃げ出してしまってねえ……私一人で追いかけたんだ』

「もしかして、そのスノードロップが当時博士が飼われていた白猫の名前ですか?」

『そうだよ。全身真っ白で真っ青な目をした綺麗な雌猫だったよ。本当は黒猫も一緒に飼ってキティってつけたかったんだけど、一匹しか許可してもらえなかった……』

「ああ……だからここの統括コンピュータの名前は〈キティ〉なんですね……」


 同時に、この頃にはもうアリスにかぶれていたのかと思ったが、チェシャはテイラーのこのコメントには反応しなかった。


『で、私は庭でスノードロップを探し回ったんだけど、なぜか帝国の兵士がいて、しかも彼にスノードロップが媚を売っていた! 怖かったけど、それ以上に家の者に怒られたくなかったから、その猫は僕の猫です、ご迷惑かけてすみません、すぐに引き取らせていただきますってその兵士に言ったんだ』

「じゃあ、その兵士が……」

『うん、カガミだよ。本当は士官だったけど、そのときの私にはわからなかった』

「え、博士、そのとき何歳でした?」

『七歳だったよ』

「礼儀正しすぎる七歳児!」

『カガミ。一応訊くけど、このことはまったく覚えていないね?』


 そうチェシャに確認されたカガミは躊躇なく即答した。


「ああ。覚えてない。猫のことしか覚えてない」

『やっぱり……君はあのとき、そうか、危ないから家の中に入れておけよってすぐにスノードロップを返してくれたんだ。そして、よく似てるな、まるで兄弟みたいだなって笑って頭を撫でた……スノードロップの頭を!』

「ええ! そこは普通博士でしょう!」


 思わず叫んでから、テイラーははたと気がついた。


「でも、兄弟?」

『ああ、君たちの前では見せたことないけど、ナイトリーの地毛は白だよ。悪目立ちするから、普段は髪を染めていたんだ』

「え! 気づかなかった!」


 テイラーの知っているナイトリーは、栗色の髪に赤みの強い紫色の目をした美青年というより美少年だった。初めて会ったとき、天は二物を与えずは大嘘だと思ったが、二物以上与えられていても本当に欲しいものが手に入るとは限らないのだなとほどなく知った。

 だが、そのときカガミがさりげなく聞き捨てならないことを口にした。


「ああ、それで時々髪の根元が白かったのか。白髪染めしてるのかと思ってた」

「気づいてたんですか!」

「いや、だから若白髪だと思ってた」

『見てないようで見てるよね、カガミは。でも、あのときはスノードロップしか視界に入ってなかったよね……』


 チェシャの声は怨嗟に満ちている。テイラーは副官の習性で条件反射的に謝罪した。


「それはもう大尉なので……どうもすみません」

『そう。今ならカガミだからって納得できるけど、当時の私にはどうしても納得できなかった。それまでの私は自分の存在をそこまで見事に無視されたことがなくってねえ。自分で言うのも何だけど、大公の息子ってだけで周囲からちやほやされるのに、神童だの天使だの挨拶みたいに言われてたから』

「ああ、天使はわかります。髪が白かったらまさに天使」

『でも、カガミはその天使ではなく猫の頭を撫でた! どうしてあんなところにいたのかわからなかったけど、屋敷に戻ってスノードロップを閉じこめてから、あらゆる手段を使って正体を突き止めたよ……』

「閉じこめ……あ、いや、カガミ大尉、どうして自分がそこにいたかは覚えていますか?」


 カガミはまた首をかしげて天井を見やった。


「いや……でも、たぶん仕事サボって昼寝でもしてたんじゃねえかな」

「ひどっ!」

「よく覚えてないが、屋敷っていうより宮殿みたいで、庭は大庭園だったような……」

「駄目だ! 平民には想像がつかない!」

『とにかく、どうしてももう一度カガミに会いたくて、それはもういろいろ考えた。でも、腐っても帝国軍人だからね。公国の大公の息子が気軽に会える存在じゃない。後継者問題で考える時間を取られるのも嫌になったから、十歳のときに継承権放棄して、母はもう亡くなっていたけれど、実家のナイトリー家に身を寄せたよ』

「そんな理由で」

『いや、継承権はもともと放棄しようと考えていた。それを少し早めただけだよ』

「早めすぎな気もしますが、確かにまともな方法では大尉と接触はできないでしょうね」

『私もそう考えて、人を使ってカガミをさらってこさせることも真剣に検討したんだけど、そんなときにちょうど〝ジャバウォック〟が現れた。もちろんすぐに興味を持ったよ。金もコネも使っていろいろ調べた。そして、この〝ジャバウォック〟を利用すれば、私の望みはすべて叶えられると思ったんだ』


 かなり引っかかった箇所もあったが、そこは検討どまりだったからとあえて流すことにして、テイラーは自分が気になったことを訊ねた。


「では、大尉以外の三人は?」

『適当。と言いたいところだけど、私なりに真剣に選んだつもりだよ。私のわがままで、期限未定でここに縛りつけてしまうことになるんだからね』

「……結局、あんたは俺を恨んでるのか? 俺に無視された恨みを晴らすためにパイロットにしたのか?」


 黙ってテイラーとチェシャの会話を聞いていたカガミが、困惑しきったような顔をして話に割りこんできた。さすがに本気で恨んでいるわけではないことはわかったようだが、それ以外にナイトリーが自分に執着した理由を思いつけないのだろう。


『恨み……まあ、そう思われても仕方ないか。でも、〈大鴉(レイヴン)〉は最初から君のためだけに作ったよ。それで君が来なかったらどうしようかと心配してたけど、けっこう早い段階でこの基地に来てくれて、本当に嬉しかった』


 カガミは少しは真剣に考えようとしたようだった。しかし、チェシャは意識的にカガミ以外の人間にはわかっている感情を表す言葉を避けていた。


「博士。やっぱり俺にはあんたの考えてることはさっぱりわからねえ」


 さじを投げたようにカガミがそう言ったとき、チェシャはむしろ満足そうに笑っていた。


『うん。わからなくていいよ。言っただろう? 人に理解してもらうことは五歳のときにもうあきらめた』

「やっぱり、博士は自殺したんじゃないんですか?」


 ついまたそう訊ねてしまう。しつこいと怒られるかと思ったが、意外なことにチェシャは悠然と答えた。


『それはナイトリーにしかわからないよ。何度も言ってる。私は彼の擬似人格。すべてを知ってるわけじゃない』


 ――いや、ナイトリーは自殺したのだ。

 チェシャの昔話を聞いて、テイラーはかえって確信した。

 たぶん、自分にまったく関心を示さなかったカガミは、ナイトリーには新鮮すぎて、逆に過剰な興味を覚えてしまったのだろう。最初はともかく、この基地にパイロットとして着任させようと考えたときには、カガミの言うように恨みを晴らす気などさらさらなかったはずだ。ただ単純に親しくなりたい。そう思っていたのではないだろうか。

 だが、二年近く身近に接しても、カガミはナイトリーには冷淡なままだった。

 きっとこの先何年経っても、この男は自分には振り向いてくれない。でも、もし自分がダイナのように猫の姿をしていたら? ――そう考えて、ダイナの中に自分の擬似人格を隠し、人間の自分が死んだらそれが目覚めるようにした。

 しかし、たとえ姿は猫に変わっても、カガミにとってはチェシャはナイトリーでしかなかった。そう悟ったからこそ、あのとき、統括コンピュータのほうに複製を作り、自分はダイナの中から消えるなどと自ら言い出したのではないだろうか。

 だが、何度訊ねられても、チェシャはナイトリーが自殺したとは決して言わないだろう。それを認めることは、間接的におまえのせいでナイトリーは死んだとカガミを責めることになる。

 実際問題、カガミにとっては迷惑以外の何物でもない。しかし、銀河系内の安定はカガミも望んでいた。動機はどうあれ、ナイトリーの企ては、カガミにも都合がよかったはずだ。

 

『ところで君たち』


 ふいにチェシャがそう切り出して、自らの考えに沈みこんでいたテイラーを現実に引き戻した。


『夕飯にはもう遅すぎる時間だけど、どうするんだい?』

「あ、そういえば!」


 腕時計を見てさらにあわてる。だが、すぐに『〝お好み焼き〟焼いたらどうだい?』とチェシャに助言された。


『〝お好み焼き〟はおかずにもなるんだろう?』

「あ、そうか! 冷蔵庫にタネが入れっぱなし!」

「だから、何でそんなこと知ってるんだよ」


 カガミは胡散くさそうにチェシャを見下ろしたが、彼は目を細めてこう答えた。


『自分が興味を持ったものに関してはとことん調べる性分だからだよ。気にしないで』

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